29.準備しましょう
大体1カ月足らずくらい。
めでたくマリーはちゃんと体力を回復し、外での依頼もこなすようになってきた。もうそろそろ潮時だろう。
「ねぇ、あと僕の宿泊可能日数って何日残ってる?」
「証書お待ちください。ええと…2日ですね」
「そっか。じゃあ、2日後には出るよ。ありがとね」
僕は真夜中でありながらも頑張って受付をやっている受付さんにお礼を言って部屋に戻る。
今は夜中の2時過ぎ。まだ起床するにはかなり早すぎる時間だ。
この約1カ月でやったことといえば、マリーを連れてだけだと、依頼をこなしたり外へ散歩に出てみたりしたぐらいだ。それ以外なら、ちょっと最近の情報を収集するためにテレーズのお仲間さんたちとお話ししたり、酒場の飲んだくれを僕の舎弟にしたりした。
おかげで、ちょっと方針が変わったよ。
もともと僕は今回の戦争には手出しするつもりはない。最終局面に入ったら観戦はするつもりだけど、それまでにこちらからどちら側の陣営にも干渉するつもりはなかった。それまでの間は作った迷宮で遊んだり、気ままに旅をして暇をつぶすつもりだった。
そう、過去形であることから分かるだろうけど、ちょっと事情が変わった。
これから、スリングに入ろうと思っていたのだが舎弟君から聞いた話だと、
「兄貴、そこからの国境越えはやめた方がいいでっせ。最近、戦の準備やなんやでピリピリしてるって話でさあ。兄貴はマリー嬢連れてんです。回り道した方がいいっすよ」
とのことだ。
仕方がないので、一番警備とかが手薄になっている…というかそこ周辺の山が険しすぎてそこから国境を越えようとする人がいないため、形だけの要塞があるシルフィード側から国境を越えようと思っている。それからスリングに入る。
ついでに、一度王城に寄って神野やゆーちゃんの様子も見てこようと思っている。
僕は鍵を開けて部屋に入る。
向こうの世界での高級なホテルとはえらい違いではあるが、10畳くらいの広さにキングサイズ?くらいのベットを少し小さくしたものが2つ置かれ、子供の勉強机くらいの机とちょっと高級感のある椅子があり、一般的な家庭にあるくらいの大きさのクローゼットが1つ、隣には海外によくあるトイレとシャワールームの一緒になった場所がある部屋。
ひと月近く住んでいることもありそこそこに愛着のある部屋に入れば、奥にある方のベッドに小さいふくらみがあり、部屋の隅の壁には立派な騎士鎧が座っている。
随分と見慣れた光景である。
「アルド。ただいま〜」
僕はその鎧に向けて声をかける。
鎧は立ち上がり、僕に向かって恭しく一礼した。
さて、じゃあこれからの予定を立てないといけないかな。
本来ならこのまま道なりに進んで2つほど町を通過し、国境を越えてスリングに入るつもりだったけど、シルフィードの方へ行くなら別のルートをとる必要がある。
まず、この街から南側に向けて獣道を進み、シルフィードに向かう街道に行く。そこからは道なりに進んでシルフィードに一番近い街まで行く。そこの街で山を越えるために準備をして、多分もう壊されてると思うけど、シルフォードに向かう街道に従って山まで行き、山を越えればそこから3つ程で王都レファングの街に着く。
こうして文章にすると結構単純だけど、街道は僕が開発した魔物よけのおかげで魔物があまり出なくなっているけど、獣道なんか通ったら大量の魔物と会うのは必須。山も向こうの世界とは違って修行僧とかでもない限り通らないから道もないし、向こうとは違って魔物もいるからマリーは大変になるだろう。
まぁ、僕には体力とかの能力値は意味をなさないから関係ないけどね。
久しぶりに研究に没頭するかな。別に僕がいちいち倒していってもいいんだけど、マリーを怖がらせたくないし、何よりめんどい。
「少なくとも、魔物よけの可動型は作っておくべきだったね」
今街道にある魔物よけというのは、色々と面倒な陣を組んで作った物を地面に埋めて、それを地面に溶けている微細な魔力を利用して可動させ続けるっていうもの。可動式にするにはまた別の陣を作る必要がある。間違いなく、すでにある物をそのまま使った場合は使用者の魔力が数十分で吸い尽くされて、魂を削られて消えるだろうね。言葉通り、存在しなかったとでも言うように体を魔力に分解されてこの世界から消滅。
僕は外での依頼中に手に入れていた魔石を大量に机の上に出し、それをランクごとに選り分ける。
魔石にもランクが存在する。魔石のランクはその魔石を持っていた魔物のランクとは異なり、魔石内に含まれている魔力量によって変わる。
というか、魔石というのは人が体内に魔力を貯めるように、魔物が体内にためている魔力が体内に蓄積可能な量を上回った時に形成して過剰分の魔力を蓄積するための物だ。人間でいうと養分を蓄える肝臓の役割に近い。魔物が死ぬとその魔石は魔力の吸引をやめ、その状態のまま残る。それが一般的にこの世界で知られる魔石だ。
魔石の利用価値はかなり高い。
単純に内包するエネルギーを利用する魔道具に使う。
魔法を使う核として使う。これは杖なんかの補助に使う技術。
単純に美しいため、装飾品…宝石類として使う。
魔道具へのエネルギー源として使う。
付与をするのに使う。これは付与をするのにその物自体が魔力を帯びている必要がある為。これについての説明はまた今度。で、今この世界には取り尽くされてしまった為に存在しないが、過去には魔鉱石といった物質もあった。
さらにエネルギーを蓄えるのに使う。
まぁ、他にもまだいろいろだ。
ただし、内包するエネルギーを使い切れば砕けて無くなってしまう。
で、話を戻そう。
魔石をランク別に選り分けたのは、ランクが高ければ高いほど多くの魔力を必要とする陣を書き込めるからだ。僕がこの世界の魔石でこの世界の住人でも作れるように作る時は大抵、これに限界まで書き込んだ物を大量に組み合わせ、1つの魔道具を作る。その為、見掛けが高級な宝石を大量に使って作られた装飾品みたいになってしまう。簡単に言えば、チェーンまで宝石でできた装飾品をイメージするといいだろう。
別に、マリーのリボンのように抜け道が存在しない訳ではないが、これは近いうちにマドーラで公表するつもりだ。この世界の誰もが作れないといけない。
僕は1つ1つの魔石に陣を刻み、魔道具を作り始める…
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「マリー。もう少ししたら、この街を出ることになるよ。だから今日からしばらく挨拶回りに行こう」
僕はマリーが目覚めて朝食を取り終えたところで、マリーにこれからの予定を伝える。
マリーは頷くと、僕の手にしがみつき街へと歩き出す。
挨拶回りとはいっても、僕らがこの街で関わりの深い人物はほとんどいない。
いつも僕が利用する受付嬢、舎弟4人組、テレーズ達その他、それだけしかいない。
それ以外はマリーが亜人である為に、関わりを持って教会や国に目をつけられるのを恐れて避けてくし、そもそも関わりを持とうと思ってなかったので依頼で話す以外の人との会話が基本的になかったのが原因。
面倒になるのを避けた為、知り合いが少ないのだ。
なんか僕が寂しい人みたいだね。
相変わらずほとんど自分から話すことのないマリーを連れ、僕らはギルドに向かう。
ギルドに向かえば、受付嬢と舎弟4人組に会えるだろう。あいつらは今日は全員いるはずだ。受付嬢は今日は定休日じゃないはずだし、舎弟4人組は一昨日あたりに「明後日は休みにしてギルドで一杯やる」とか言ってたから。
それに運が良ければテレーズのところの人たちもいるはずだ。
狭い通りを曲がり、テレーズの店の前を通過し、また少しして曲がって大通りに出て曲がり、直進してギルドに到着する。
結構こうやってギルドに来るのにも慣れたものである。
カランカラン…と、ギルドの扉を開けて中に入れば、僕とマリーに睨みを利かせる受付嬢が1人、いつも通りの受付嬢が1人、関わらないようにと僕らから目線をそらす冒険者が5人。さらに、上の階へと目線を向けるといつも通り一番階段に近い席で舎弟4人組が酒を飲んでるのが見える。
僕はマリーを連れて受付に向かう。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。今日は依頼書持ってきてないですけど、もしかして依頼の方ですか?」
「いや〜。僕ら2日後にこの街を出るから報告にね。これから旅の準備とかの買い物に行くから、ギルドにはもう顔出さないと思うし」
「ええっ?本当ですか…?」
「なんでここで僕が嘘つく必要があるのさ」
「いや、はい。そうですよね〜。ちょっと残念です」
「そう?ま、そういうことだから。今までお世話になったね」
「いえいえ。これが私のお仕事ですから」
「ははは〜。じゃ、元気でやりなよ〜」
僕はちょっとこれから起こりそうなことについて記入した紙切れを受付に置いて、受付を後にする。
次は舎弟達だ。僕はマリーを連れて階段を上る。
「あ!兄貴〜。どうしたんです?」
「いや、もうちょっとしたら、僕らこの街を出てくつもりだからさ、君らにも伝えておこうと思ってね〜」
「ああ、やっぱ出て行っちゃうんすね…」
「まぁね〜」
舎弟リーダーが残念そうにこちらに目を向ける。ただ、酒のせいで目がちょっと座ってないのはどうかと思う。
「で、後2ヶ月くらいかな?で、戦争が始まりそうだから君らも早くこの国から出ることをお勧めしとくよ」
「マジっすか…兄貴のいうことでさぁ。きっと事実なんでしょうね…」
「どうすんよ?ジェイミー」
「誰がジェイミーだ。俺はジェイムだ。どうやったら長ぇ付き合いで間違うんだよ」
「まぁ細けぇこたぁ気にすんなや」
「ははは〜。随分と酔ってるね〜」
ちなみにだが、リーダーの前衛の剣士がアルミー。今ジェイミーって呼ばれた斥候役がジェイム。槍使いで回復役も兼ねるのがレーガンで、魔法使いがリシェード。
なかなかに悪くないパーティだし、ノリが良くて僕はこいつらのことが結構気に入ってるのだ。できれば死んで欲しくないと思う程度には。
「ま、俺らも何かある前にトンズラしますわ」
「うん。それがいいと思うよ。じゃあ元気でね〜」
「兄貴もお嬢もお元気で〜!兄貴の旅の安全を祈ってかんぱーい」
「「「かんぱーい」」」
全く。君らには危機感ってものが存在しないんじゃないのかな?
彼らは再び酒を飲み始めたので、こういう時用に書いておいた紙切れをリーダーのポケットにしまい、僕らはギルドを後にすることにする。
ついでにだが、マリーがちょっとこいつらに手を振っていたのが結構可愛らしかったということは言っておきたい。
ギルドを出ると、僕らは街の商店街の方へ歩き出す。
ここからは旅の準備だ。
明後日にはこの街を出るので、今のうちに食料とかを買い込む必要がある。今までは必要なかったけど、マリーのための寝袋とか、夜に暖をとるための魔道具のセットとか、野営用のテントとか…まぁ、その他いろいろだ。今までは夜寝ることなく歩き続けてたけど、これからはマリーの疲れをとったりするために夜は休んでおく必要がある。
あ〜、移動に時間がかかりそうだな。最悪は龍でも呼んで飛んで行こう。その場合、敵と間違えられて魔法とかを撃たれないことを祈ることになるけど。
「ん?どうかした?」
「…あれ」
「ん?…ああ〜」
マリーが僕の腕を引っ張って僕を呼ぶので、何かと思ってマリーの指差す方を見ると。
「きっと客足でも減っちゃったんじゃないかな〜?」
初日にマリーの泊まるのを拒否した宿が、見るも悲惨なぐらいにボロ屋になっていた。たった一ヶ月しか経っていないのにもかかわらず、老朽化が進んだかのように壁のペンキは剥がれ落ち、壁のレンガにはヒビが入り、木材でできた部分は腐り始めている。
どうやらマリーはここの宿のことを記憶していたようだ。確か、マリーと訪れた時は真っ白い綺麗な外装の宿だったのに、ここまで変わっててよく気がついたね。
「…そう、なの?」
「じゃない?それか、中で何かがあったとか」
「…おにぃちゃん、何もしてない?」
「してないよ〜。勝手にここの人たちが何かしたんじゃないの?」
「………わかったの」
「うん。まぁ、そういうこと」
納得したというか、してないというか、微妙な表情を浮かべた後、マリーは再び僕の手にがっしりとしがみ付いた。
「さて、買い物に行こうか〜。マリーが選ぶんだよ?」
「…うん」
マリーは僕の方へ顔を向け、一瞬キョトンとしたがにっこりと笑った。
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