閑話:とある受付嬢、曰く
私はナターシャ。水色の腰まである長い髪に、自分で言うのもなんだけどそこそこ容姿も整っている人間種。
レイリドのギルドで働く一般的な受付嬢。
そう、一般的な受付嬢…の筈なのに!
「やっほ〜。今日はこれお願い〜」
「はぁ…今日はなんですか…」
今、私の前には汚れ一つ付いていない真っ白い膝下ぐらいまで丈のあるローブを着た青年がいる。
彼はひと月程前にこの街にやってきた冒険者。ランクはBBで、今まではソロでやっていた相当な実力者であり、決まって冒険者がほとんど出てしまった後にギルドに来る今現在私を悩ませている主な原因。
彼の持ってきた依頼書は”Eランク 薬草採取”
…また、ランクが低い依頼。
彼のこの街での業績は全く悪くない。寧ろ、ほとんど毎回依頼者からお礼の手紙を貰うくらい。
”Fランク 庭の掃除”では、「ついでに庭に花壇を作ってくれた。毎日、綺麗な花を咲かせてくれていて、とても満足している」という旨の手紙をもらい、”Eランク 壁のペンキ塗り”では、「壁に協会顔負けの壁画を描いてくれた。今や近所で大評判になっていて、毎日が充実している」といった旨のお礼の手紙を。”Eランク 騎竜の世話”では、「壊れてしまっていた鞍を直してくれた。全く問題ないどころか、前より使いやすくて大変感謝している」といった旨の手紙が来た。
依頼者からの評判は大変素晴らしいの。けど彼の連れているパーティメンバーが問題。
私は依頼書をギルドカードと共に魔道具に読み込ませ、出てきたカードと木の板を彼に渡す。
「では、北門から右手5軒目の”マーガレット魔法薬店”へ納品してください」
「ほ〜い。マリー、今日は外に散歩に行くよ。珍しいものでも見つけられると良いね〜」
「…うん。たのしみ、なの」
彼は私から板とカードを受け取ると、まるで母親が子に向けるような慈愛の表情を彼の右手にこれでもかと言わんばかりにしがみついている少女へと向ける。
その少女は桃色の少し風変わりだけど、とても可愛らしい服を着ていて、汚れを知らない真っ白い髪、そして…狐の耳と九つの尾が付いている。その少女は亜人種で、奴隷ではない一般人。この国の国教では迫害するべき存在であり、奴隷であるのが当然。奴隷でない者はこの国のほとんどの人間から酷い扱いを受ける。
私もその国教を信仰している。というより、信仰していなければ国の税金が上がったり色々な権利を剥奪されたりするので、表向きは信仰している。そういった人はこの国には実はいっぱいいる。
なので、私は初めの頃は彼らが私の受付に来るたびに「信仰しています」っていうアピールとして、少しだけ嫌な表情を浮かべるようにしていたのだけど、今はもうしていない。
…だって、もう今更でしょ?かれこれ彼がこのギルドで依頼を受けるようになってからもう1月近く経つのに、依頼を受けるのは全て受付に私がいる時だけ。まぁ、彼が初めにその少女を登録しに来た時に受付をしたレヴィーヌっていう受付嬢がかなり熱心な信仰者で、彼が少女の登録をする時に彼の目の前でその少女を「それ」呼ばわりし、登録料を法外なまでに上げ、更に色々と言ったせいで、彼がここの受付嬢に良い感情を抱いていないのが原因なんだと思うけど。
そんなことを思っているうちに彼は少女を連れて一度ギルドの地下に降り、少女のトイレを済ませてギルドから出て行く。
彼のことについてもうちょっと文句を言ってやるわ。
彼が私を専属のように私のところばかりを利用するせいで、冒険者が私の受付を利用する回数が少し減ったわ。まぁ、ギルドの受付嬢の仕事は時給制だから仕事が減ったことには文句はないの。けど、受付嬢として働く女性のほとんどは「高収入のかっこいい冒険者と結婚したい」っていう願望と共にある。私もそう。彼はその確率をちょっと下げてくれたわけ。
もう最悪。私は一応このギルドで1番人気の受付嬢だったのに、今じゃ2番目に落ちたわ。
それに、彼が亜人を連れている上に堂々としてるせいでギルドに苦情が殺到。まぁ、私が直々に彼に文句を言ったところ…「僕が何かしたの?」だし!
ええ、そうよ。確かに彼が何かをしたわけではないわよ。ただ、普通にしているってだけで!
もう嫌になっちゃう。
でも、別に悪いところばっかりじゃないのがタチが悪いの。
1週間前くらいにもこんなことがあったわ。
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その日の彼らはこのギルドに来て大体5,6回目の街の外に出る依頼をしてたわ。
彼かが帰ってきたのが、大体夕方の4時頃。ちょうどその時に2階の酒場で1組のCランクパーティが飲んでたの。そのパーティは自分たちのランクより随分と低い依頼ばかり受ける冒険者で、低ランク冒険者たちの迷惑にもなってたのよ。
「これお願い〜」
「はいはい。今日は…またね」
私は最近ではいつものように見る報酬の上乗せを確認し、ギルドカードと報酬金をトレーに乗せて彼に渡した。
彼は背中で疲れて眠ってしまっている少女を気遣いながらギルドを立ち去ろうとした時、それが起きた。
「おいおい。なんか獣臭ぇな〜!」
「へっへ。本当本当。酒が不味くなるっての」
2階の酒場から下が見下ろせる位置を彼が通ろうとした時に上の酒場で飲んでいた例のパーティが大声でそんなことを叫ぶ。
彼は初めて見るような見るものすべてに恐怖を抱かせるような目線をそのパーティの方へ向けると、何事もなかったように元の表情に戻り、大声で声を出す。
「いや〜。本当に家畜よりも低脳な獣が上の方でバカやってるね〜。きっと頭が働かないからこんな時間から酒を呑んだくれてるんだね〜。あ〜、かわいそうにかわいそうに〜。ああはなりたくないものだね〜。あんなになったらきっとこれから先ずっと転落人生だよ」
彼は長々と揚げ足を取ってそのまま歩き出したのだ。
その答えに対して、怒ったそのパーティは1階へ駆け下り、腰に下げていたバスターソードやら杖やらを取り出し、彼の周りを取り囲む。これはその後日知ったことだけど、そのパーティは彼がこの街で初めてギルドに来た時に彼の話を聞いて彼が魔物使いという職業であることを知っていて、弱いと思い込んでいたらしい。
「おいおい、にぃちゃんよ。そいつは誰に言ってんだ?おい」
「はて、何処かの誰かさんにだけど?あ、もしかして自覚でも〜?ははは〜」
「テメェ…調子乗ってると二度と仕事できねぇ体にしてやるぞ」
「僕がいつ調子に乗ったって?」
「はぁ?テメェ、それを連れてんのに何言ってんだ?それにBBランクのくせにいつも低い依頼ばっか受けてくれてよぉ。俺ら迷惑してんだわ」
「それはそうでしょ〜?だって、この子はまだ7歳だよ?それに対してCとかの依頼を受けろって?頭大丈夫?」
「だぁから、そのせぇで俺らの受ける依頼が減ってんだよ!」
「大体君らランクいくつ?E?それともD?」
「Cだ。それがどうしたってんだよ?」
「じゃあそうするべきは君らでしょ?第一にこんな時間からこんな場所でお酒飲んでるってことは、依頼でミスでもしたのかな?やけ酒は体に悪いよ?」
「っるせぇ!ああ、失敗したよ。何が悪りぃ!」
「そんな低ランクで失敗してどうするの?君達はCランクでしょ?」
彼がそう言った瞬間、そのパーティはそれが頭に来たようで彼にそれぞれ攻撃を仕掛けようとした。
「困ったからって暴力はいけないよ。それに、君は動作がわかりやすい。そっちの君は動き始めてからが遅い。君は魔法詠唱に手間取りすぎ。君は武器を変えたほうがいい。君にそれは合ってないみたいだから」
ほんの数秒。ほんの数秒の出来事だった。
私は目が良かったので一応目で追えたけど、その見たものは現実と受け止めるにはかなり常軌を逸したものだった。
彼はそのパーティが動こうとした瞬間、彼は少女を支えていないほうの手で彼のポーチの中から1本のロープを取り出し、それを右側へ一振りすれば剣を持った2人の剣に見事に絡みついて奪い取り、今度は左に一振りしてその剣の柄の部分をうまくもう2人の首元に当てて転倒させる。
まるで幻でも見ているようだった。これが現実のこととは思えなかった。
そして、それを終えた後の彼の言葉もそうだ。彼はそのパーティのメンバーに向けて助言をしたのだった。
それから彼はそのロープで呆気にとられている全員を縛り上げてしまい、話を続けた。
「まずさ、ギルド内での戦闘を禁じるってギルドの公約に書かれてたよね?もしかして忘れてる?これを破った場合、最悪ギルドからの助命が行われるんだよ?もしそうなった場合はどうするつもりだったのさ。君らにも家族がいるでしょ。少なくとも君らは仲間でしょ。全員が助命になった場合に働ける場所なんてもう男娼くらいだよ。なにせギルドからの助命はそれほどの効力を持ってしまうんだからさ。仲間を道連れにしたいのかい?それにさっきもやけ酒はいけないって言ったけど、やけ酒自体を責めてるんじゃないんだよ。ちゃんと今回の失敗の原因について話し合い、後日謝罪に行くなり、ギルドから伝えてもらうなり何かするべきなんだよ。他にも…
彼の話は続く。
* * *
約30分経過。
…じゃないの?他にも、その剣。ちゃんと手入れしてる?所々にはサビが見えてるし、持ち手の部分だって少し歪んでるように見えるよ。そんなのじゃいざとなったらきちんと戦えないじゃないか。君は死にたいの?もし死にたいのなら構わないけどさ、死にたくないならまず自分の物の手入れから始めなよ。鎧だって節々にサビが入れば動きだって悪くなるし、脆くもなる。君のローブもそうだよ。見たところ、ちょっと術式が込められただけの安物みたいだけど、そんな物だけで身を守れるのかい?もし前衛である彼らが抜かれた場合、どうやって戦う?逃げる?無理だよ。そんな状態で敵と面と向かって戦えるようなCランクはそうそういない。せめて部分鎧かもう少し高い術式のこもったローブにすべきだよ。そっちの…
まだまだ続く。この頃にはそのパーティは皆、彼の方へと向き直って話に聞き入っていた。
* * *
約1時間半経過。
…でしょ?君ら、そんな状態じゃ依頼者にやる気がないと思われるよ?そんなことをしてたらギルドの信頼だって下がるし、ギルドの依頼が下がれば受付から依頼を凱旋してもらえなくなる場合だってなくもないんだよ。そんな状態になったらどうやって生活していく?ギルドから助命になったわけではないから、仕事にありつくのはそれほど辛くないかもしれないけど、君達見たところもう20代後半でしょ?それならもっと若い人間を雇う方がいいと思われて、解雇されるのがオチだよ。まず第一の…
まだまだ続いている。
その頃になると他の冒険者も集まり、彼らは見世物のようになっていた。
* * *
結局約2時間経過。
だから、もっとちゃんとしなよ。君らはまだ20代後半なのにCランクまで上がれたってことは、才能がないわけじゃないんだ。きっときちんとした努力をすればAランクになることだって夢じゃないよ」
彼の話は、心の底から彼らのことを思って話しているように聞こえ、彼らもそんなに強く自分に対して怒ってくれた人がいなかったのか、こんなにも思ってくれた人がいなかったのかは知らないが、涙を流していた。
で、結局。彼はロープを解くと受付に向かって
「今、ただちょっと話をしてただけだから、彼らには何もしないであげてね〜」
と言ってそのまま何事もなかったように立ち去り、そのパーティはしばらくそこに座り込んだ後、立ち上がって上に上がって荷物を持ってギルドから立ち去った。
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で、そのパーティはというと、今は彼を”兄貴”と呼んで慕い、懸命に努力を重ねている。BBランクの試験を受けられる日も近いのではないかと思う。
カランカラン…と、ギルドの扉が開く。
そこから入ってきた老婆は私の方へと歩いてきた。
依頼の願いだろう。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。ご依頼ですか?」
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