26.おしゃべりしましょう
「要はスパイってことだね」
「あなた…一体何を聞いていたのかしら…?」
「いや、全部聞いてたし、全部記憶してるよ〜。なんなら復唱してあげようか?じゃあ、あたしの話を始めるわ。あたしはあなたの言ったように共和国から「いいわよ」…そう?」
復唱し始めてすぐにやめさせられた。
ちゃんと覚えてたのにな〜。一言一句間違えることなく言いきる自信あるよ。
「で、これで満足かしら?」
「うん。まあいいよ。詰まるところ、君は共和国の軍の上層部の人に指示を出されてここに2年前から潜伏してて、今も情報を送り続けてるってことでしょ?」
「ええ。最初からそう言いなさいよ」
「そのぐらい通じて欲しかったかな〜。ま、いいよ。僕の話が聞きたいんでしょ?」
「話してくれるならお願いするわ」
「じゃあどこから話せばいいかな…あ、最初に言っておくけど、僕は勇者についてはそんなに情報はないよ〜。悪いね」
「え?」
「勇者の能力については僕はそんなに知らないよ。ただ、皇国の勇者は戦闘なんか全くしたことのないような安全な世界から来ていて、使い物になるまでに2,3ヶ月はかかる。そして同じように王国側にも召喚されたはずだ。ただ、王国側には使い物になるのが8,9人はいるよ」
生徒会メンバーと神野たちのことだ。
「な、なんでそんなことを知ってるのよ?」
「知りたい?」
「…聞いてもいいのかしら?」
「別に〜。ただ、ここからのことを誰かに話すのは禁じるよ」
「そう…なら聞かせてもらえるかしら?」
「この召喚自体を僕が操作したからだよ。皇国が滅ぶのは絶対。これは誰の手によっても変えさせやしない。これは現実となる。だから安心してスパイ活動を続けてね」
「操作、した?」
「召喚対象をいじったんだ。王国側にある陣には勇者…つまり、魔王を討伐した勇者と総力の高くなる可能性の高い者を。皇国にはそれ以外をランダムでね」
「そ、そんなのどうやって?」
「当然、陣をいじったんだよ。僕はどちらの国にも知られてるような偉人だからね〜」
「あなたは、一体誰なの?」
「う〜ん…あ、そうだ。『盟約よ、我が意志の元に全てをねじ伏せ、黒へと染めろ。禁呪』」
僕はテレーズに禁呪の1つを掛ける。
僕の許可なく、僕についてのことを誰かに伝えることを禁止する。
「な、何をしたのよ!」
「うるさいから静かにしてくれる?マリーが起きちゃうじゃないか」
「うっ…わかったわ」
「よろしい。僕の名はシン・デルピエール。王国に600年前に存在した人さ。この戦争は世界を救うためのもの。これがなければ世界が滅びる。そのために準備をしてきたんだ。あとは放置でいいとはいえど、邪魔するのは許さない」
「…嘘。嘘よ。確かにあたしはその名前を知ってるわ。王国に実在した人物なのは伝記で読んだことがあるからよく知ってる。でも、その人は26歳で消息を絶ったと言われてるのよ。あなたはどう見てもそんなに年を取っていないわ」
「いや、僕はその人であってるよ。だって、僕はその時よりも前から年を取ってないんだから」
「年を…取ってない?」
「そういえば、なんで初めて会った人にこんなに話してるんだろ?魅了とか異常状態系は僕に効果はないし…ま、いっか。お話はここまで〜。勇者についてなら答えてあげるけど、もうそれ以外は答えないよ〜」
これ以上余計なことを話して、邪魔されるのは困る。
こうやって説明したら、色々と邪魔される可能性が出来ちゃうじゃないか。
にしてもあれかな?歳をとる…というか、長く存在し続けてきてるせいで語り癖でもついたのかな?
「そう…」
「で、何か聞きたいことは?」
「勇者についてなら…いいのよね?」
「うん。知ってることは答えてあげるよ〜」
「わかったわ。けど、少し待ってくれるかしら。頭が混乱してて…」
「うん。じゃ、僕はマリーを見てるから、終わったら呼んでね〜」
「ええ」
僕がそう言って立ち上がると、テレーズは額を押さえたまま何かを考え始めた。
それを放置して僕は部屋を出て、マリーのいる部屋に帰る。
マリーは未だベッドの上でスヤスヤと寝息を立てている。
アルドが僕を見て、何事もなかったのを伝えるように礼をする。
「ねぇアルド…僕は誰かが支えてくれてたら変わってなかったのかな?」
アルドはガチャ…と首をかしげる。
僕はマリーの寝ているベッドの端に腰掛けた。
「まぁ、昔の僕を知らないんだし、何も言えないよね〜。はぁ…」
マリーを見ててふと思ったのだ。
僕がこんな風にマリーを守るのと同じように僕を守ってくれるような人がいたら、僕はなんてことのない普通の人生を送っていたのだろうか?
いや、今の生活?に不満があるわけではないのだ。寧ろ楽しんでいる…はずだ。
ただ、その”楽しい”は常に狂気の中にあり、たわいのないような日常ではない。今の僕はそんな日常が嫌いだ。だが、こんな風ではなかったら、そんな日常も楽しく感じられたんじゃないのかな?何て思ったのだ。
もともと、僕の家族はちょっと変わってる。
夫婦の中が悪く、僕と鈴で仲を取り持っていた。
父と母は僕のことをそこまで考えてくれない。
母の祖父母には嫌われていた…らしい。
父の兄弟には会ったことすらない。鈴はあるらしいけど。
それでも…そう、それだとしても昔の僕はそれを充実していたと思えていたのだ。
それが日常であり、それは僕の幸福であった…はずなのだ。なのに、今はそれを微塵も感じることはない。
今の僕には昔の僕はもういない。昔の僕は今の僕だけど、今の僕は昔の僕ではないのだ。
ま、そのうちこうなっていなかった場合もわかるからいいけどね。
僕が作った世界のうちの1つは、僕の魂が呪われることなく生まれるはずの世界だ。
僕の世界を完全にコピーして作り上げた世界。僕の呪われている魂がないからその世界に僕が生まれるのかは知らないけど、生まれさえすればどうなっていたかを見ることができる。
まぁ、まず第一に未だに恐竜さえ発生してないような時代だから、これから何億年後のことになるんだろうけどね。
「…あ、もう終わったの?」
「ええ、まぁ…」
僕がちょっと考え事をしてる間に、テレーズが戻ってきた。
いや、意外とちょっとじゃなかったみたいだ。ポケットの時計を確認すれば、すでに40分くらいが経っていた。
時間の感覚が薄くなってきてるような気がするね。もし日が沈んだりしなくなったら、僕の時間感覚ってなくなる気がする。だんだんとルディの感覚が理解できるようになってきてしまっているのが嬉しいような悲しいような…
「あ〜…今はやめたほうがいいかしら?」
「ん?なんで〜?」
「いえ。なんというか…そう、死ぬ寸前のエルフのような顔をしてたわよ」
「え…なにそれ?」
「いえ、今にも消え入りそうな表情と言いたかったのだけど、伝わらなかったかしら?」
「ふ〜ん。まぁ、いいよ別にさ〜。で、質問どうぞ〜」
そんな顔してたつもりはなかったんだけどな。
ま、質問をさっさと終わらせて今日は魔道具製作でもするとしようかな。
「わかったわ。まず、この国に召喚された勇者の数は?」
「多分、90数人かな〜。で、使えるようになりそうな基礎能力値があるのはその半分」
「基礎能力値?」
「もともとも潜在能力?才能とかだよ〜。どうでもいい奴らをこっちに送ったけど、それでも結構残ってたみたいでね〜」
「そ、そう。じゃあ、次に行くわね」
そうしてしばらく質疑応答が繰り返される…
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「じゃあおやすみなさい。こんな時間まで悪かったわね」
「いいよ〜、別に。僕には睡眠なんて機能はついてないから」
「それでもあなたの時間を消費させたのは事実でしょ?」
「ん〜。ま、そうなのかな?」
「ええ。そうよ」
「まぁとりあえず、僕はいいけど君たちは睡眠が必要な生物なんだからそろそろ寝なよ〜。もう3時過ぎだよ〜?」
ポケットから取り出した時計の針は3時27分を指している。ここは一応店なんだし、9時くらいには開店するんだから睡眠をとって疲れを取るべきであろう。
「そうね。おやすみなさい」
「うん。おやすみ〜」
テレーズは部屋を出て行った。
「さて、魔道具製作をしよう〜」
僕はポーチに移しておいた物を取り出す。
それは黒く煌めく金属と白銀に閃く金属が、血のように赤黒く光る魔石を包み込んでいる物体。
僕が随分と前に作ったオオスズメバチだ。一応、名前も考えたんだよ。
僕はさらにその金属と同じ物を幾分か取り出す。
これからこいつの大量生産をするのだ。
こいつ自体は完成しているが、まだ数十匹しか作っていない。いろんな世界での起動実験は行ってるし、ちゃんと使えることも確認できたので、やっと大量生産することができる。
言い訳をしておくけど、面倒くさくて作ってなかったわけじゃないんだよ。うまくいったので他の種類も作ってみようと思って色々と始めていたせいで手がついていなかっただけだから。
「まずは、起動しよう。『メタリックインセクト:V mandarinia 起動』」
あ、この”V mandarinia”っていうのはオオスズメバチの学名ね。
ついでに”メタリックインセクト”って”金属の昆虫”っていう意味で、もちろん他にもいろんな種類を作ってある。カマキリとか蜘蛛とかミツバチとか蝶とか…まぁ、いろいろだ。この世界で使う予定は今のところはないけど、活躍があることを期待しておきたい。
次は”メタリックラプトル”シリーズ…つまり”金属の爬虫類”を作るつもりだったりする。
そんな間に僕の手の上の”V mandarinia”は中へと飛び上がり、僕の目の前で止まる。
「さぁ、始めようか」
僕は魔力ではなく神力を手の上に集め始める…
「『創世:神力結晶×30』」
その神力は手の上で収縮し、30個の塊へと形を変える。
それらはにぶい鉛色を放つ直径15cmくらいの球体だ。ルディが作ると綺麗な青白い光を放つ球体になるんだけどね。
作り出した神力結晶は部屋の中で宙に浮き、プカプカと漂う。
これは世界に神力が馴染むことなく、内部でエネルギーを放出できなくなってしまっているせいだ。このまま数時間放置すると世界に馴染んで溶けて消えてしまう、ただ、陣とかを書いた状態だと迷宮で随分前にやった実験の時のように大爆発を起こしたりする。
「さて、まずは陣を刻まないと」
そこへ目の前に飛ぶ”V mandarinia”を見て間違えないように注意しながら陣を刻んでいく。刻むって言っても方法は簡単で、神力で陣を描き、それを結晶に押し込んで定着させるだけ。陣を作るのは大変だけど、一度作ってしまえば簡単だ。陣を直すには再び陣を書き直して、それをすでにある陣の上に上書きするだけ。こっちはちょっと手間がかかる。
この陣には神力を内部で循環させたり、近くに漂うエネルギーを完全に消滅させた状態で一度を外部に放出して吸収したり、蓄積したり、別のエネルギーへと変化させたり…とか色々とやる陣が含まれていて、これで世界の魔力と衝突して飽和して爆発を起こすのを防いでいる。ま、大体は霊法に頼ってるんだけどね。
刻んだ球体たちを圧縮して目の形に整えたら、机の上に並べる。
「さて、これでよし。次は体〜『影作業触手』」
僕は取り出した金属の塊2つを手に持ち、神力を流し、作りたい形をイメージして変化させる。
前足が60本、後ろ足がそれぞれ60本ずつ、尾の部分が30個、針が30本、胴体が30個、頭が30個、触覚が60本、牙が30対、細かな関節パーツが大量。
作り出されたパーツたちは【念動力】によって机の上にパーツごとに分けられて置かれ、”影作業触手”達によってひとつひとつ丁寧に組み立てられていく。こいつらは2mmほどの細い糸のようなもので、ピンセットのように細かい作業をするのに向いている。
そんなこんなで”V mandarinia”がどんどんと作られていく…
意見、感想等あればお願いします。




