21.世話しましょう
「おお〜。綺麗になったね」
僕の前では、2匹の聖霊を肩に乗せた少女が…マリーが立っている。まぁマリーには見えてないけどね。
聖霊たちは僕の目の前までマリーを連れてくると、僕の体に滑り込む。
「…だいじょうぶ?」
「うん。ちゃんと綺麗になってるよ」
「…よかったの」
僕の目の前に立つマリーは、黒いローブを羽織り、ダボダボのシャツとズボンを履いている。
これしかなかったのでしょうがないのだが、さすがにズボンは持っていないとずり落ちてしまうので腰のあたりをベルトで止めた。
にしても、本当に綺麗だね。というか真っ白。
真っ白いというより光のあたり具合では銀色にも見える、肩のあたりまである綺麗な髪。
透き通るように白く綺麗な肌。
尾てい骨のあたりから生える九本のフカフカした白い尻尾。
こうしてじっくりと見ると、やはりかなり幼い少女にしか見えない。
そういえば幾つなんだろ?
「マリー、ステータス見せてくれる?」
「…すてーたす?」
「およ?知らない?」
「…ごめんなさい」
「ああ、いいのいいの。じゃあ、”ステータス”って唱えてごらん」
「…”すてーたす”」
マリーが唱えると目の前に青い液晶画面のようなものが浮かび上がる。
マリーはそれに驚いて尻餅をついた。
「ははは〜。それがステータスだよ。そこにはマリーの年齢とか職業とか能力値が見られるようになってるんだ」
「…わからない」
「その辺も聞いたことないの?」
「…うん」
「そっか。ま、それはそのうち教えてあげるよ。ちょっと見せてくれる?」
「…うん」
僕はそれを覗き見る。
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名前:マリー
種族:九狐種(雪白族)
性別:女
年齢:7
称号:忌み子 特異種 神に拾われた者
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職業:白魔法使い レベル:4
状態:衰弱
筋力:12(32)
体力:48(109)
耐性:23(48)
敏捷:32(42)
魔力:69(187)
知力:33(53)
属性:火 光 幻影
種族スキル:【獣化】【幻覚操作】
スキル:【魔力操作Lv.2】【体力値上昇Lv.9】
【痛耐性Lv.4】【飢餓耐性Lv.4】【修正Lv.max】
【肉体治癒Lv.4】【暗視Lv.4】
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…おいおい。まじか。
この世界におけるステータスの上昇値は職業によって決まると言ったが、実は例外がある。
過剰な生物的危機に陥っている場合だ。例えば、長い間ひどい怪我を受け続けたりすれば体力値が上がりやすくなり、長い間無理に脳を駆使すれば知力値が上昇する。
マリーは体力値がすでにレベル30台後半の成人男性とほぼ等しいくらいにある。これはかなりのダメージを受けてきた証拠である。
さらに、この子はさらにタチの悪いスキルを持ってしまっている。
【修正】というスキルは、一種の精神汚染のようなもので、苦しみや痛み、恐怖が一定量を超えるとその記憶を抹消する。僕が作ったもうどうしようもない状況に陥ってしまった人のためのスキル。
つまり、この子はそんな状況を体験したこのがあるのだ。
ああ…なんでこんなにも人は腐り切ってるんだろうか。滅ぼしてやろうか?
「…どうしたの?」
「ううん。なんでもないよ。なんでもない」
「…?」
「さ、お腹空いてるでしょ。ご飯食べに行こうか」
「…わたしがいたら、また」
「いいの。大丈夫だよ。文句を言う奴は僕が倒しちゃうから」
「…そうなの?」
「そうなの」
僕はアルドに声をかけ、この場所を守護させると、マリーの手を取り部屋を出た。
マリーはどぎまぎしながら僕の手にしがみつき、一緒に歩き出す。
「マリー、何が食べたい?」
「…?」
「そっか。じゃあ、食べやすそうなものを探そうか」
マリーの方を見て尋ねてみたが、よくわからないといった様子だったので僕はマリーが食べやすそうな物を探すことにした。
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「どう?美味しい?」
「…うん」
「そっか。よかった」
僕らは1軒の料亭にいた。
その料亭は、冒険者なんかがよく使うような場所で、もう少しで夕食の時間なこともあってちらほらと人が入ってきている。今回は運良く1軒目の店でマリーも入れたので、僕らは店の端の方のテーブルに座って料理を食べている。
マリーにはまずは食べやすい物がいいかと思って、柔らかめのパンとスープを注文した。マリーはそれを慣れない手つきで緊張しながら食べている。やっぱり今までそんなにご飯を食べさせてもらってなかったのか、程々の量を食べるとパンを口に運ぶ速度が遅くなった。
そして、手が止まる。
「もうお腹いっぱい?」
「…ごめんなさい」
「いいんだよ。じゃあ、残りは僕がもらうね〜」
「…うん」
僕はストレージポーチにパンを入れる。
「おばちゃん、ご馳走様〜。さ、行こうか」
「…うん」
僕は机に代金を置くと、席から立ち上がる。そして入り口に向かって歩き出す。
マリーは僕のローブの裾をちょこっと掴んでいる。
もう少ししたら冒険者とかも増えてくる。面倒ごとになる前に早く宿に戻るのが最善だろう。
カラン…と、入り口の扉についた鈴が鳴り、僕らは店を出る。
ここは冒険者ギルドの向かいにある店で、近くには服屋や道具屋、武器屋に防具屋が立ち並ぶ。
ただ冒険者の中でもそんなにランクが高い人が利用する場所ではないので、僕はマリーを連れていても文句を言うような奴はいない。そんなことでいざこざを起こしているほど暇はないのだ。
ま、何かあったら面倒だから帰るけどね。
…にしても、このままの感じだとマリーがちょっと体力を取り戻せるまではこの街にいる羽目になりそうかな。
ステータスの状態の欄はその対象の状態を表してくれるものだ。ただし、かなりひどい状態ではなければ通常と表記される。それに衰弱と出ている。つまり相当なものなのだ。そんな状態のマリーを連れて歩けるとはとても思えない。
僕はマリーが歩く速度に合わせて、宿に向かって歩く。
大通りを早いうちに曲がり、細い道をちまちまと歩いていく。
「あ、そうだ。布とか買っていかないと〜」
「…ぬの?」
「そ。マリーの服を作ろうと思ってたんだけど、もうあんまり残ってないのを忘れてたよ」
「…わたしの?」
「うん。それじゃ動きにくいでしょ?だからちゃんとした服作ってあげる」
「…だいじょうぶ」
「いや、我慢とかはしなくていいよ〜。というか、僕の趣味だからさ〜」
「……わかった」
「よし、じゃあちょっと戻るよ〜」
僕はマリーを連れて道を少し戻る。
確か、少し前に道具屋があったと思ったのだが…
「ああ、あった」
ちょっと道を戻ったところに木造建築の店を見つけた。ショーウィンドウに布切れや裁縫道具が飾られている店なので、そういうものを作るのにもってこいだと思ったのだが、すっかり忘れて素通りしてた。
僕は店の扉を開ける。
カラン…と扉についたベルが鳴った。
「いらっしゃいませ〜」
レジのカウンターの向こうにいる緑色の髪をした女性がそう言う。そして、僕の後ろに隠れるようにしているマリーを見て、微笑んだ。
「珍しいね〜。大抵はちょっと嫌そうな表情を浮かべてくるのにさ〜」
「あたしは別に種族なんかで差別するような人間じゃないのよ」
「ふ〜ん。ま、いいや」
「そう。で、ご用は何かしら?」
「布が欲しいんだよね。服を作るから、下着とかに着ても大丈夫な柔らかい布かと、上着とかの布ね〜」
「はいはい。で、色とかは?」
「う〜ん。黒、白、灰色、朱色、焦げ茶、後は適当にそんな感じの色を5,6色お願い」
「随分と適当なのね。大きさは?」
「2mx2mをそれぞれ4枚ずつで〜」
「はい。ちょっと待ってなさい」
緑の女性はそう言って、棚に綺麗に収納されている布を引っ張り出し、僕が言った大きさに切っていく。
「ところでどなたが作るのかしら?」
「僕だよ〜。この子の服を作るんだ〜。今は僕が着てないのを着せてるけど、これじゃ流石にね?」
「そうね。随分とおかしな格好だとは思ったわ」
「でしょ〜。で、ちゃんとしたのを作ろうと思ってさ〜」
「へぇ。あなたみたいなのが作るのね…」
「あ、信じてないでしょ?」
緑の女性は怪訝そうな目で僕を見ている。マリーはその目線に驚いてもっと僕の後ろに隠れる。
やめてあげてよ。マリーはまだ人と話すのも無理だっているのにさ。
「ええ。だってあなたどう見ても冒険者じゃない。それも高位のね。腰に下げている剣とかを見ればさすがの私でもわかるわ。かなり高価そうですもの。そんな人間が服を作るなんて繊細なことをすると言ってるのよ?嘘だと思わない方が変ね」
「ふ〜ん。ま、でもこの服も、この子が着てる服も全部僕の自作なんだけどね〜」
「えっ⁉︎嘘でしょ?そのローブ1つにしても、相当な職人を集めないと作れないと思うわよ。ざっと見るだけで、幾つもの魔法陣が仕込まれてるのがわかるのに」
「いや〜、本当。ついでに言えばこの剣もね」
「み、見かけによらず、あなたすごいのね」
「ははは〜。ま、長くやってるしね」
「へぇ…さ、できたわよ。これでいいかしら?」
女性は僕らの方へ向き直り、布の束を僕に見えるように置いた。
「うん。それでいいよ〜」
「じゃあ…そうね、100Bでいいわ」
「あれ?そんなのでいいの?」
「ええ。代わりに、その子の服を作ったらあたしに見せてくれないかしら?少し興味がわいたわ。あなたの作るものを見てみたくなったの」
「う〜ん…ま、いいよ。じゃあまた明日にでも来るね」
「そ、そんなに早いの?服を作るのなんてそう簡単にできるものじゃないわよね?」
「いや。作るのは簡単だからね」
「へ、へぇ。そうなの…」
「ほい。じゃ、また来るね」
僕は銀貨一枚を緑の女性に渡す。
女性はそれを受け取ると、僕の後ろのマリーに向かって手を振る。
マリーはちょっとそちらを見て、僕の後ろに隠れ直す。
「ええ。待ってるわ」
「じゃね〜」
僕はマリーを連れて今度こそ宿に帰る。
「いやぁ、変わった人だったね〜」
「…うん」
いや、本当に変わった人だった。
だって、彼女人間じゃなかったもの。多分、エルフかその辺の種族だろうね。近くを精霊が飛び回ってたし、体の耳とかに光魔法か水魔法で幻覚作ってるのがわかったし。
そんなことまでしてこの国に住んでるのは本当に変わってる。だって、わざわざ迫害されに来てるようなもんだし。
そんなことを思いつつ、僕はマリーの速度に合わせてゆっくりと宿へ向かう。
ガチャ…
「ただいま、アルド。何かあった?」
僕らが部屋に戻ると、アルドが出迎えてくれた。アルドは僕の質問に首を振って答えると、僕が部屋を出る前と同じように部屋の隅に剣を抱えて座り込んだ。
「さ、マリー。疲れてるでしょ?もうお休み」
「…でもまだ」
「まだ?」
「…なんでもないの」
「そっか。じゃあ、ゆっくりお休み」
僕はマリーをベッドまで連れて行く。マリーはベッドに座らせても、僕のローブから手を離さない。
寂しいのかな?それとも怖いのかな?
「………」
「どうしたの〜?」
「…う、ん」
「大丈夫。僕はここにいるよ」
僕はマリーに頭に手を置き、その髪を指で梳くように撫でる。
マリーはそれをおとなしく受ける。
僕はそのままマリーのベッドに横たえ、掛け布団をかけてあげ、その隅に僕も座る。
「マリーが寝るまで僕はここにいてあげるから、安心しておやすみ」
「…うん」
僕のローブはマリーの小さい手にしっかりと握り締められていた。
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