二人目の主人公:欲望の時
彼は天才だった。
* * *
昼食をとり、彼は再び訓練室に戻ってきていた。
昼食後は自由に自己の訓練に励むように言われていた。昼食前に教わった魔法の基礎訓練を行うもよし、情報収集のために図書館に行くもよし、馴れない運動を行った体を休めるもよしだ。
「やあ。来てくれてんだね」
「いや、俺が頼んだのに来ないわけがないじゃないですか」
「いやぁ、僕は教えるなんていうのは相当久しぶりなんだよ。というか鞭単体に関しては初めてなんだしね。君みたいに鞭を教わりたがる人がいなくって」
「そうなんですか?」
彼は少し悲しそうにそう言うリードに尋ねた。
が、リードは適当に流して訓練を始める。
「まぁ、理由はいろいろあるのさ。とりあえず鞭は持ってきたかい?」
「あ、はい。これです」
「ふ〜む…まぁ、悪くないね。初心者が基礎の練習するためだけだし、別の問題はないかな」
「そうですか。よかった…」
彼は自分の選んだ物を褒められたような気がして気をよくする。
そして、次の言葉を待つ。
「じゃあ、始めようか」
リードはそう言うと、人がそこまで多くない訓練室内のほとんど中心あたりまで移動し、その中心に半径2mくらいの円を描いた。
「まずはこの中心に立ってくれるかな」
「はい、わかりました」
「よし、じゃあ鞭を持ってくれ。グリップの部分を親指と人差し指がVの字になるような感じにね」
彼は円の中心に立つと鞭を握る。
それを確認するとリードが円の外に出た。うっかり当たったらシャレにならないからだろうと彼は考えた。
「次は鞭を振るんだ。こう、下から上に腕を上げて前に突き出すような感じにね。とりあえずはこれをやってもらうよ。これが鞭の基本になるからさ。はい、初めっ」
「はい」
彼はリードが円の外から彼に見せたように動きを真似て鞭を振る。鞭はしなり、振るとへなへなと地面を叩く。もう一度やってみるが、彼のイメージするようなパシンッといった音は全くしない。
「力を抜いてやるんだ。もっとリラックス。力じゃなくてスナップを効かせて振るんだ。空気を切るように
全く力はいらない。腕と鞭とが一体化したような感覚で」
彼にリードが助言をする。彼は言われた通りに鞭を振るおうとするがなかなかうまくいかず、鞭の先までしならずに地面にビタンと当たるだけだ。
「焦らなくっていい。1回1回を丁寧に」
彼は助言に従って鞭を振るう…
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こうして1時間弱彼は鞭を振るい続けた。
さん40分した頃に初めてヒュンと空を切る音がなり、コツをつかんだのか今彼が鞭を振るうとバシンッ…!と何にも当たっていないのに轟音がする。
本来は、ここまでのスピードで上達するなんてことはない。初心者が轟音を鳴らすなんて論外もいいところだ。だが、彼には”強欲の者”という称号の補正がある。
この称号をヘルプは経験値や能力上昇の際に補正が入る称号と言ったが、実際はそれだけではない。この称号には称号の所有者の意思が強く反映される。彼は自分ができないことは認めない。だからスキル取得と技能上昇速度を上げる称号となっている。もし、彼の一番の”欲”が物欲であったりするならば、運や値切りのしやすさや手に入る可能性など、そういったことに補正をかける称号だったはずだ。
とにかく、彼は元々の才能もあったがこの称号によって異様な速度で上達していた。ただし、この称号の詳細はこの称号を設定した本人にしか知られていない情報である上に秘匿されているために誰も知る者はいない。
「す、すごい。初めてだ…君のような才能に溢れた人は…!」
「はぁ…はぁ…そう、ですか?」
「ああ、そうだとも。さぁ、次に進もう…と言いたいところだけど、一旦休憩を挟むよ。休憩しながらこの世界の鞭についての話をしてあげるよ」
「は、はい…」
彼はリードが地面に座るのを見ると、自分も同じようにその前に向かい合って座る。
鞭を地面に置き、深く息を吸って深呼吸をし息を整える。
「よし。もういいみたいだね。じゃあ話を始めよう。まず、鞭って何の為の物だか知っているかい?」
「ええと…乗馬とか、ですか?」
「それも1つだね。じゃあ答えを言うけど、この世界の鞭の発祥は”拷問”だよ。捕虜やスパイを痛めつけて情報を吐かせる為の物なんだ。君たちの世界がどうだったかは知らないけど、この世界ではそれを魔物の調教に使ったりとかしている」
「あ、それは俺らの世界でもありました」
「おお、そうかい。まぁ、話を進めよう。で、そんな鞭は拷問用には十二分の威力を持っていたんだ。だから、いつしか武器としても使われるようになったんだ。魔物相手にも効果を発揮するし、軽くて持ち歩きに困らないからね。鞭っていうのはなかなかに便利な武器だったんだよ。だけど、そんな鞭もこの600年ほどで廃れてしまったんだ」
「廃れてしまったんですか?今便利な武器って言ってたじゃないですか」
「ああ。魔物相手には有用なんだ。魔物の大半は毛皮に覆われているか鱗だからね。だけど、600年ほど前に魔王と呼ばれる者が討伐された。その頃から魔物の脅威は減り、今ではAAAランク以上の魔物は存在してないって言われるぐらいにね。代わりに増えたのは人同士の争いだ。人は多くが鎧を着ている。鞭に鎧を貫く威力はないんだ。衝撃は伝わるが、攻撃にはならない。だから、廃れてしまったんだよ。今じゃ、ナイフ、杖と並んで最弱武器なんて言われるくらいにね」
「…じゃあ、鞭に使い道はないってことですか?」
彼は時間を無駄にしたのではないかと不安を覚えた。今の時間を別のことに当てていればもっとうまくいくことがあったかもしれないと考えてしまった。
「いいや。そうでもないんだ。とは言っても、こうやって武器として使えるのは今のこの世界では僕1人だろうね。まぁ、君が使えるようになれば2人だけど」
「はぁ…?」
「ツカサくん、鞭の戦闘方法ってどんなだと思ってる?」
「ええと…こうやって鞭を相手に当てて攻撃するものだと思ってましたけど…違うんですよね?」
「いや、それも僕の教える技術を持ってすれば使えなくはないからね。鞭は振るうだけでなく、敵を引き寄せたり、牽制や間合いを取ることにも使えるし。武器に絡めて奪ったり、最悪はグリップ部分で殴る何てこともできる。近距離・中距離武器なんだ。で、ここからが僕の特殊な鞭の使い方だ。魔法剣と言えば伝わるんじゃないのかな?魔法を武器に乗せて放つ攻撃方法がこの世界には存在するんだ」
「あ〜…もしかして、炎の剣みたいな感じですか?」
「そんなイメージであってると思うよ。ただ、それは武器に魔法を乗せただけ、威力を足しただけの攻撃だ。僕の鞭の奇術師と呼ばれる技術はそんなものじゃないのさ。一度見せてあげよう。ご覧よ」
彼は立ち上がったリードへ視線を向ける。
リードは腰にくくりつけられていた鞭を華麗に取り出し、ヒュンと一度宙を切った後、その鞭に炎が宿る。その炎は消えることなく燃えている。だが、それは鞭を燃やしているわけでもなく、言葉通り鞭に宿っているのだ。
「す、すげえ…」
「どうだい?素晴らしいだろう?こうすることにより、鞭を鎧を着た人に対しても使うことができるようにしたのさ。君にこれを教えようと思うんだよ。どうだい?やる気になれたかな?」
「あ、ああ。もちろん」
彼はその光景に一種の憧れを覚えた。
単なる技術は【強奪】では奪えない。彼はその技術を何が何でも習得したいと思った。彼は強欲だ。彼の欲望はその一点に集中した。
「さて、じゃあ話を続けよう。これは付与魔法という物の応用を使った魔法技術だ。まぁ、鞭も一応特別製だけどね。鞭の素材全てを迷宮魔物の素材から作り、その本来魔法媒体として使う物に魔法を帯びさせるんだ。付与魔法と通常の魔法、この2つを混ぜ合わせて構成した陣魔法を鞭に宿らせる。まぁ、こればかりはやらないとわからないと思うから説明は今度にしようか。休憩は終わりだ。訓練を再開するよ」
「…っ!はい」
彼はこれ自体が特殊であることを理解した。
魔法についてと魔物についての説明は先ほどの魔法の講義の時間に教わった。魔法をそうやって使うのは普通の人には無理だ。複数魔法の合成は150年ほど前に見つかったが、それはあくまでも同じ系統…攻撃は攻撃同士、防御は防御同士。さもなくば同じ属性のみだった。こういったように全く異なる魔法は組み合わせられないという説明を聞いた直後にこれを見せられたのだ。
彼はまあ知らないが、さらに言うと付与魔法というのも特殊だ。魔法を魔道具に付与するのは一応誰でも可能であり、付与魔法とは異なるものだ。付与魔法というのは性質を物に与える魔法だ。これは属性ではないがかなり精密な魔力操作を必要とする。魔力を陣や魔法文字を崩さないように物に浸透させるのだ。
これだけでもリードという人物がかなりの天才であることは間違いないだろう。
「…!そうだ。【鑑定】」
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名前:リード・エルスチャント
種族:人間種
性別:男
年齢:32
称号:知識人 乗り越えし者 鞭の奇術師
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職業:付与魔法技師 レベル:48
状態:通常
筋力:54
体力:120
耐性:53
敏捷:68
魔力:223
知力:51
属性:火 地
種族スキル:
スキル:【鞭術Lv.7】【魔力支配Lv.2】
【並列思考Lv.4】【感覚強化Lv.2】
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彼は再び驚愕した。
この世界の住人ながら称号を3つも所有し、能力値も一般人の1.5倍くらいある。彼は自分が天才に教わっているのだと思うと、悔しいながらも珍しく喜んだ。”奪う”のではなく、技術を”盗もう”と思った。信じるわけではない。だが尊敬に値する人物であると、そう思ったのだ。
「じゃあ続きを始めるよ。次のステップだ。まずは僕の振るうのをよく見ているんだ」
リードが鞭を振るった…
* * *
「な、なんだよ…ふざけんなよ。どうして俺がこんな目に合わねえといけないんだよ!」
彼は淡い光を発する迷宮の中、叫んだ。
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