16.出て行きましょう
『…え、ええと。試験終了です』
受付嬢の苦い声が、スピーカーのような魔道具を通して訓練室に響く。
「で、どうすればいい〜?」
『え、ええと…え?はい。ああ、ちょっとお待ちください』
どうやら、見る限りだと下から上がってきたラオンさんと話をしているようだ。
残念ながら、スピーカーを切られてしまったため声は聞こえてこない。
僕は息吹を鞘に収め、地面に転がっている石ころをリフティングして待つ。
『お待たせしました。試験は以上です。出口まで来てください』
「ほ〜い」
そんなに時間がかかることなく、スピーカーから再び声が聞こえてきた。
僕は石を思いっきり蹴飛ばし、出口に向かって歩いていく。
蹴飛ばした石は壁にあたり、めり込む。あまりに脆かったから魔力で強化をかけてみたけど、これ意外に使えそうだね。
「お疲れさまでした」
「うん。ありがと」
出口まで行くと、受付嬢が待っていた。
「では、こちらへ来てもらえますでしょうか?」
「はいよ〜」
僕は受付嬢に連れられていく。
行きと同じように石で作られた階段を登り、受付階に上がる。
そして、そのままもう2つ階を上がり、3階まで登ってきた。
…あれ?受付に戻るんじゃなかったの?
「…あ〜。そういうやつか」
「どうかされましたか?」
「あ、うん。なんでもないよ〜」
これってあれでしょ。試験とかの相手がギルドマスターとかだったりして、それを倒しちゃったから、それをDランクになんてして置けないってことでギルド長の部屋とかに連れて行かれて、高ランクから始めるやつでしょ。
きっとそれでしょ。よくあるテンプレだね。きっとそのはず。
やったね。これで一気にランクが上がるよ。
僕がそんなことを思ったところで、受付嬢が1つの部屋の前で立ち止まる。そして扉をノックした。
『入ってくれて構わない』
「はい。では失礼します」
中からさっきのラオンさんと同じような声が聞こえて、受付嬢が部屋の扉を開けた。
やっぱりこれ、そういうことでしょ。
そして、受付嬢が部屋に入り、僕もそれに続いて部屋に入った。
部屋は応接間だったようで、2つ向かい合わせに並んだソファーに机が挟まれて置いてある。
そして、そのソファーの1つにはラオンさんが座っている。
やっぱりそういうことであってたみたいだね。
「座ってくれたまえ」
「ほいよ〜」
「ああ、戻ってくれて構わんよ」
「では失礼します」
僕は向かいのソファーに座り、受付嬢は部屋から出て行った。
「さて。よく来てくれた、ネロ君」
「いいよ〜、別に。で、僕が呼ばれたり湯を話してくれるとありがたいかな」
「そうか。では、今回呼んだ理由を話そう。私は元Sランク冒険者だ。君はそれを倒してしまったので、そんな実力者をDランクから始めさせるのはどうかと思ったのだよ」
「ふ〜ん。で?」
やっぱりそういうことなんだろう。一応冷静に返しておいたが、内心ちょっとワクワクしてるね。
ラオンさんは僕の質問を聞いて、紙とペンを取り出した。
「特例として、Bランクから始めてもらおうと思う。だが、それを私の一存で行うのは問題になりかねん。そのためにこの契約書に血印とサインと魔力を通してくれるか?」
「ふ〜ん。どれ?」
僕はラオンさんが持ってる紙を受け取る。
主な内容は、事件とかを起こした時の責任をしっかり負うとか、通常時での魔法や武力の行使に制限がかかる程度のもの。
…問題はそこじゃない。これを見つけちゃったせいで、僕のワクワクしてた気分はさっぱり冷めちゃったよ。僕の気持ちを返してよっ。
この紙に仕込まれているのは奴隷契約魔法だ。
闇属性、魂縛系統に即する魔法の一種。僕がラージェに教え込んだ禁呪を元に改良して作った”奴隷の首輪”の代わりとなる魔法だ。
その中でもこれは特殊な陣を使った契約魔法で、血と魔力、さらに本人はそれを受諾したという著名が必要になっているかなり特殊なもの。一応、犯罪奴隷とか用のために強制的に奴隷にする魔法とかも用意したけど、この中でも最もたちの悪い奴を持ってきてくれたよ。
これは永久奴隷になるのを承諾した場合、または極刑レベルの犯罪を犯した場合に使われる魔法陣だ。
しかも契約した奴隷に浮かび上がる奴隷印が出ないようにちょっと改竄された陣。
はぁ…この国の人間はどうなってるのか心配だよ。僕が見てた頃は、こんなに碌でもないようなことが普通に起こるような国じゃなかったはずなのに。
「断るよ。君は何を見てたの?僕が使っていた魔法が闇属性に含まれることぐらいわかるよね?それなのに闇属性魔法の陣が僕に理解できないとでも思った?僕をバカにしてる?いや、それならそれでいいよ。うん。ただね、僕がちょっとイラっとしてこの町全体をさっきの魔法で覆い尽くすだけだからさ。で?」
「な、何を…言ってるのだ?契約魔法…だと⁉︎どういうことだ!まさか…奴らァ!」
「ってあれ?どこ行くの〜?」
ラオンさんは僕を放置して何処かへ出て行こうとしてる。その表情は怒りに染まり、どこか一点を睨みつけている。
…ふむ。ラオンさんはこのことを知らなかったみたいだね。頭ごなしに文句を言ってごめんよ。
でも、まずは僕に説明してくれないかな〜。さすがに放置されても困る。
「お〜い。聞いてる〜?」
「…すまないが、少し待ってはもらえないだろうか?所用ができた」
「これを頼まれた場所に行くの?」
「そうだ。私はそれを知らずに、これに4人もサインさせてしまった…許さん」
「あ〜。それはどうでもいいからさ、僕のギルドカード作ってくれない?僕今日のうちにこの街出る予定だから」
「…そうか。わかった。受付に伝えておこう。下の受付フロアで待っているといい」
「ほ〜い」
「では失礼する」
怒りで我を忘れるタイプじゃなくてよかったよ。僕のカードはちゃんとやってくれるようだ。
僕に一礼したラオンさんは扉をものすごい勢いで開けてそ何処かへ向かって行った。体から溢れてる威圧感がやばかったね。
…さて、僕も行こうかな。
僕はソファーから立ち上がり、部屋を出て1階に向かう。
階段を降りている最中にすれ違う冒険者たちが、腰を抜かして倒れまくってて面白かった。
きっと、ラオンさんにすれ違っちゃったんだろうね。あれは確かに一般人から見たら相当恐怖するものだものね。しょうがない。
僕が1階に下りると、受付フロアにいる人に至っては気絶してる人がいてちょっと驚いた。受付の人は全員受付の奥に引っ込んじゃってるし、ボードとかを見てた低ランクのパーティとかの人たちは盛大に泡を吹いて気絶中。
これで僕のカードはちゃんとできるんだよね?
「よし。受付の人に確認すればいける」
確認してみればわかるはずだ。
僕は受付に向かう。受付に行くが誰も出てきてくれないので、カウンターの向こうに身を乗り出して人を探す。
するとカウンターの奥の方に縮こまってる受付嬢や魔物素材の鑑定士とかが見えた。
「すみませ〜ん。僕のカードどうなったの〜?」
僕は結構大きめの声で中に話しかける。
すると、僕の声でハッとしたように受付嬢たちがこちらを向き、いそいそと自分の仕事に戻ろうとし始める。手がガタガタ震えて床に落としか物とかが拾えてなかったりするのは、しょうがないということにしておいてあげよう。
僕が中を観察して待っていると、さっきの受付嬢が奥の方からやってきた。
「ね、ネロ様ですね。ギルドカードはい、今準備いたしまっすのでしばらくお待ちくださいぃ〜」
「あ〜、うん。落ち着いてちゃんとやってね〜」
「は、はい…」
アワアワしてた受付嬢を収め、僕は適当な近くの椅子に腰掛ける。
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で、結局ギルドカードができたのは、午後の3時になってからだった。
僕がここにきたのが6時半。試験を受けたのが7時で、終わってラオンさんが契約魔法のことでどっかに行っちゃったのが7時半。
僕はそれからずっと9時間も椅子に座って待っていたのだ。
どれだけ暇だったことだか。
ま、ラオンさんがあんなに怒ってるのがそれほど異常なことだったに違いない。
受付嬢もラオンさんがあんなに怒っているのは初めて見たって言ってたし、確かにものすごい表情してたからね。身体中から殺気が溢れ出てるかのようにブチ切れてたよ。
そのせいで受付とかが倒れちゃったりした人の対応に追われ、ギルドカードを作れる人が司令塔に回っていたせいで、ギルドカードの準備ができるのがそんなに遅くなってしまったというわけだ。
「ま、ランクがBBから始められたんだし、いっか」
ラオンさんが言付けして行ったこともあって、僕のランクはBBランクになった。また二つ名なんて貰うのはちょっと恥ずかしいけど、結果的には良しとしよう。
僕は”ストレージポーチ”の中にギルドカードを放り込み、町を出るために大通りを城壁に向かって歩いている。さすがは皇都と言うべきなんだろうけど、大通りは人で溢れかえり、武器屋や防具屋や道具屋や薬屋や露店やアクセサリー店や…と様々な店が所狭しと通りに並んでいる。僕は特に持つ物もないので素通りしているが、中を除けばそこそこにいい物が並んでいるようだった。
そんなのを眺めているうちに、僕は城壁の門にたどり着いた。
「冒険者か?ギルドカードを見せろ」
「ほいよ〜」
「…BB⁉︎ま、まあいい。通っていいぞ」
城壁の門の前で兵士に身分証明を求められたが、普通に通れた。
やっぱり、僕ってそんなに弱そうに見えるのかな〜?
そんなことを思いつつも、僕は城壁の外に出た。
城壁の外には石畳で綺麗に舗装された街道が続く。その両端には一定ランク以下の魔物程度を追い払ってくれる魔法道具を設置してあり、そこから先は普通に木が生い茂っている。
…僕の一番頑張ったことだ。これをやるためにマドーラの魔法研究所の人を大量に借り入れ、冒険者に護衛を依頼し、僕の眷属のゴーレムたちに石を運ばせたり木を切らせたりして、僕が頑張って作った街道だ。
幅はちょっと大きめの馬車が2台程度通れるくらいになっていて、普通に商人が行き来したり、貴族やその使者などもが使うものだ。どうだ。すごいだろ〜。
…ま、これから戦争とかになったらボロボロになっちゃうんだろうな。
僕はちょっと悲しくなってから、街道を歩き始めた。
さて、歩いている間は何もすることがないし、僕がこれから向かう先について言おうか。
僕が今いる皇国はシルフィード王国との間…海に面した場所とルクシオ帝国との境の大河を除いた場所は山脈に囲まれている。その上に帝国の間に架かっていた大きな橋を壊したため、他の国との交通手段がほとんどない状態だ。
また、人間種至高主義の国家であるために、この国は他の4つの国から孤立している。
つまりだ。他の国に行くのがすごくめんどくさい。けど、行かないことにはどうにもできない。
そのために、僕は今スリング共和国との国境へ向かっている。
山越えをしないといけないのはちょっと大変だが、それ以外に道がないのでしょうがない。というか、僕が邪魔な貴族を北に飛ばした大半の理由がこれだしね。こうすることで王都に近づきづらくなるのだ。
まぁ、今はそんなことはどうだっていい。
で、スリングとの国境に向かうのはそこが戦場になる確率が一番高いからだ。勇者を呼んだのは王国だけど、王国と皇国の国境付近の山脈は特に厳しい。しかし、このスリングとの国境はなだらかな丘程度であり、兵を布陣させるのにも向いている。なにせ、皇国からすれば向こうが一番攻めやすい場所な上に、上から見下ろせるのだから敵の様子を見るのにも向いている場所なのだ。少数では魔法の的になるだけではあるが、大量にいればいくらでもやりようがある。
…ということで、僕はスリングに向かっている。
ついでに言うと他にも理由はある。
ここ皇国には、迷宮が一つしか存在しない。僕か作った迷宮の中でも”初心者の塔”と名付けるくらいに簡単な迷宮だ。勇者たちの育成にはちょうどいいが、僕か楽しむには物足りないのだ。
他の国にはそれぞれ7,8個ぐらい作ってある。他にも大量に作ったが、それはこの大陸ではなく、別の大陸だ。多分、そこまで人がたどり着けるようになるにはあと何百年かは必要だろう。
まぁ、外に地を求めるのは近い話だとは思うけどね。この大陸自体がオーストラリアをちょっと広げたぐらいなのだ。住む場所が足りなくなるのはそんなに先のことではない。
「はぁ…でも歩くのって暇だよね〜」
僕は特にすることもなく、ただただ街道を歩いていくのであった。
…テンプレとかに遭遇してでもいいから、楽しいことでもあればいいのにと切実に思うよ。
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