二人目の主人公:不満の時
彼は騙されるのが許せなかった。
* * *
どういうことだ…?それが彼の正直な感想だった。
夕食の時、彼の探した髪の長い男の姿は見受けられなかった。そして、フィリアに尋ねてもしらを切られるだけで、過度な追及は自分に対しての不信感を抱かれかねないと考えて一度きりしか聞かなかったが彼はフィリアを信じることがなくなったことは確かだ。
彼がそれを訪ねた時、フィリアは「誰ですかそれは?」などと答えたのだった。彼に見られていたことに気づいていたかったことも原因であるが、彼に明らかな嘘をついたことは確かだった。彼はその男がおそらく追い出されたか殺されたものと考え、追及することはこれ以上しないことにした。これ以上の追及は自分の身を危険に晒しかねないと思ったのだった。
「はぁ…まじかよ」
そして、彼は自分の部屋で大きくため息を吐いた。
料理はバイキング方式…つまり自分で好きな料理を取って食べる形式の立食パーティだった。彼は自分の友人を見つけ数人とともに楽しんでいたのだが、その最中に聞きたくないものを耳にする羽目になっていたのだ。
ティニャはスパイではなかったが自分の監視係ではあった。
彼は友人と話している最中に自分のメイドの話題になり、自分のメイドのティニャのことが気になった。彼は【聴力強化】で今自分のいる部屋の外で待機していると思われるメイドの声を拾おうと耳をすませた結果だった。メイドたちの報告をする声が聞こえてきたのだ。その中にティニャの声も聞こえた…否、聞こえてしまった。
彼は固まった。あんなにも普通の女の子に見えたティニャが、自分のことを淡々と誰かに話している声が聞こえたのだ。その言葉遣いは彼に向かって話すたどたどしい丁寧語ではなく、きっちりとした敬語。自分が騙されていることを悟った。彼はやはりこの国の人間を信用することが間違いであるということを理解した。
彼は友人の声で少しの間のショックから立ち直り、「思ってた以上に疲れていたみたいだわ、俺。わりぃ」などと言って会話に戻った。そして、彼の友人たちにもあまりこの国を信用しないほうがいいという事を伝えた所で教皇からの話が始まり、それを聞いてから部屋に帰ってきたのだった。
部屋に帰ってきて風呂…とは言っても軽いシャワールームが付いているだけであったが、それで体を洗い、部屋に備え付けられていた物に着替えてベッドに横になっていた。
「しかも訓練かぁ…」
彼は内心、不安でいっぱいだった。彼は普段は12時を過ぎてもベッドに入らない事がほとんどであったが、今日は11時なのにベッドに入ってティニャをもう寝ると言って部屋から追い出していた。
来てすぐの高揚感はティニャの声を聞いてどこかへ立ち去り、この世界の冷酷さと帰れない不安、もしかしたら死ぬかもしれないという恐怖のみが彼を支配している。彼には心の底から信用できる人はいなかった。彼にとっての他者は利用すべきもので、頼るものではなかったのだから。それ故に彼にはこの恐怖をともに分け合える人物は存在し得なかった。
…まぁ、残念ながら今の生徒たちの心は大半が浮かれており、そんな共有し合える人物自体が少なかったが。
彼が夕食時の教皇の話で聞いたのはこれからの生活の事だった。
これから彼らには訓練が課される事になっていた。戦闘経験のない彼らにはまず体力づくりや剣の振り方や武器の使い方、魔法の使い方や魔物についての知識…他にも様々な事を教える必要があるのだ。当然の事とも言える。明日は早朝から剣や体術の訓練があり、昼には魔法についての講義、夕方まで個人の自己練習時間。それら全てはこの城の内部にある訓練室で行われる事となっており、何グループかに分けられて数名の教官がついてそれらを行うと聞かされた。
「俺がそんな訓練、か…今まで通りなんとかなるだろうけど、スキルが突然増えたりしたらまずいんだよな。できるだけ多くの訓練をやっておきたいんだけど、普通は後天的にスキルは一気に増やせないし、”偽装”で作ったとしても手に入るかもわかんないしな」
彼はできるだけ多くの力をこの城で手に入れ、機会を見つけて城から抜ける事を考えていた。もうこの城の人間を信用するつもりはない。そんな場所に長居したくはないが、彼には戦闘経験も戦闘技術もない。なので、スキルをうまく運用して戦闘をする事ぐらいはできる程度まで…彼があの部屋の中で得た情報によると、それくらいの技術があればこの世界で最低限は生きていける程度まではこの城で自分の能力を磨く。
それまではうまくスキルや職業の事を隠し、余計な目をつけられないように過ごすつもりだった。
「とりあえずはもう寝ておくか。明日から訓練だって言われたし、体力は温存するべきだよな」
彼は照明器具のような機能を果たしている魔道具に手を触れて光を消す。
そして、ふと思いつく。
「…暗いし、見えないよな」
魔力…体に流れるエネルギー。彼はそれをティニャに教わった。魔法が使いたいと言った時初めにやり方を教えてくれた物だ。彼はティニャのことはもう全く信用するつもりがなかったが、魔力についてはあの空間内で聞いた事実とそれほど変わりなかったので、魔力を操作する訓練をしようと考えたのだ。
彼はティニャに教わったように体内に意識を集中する。
そして、体内にある向こうの世界では感じることのなかった異物感へ意識を伸ばしていく。彼はティニャに「魔力っていうのはお腹のあたりにあるあったかい物です」などと説明されていたが、彼にはあたたかい物というより、寧ろ自分の内部に突然発生した今までになかった異物のようにしか感じられなかった。
体の中に未知の物があるという感覚が強くなる。彼はそれを動かそうとする。【魔力操作Lv.4】により、操作への補正がかかり彼は普通の人間よりも圧倒的に楽にそれを操作できるが、未だその魔力を操作する感覚に慣れていないため彼の思った通りにはうまく動かない。
まずは手のひらに魔力を集めることから始める。手のひらというのは最も魔力を集めやすい場所…らしい。ティニャはそう言っていたが、あの部屋でそう言ったことについては何も聞いていなかったのだ。ただ、動かせるようになるのは色々と役に立つとは言われていたため、彼は一心不乱に魔力の操作に取り組むのであった。
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午前6時少し前。もぞもぞとベッドにかかる布団が動く。
「ぅ…うぅ。あ〜…異世界、だったんだっけな」
ベッドからかけ布団がめくれ、彼が起き上がる。目をこすり少し眠そうである。そして追記すると彼の表情は一見すごく不機嫌そうで、実際はすごく機嫌がよかった。
「…って、俺いつの間にか寝落ちしてたのか」
彼は少しそうしていた後、しっかりと目が覚めたらしく機能訓練をしていたことを思い出した。
実際は彼の考えた理由とは違い、手に魔力を集中するというのは手から魔力を体外へ放出することとなり、結果的に魔力を全て消費したことにより彼は気絶したのだった。
彼は気だるい体を起こしてベッドから立ち上がる。彼は目覚めが良い方だった。洗面台へと向かい、顔を洗う。ピョンと跳ねた寝癖を直し、部屋に戻る。
「…そういや今日の服ってどうすりゃ良いんだ?さすがに制服じゃ動きにくいし、ジャージかなんか支給してくれんのか?」
彼は着替えるべきものがないことに気づき、首を傾げつつクローゼットを開く。
そこには昨日自分のかけた制服がかかっており、ネクタイや元々ポケットにしまっていたペンや財布もそのままにある。彼は昨日自分の今着ている見るからに安物に見えるシャツや下着やズボンを取り出した引き出しを見るが、同じようなものしかない。おそらく元々は客人用の部屋であり、夜着るための服しか用意していないのだろうと彼はあたりをつけ、部屋に置いてあるメイドを呼び出すための呼び鈴の役目をする間道具に触れる。
それはパソコンのマウスのような大きさの半球で、その中心に青白く光る石が填められている。そこに触れるとメイドに呼んだのが伝わる仕組みになっていると【鑑定】で理解していた。細かい原理については鑑定出来なかったが、今の彼にはそれ以外の機能については必要なかった。
『お呼びでしょうか?』
「おう」
『入っても?』
おそらく部屋の近くで待機してたと思われるティニャの声が彼の耳に腹立たしく響く。
彼はなるべく今までと変わりないような声色にするように心がけつつ返事をした。
「かまわないよ」
『では…失礼します」
扉を開け、機能と変わらぬ格好のティニャが彼の前に姿をあわらす。
「どうしましたか?」
「今日俺って何を着ればいいのかって思ってね」
「ええと…ちょっと待っててください」
「あ〜。どっかに服とかがまとめて置いてあるんなら、俺をそこまで連れてってくんね?サイズとかデザインとかは俺が選びたいしさ」
「わかりました。じゃあ、ついてきてください」
ティニャは彼に向かって笑顔でそう言い、彼も誰が見てもわからないような巧妙な作り笑いで対応する。
2人は部屋を出て、少し廊下を歩く。まだ朝も早い上に普段なら目覚ましや親に起こされるなどでもしないと起きない人が多いのだろう。廊下は静かだった。
彼は何もしゃべることなくティニャについて歩いていく。
廊下で話せば声が響くだろうし、まだ起きていない人を起こすのもなんだと思っての行動であり、別にティニャを嫌っての行動ではなかった…ただし、嫌っていないわけではない。そこまでではないが、裏切られたという感覚により嫌悪感は抱いている。
「ここです」
「お、おお〜。これ、すごいな」
「ですよね〜。私も初めて見たとき驚きましたもん。ああ、この部屋の服はこれから勇者様方に支給される予定の物で、本来はサイズだけ聞いてそのサイズに合った服を見繕うのですけど…特別です」
ティニャがいたずらが成功した子供のような表情を彼に向けた。
その表情を無視して彼はその連れてこられた部屋に目を向ける。そこは縦横100m以上あるように見える大きな部屋だ。そして、そこには所狭しとしまい込まれた服があった。男女で分けられ、部類ごとに分けられ、サイズごとに分けられたその大量の服たちはまさに壮観であった。もはや一種のオブジェクトと言われても信じられるのではないかというくらいだ。
「じゃ、じゃあ、俺がここから勝手に選んでいいのか?」
「はい。あ、もちろんいっぱいは持ってかないでくださいよ?他の人の分がなくなってしまいますからね」
「わかってるって」
彼は少し興奮気味にそう答え、その服のなかに紛れた。
彼は服にはそこまでの関心は持っていなかった。だが、自らを服装という外観によって他者からのイメージを悪くするのは許さなかった。要は服装で自分を不利にするのは避けたかったのだ。普通の人なら汚れた人より綺麗な人をよく見るであろう。それと同じだ。
彼は大量にある服のなかから当たり障りのない、かつセンスが悪いとは思えない程度の服を幾つか選んでいく。彼はこの城のなかで目立つわけにはいかないのだ。できるだけ普通でなければならない。ただし、一般程度と思われるのは彼自身が許容できなかった。
動きやすい方が色々と便利であるため、パーカーやシャツなどを中心に選ぶ。さらに言えばジーパンなどの動きにくい物はできるだけ避けた。
まぁ、あくまでもこの世界にある似たような物を選んだのであり、素材や色が若干向こうの物と違ったのに戸惑うところもあった。例えば赤いジーパンを見つけた。紺ではなく、サンタのコスプレがごとく真っ赤だった。
「まぁ、これだけあればいいだろ」
彼は上に着るTシャツを5枚、上着4枚、ズボン4本を抱え、部屋の入り口に戻る。
下着類は部屋にまだいくらか置いてあったのを来る前に確認していたので、下着類などは持たなかった。が、代わりにベルトを数本持ってきた。最悪武器にでも使えそうだなどという安直な考えではあったが、役に立つ可能性はゼロではないのであくまで一応である。まぁ、彼自身のウエストがかなり細めであるため、実際に必要ではあるのだが。
「あれ?もう終わりましたか?」
「おう。とりあえずこれぐらい持ってきたんだけど、大丈夫か?」
「あ〜…多分大丈夫ですよ。持つの手伝いますね」
「助かる」
彼は幾らかの持っていた服をティニャに渡し、部屋に帰る。
結局、彼が部屋にいた時間は十数分程度だった。選ぶのには時間をかけなかった…というより、彼が服へのこだわりが少なかったために時間がかからなかった。基準はすでに決まっていた上に、それに沿って彼が好みで選んだだけなのだから当然とも言えるだろう。
部屋に入り、持ってきた服をベッドの上に置く。
そこでティニャが質問を投げかけてきた。
「そういえばローブとかマントは持ってこなかったんですね」
「ローブなんかいるのか?」
「部屋にいた人からもらいませんでしたか?あ…いいんでした。そういえば今日訓練前に話をするって言ってましたね」
「そうなのか?」
「あ、はい。ああ、これまだ言っちゃいけなかったかもしれないです。忘れてください」
「いや、無理だろ。ま、ありがとな」
「いいえ。では」
彼は何に使うのかはよく理解していなかったが、とりあえず記憶の片隅においておく。
そして、形ばかりの礼を言い、ティニャを部屋から追い出す。
「さて、とりあえずしまっちゃうか」
彼は今着る分を残し、部屋のクローゼットへ綺麗に持ってきた服をしまう。
そのあと彼は服を着替え、向こうの世界にいた時に身につけていた時計を付け、ペンとメモ帳をポケットへしまう。
それを終えると、彼はベッドに横になりステータス画面を開いて眺める。
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名前:本居 司
種族:人間種
性別:男
年齢:17
称号:異界人 勇者の可能性 天使の加護
強欲の者
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職業:強欲の王 レベル:1
状態:通常
筋力:80
体力:120
耐性:120
敏捷:180
魔力:220
知力:80
属性:闇 治癒 火 水
種族スキル:
スキル:【強奪Lv.2】【偽装Lv.4】【体術Lv.3】
【スキル整理Lv.max】【鑑定Lv.1】【剣術Lv.5】
【並列思考Lv.2】【魔力操作Lv.4】【聴力強化Lv.3】
【統合Lv.max】
強奪スキル:
振り分け可能値:1299p
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【統合】を取得してみたものの、使い道が全くよくわからない。
彼はスマートホンを操作するように【統合Lv.max】と書かれた部分に指を触れ、統合可能なスキルを見ても何も載っていないのだ。おそらく【統合】は決まったスキルで同士しか組み合わせることができず、今自分の持つスキルの中にはその組み合わせがないのだと彼は考える。
実際にその考えは正しい。【統合】はスキル整理と同じように一定条件を満たす、または決まった組み合わせのスキルを取得していないと使えないスキルなのだから。
しかし、彼は【強奪】よって多くのスキルを得ることが可能になっている。今後に期待しようと思い、彼はステータス画面を閉じる。
意見、感想等あればお願いします。




