11.楽しんでおきましょう
「じゃあ気をつけて帰れよ。ああ、明日からは中間だ。しっかりやれよ」
「起立!…礼!「「「「さようなら」」」」」
ゆーちゃんが引っ越してきてから、1週間が経った。
今日は月曜日で、うちの学校は4日間でテストをやるので、今週の残りは全部テストだ。実に面倒くさい。
教師がプリントなどを片しはじめると、生徒たちも一斉に教科書やらノートやらをバッグにしまいはじめる。
そして、部活のある者は部室へ、当番の者は掃除をし始め、それ以外の者たちは他の教室へ向かったり、友人と話し始めたり、帰り始めたり…
「しんくん、今日は行くの?」
「ん〜…僕は帰るけど、ゆーちゃんは?」
「私は行く予定だよ」
「そっか。じゃあ、会長さんによろしく伝えといてね」
「うんっ。わかった」
1週間の短い期間ではあったが、僕と安井と矢辺の努力により、ゆーちゃんはクラスに結構馴染めている。相変わらずこうやって話せるのは僕だけみたいだけど、それでも他の人と普通程度に話せるようになれたのはいいことだと思う。
さらに、ゆーちゃんは生徒会に行くことが増えた。魔術関連のことが忙しくなったみたいで、ちょくちょくお呼ばれしてる。
僕は荷物…とは言っても幾つかの本と筆記用具とファイルのみだけど、それらをバッグにしまい終え1人で教室を出る。別に寂しい奴なわけではない。最近、神野が部活の副部長に任命されたせいでテスト直前でありながら部活に呼ばれてるし、ゆーちゃんは生徒会、他にこっちの方に帰る人はいないのだ。仕方がない。
僕は階段を下りる人の流れに紛れて階段を下り、人が溢れかえる下駄箱で靴を履き替え、楽しそうに会話している生徒たちの間を縫って自転車を取りに行く。
…あれ?やっぱり可哀想な奴に見える。どうしてだろ。
「ま、今日は帰ったら、夕食作って風呂入って昨日途中で終わっちゃった奴を完成させよ」
僕は自分の自転車の前カゴにバッグを放り込み、自転車を押して校門へ向かう。
校門ではいつものように教師が「さようなら」と、生徒に声をかけては無視されている。僕よりこっちの方が可哀想だね。
僕もその前を素通りし、自転車に乗って走り出す。
あまり広くない歩道横の自転車用通路を通り、横に広がって歩いている生徒たちを追い越していく。
そして少しすると、僕の視線の先には生徒がいなくなる。
まぁ、僕らの方から来ている生徒は僕と神野のみ。他は学校のすぐ近くか反対か電車で来ているかの3択。それもそうだろう。もともとこっちの方の中学は頭の悪い奴が多い上に、ガラの悪い連中が多くて高校に行かない奴もいるくらいなのだ。当然と言えば当然のこと。
おかげで自己紹介で出身中学の話をすると「え?どこそれ?」みたいな感じか、「あそこら辺ってやばいって噂だよね」みたいな感じになる。確かにバカは多いけど、そんなやばい連中はうちの中学では僕ぐらいだったよ。他はいたって普通の中学生だった。今は僕らが通ってるところより低い高校に通ってるか、遠くに電車通学してるはずだ。
どうでもいいことを思い出しているうちに、家につく。
僕は自転車を自転車置き場に置くと、バッグをとって自分の部屋に向かう。
ガチャ…と、鍵を開けて中に入って再び鍵を閉める。
別にこの辺で強盗が起きた、なんてことは聞いたことはないが、一応閉めておくに越したことはないと思う。ま、強盗とかが来ても普通に捕まえられる自信はあるけどね。
僕は制服を脱ぎ、バッグをしまう。そして、部屋着に着替える。
「さて、夕飯は何にしようかな〜」
僕は冷蔵庫を開け、朝解凍するために冷凍庫から出しておいた豚肉のスライスを取り出し、野菜室を漁る。
…ふむ。今日はシチューにして、明日はそれを使ってグラタンでも作ろうかな。
僕はそんなことを思い、材料を取り出して夕食を作り始める…
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「よし、テストお疲れさん。帰っていいぞ」
「起立!…礼!「「「「ありがとうございました!」」」」」
中間テストが終わった。あちらこちらで「ここ出来た〜?」とか、「これってどうやるのか全然わかんなかったんだけど」とか、「俺今回行けた気がする」とか、テストについて話しているのが聞こえる。
え?僕はどうだったか?ふむ…簡単だったね。
ゆーちゃんに前日にまで「ちゃんとやるように」って、釘を刺されてしまったので、仕方な〜く本気で取り組んでみたんだけど、現代文とか古典とか日本史の記述問題以外は完璧に埋めれたね。
いやね、僕に他人の気持ちを理解しろとか本当に無理だから。「たかしくんのこの時の心情を答えなさい」とか言われてもわからないから。まぁ、一応参考書の模範解答風なことは書いたけどさ。
「しんくん、出来た?というかきちんとやった?」
「うん。仕方ないからちゃんとやったよ〜。ゆーちゃんが言うから仕方な〜くね」
「普段からきちんとやってよ〜っ」
「え〜。面白くないじゃん」
「そういうことじゃないと思うけど…」
「で、ゆーちゃんは出来たの?」
「う、うん。多分。きっと」
「つまりは自信ないんだね〜」
「うぅ〜…だってぇ〜」
「きっと大丈夫だよ〜。ゆーちゃん頑張ったでしょ?」
「うん…」
まぁ結局、僕がゆーちゃんの家に行って教えることになったのだ。
向こうの学校とは授業の進行速度が違って、こっちの方が少し早かったみたいで範囲がずれていて、僕がその分を全て教え込んだ。
おかげで1週間集中合宿みたいになっちゃったよ。帰りにそのままゆーちゃんの家にお邪魔して、夜遅くまで教えて帰ってくる。次の日の朝早いうちからゆーちゃんを家に迎えに行き、学校の教室で授業が始まるまでしっかり教え込む。
そのおかげで僕が実はかなり勉強ができるということがクラスに広まっちゃったのは、仕方ないと諦めることにした。ただ、僕の勉強を教わりに来る人は全部断ってやったよ。何が悲しくて僕がゆーちゃんとか以外に勉強を教えなきゃならんのだ。自力でやっとれ。
「で、ゆーちゃん今日は帰れる?」
「うんっ。今日は仕事なしっ!」
「お〜。じゃあ、ちょっと寄り道しない?」
「えっ⁉︎どこに?」
「”i”にだよ〜」
「えっと、それは…そういうこと?」
「いや、違うよ〜。そこのモンブラン食べたことある?」
「ないけど…」
「すっごいおいしんだよ〜。ということで、テスト終わったんだし食べに行かない〜?」
「行くっ」
「じゃ、行こうか〜」
僕はゆーちゃんと一緒に教室を出る。
僕らが向こうの世界に再び召喚されるのは4,5日後になるのがわかった。なので、今のうちにこっちの世界でやっておきたいことをやっておこうと思うのだ。多分今度は2年半くらい帰ってこれなさそうだし。
ということで、今のうちにこっちの世界のお気に入りの店とかに行っておこうと思うのだ。
僕はゆーちゃんに”i”のケーキとかの話をしつつ、自転車を取りに向かう。
「お、ゆーちゃんの自転車がちょっときれいになってる」
「ちゃ、ちゃんと拭いたんだよっ。これでいいんでしょ!」
「うん。きちんと手入れすれば物は長持ちするからね〜。大切に使わないと〜」
「うっ…言い返せない〜っ」
そんなことを話しつつ自転車をとって校門へ向かい、”i”へと向かう。
僕が”i”に入ると、相変わらずの敵対心剥き出しの目線が僕に向かう。
まぁ、いろいろ脅迫したし、聞かないのは直接手をくだしたし。
主なところで言えば、普通に体術のみで数十人ほどの魔術師をのしてみたり、魔力が見えるという強みを使って無能なやつを排除してみたりとかね。
おかげで上層部的な奴らに目の敵にされています。まぁ、普通に仲良くやってる人も少なからずいるけどさ。
僕はゆーちゃんといつもの席に座る。カウンター席の一番奥の席だ。
「おじいちゃん、いつものお願い」
「…はいよ。そっちのお嬢ちゃんは?」
「あ、こっちも同じ。それと、こっちはミルクと砂糖も」
「…了解」
おじいちゃんはいつもと変わらずそんなに大きくない声の大きさで喋る。
僕の注文を受けると手馴れた手つきでコーヒーを入れ始めた。
熟練?習熟?的な物を感じるね。
それにここのモンブランも、おじいちゃんの奥さんと一緒に考案した物で、手間暇かけておじいちゃんが毎朝1人で作っている。ああ、奥さんは魔術師との戦闘で随分前に亡くなってしまったらしいよ。おじいちゃんは一般人で、奥さんと結婚して初めて魔術を知っただけの人だから、守ることができなくて未だに後悔してるらしいね。
ということをゆーちゃんに話しつつ、コーヒーを待っている。
「ゆーちゃん、知ってた?」
「ううん。初めて聞いた」
「まぁ、僕もこないだ浅井さんに聞いた話だけどね〜」
「ふぅ〜ん。なんかいいね、そういうのって」
「そうだね〜」
僕にそういった感情はあいにく存在し得ないが、それでもそういう話を聞くとちょっとくるものがあるような気がする。
残念ながら気がするだけだ。
「…ブレンドコーヒーとモンブランだ。ミルクと砂糖はそこに置いておく」
「ほ〜い。ありがとさん」
「…伝票もそこだ」
「了解〜。じゃ、いただきま〜す」
僕はコーヒーとモンブランを受け取り、食べ始める。ゆーちゃんもそれを見て相変わらず周りを警戒しながら食べ始めた。
コーヒーは白い陶器に金色で縁取りされた花の書かれた洋風な物に入れられ、モンブランもそれとセットと思われる陶器の皿に乗せられている。コーヒーは濃く透き通った茶色をし、モンブランは栗のクリームが渦巻くように絞られた上に黄色い栗がクリームの上に乗っている。
どちらもどこにでもあるような見た目だが、中身はまるで別物だと思う。コーヒーは酸味が少し強いが、香りが深い。モンブランはカスタードクリームをシュー生地で2段層に重ねた物の上に、栗の旨みが濃縮されたクリームを乗せその上に栗が乗った物。
どちらも長い時間と手間暇を掛け精錬されている。
…ま、要はとっても美味しいです。
僕はコーヒーは酸味の効いた物より苦味の強い物の方が好みなのだが、このモンブランと一緒に食べるならこっちの方が合うと思う。
このモンブラン、上の栗は甘いんだけど下のカスタードクリームには渋栗のクリームが少し混ざっているのだ。色々と試行錯誤してちょうどいい割合で作っているからだろうけど、このコーヒーととてもよく合う。
「ね?美味しいでしょ〜?」
「うん…おいひい…」
「…ちゃんと口の中の物がなくなってからしゃべろうね?女の子がはしたないことしちゃダメだよ?」
「…うん。でも美味しいねっ!」
「でしょ〜?僕も頑張って作ってみたりするんだけど、どうにも決め手に欠けるんだよね〜」
「ん?…え?作ったの?」
「うん。暇だったからね〜。でも、普通に美味しいモンブラン程度にしかならなかったよ」
「へ、へぇ〜」
「やっぱり生地とかを色々変えて、クリームを少し変えたりしてみるかな〜」
「あ、あはは。私にはよくわかんないや」
「ゆーちゃんも料理くらいできないとだよ?」
「え?…い、いや、できるよ…?うん。できる…よ?」
そうはいっているものの、思いっきり目線がどこか別の場所に向かっているのはなぜだろうか?
目をそらさないでよね。うん。
「ゆーちゃん…何が作れる?」
「…た、卵焼きとかかな。あとは目玉焼きとか」
「卵料理…って、ほとんど何もしてないじゃん〜」
「うぅ…できなくっても困らないもん」
「1人暮らしとか始めたらどうするのさ〜」
「うぐっ…」
「はぁ〜…しょうがないからそのうち教えてあげるよ」
「本当に⁉︎」
「うん、本当に。ほら、遠足に行く前日の小学生みたいな顔しなくていいからさ」
「え…?あ、いや。…そんな顔してた?」
「うん。目をこれでもかってくらいにキラキラ輝かせてたよ〜」
「う〜」
いやぁ、何でこんなにも僕とか家族の前では表情豊かなのに、いざ僕らじゃない人の前だと無表情になっちゃうんだろうね。
「ははは〜。ほら、コーヒー冷めちゃうよ?」
「う、うん…」
「そんなにしょげなくてもいいじゃん〜」
「むぅ〜」
そんな日常を僕は謳歌する…
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