9.思いましょう
僕はケーキをもらって、フォークを3つ持って、ゆーちゃんと一緒に移動していた。
「ねぇ、どこに行くの?そっちって飲食してもいい場所じゃないと思うんだけど?」
「うん。僕らのクラスにね」
「しんくんのクラス?」
「うん。そこ」
僕は行列をなしているうちのクラスを指差す。
「えっ…」
「あ、ゆーちゃん、暗い場所とか苦手だったっけ?」
「う、うん…」
「ははは〜。じゃ、行こうか〜」
「え?え?ちょ、ちょっと待って!まさか、そこに…入るの?」
「うん。控室があるし、ちょうどいいでしょ?」
「で、でも…」
「はいはい、すべこべ言わな〜い」
「あ〜、ちょっとぉ〜」
僕はゆーちゃんの手を引いて教室に向かい、3箇所あるうちの控室に直接繋がっているドアから中に入る。
控室には僕がメイクをやるのに使った机と、椅子が2つ向かい合わせに置いてあり、その横は黒いカーテンで向こうのやっている場所とこっちを分けている。
ま、ちょっと薄暗いのはしょうがないということで。
僕はその椅子に座り、机にケーキを置く。
「ほら、ゆーちゃんも座りなよ〜」
「うぅ…わかったからぁ」
「ゆーちゃん…さすがにこれくらいで怖がらないでよ〜」
ゆーちゃんはキョロキョロとあっちを見たりこっちを見たり…まぁ、つまり落ち着きがない。
そんな状態で、ビクビクしながらゆーちゃんは僕の向かいの席に座る。
「さ、食べようか〜」
「う、うん。そうだね」
「ゆーちゃんどれがいい?1つは神野くんに残しとかないといけないからさ、どれにする?余ったやつを残すから」
「う〜ん…これとそれ」
「じゃ、僕はそっちとこれとこれ。ということで、これは神野くんに残しとこう」
僕は適当に美味しそうなやつを選んでさっきお菓子研究会の部室からこっそりと拝借してきた紙皿に乗せ、残った1つをそのままケーキが入っていた入れ物に残して端に寄せる。
ゆーちゃんの分も同じように紙皿に乗せる。
「え、えっと、その紙皿どうしたの?もらってたような記憶ないんだけど?」
「ちょっと拝借してきた〜。さ、食べようよ」
「え、えぇ〜…それってダメでしょ」
「気のせいだよ、きっと。じゃ、いただきま〜す」
僕はもらってきたフォークでケーキを食べる。
ふむ。なかなかに悪くない。文化祭とかで出される物としては上出来だね。
そして、ゆーちゃんも僕が食べるのを見た後、周りをキョロキョロと警戒しながら食べ始めた。ゆーちゃんは一口食べると、たいそう気に入ったらしく周りの警戒なんてやめて夢中で食べ始めた。
にしても、ゆーちゃんとこうやって一緒に何かを食べたりするのは久しぶりだね。中学の時はよくスイパラとかに行ったな〜。懐かしい…
ああ、ゆーちゃんは昔から人見知り?が酷かったわけではない。少なくとも、幼稚園くらいの時はちょっと無口な程度の女の子だった。
その後は何があったのかはよく知らないけど、小学生に入ってからは僕とゆーちゃんの両親以外の人に対してそんなに話さなくなった上にちょっと無表情になり、中学の頃になってからは僕ら以外の誰かと話す時は相手に対してちょっと冷たいような言い方をするし、近づき難いというか険悪な雰囲気を纏うようになっていた。
まぁ、なんでだか知らないけど僕には普通に話すんだよね。それも、結構明るい感じで。
…今になって考えてみると、きっと魔術関連のことで何かがあったんだろうね。それこそ僕とかみたいに長く一緒にいた人としか普通に接せれなくなるような出来事とかさ。
ゆーちゃんがちょっと暗所恐怖症気味な原因とかもその辺にあるのかな?
そんなことを考えつつ、ゆーちゃんを観察しながらケーキを食べる。
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しばらくしてゆーちゃんはケーキをたいらげると、今更のように周りの警戒を再開し始めた。
もう今更なんだし、しなくてもいいと思うんだけどね〜。
「さて、もうそろそろいい時間だし。生徒会室に行こうか〜」
「…はっ!え?あ、うん。そうだね!早くこんなとこから出ようよ。というか出してよしんくん〜!」
「ははは〜。じゃ、行こうか〜」
僕は立ち上がり、神野の分のケーキを置き手紙と共に机に放置し、ゆーちゃんを連れて教室の控え室から出る。
ゆーちゃんが早く出ようと必死なのがちょっと面白かった。
僕らは教室から出ると近くの階段を登り、生徒会室に向かう。
ちょっと幅が狭くボロい階段の上り、2階にある生徒会室に向かって歩く。廊下は人を呼び込もうと必死な生徒や、楽しそうに会話する学生やお客で溢れている。
…半分ぐらい蒸発しちゃえばいいのに。目障りだし、苦悶の表情と共に死んじゃえ。
そんなどうでもいいことを考えているうちに、生徒会室の前に着いた。
生徒会室の中からはさっきの男の魔力は見えない。どうやら尋問?は終わっているようだ。
「しんくん。ここが生徒会室?なんというか、何も感じないんだけど」
「ここだよ〜。多分、その感じないのは結界かなんかがあるんじゃないの?」
「…そうかもしれないね」
僕はゆーちゃんがちょっと僕以外に話す時のような感じを出し始めたので、さっさと生徒会室に入ろうとドアを開ける。
ガラガラ…と立て付けの悪いドアが開く。
そこまで広くない生徒会室の中では、会長と李川先生がパイプ椅子に座っていた。2人共の耳にはイヤホンが繋がっており、その接続先は言わずともトランシーバー。2人は僕らが入ってきた音を聞いてか、こちらを見ていた。
「ああ、米崎が来たのか。とりあえず入ってくれ」
「…はい」
ゆーちゃんは完全に他人に接する態度へ変わり、生徒会室へ入った。僕も一緒に入り、ドアを閉めた。
そして、ゆーちゃんは李川先生と会長の前に置いてある机を挟んで置いてあるパイプ椅子に座る。僕は入り口近くに置いてあったパイプ椅子を広げて座った。
李川先生はイヤホンを外し、同じように外そうとした会長を手で止めてゆーちゃんの方を向く。
「久しぶりだね。米崎くん」
「…そうですね。お久しぶりです」
「はっはっ…相変わらずのようだね。で、今回呼ばれた理由はすでに聞いているか?」
「…当然です」
「さすが、米崎夫婦。仕事が早くて助かるよ。じゃあ、本題に入ろうか」
そう言って李川先生がゆーちゃんと話を始めた。
まぁ、内容は簡単に言うと
1.まず、当然ながら魔術師であることは秘密にすること。
2.僕らが呼ばれた魔法陣…まぁ、彼らは知らないのだけど。それの警護と解析をゆーちゃんの両親に頼んでいるということ。
3.僕が魔力とかが見えるようになってしまっていること。そのため、僕を守ることと”魔術師保護要請教育機構”…彼らが属している集団についてのルールなどを僕に教えること。その件についてはどうせいつかはされるだろうと思ってはいたし、されないなら自分で調べているところだったので好都合だった。
4.生徒会の活動と同じように、魔術を使用できる可能性のある人物の保護や定期たい勢力の撃退等に対して協力すること。
みたいなところだ。
ゆーちゃんは僕についての話をされた時にちょっと驚いた様な表情を僕だけに向けたが、それ以外の時はいたって普通の無表情を貫いていた。
「以上ですか?」
「ああ、これだけだ。何か質問とかは?…ああ、ないよな。知ってたよ。お前はそういうやつなのは前からだしよ」
「…そうですか。では、私はもう失礼しても?」
「いいぞ。これからよろしく頼むわ」
「では…」
ゆーちゃんはそれだけ言って立ち上がり、さっと李川先生たちに背を向けてドアに向かう。そして、ガラガラ…とゆっくりとドアを開けて外に出る。僕はそれに続いた。
廊下に出て僕がドアを閉める。
「はぁ…どうしてなんだろ」
「どうしたの突然?ため息つくと幸せが逃げちゃうよ〜?」
「うん…じゃないけど。えっとね、なんでしんくんと話すみたいにできないのかな〜?って思っちゃって」
「トラウマでもあるんじゃないの〜?」
「うっ…でもね」
「まぁ、ちょっとずつ頑張ろうよ〜」
「うん…うん、そうだよね!」
ゆーちゃんは気合いを入れ直すかの様に頬を叩き、僕に向かってニッコリと笑顔を向ける。
そうやってしてればゆーちゃんって普通に可愛らしい女の子なのに、全くの無表情だと近づき難い空気を発するのはどうしてだろうか?やっぱり笑顔は社交的に見えるとかあるのかな?
「ゆーちゃんはそうやって笑ってれば、かわいい女の子なのにね〜」
「えっ⁉︎…そ、そうかなぁ。えへへ」
「ははは〜。ゆーちゃんが照れてる〜」
「う、うるさ〜い〜。いいじゃん。別に!」
「ははは〜。で、ゆーちゃんこの後どうするの?もう家に帰る?引っ越してきたばっかりならまだ荷物とかもあるでしょ?」
「う〜ん…もう14時だよね」
ゆーちゃんは腕時計を見て、唸っている。そうやって少し考えた後、再び僕に話しかけてくる。
「ねぇ、しんくんは明日は忙しいの?」
「いや〜。全く仕事ないよ〜。ああ、一応李川先生に頼まれごとはしてるけどね」
「ふ〜ん…じゃあ、今日は帰る。また明日来るね!」
「うん、了解〜。あ、そういえばここまでは自転車で来たの?」
「そうだよ。私も来週学校が始まったらここに自転車で通うことになるし、今のうちに慣れておこうと思って」
「じゃ、とりあえず自転車置き場に行こうか」
「うんっ」
ゆーちゃんは、嬉しそうにニコニコとしながら僕と歩き出す。
たわいのない雑談をしながら階段を降り、玄関で靴をローファーに履き替えて外へ出た。外はもう秋も近いというのにじっとりとした暑さが続き、未だに夏を感じさせる。
僕も本当はブレザーなんて脱いでしまいたいところなのだが、ポケットがあるしそんなに人に腕とかを見られるのが面倒なので嫌々ながらも着ている。
玄関を出て、校門の近くから校舎裏の駐輪場にかけて並ぶ大量の自転車の中からゆーちゃんの自転車を探しつつ、歩いていく。
「あ、あった」
ゆーちゃんはそう言って赤い自転車に近づき、鍵を外してそれを自転車の行列の中から引き出す。
ガタガタと周囲の自転車に当たりながら取り出されたそれは、ほとんど使用した形跡がなく所々に錆が浮いている。
「ゆーちゃん…ちゃんと手入れぐらいはしようよ〜」
「しょ、しょうがないじゃん。向こうにいた時は学校が目の前にあったから、使う機会なんて滅多になかったんだもん」
「それでもたまに拭いたりとかさ〜」
「うぅ…」
どうやらゆーちゃんの所々で手を抜く癖は治っていないらしかった。
小中学生の時もよくゆーちゃんの部屋の片付けを手伝ったものだ。今思えば、あんな年齢になっても異性の部屋に普通に出入りするのはちょっとまずかったのかもしれないのだが、まるで自分の家のように普通に入っていたような気がする。
まぁ、2000年近く前のことになるので記憶が定かとは言えないが。
「じゃ、気をつけて帰るんだよ〜」
「う〜。もうわたしは子供じゃないんだよぉ〜!」
「まだまだ子供だよ。じゃ、また明日ね」
「うん…また明日っ」
ゆーちゃんは校門まで自転車を持って歩き、校門を出たところで自転車にまたがり勢いよく自転車をこぎ出した。
自転車をこぎながらこっちを見て手を振っている。
ゆーちゃんのことだ。そんなことをしていると…ああ、やっぱり転びそうになる。
僕のところからよろけて倒れそうになっているゆーちゃんが見えた。ゆーちゃんは恥ずかしそうにこっちを見た後、今度はしっかりと前を向いて自転車をこぎ出した。
僕にとって、ゆーちゃんは妹に…もっと正しく言えば愛玩動物に近い。
ゆーちゃんが僕をどう思っているにせよ、僕はどうあがいてもそれ以上の感情をゆーちゃんに抱くことはできないだろう。なにせ、元からゆーちゃんは僕の家族のようなものだ。神野以上に大切にしている。
人が犬に愛情を注ぐように、僕はゆーちゃんを可愛がる。
これが僕の限界。これ以上”愛”に近い感情は僕には存在し得ない。
僕はゆーちゃんの後ろ姿をニコニコと眺めた。
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