閑話:聖なる夜に願いを
今日はクリスマスイブ。こっちの世界にそういったイベントは存在しないけど、僕は無性に向こうの世界に帰りたくなる。
* * *
「はいはい。じゃあクリスマスだからってはしゃぎすぎるんじゃないぞ。以上、号令」
「起立!…礼ッ!「「「さようなら!」」」」
「よっしゃー!今日で学校終わりだぜ!」
「6時だからな!みんな忘れるなよ!」
教室で生徒たちが教師に向かって頭をさげ、その後即座に騒ぎ始める。
その頃の僕はまだ結構荒んでたね。でもまぁクリスマスだけはちょっと違った。
「しんちゃん、本当に来ないの?俺らこれからみんなでクリスマスパーティするのにさ」
「うん、ごめんね〜。今日は用事があるんだ〜。とっても大切な」
「そうか…じゃあ、しょうがないな」
「ははは〜。じゃあ、みんなで楽しんでね〜」
クリスマスイブだってことだけでなく、さらに2学期が終わって終業式の日であったためにクラスでぱーっとクリスマスパーティをやろうという話が持ち上がり、神野の家が料亭であるため神野の家を貸し切ってクリスマスパーティをやろうという話になっていたのだ。
が、残念ながら僕は出席できない。というか出席する気がない。今日だけは騒ぐ気になれないのだ。どうしても。絶対に。
これが今日でなければ絶対に出席していただろう。何せ僕は神野や石井をからかうにはちょうど良い機会を逃すはずないのだから。けれど、その日だけはダメなのだ。
「新ちゃん、帰ろうぜ。今日はあそこ行くんだろ?暗くなる前に行ってこいよ」
「ん?ああ、そうだね…うん。そうするよ〜」
神野はその理由を知っていた。というかしつこいから嫌々ながら教えてあげたに近いけど。
クリスマスイブ…12月24日。この日はおじいちゃんとおばあちゃんの命日。僕はこの日にお墓参りに行くのが習慣だった。いや、別におかしいことではない。第一におばあちゃんとおじいちゃんの墓参りに行く人間がいないのが悪いのだ。寧ろ行かない父親が死ね。さっさとくたばれ。というか、家族がいた時から僕1人な時点でおかしいんだっての。
で、まぁしょうがないというか、僕自身行きたいというかでこの日にはお墓に行くのだ。
僕のおばあちゃんとおじいちゃんは唯一僕を愛してくれた人だ。どれだけお礼を言っても言い切れないくらいに。今の僕が老人に比較的優しかったり、甘いものが好きだったり、芸達者だったり、比較的人間らしい感性を持ち続けているのはおばあちゃんとおじいちゃんのおかげと言っても過言ではない。
とにかく、良い人たちだったのだ。
両親にそこまで好かれていなかった僕を大切にしてくれ、おばあちゃんたちの家に僕1人だけを置いて家族が遊びに行ったりしても、慰め、僕を喜ばせようとしてくれた。おかげでいつしか家族と出かけるぐらいならおばあちゃん達の家に進んで置いていかれてたね。
でもそんな2人もあっけなく死んでしまった。僕が小学5年生の時だ。
おばあちゃんが階段から落ちて亡くなった。
今思えば僕のせいなのだろう。直接の原因ではない…とも言い切れないが、おそらく僕らの呪いのせいだ。僕に優しくしてくれていたから死んだ。僕を愛してくれていたから死んだんだ。
そして、おじいちゃんもちょうど1年後におばあちゃんが死んでからずっと崩し続けてた体調が悪化して亡くなった。享年69歳とまだすぐに死ぬような歳じゃなかった。寧ろ、還暦を過ぎてまだ10年も経たないうちに亡くなってしまったのだ。
どう考えても僕の呪いのせいだ。そんな日に死んだのもきっとそのせいだ。
少なくともその時の僕は知らなかったのだが、ひどく悲しんだ記憶がある。そのまま1日部屋に引きこもったよ。気楽で明るい子供だった僕にしては珍しくね。小学校の教師にも、珍しく両親にも心配されたよ。
でもしょうがなかったんだ。僕を愛してくれたのはその2人、たったその2人だけなのだから。
だから、僕はクリスマスイブだけは楽しく過ごせないんだ。
毎年家族がパーティを行っていたとしても僕だけは参加しなかっただろう。まぁ、うちにそこまで不謹慎なやつがいなかったことが幸いでもある。
僕らは学校を出て、自転車に乗って家に帰る。しばらくの間たわいない会話をしつつ、心そこになしといった感じに僕は神野と並んで自転車で帰る。神野の家で別れると、僕は家とは少し違う方向へ向かう。
その頃の僕はすでにアパートで1人暮らしだったし、クリスマスを祝う気もなかったから家に向かわない。だからケーキもクソもありゃしないのだが、ケーキ屋に寄ってモンブランを2つ買って行く。おじいちゃんが好きだったんだ。おばあちゃんはどちらかというと駄菓子とかの方が喜ぶから、ちょっとしたお菓子を持っていくもだ。そして僕は予約しておいた花屋に寄ってお寺に向かう。
高校は午前中で終わりだったため、
「お線香、2つください」
「今年も来たんですね。いいのですか?クリスマスなんて近頃の若者はパーティなどをやっておられるだろうに」
「いいんですよ、橘さん。僕にとってこの日だけが生きてる必要がある日なんですから」
「…そんなことはないですよ、新一郎くん」
「お代、ここに置いておきます」
僕にしては珍しく敬語を使って話すのはこのお寺の和尚さん。このお寺は僕の住む市にある小さいお寺であるが、おばあちゃん達とひいおばあちゃんのお墓参りに来たことがあったためよく知っている。さらにおばあちゃんの小さい頃からの顔見知りというやつだったりもする。昔はよくお菓子なんかをもらったりした。僕を孫のように可愛がってくれるいい人だ。その頃の僕の唯一比較的心を許していた人かもしれない。
僕は本蔵に一度お参りをしてから、柄杓や桶やタワシなどを借りて水を汲み、お墓に向かう。
大量に立ち並ぶお墓の中から目的のお墓を見つけた。
「おばあちゃん、おじいちゃん。今年も来たよ」
僕は持ってきた荷物を地面にそっと置き、手を合わせてからお墓に水をかけて掃除を始める。
12月なだけあってちょっとどころでなく冷たいが、僕は全く気にせずに水をかけてしっかり掃除をする。どうせ誰も来てくれないのだ。僕1人でやっているのだから来た時には念入りに掃除をするのが僕の習慣だった。
この上なく念入りに掃除を終えると、次に花立てに水を入れて花を飾り、きっちり見栄えが悪くならないように花を整える。その後、半紙を敷いて持ってきたモンブランと麩菓子や金平糖などちょっとした駄菓子達を乗せる。
そして、おじいちゃんのライターを取り出して線香に火をつけ線香皿に置く。
柄杓に水を汲み、線香を消さないようにお墓に水をかけて、ポケットの1つから数珠を取り出して手をあわせて一礼する。
(おばあちゃん、おじいちゃん。今年も来たよ。今年のことを報告するよ。まず、俺高校に進学したんだ。この市で一番頭がいい所だよ。本当はそこまで高い所に行く必要ないと思ってたんだけど、神野に誘われてさ。どうせだし、今後就職とか大学に入るのとかも考えてその高校に入ったんだ。でさ、新しい友人ができたよ。石井和也って言うんだけど、こいつが頭が悪い上に運動能力が高くって完全に脳筋なんだよね。しかもそれなのにメガネかけてんだよ。面白いよな。それでさ、石井は安井っていう女子と付き合ってるんだ。俺が手伝ったんだ。ショートカットの結構可愛い子だよ。最近はずっとイチャイチャしてる。あの好い人だけど恋人ができない人のにも告白した人がいたんだよ。まぁ、そっちは残念ながらくっつかなかったけどさ。で、来年は鈴も受験だったんだけど、2ヶ月前に交通事故で死んじゃったんだ。もしかしたらそっちで会ってるかもしれないな。できれば鈴にはよくしてあげてくれ。ああ、それから俺は一人暮らし始めたんだ。おじいちゃんのレシピノート、すごく役に立ってるよ。ありがとう。今はパンケーキの特訓中。今度うまく焼けるようになったら持ってくるよ。それからさ最近また髪が長くなってきたんだよ。結べるように………
………高校、結構悪くないよ。勉強は去年話したけど、無駄に努力してるんだ。最近は大学の範囲にも手を伸ばし始めてるよ。おかげで成績はしっかり取ってないけど、授業には難なくついていけてる。むしろ俺の方が先生になれるね。だから、安心してくれ。俺は元気だよ。結構楽しくやれてるよ。おばあちゃんとおじいちゃんに会えないのはまだ寂しいけど、ちゃんと生きてるよ。また、来年も来るね)
僕は結局毎回2時間ほどそこに1人で手をあわせている。
周りから見ればかなり異様な光景だろうね。髪が長い時点でちょっと異様だけど、制服を着た高校生が1人で墓の前で手をあわせて泣いているんだから。
それを終えると、僕はお供えした物を回収して少し離れた別のお墓に向かう。こっちはひいおばあちゃん達のお墓。そちらも同じように掃除し、花を供え、線香を供え、水をかけて手を合わせる。ただのついでなのだが、おばあちゃん達がいなくなった今はもう来る人がいないのだ。せめてこうやって掃除と花と線香はと思ってやっている。
そして、それら全てを終えると借りた物一式を持ってお寺に戻る。
借りた柄杓や桶を戻し、それからお供え物を持って橘さんの元に向かう。僕を見つけると、橘さんは少し悲しそうな表情をし、それからガラガラと扉を開けて僕を招き入れる。
僕は橘さんのいる線香などを売る場所に入る。
お墓参りを終えると、僕はいつもここに来る…というか連れてこられる。この日だけは僕は何もやる気が起きず、死にそうな顔でお寺から帰るのを見て橘さんが僕をここ引きずり込むのだ。畳の上に置かれた座布団に僕は正座し、橘さんの方を見る。
「今年も長かったね」
「…はい。いつものことですから、誰もこないのは」
「そうだね。今のこの国でクリスマスイブにお墓参りをする人はきっとそんなに多くないだろう。新一郎くんもすっぱり忘れるのは良くないけど、少しは気楽にすればいいものを」
「…やです」
「そうだね。いつもその答えだから、そういうと思っていたよ。さて、もう閉めるとしようか。今日は雪が降るらしいね。今まで通り、今日お墓参りに来てくれるのは君だけのようだ。さあ、遅いけど昼食にしようか」
壁にかかった時計を確認すると、すでに午後の3時過ぎ。
ほんの少しではあるが空が夕方に近づいている。こんな時間からくる人などいないだろう。
昼飯も食べていないが、この日の僕はそんなことなど気に留めやしないのだ。だから毎回橘さんが僕に昼ごはんと夕飯を作ってくれるのが恒例だった。
僕はお寺の施錠を手伝い、お寺の横にちょこんとある橘さんの家に入る。
狭いリビングに入り、椅子に腰掛けテーブルに突っ伏す。本当にこの日だけは僕になんのやる気もわかないのだ。何かお願いされれば協力はするけど、自分から何かをしようとは考えない。
「新一郎くん、これをテーブルに運んでもらえるかな」
「わかりました」
僕は橘さんが入ってきたことも全く気にしておらず、声をかけられて初めて頭を上げ、言われたように昼食をテーブルへと運ぶ。親子丼と味噌汁だ。橘さんは親子丼を作るのがうまい。小さい頃にここに来るたび、よく好んで食べていた。
「いただきます…」
「どうぞ、召し上がれ」
僕は箸を手に取り、親子丼を食べる。
いつも通りとても美味しいのだが、僕は何も言わずにただ箸を進める。
そして、食べ終わると食器を片付け、何をするのでもなくボーッとただ畳の上に敷かれた座布団に座っている。時折橘さんと最近の話しをし、時間を無駄に浪費していく。
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夕食を食べ、その後お供えに持ってきたモンブランを食べる。駄菓子は橘さんにあげてしまった。
日本には同食信仰というものがあり、お供えしたものを食べるのはいい波動があるらしい。僕はそれを橘さんに聞くまで一切食べていなかったのだが、それを聞いてからはお寺で橘さんと食べている。モンブランを2つ買ったのはそのためだ。
「今年も寒くなりそうですね」
「…そう、ですね」
「学校まで行くの大変でしょう?」
「いえ…僕は結構鍛えてるんですよ。全然そんなんでもないです」
「そうでしたね。どうです?学校の方は?」
「そこそこ悪くないです。授業が退屈なのが少し苦ですが」
「そうですか。ならばよかったですね」
「…ありがとうございます」
「いいえ。私はこうやって毎年訪ねてくれる人がいて嬉しい限りですからね」
橘さんは今年で76歳。かなり元気なおじいちゃんだ。
奥さんを少し前に亡くしていて、今はこのお寺で息子夫婦と暮らしている。だが、この日はクリスマスイブなだけあって息子夫婦がいないのだ。
「ごちそうさまでした」
「では、気をつけて帰るんですよ。今は雪が降っていますから」
「はい。また来ます」
「待っていますね」
僕は食べたお皿を片し、ブレザーを着なおして橘さんの家を出る。
もう9時過ぎで外は既に暗く、橘さんの言った通り少しだけ雪が降っている。
僕は自転車のカゴに荷物を載せ、自転車を押して家に向かう。早く家に帰っても誰が待っているわけでもないし、僕はお寺から早く遠ざかりたくないんだ。
そうやって自転車を押して家に向かう途中、近くから騒がしい声が聞こえた。
街灯に照らされた数人の集団はどうやら僕のクラスメイトだったらしく、僕を見つけて手を振っていた。僕は何も反応することなくただ自転車を押していると3人ほどがこちらに向かってくる。
「しんちゃんじゃん。何してんだこんな時間にこんな所で?あ、まさか彼女がいてそいつととか?」
「煩いよ、谷中くん。今日の僕はひどく不機嫌なんだ。放っておいてくれないか?」
「なんだよつれねぇな〜。彼女にでも振られたとか?」
「僕に彼女自体いないのは知ってるでしょうに」
「だとよ、健二」
「じゃあなんだよ?今日来てなかったのってしんちゃんだけだぜ?」
林が僕に向かって少し苛立ち気味にそう言った。
「あ、俺らのことが嫌いとか?違うか?」
「別にそうじゃないよ。ただ今日は命日なんだ」
「あ…いや、そっか。わりぃ」
「別にいいよ、篠原くん」
「じゃ、じゃあ俺らはこの辺で。じゃあまた学校でな〜!」
「じゃあ」
「学校で〜」
気まずくなったのか、3人は集団に帰って行った。そして、その内容を話したのか集団から憐れむ?ような目線を感じ、ムカついた。
後日、クラスメイトからちょっと謝罪があったのは言っておこう。
僕はその後何事もなく家に帰り、何もすることなく眠りにつく。
* * *
おばあちゃんたちはこんな風になった僕をどう思うのだろうか?
僕は自分の体を見下ろして思う。
白いワンピースを着たいたいけな少女。手足は華奢で、触れれば壊れてしまいそうなほど弱々しく見える。鏡に映る目はひどく濁りきっていて、どこか虚ろにさえも見えなくもない。
「はぁ…会いたいな」
一度消えた魂は蘇らせられない。
例え全く同じ魂と記憶を用意しても、僕がそれを同じ人間だと思えない。だって、それは消えてしまったものとは別のものだと思ってしまうから。
「聖なる夜なんだからさ、願いの1つぐらい叶えてくれればいいのに」
僕の口からこぼれた高く幼げな声は誰もいない空間に響き渡った…
全く楽しい話じゃなくてすみません。
26日から再開いたします。




