未知には体験を
「ただいま〜」
「へ?…いや、えっと」
きっと目が点になるとはこういうことなのだろう。
僕は呆然とする。
「ほら、シモン君。ただいまって言ってるんだから返事くらいしようよ〜」
「え、あ、はい。おかえりなさいませ」
昼食を食べ終わり僕が部屋で休んでいると、突然彼が部屋に入ってきた。
「まぁいいや。いつもの部屋に来てくれる?やることが意外と早く終わったから、ちょっとやりたいことをやるからさ」
「あ、はい。わかりました」
「じゃ〜」
彼はバタンとドアを閉めて出て行った。
「はぁ〜〜…」
僕は大きくため息をついた。
体の力が抜けていくのを感じる。
「突然やりたいことって、何…?」
部屋に行ったらすぐにわかるのだろうが、僕は少し不安を感じる。
今日は忙しいと言っていたのが突然帰ってきたということは、早く終わったのだろう。
しかし、それでも今日は休んで明日から始めるだろう。
なんで、突然今からなのだろうか?
「とりあえず…行った方がいいよね」
僕は椅子から立ち上がると、部屋を出た。
目の前にある階段を降り、2階の部屋に行く。
僕は部屋のドアを開ける…
「はい。シモン君が1番だったね〜。僕の勝ちってことで」
「む〜。お姉ちゃん強い…」
「ははは〜。当然でしょ?僕だもの」
「え、ええと…」
僕はこの状況についてどうすればいいのだろうか?
今、部屋に入った瞬間、部屋の中心に置かれた椅子に彼とテラさんが座っている。
彼は椅子に、彼女は彼の膝に。
そして何より…
「ほら、お姉ちゃん。シモンさん待ってるよ?」
「あ、そうだったね〜」
「あの…」
「ん?どうかしたの〜?」
「お、お姉ちゃんって?」
「ああ、僕のことだね。それが何か?」
「シン様は、男…ですよね?」
「そうだね〜」
「じゃあ、なんで?」
そこだ。なんで彼がお姉ちゃんと呼ばれているのだ?
おかげで、来るまでの不安は違和感に書き換えられたような感じがする。
「ああ、そういうこと。えっとね〜…ほい」
彼は自分の髪を結っている紐をほどいた。
彼の髪は肩より少し長いくらいの黒髪。
「えっと。それで?」
「このまま後ろから見ると女っぽいらしいんだよね〜。向こうでも時折間違えられたし」
「は、はぁ…」
「ま、そんなわけ」
それだけ言って、彼は慣れた手つきで髪を結い直し始める。
そして、彼が髪を結いなおしている間にレーヴィとラージェが来た。
「さてと。じゃ、行こっか〜」
「え?」
「は?」
「へ?」
相変わらず何をするのかが全くわからない。
説明もせずに、いきなりそう言われて動けるのはいないだろう。
「ほら、早く。行くよ?」
「いや、ちょっと待ってください。どこへですか?」
「王城。本当はもっと後で行こうと思ってたんだけど、予定が狂った。今からちょっとハルのとこに行くよ」
「ハル?」
「あ、今の王様ね。知らない?ハルファン・シルフィード」
「え?いや、勿論それは知ってますが…その」
「うん。そこに行くんだよ。ま、お忍びだけどね」
そう言って、彼は部屋を出て行ってしまった。
僕らも急いで後を追う。
彼は階段を上がり、1つの部屋の前に立った。
「ああ、ここが僕の部屋になってるから。何か用があったら来てね」
「え?いや、王城へ行くのではないのですか?」
「うん。そうだよ」
「じゃあなんで…?」
「とりあえず中に来ればわかるよ」
「は、はい」
彼は鍵を開けて中に入ると、そのままクローゼットに近づいていく。
彼はクローゼットを開けた。
そして、その中に入っていく。
「ほら〜。早く〜」
「え?いや、僕たちはどうすれば…」
「とりあえず入ってきて〜」
「は、はぁ」
僕らは中に入っていく。
中には、僕らが着替えるのを手伝わされてきた洋服よりはるかに高価に見える服が綺麗に収納されている。
僕はそれをそっと避けて彼の後を追う。
少し歩いて、僕ら全員が彼に追いつくと扉が閉まった音がした。
「さて、みんな来たみたいだね」
「え、ええと。僕たちはどうやって王城に行くのでしょうか?」
「ラージェくん。ここ触ってごらん」
「え?あ、はい」
彼はラージェの手を引いて壁に触らせた。
そして、ラージェが少し驚いたいたようにビクッとした。
「ここには隠し扉がある。ここから行くんだよ」
「こ、こんなに壁そっくりに」
「ははは〜。気がつかなさそうでしょ?」
「はい」
「さ、行くよ」
彼は壁に手をかけて横にスライドした。
その先には階段があるのがうっすら見える。
彼は階段を降りる。
僕らもそれに続く。
階段は螺旋階段で、少し降りたあたりから壁に光を発する魔道具が嵌められていた。おかげで階段がよく見えて安全だ。
そうして僕らはしばらく階段を下った。
そうしてたどり着いたのは、真っ黒で冷たい金属に追われた部屋。
「さて、グレイブ。案内よろしく〜」
「はっ」
彼が呼ぶと、僕らが入ってくは場所から1人の男が出てきた。
黒い布で顔を覆っていて、黒いローブを身にまとっている。
その男はこちらを見た後、来た場所に行く。
「行くよ〜。迷子にならないようにね」
「は、はい。わかりました」
僕らは彼に続いてその男の後を歩いていく。
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「はぁぁああ…疲れた」
彼に連れられて行った王城は、僕が体験したことのないようなことをたくさん教えてくれた。
だが、歩いているときにすれ違う貴族や大臣たちの目線がかなり冷たかった。
その目線は多分彼に向いていたものだと思うので、彼の役を担うのが怖くてならない。僕はもうだめな気がする。
僕は部屋のベットに横になり、ため息をついた。
王城でやったことはそんなに多くない。
まず、隠し通路?を通り、たどり着いた先は王城の城門。そこから中に入り、彼は僕らを連れて最初にハルファン王の部屋まで連れて行った。
彼はそこで僕らを王に紹介し、その後王の第一子の誕生を祝うパーティに半ば無理矢理参加させられた。王の子が生まれたという話は初めて聞いたが、一部の貴族には伝わっていたようでそこそこの人数で行われていた。
そこでも彼は僕らのことを貴族たちに紹介した。
そこにいる貴族の全てが彼にペコペコと媚を売っていて、彼の凄さを感じさせられる結果となった。
さらに、僕らはまだ礼儀などはよくわかっていないのにもかかわらず貴族と話す羽目になり、かなり変な喋り方になっていただろうし、貴族から馬鹿にされるのが普通だと思うけど、そこにいた貴族の全てが僕らにも媚を売っていたのだから、怖くてたまらなかった。
特に、その中には僕が仕えていたことがあった貴族もいたのが尚更に。
その後、王の挨拶があり、それを聞いた後僕らは屋敷に帰ってきた。
彼が予定が狂ったと言ったのはその子が生まれるのは後半月以上後の予定で、それまでに僕らに礼儀を教え込むつもりだったかららしい。
つまり、遅かれ早かれ僕らは貴族たちの前で話すことになっていたということだ。
ああ、ちなみに彼と共にいたテラさんは一緒には来ておらず、実はどこからかずっと僕らの周辺を見張っていたらしい。
「はぁ…とりあえず寝よう。明日からはもう始めるそうだし」
僕はベットの枕に頭を押し付け、眠りについた…
「うぅう…あ」
窓からの光が眩しくて目が覚めた。
時間を見れば、もう7時半を過ぎた頃。以外と長く寝ていたみたいだ。
僕はゆっくりとベットから起き上がると、パジャマを脱いで洋服を着替える。
昨日と同じような感じの服だ。デザインの細部と色が少し違うだけ。
僕は服を着ると、セシルが来るのをちょっと考え事をしながら待つ。
多分もう少ししたら来るはずだ。
『おはようございます、シモン様。起きていますか?』
「うん。もう起きてるよ」
『そうですよね。では、朝食の準備が出来次第及びに戻りますね』
「うん。わかった」
足音が遠のいていくのがわかる。
「…そういえば」
僕は昨日のことや、来た時のことを考えている時、今更ながらちょっと非自然なことを見つけたのだ。
ここのメイドは不親切な上に、礼儀がそこまでなっていない。
僕は仕えていた時は、例えば入浴する時は服を脱ぐのを手伝わされたし、体を洗うのもやらされる時もあった。食事の時は、すぐ横で控えていて、口を拭くのだとかをやっているのも見たことがある。
だけど、ここのメイドたちはどうだろう?
入浴の時は入浴場の入り口の前で控え、着替えたりするのは一切手伝わない。
食事の時もだ。
例を挙げればほかにも色々とあるのだが、とにかく礼儀がしっかりとしていない。
王城にいためどたちを見て思い出したのだ。
さらにだが。
彼には普段から誰もついていない。
あのテラさんは見たけれどが、それ以外は誰かが付いているのを見た覚えがない。
もしかしたら僕がいない時にはついているのかもしれないけど、少なくとも彼が部屋に来る時や食事を取っている時に誰かがいる様子はない。
少し不自然だ。
不自然に感じていた隠し部屋のようなものも実は存在していたし、もしかしたら何かしらの理由があるのかもしれない。
僕はあれこれと色々なことに思考を巡らせる…
そうしているうちに、セシルが呼びに戻ってくるような足音が聞こえた。
『シモン様。食事を準備が整いましたよ』
「うん。今いくよ」
僕は椅子から立ち上がり、部屋を出る。
部屋の前には、いつもと同じようにメイド服を着たセシルが待っている。
僕はセシルについて歩き出す。
階段を降り、ちょっと歩いてダイニングルームに行く。
ダイニングルームの前には2人のメイドがいる。
きっとレーヴィとラージェのだろう。
「では、私はここでお待ちしていますので」
「うん。わかった」
僕はダイニングルームに入る。
「おはよぉ」
「おはよう…今日は遅かったな」
「うん。おはよう」
案の定、彼ら2人はすでに席についていた。
僕も席に着く。
僕が座ると、少しして彼が食事を運んできた。
「やぁやぁ。みんなおはよ〜。たまには僕が朝食を作ってみたよ。フランスパン…て言ってもわからないよね。ま、そんなパンとあとはベーコンエッグ、サラダとオニオンスープ風、その他いろいろっとね。ちょっと現地まで行って取ってきた新鮮なものを使って作ってみたよ。パンのお代わりは幾つか焼いてあるから、欲しかったら言ってね〜。さ、どうぞ」
彼はそう言うと、厨房と僕らの前を行き来して食事を運んだ。
…どういうこと?
「え、ええと…これは、一体…?」
「ん?たまには僕も何か作りたくなってね〜。いいでしょ?僕、料理は得意な方だしさ。気晴らしだよ〜。ほら、お食べなさいな」
「あ、はぁ…じゃあ」
僕らは恐る恐る食事に手を伸ばす。
彼がいくらすごいとは言えど、料理の指摘はしていたが料理がうまいとも限らない。ちょっと不安とともにパンに手をつけてみた。
「お、おいしぃ」
「…本当だ」
「ははは〜。よかったよかった。さ、僕も食べよ〜」
なんでだろうか。今まで食べたものよりも美味しいような気が…
彼、本当に貴族なのかを疑うレベルだよ。本当に。
朝からちょっと驚かされて食事を始める。
「さて、じゃ…始めようか」
彼は食事を終えると、ダイニングルームに椅子に座ったまま言い放った。
「え?ここでですか?」
「そうだよ、シモンくん。ここでだ」
「それはまた、どうして?」
「ちょっと聞きたいことがあるからだよ。君ら、今読み書き計算ぐらいはできる?」
「僕はできます」
そのくらいは奴隷商で最低限仕込まれる。
「お、僕もできます」
「僕もですぅ」
「レーヴィ君。言いやすいように話していいよ」
「は、はい」
「うん。じゃ、とりあえず今からあげる物を部屋でやってきて。いつもの部屋に13時集合」
彼はメイドを呼ぶと、メイドに何か紙の束を僕らの前に運ばせた。
「え、えっとぉ…これは?」
「テストだよ。今の君らの実力が見たい。大体3,4時間あれば出来るようになってるから、できるだけやってから来てね。じゃ、また後で」
「え?…え?」
彼はそれだけ言うと部屋から出ていてしまったのだが、その紙の束…彼の言うテストには大量の文字が並び、それが13枚もある。
「は、早く戻ってやろう。時間がない」
「そ、そうだな。俺らも早く戻ろう」
「うん。そうだねぇ」
僕らは大急ぎで部屋に帰る。
* * *
その日から。僕らの人生が始まった。
”奴隷”ではなく。支配する”ご主人様”の人生が。
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