理想には崩壊を
「朝食は楽しめましたか?」
「うん。美味しかったよ」
「そうですか。では、戻りましょうか」
「そうだね」
僕はドアの前で控えてたセシルに連れられ、自分の部屋に戻った。
途中、ちょっとした会話をしながら歩いた。結構セシルと仲良くなってきたような気がしてる。
…そんな希望的観測はダメだってよく知ってるから、頼ったり信用する気はないけど。
まぁ、情報なんかが聞きやすくなって好都合だとでも思っておくとしよう。
「では、案内する準備が整いましたら戻りますので、それまでお部屋でお待ちください」
「うん。わかった」
僕が答えると、セシルは部屋を出て行った。
一体準備ってなんだろうか?見られたくない物を隠すとか?
「まぁ、いいか」
僕は椅子に座る。
「ステータス」
僕がそう唱えると、指輪から青い光が溢れ、金色の文字が映し出される。
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名前:シモン
種族:人間種
性別:男
年齢:13
称号:魔道の申し子 取捨選択を超える者
奴隷から解放されし者 選者
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職業:超級魔導師 レベル:16
筋力:30
体力:79
耐性:87
敏捷:53
魔力:219
知力:73
属性:水 地
スキル:魔法融合 家事 奉仕 剣術
冒険知識
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やはり、異常な魔力量だ。
何度見ても、それは変わることがない事実のようだ。
「はぁ…僕に何を求めてるんだろう」
彼は戦争を起こす…確かにそう言ってはいたが、実際はどういうことなのだろうか?
もしかしたら別の意図があるのかもしれない。
僕は自分のステータスを見て、そんなことを考えさせられる。
考えてみれば、明らかにおかしいのだ。
彼は”ねーむばりゅー”だと言ってはいたが、それなら僕はどうだ?
相手に恐怖を与えるような職業ではないことは確かだ。
ステータスを見たなら別かもしれないが、職業を聞いただけで相手を威嚇できるような職業ではないのは間違いない。どうするというのだろうか?
それにこんな職業は聞いたことがない。
ラージェの”禁呪術師”もそうだが、僕の”超級魔導師”というのも聞いたことがない。
魔法系の職業だということはわかるが、それ以外の詳しいことは何ひとつわからないのだ。どういったものだろうか?
「はぁ…早く明日にでもならないかな?そうすればわかるかもしれないのに」
今まで…奴隷だった頃は1日が、というより人生そのものが早く終わってしまえと思っていたが、今は早く知識が欲しい。無知ほど怖いことはないのだと僕は思っている。
知らなければ他者に嵌められ、痛みを与えられ、苦しむ…僕が辿った道だ。
明日になれば、彼が教えてくれるだろう。少なくとも、これからの詳しい予定くらいは。
僕は机に頭を乗せ、ため息をついた…
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「お待たせしました。準備ができましたので、これから屋敷を案内しますね」
準備をすると言ってから、1時間弱。セシルが戻ってきた。
「何をしてたの?」
「ええと…歩きながら説明いたします。時間がありませんから」
「え?それはどういうこと?」
「とにかく行きましょう」
「は、はぁ」
僕はセシルに促され、廊下を歩き始めた。
「では説明を始めますね。始めに、今いるこの階はシン様が”気に入ってる”方々に与えるための部屋とシン様の自室がある階です。それ以外は特に何もありません。ちなみに内部はどこもほとんど変わりませんので」
そうセシルは早口で説明した。
「他には?」
「全くありません。あるのは窓だけです。では2階へ行きましょう」
それだけ言って、セシルは歩きだす。
僕もそれを追う。
セシルは歩きながらも僕に話しかける。
「では、時間がないと言ったことについて説明してしまいますね。まず始めにですが、ここで働いているメイド、執事の半数近くは暗部の者です。今、全員を持ち場につかせたので、本来の執務に支障を出さないために急いでいます」
「えっと、何人ぐらいいるの?」
「およそ250名です。外で諜報をしている者を合わせればもっとですが」
「へ、へぇ〜…」
僕は背中に汗をかいているのを感じる。
僕らはこれからこの人たちを使って何かを成し遂げることになるのだろう。
…相変わらず不安でいっぱいだ。
「では、2階についての説明をいたしますね」
「えっと、色以外は3階と同じみたいに見えるけど…」
「はい。ただし、こちらには来客用の宿泊施設となっています。内部も見栄を張って無駄に豪華にしたりしています…あ、いえ。見栄というより、シン様の来客への嫌がらせと言ったほうが正しいかもしれませんね」
「…?どういうこと」
「見てみればわかりますよ。どこの中は同じなので適当に開けてみてください」
「あ、うん。わかった」
僕は言われた通り、近くにあった部屋をドアを開けた。
中は、ここが王の部屋と言われても納得してしまうほどの豪華絢爛で華美な装飾と、どう見てもかなり高級な材質で作られたベットや机…とにかく、どこへ目をやっても貴族が歯を食いしばって悔しがりそうなほどに格の違いを思い知らせられる作りになっている。
…確かにこれは見栄というより、貴族たちに対する嫌がらせと言ったほうが正解だろう。
「わかりましたか?」
「うん…とてもよくわかったよ」
「では、行きましょう。この階にあるのは、シン様の執務室以外ありませんので」
「えっと、そこは?」
「許可されていませんので」
「ははは…だよね」
さすがに、いない間に部屋に入るのは無理だったようだ。
僕らは1階へ降りる。
1階にあるのを知っているのは、入浴場とダイニングルームのみ。いや、途中にパーティ用の大広間があるっけな。
「では、1階の説明をしますね。まず、階段を降りたここは知っていると思いますが、大広間です。パーティを行ったりする時に使われます。ではこちらへ」
それだけ言ってセシルは少し移動する。
「次にここはパーティに来た来客用の控え室です。鏡や化粧用の道具があるほか、来客の方が望まれればメイドが控えています。そのメイドたちは後で紹介しますね」
「あ、うん」
「では次です」
またそれだけ言って、セシルは少し移動した。
「ここは遊戯室です。いろいろなものを備え付けてあります。ご要望があれば、賭けなどもできるように準備してあります。そして、彼らは普段からここで控えている者たち。こちらが暗部の者たちです。普段から控える者たちはほとんどが人間種ですが、暗部の者はこう見えても有角種と鬼族種です。ここにいる者はあまり人との違いの多くない者を選んでいます」
セシルがそう言うと、控えていた者たちがかぶっていた黒い帽子を取る。
そこには確かにツノがある。有角種は眉間のあたりにねじ曲がった角を1本ずつ。鬼族種は額に1本持っている。それ以外の差は人間種よりも力が強く、少しだけ肌が赤く見えることくらいだろう。
「何でわざわざそう言う種族を選んでるの?」
「今、協会は分裂しています。なので、あまりそれを逆撫でしないために、とシン様に指示をいただきましたので」
「へぇ…」
彼はそんなことまでするのか。僕らにそこまでできる能力があるだろうか…?
「では次に行きましょう。通常の業務に戻りなさい」
「「「「…はい」」」」
彼らは決して明るいとは言えないような暗い声で返事をすると、どこかへ歩いて行った。
ちょっと怖い。
「では次に行きましょう」
「う、うん」
僕らはまた少し移動する。
「次は書斎です。ここには約300冊ほどの蔵書が置かれています。まぁ、ほとんどが魔法関連の書物や武術や武器などに関わる者が多くを占めますが」
「す、すごい。こんなにも多くの本をどうやって?」
「それが、いつの間にかあったので。我々もよく知りません」
ということは、彼がこれを全部持ってきたのだろうか?
というか、これを全部読んだのだろうか?魔法関連や武術などと言っていたので、彼がこれを全部読んでいる可能性はそんなに低くないような気がしてならない。
そんなことを思っていると、いつの間にか少し離れた場所に1人の男性が立っていた。
ボロッとした白いローブを着たエルフ。年齢はエルフなのでよくわからないが、それでも無駄に年を食ってきたような感じではなく、熟したような雰囲気をまとっている。
「ああ、こちらがここの司書です」
「初めまして。わたくし、レイヴェルと申す者でございます。以後お見知り置きを」
「え、ええと、初めまして。僕はシモンです」
「彼に聞けば望んだ本を持ってきてくれますよ。利用する際は彼に聞くといいでしょう」
「なるほど」
「では、次に行きましょうか」
またセシルは移動する。
僕もそれに続いて移動する。
そんなことを数十回繰り返した。
「ここが最後です。ここは応接間。来客を出迎える用の部屋です」
そう言って、連れてこられたのは金色に輝く装飾が施されたドアの部屋。
中はソファーが2つとテーブルがあるのみで、特筆するようなものはない。
「えっと…隠し部屋とかってないの?」
「いいえ。ありませんが」
「…そうなんだ」
ここまでの部屋は、すべてどこかの貴族の屋敷にありそうなものばかり。
強いて言っても、豪華だったり設備が良かったりするのみだ。
そういった部屋はないのだろうか?彼は後ろ暗い噂の絶えないような人だ。そんな部屋が1つもないのは逆に不自然だ。
「では、部屋に戻りましょうか」
「あ、うん。そうだね」
僕らは部屋に戻る。
僕は戻る最中ずっと壁や天井などを見ていたが、どこも変なところはなく、隠し部屋なんかもなさそうだった。
「昼食の用意ができましたら、お持ちしますね」
「あ、うん」
「では、失礼します」
セシルは部屋を出て行く。
僕は今までのように椅子に座る…いや、部屋の中を探してみよう。
僕は椅子に座ろうとしたのをやめ、部屋の中を調べる。
床、ベット、机の下、置物、棚、壁…
「ないな…」
いくら探し回っても、どこにも動いたりするような場所はなかった。
でも、彼は戦争を起こせなんて言う人だ。
表には出せないようなこともあるはず。そのための部屋はないのだろうか?
僕はその後もしばらく部屋を探し回ったが、何も見つけることはできなかった。
見つけられたのは、片付け忘れたと思われるフォークと本棚の奥に入っていた魔法の研究書くらい。
他に見つけることはできなかった。
本当に何もないのだろうか?
そんなこと思いつつ、部屋を歩き回っているとノックの音が聞こえる。
『シモン様。昼食をお持ちしました』
「あ、うん。入って」
『失礼します』
そう言って、ドアを開いてガラガラと食事の乗ったワゴンを運んでくる。
テーブルまでそれを運ぶと、セシルはワゴンからトレーを下ろし、料理をテーブルに乗せた。
「本日の昼食は”トライホーンラビットのシチュー”です」
「トライホーンラビットって、あの3本角の?」
「はい。そのトライホーンラビットです」
トライホーンラビット。Cランクの下位あたりに相当する魔物で、Dランクにデュアルホーンラビット、Eランクにホーンラビットがいる。
そんなことより。
「あれって食べれたんだ…」
「はい。美味しいですよ。鳥に近い食感で」
「へぇ〜。初めて知った」
ウサギ系の魔物は小さいし、食べれないと思っていたのだ。
売られているのは見たことがあるが、てっきり魔物の餌用か何かかと思っていた。
僕は調理場に立つことは少なかったし、どちらかといえば狩りに出されることの方が多かった。
「食べたことありませんか?保存用の干し肉」
「ああ、あのいまいち美味しくない奴?」
「それ、ホーンラビットですよ」
「…そうだったんだ」
「角が増えるほど美味しくなるそうですよ。まぁ、調理法次第でホーンラビットも美味しいですが」
「でも売ってるのは見たことないけど?」
買い出しに行った時は、ホーンラビットが売られているのは見たことはあったが、トライホーンラビットは見たことがない。
「そうでしょうね。トライホーンラビットはランクがそこそこな上に大きくないですから、市場ではすぐに売れてしまいますので」
「じゃあよく手に入ったね」
「いえ、シン様がストレス発散に取ってきたものですから」
「ストレス発散?」
「はい。「よし、疲れたからちょっと出かけてくるね〜。あ、肉の保存場所あけておいて〜」とか言って、突然出かけたと思ったら、1,2時間で大量に狩ってきまして」
「は、はぁ…ちなみに大量ってどのくらい?」
「確か…200位だったと思いますよ」
Dランクってそんなに大量に狩れるものだったっけ?
僕が冒険者やった時は、Dランクを1体狩るのに30分くらいかかってたような気がするんだけど…
僕は苦笑いをしながら、昼食を食べる。
トライホーンラッビットはとても柔らかくて美味しかった。
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