未知には虚像を
「ふぅ。美味しかった…さて、ごちそうさま。ああ、シェフにソースをもっと工夫したほうがいいって伝えて。そこ以外は良かったよ」
「はい。かしこまりました」
そう言って、料理をかたずけるメイドは厨房に帰って行った。
今の言葉を聞く限り、彼は料理もできるのだろう。
「さてと。じゃ、これからの予定だけ伝えておくね。明日からお勉強…といきたいところだけど、僕は明日は用事があるから明日はメイドに屋敷の案内をしてもらってね。お勉強は明後日から。じゃ、以上ってことで、おやすみ〜」
彼は僕らが質問する間も無く部屋を出て行く。
まだやることなどが残っているのだろうか?もしそうなら、彼はかなり忙しいのだろう。
「じゃあ私も〜」
そう言ってテラという少女は部屋を出て彼を追った。
「え、えっと…じゃあ、僕らも帰ろうか?」
「そうだな。俺らにも明日から何からることがあるらしいし、早く休んだほうがいいだろ」
「うん。僕たちは今のうちに体力温存だねぇ」
「ははは…じゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
「おやすみぃ」
僕も2人にそう言って部屋を出る。
部屋を出たドアの前でメイドが待機していた。
メイドは僕が来たのを確認すると、歩き出した。
僕はその後を追う。
歩いている途中。ふと思い出したことがある。
…僕はこのメイドの名前を知らない。メイドがいつも同じ人が付いているのを見る限り、彼女は僕の専属とかそういうことになるのだろう。
ならば、呼びやすいように名前くらい聞いておいたほうがいいだろう。
「ね…ねぇ」
「はい。なんでしょうか?」
僕が呼びかけると、メイドは立ち止まって僕のほうに向き直った。
「そういえば僕、君の名前を知らないよね?」
「それは失礼いたしました。私、セシルと申します。どうぞお見知り置きを」
「…セシル?」
「はい。そうですが、何か?」
僕はその名前に聞き覚えがある。
セシル…アルが暗部の人って言っていた。そのセシルだろうか?
「ちょっと聞きたいんだけど、セシルって暗部の人?」
「…それをどこで?」
僕がそう言った瞬間、彼女の周りの空気が凍りついたように冷たくなった。
僕の体は恐怖に支配される。
「い、いや、あ、あの…あ、アルに聞いて…その、えっと」
「はぁ…そうでしたか。お見苦しいものをお見せしてしまいました。申し訳ございません」
「あ、ああ。うん。そう」
僕は聞いて後悔した。強く後悔した。
体の震えはまだ治らない。
ただ、代わりに情報源ができたことは喜ぶべきなのだろうか。アルが言っていたことが本当なら…いや、きっと本当だろうけど、彼女は彼のことを知っているのだろう。彼女に彼のことを聞いても、ある程度なら答えてくれるはずだ。
「参りましょうか?」
「え?あ、ああ。うん、そうだね」
僕はその後何も言わずに部屋まで歩く。
「では、ご入浴の準備が整いましたらお呼びいたしますね」
「あ、うん。わかった」
僕はベットで横になり、疲れを取る。
彼の前にいる時の緊張やさっきのことなどで、すごく体が疲れているような気分だ。
僕はそのまま呼ばれるまで横になって休み、呼ばれて入浴に行った後は少し耳をすませた後眠りについた。
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朝だ。時間を見れば、今は7時過ぎ頃。
朝食の時間は8時半頃で、起床時間は8時だ。
まだまだ時間がある。
「ぅう……ぁれ?」
ちょっと寝ぼけながら、結構どうでもいいことを思い出した。
僕が仕えてきたご主人様…いや、貴族たちは9時よりも後に朝食をとるのが普通だった。
つまり、実は彼の1日は相当早い時間から始まっているのだろうか?
僕はそのまま横になっていたが、どうやらすっかり目が覚めてしまったようなので、着替えを始めた。
寝間着を脱ぎ、ワイシャツを着て、赤いズボンを履いて、深緑の靴下を履き、赤茶色の革靴を履いて立ち上がる。
僕が前に着ていたごわごわとした硬い服とは違い、柔らかで着心地もいい。
さらにベストを着、ボタンを閉めて、上着を羽織る。
シャツの上に来ている服には、僕が前に着ていた服についているボタンのあった場所に金糸で刺繍がされていて、さらに袖と裾のあたりに同じように刺繍がされている。
この服には一体どれだけのお金が掛かっているのだろうか?
奴隷が着る服は、だいたいちょっと黄ばんだ色をした麻のズボンとシャツ。
収入がそんなにない農民などでも、色々と色がついた綿などの素材でできたズボンとシャツとベストと靴がある程度。
冒険者たちは、どうやっているのかはよく知らないけど綿を固く編んだ生地でできたズボンなどにシャツと皮などのベストと皮のブーツなど。その上に防具を着る。
貴族たちは僕が今着ているような服装。だけど、これよりもっと生地は荒く硬い。
僕が知っているのはこれぐらいしかないのだけど、この服は僕が仕えたことのあるどの貴族の服よりも繊細に作られている。
これは一体どんなものなのだろうか?
彼は普段は白く長いローブを薄い水色をしたシャツの上に羽織り、黒のポケットが多くついたズボンを着ている。
非常に魔道師などのような貴族らしからぬ格好だ。
多くの魔導師はローブに杖という格好をしている。
ちゃんと理由もあるらしく、冒険者をやらされた時にちょっと聞いたのだが、元々は勇者の魔法使いの格好を真似たものらしい。
最近では魔法の威力をあげる杖なるものが開発され、市販化に向けて研究が進んでいるらしい。
「そういえばあの人の職業って何だろ?やっぱり、珍しかったりするのかな?」
魔道師で思い出したが、彼は何の職業なのだろうか?
彼は職業なんて単なるステータスの1つとは言っていたが、それでも能力値の上昇に関わる以上、戦闘方法を決める基準になるのは事実だろう。
彼はアルに剣術で圧勝するとアルが言っていた。剣士系の職業なのだろうか?聖騎士とか剣聖とか?
いや、けれど僕らの首輪を外したのは明らかに魔法。やっぱり魔法系の職業?賢者とか魔法師とか?
…どっちも使えるのだから、英雄系?
全く予想ができない。
『シモン様。おはようございます。起きていらっしゃいますか?』
僕はそんなことをずっと考えていると、いつの間にか時間が経ち8時過ぎくらいになっていたみたいだ。
メイド…セシルが僕を呼ぶ声が聞こえる。
「うん。起きているよ」
『そうですか。では、朝食の準備が整い次第お呼びいたしますね』
そう言うと、セシルが歩いて行く足音が聞こえてくる。
「あ。もしかしたらセシルは知ってるかな?」
メイドはメイドでも、暗部もやっているような人だ。
もしかしたらそう言うことも知っているかもしれない。
後で聞いてみよう。
そうやって色々と考えていると少し楽しい。
まだ知らないものをあれこれと予想してみたりするのは純粋にわくわくする。今日も屋敷の中を案内してもらうことになっている。
この屋敷では僕が知らないものに多く出会えている。
ならば、屋敷にはどんな驚きがあるだろうか?隠し部屋や開かずの扉なんてものはないかな?
今からちょっと楽しみでいる自分がいる。
そして、そんな気持ちを抱くことにも少し驚いている。
少し前までは不安や絶望でいっぱいいっぱいだった僕が、たったの2日でそんな空想をして楽しんでいられるような余裕を持てるようになっていた。
僕はわくわくしながら、セシルが来るのを待った。
とは言っても、彼女はそれから数十分と経たずに来た。
『お待たせいたしました。朝食の準備が整いました』
「わかった」
僕はベットから立ち上がり服のしわの伸ばすと、ドアを開けて廊下へ出た。
そこには昨日と変わらず、同じデザインのメイド服を着たセシルがいる。
「おはようございます。では、こちらへ」
そう言って歩き出す彼女の後ろを僕は歩いて行く。
そして、僕は歩きながらセシルに話しかける。
「ねぇ。そういえば、シン様の職業って何なの?」
その問いに、セシルは僕の方に振り返りもせずに答える。
「シン様のご職業ですか?確か、”魔物使い”だっ他と存じていますが」
「え?魔物使い?」
「はい。今もご眷属がどこかで働いていると思いますよ」
「へ、へぇ〜…」
「それがどうかされましたか?」
「え?ああ、いや、ちょっと気になっただけ」
「そうですか」
”魔物使い”…名前の通り魔物を使役する職業。
普通、主人…つまり、魔物を使役する本人はそんなに能力値が硬くないのが普通のはずだが、彼はそれでもアルに勝つという。
…どんなだよ。
「…じゃあ、どんな眷属がいるの?」
「そうですね。昨日ご覧になられましたよね、テラ様。彼女、眷属らしいですよ」
「え?」
全く理解できない。
「私もよく知りませんが、彼女はシン様の最初の眷属であられるそうです」
「いや、だって人だったでしょ?どう見ても」
「そうですよね…私もそう思います」
「あ、うん」
どうやら彼女もあまり信じていないらしい。
僕だって全くだ。
眷属にできるのは魔物使いの名の通り魔物のみ。彼女はどう見たって魔物じゃなくて人だった。
全然、訳がわからない。
「彼女がそうおっしゃるので、事実がどうなのかはよくわからないのです。それ以外でしたら、ゴーレムやゴブリン、オーク、ギガントやウルフ、リザードマンなど、他にもいろいろですね。相当数の魔物を従えていますよ。一度彼に頼んでみたらいかがですか?喜んで見せてくれますよ」
「へぇ…今度頼んでみるよ」
「ええ。きっと驚きますよ」
彼女は少し微笑んだ。
僕は彼女が笑った顔をしたのを初めて見た気がする。
まぁ、そのうち頼んでみよう…できたらだけどね。さすがに今は無理だ。彼の前で僕がそんなことを言い出すことができるか?絶対に無理だと言い切れる自信があるよ。
そんな話の間にダイニングルームについた。
「では、ごゆっくり」
僕は部屋に入る。
今日は僕が一番のようだ。部屋には誰もいない。
僕は昨日と同じ席に着く。
すると、すぐに食事が出された。
…どういうこと?彼を待たないのだろうか?
普通、こういった食事は一番偉い人を待つものだろう。なんで待たないのだろうか?
僕はその疑問を運んできたメイドに聞いた。
「えっと、シン様は?」
「本日はすでに外出なされていらっしゃいますので、皆様のお食事をお運びいたしております」
「もう⁉︎まだ、9時にもなってないのに?」
「はい。本日は王城へ参られるそうです」
「へ、へぇ〜…」
「私は失礼しても?」
「あ、うん。ありがと」
どうやらもう出てしまっているらしい。
こんな時間から出かけるってやっぱり忙しいのだろうか?僕らにそんなものが務まるのかすごく心配だ。
そんなことを思いつつ、僕はナイフを片手にフレンチトーストを切っては口に運ぶ。
甘みが砂糖のものとは違った感じがする。
…もしかして蜂蜜だろうか?
この街の近くで巣が見つかったって話は聞いたことがないので、どこかから買ってきたのだろう。やっぱり彼はかなりの有力者だ。
とてつもない資産を持ているにちがいない。
この屋敷自体もそうだけど、物の1つ1つに手が込んだ物が多い。
例えばこのナイフ。
銀でできた全体に、持ち手の部分には滑らないように飾り彫りがされている。
机に並んだキャンドルスタンドもきっと相当な値がする物だ。
3匹の龍が絡みあった物で、その1匹1匹がロウソクを咥えている形をしている。
全体は金などでできているようで、目には赤い宝石が使われている。細部まで細かに掘られた物だ。
彼がすごいことを再認識させられたあたりでレーヴィが入ってきた。
「…今日は早いんだな」
「いや、僕だって普段から最後じゃないんだから」
「というか、あの人は?」
「ああ、もう出かけちゃったってよ」
「マジか。大変そうだな」
「本当だよね」
そんなことを言っている間にレーヴィの分の朝食が運ばれてきた。
「お、うまい」
「だよね。僕らがこんなに贅沢していいのか怖いよ」
「だな。まぁ、いつあんな生活に戻ってもいいように、今のうちに楽しんどこうぜ」
「嫌なこと言わないでよ」
「そうだな」
その後は何も言わず、黙々と朝食を食べた。
僕が食べ終わり、紅茶を飲んでいるとラージェが入ってきた。
「遅いかったね」
「ああ、少し着替えに手間取ってさぁ」
「そうだよな。この服着るの大変だ」
「ははは。着替えくらいきちんとできるようになろうよ」
「いや、でも普通こういうのってメイドとかが着替えるのを手伝ってくんないか?」
「確かに。言われていれば…」
そう言われて確かにと気がつく。
普通、貴族の着替えとかはメイドや執事が手伝ってくれるものだ。
「まぁ、これくらいできるけどよ」
「そりゃ僕らは元奴隷だしね」
「そうだねぇ」
「じゃ、僕はもう行くね」
「ああ。また後でな」
「後でねぇ」
僕はダイニングルームを出た。
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