無知には教育を
僕らは食事を終え、再び部屋に戻ってきていた。
「じゃ、話の続きをしようか。お昼をはさんでちょっと整理もついたでしょ?」
「えっと、なんで俺…僕らの職業が使えるのですか?普通に考えて、嫌悪されることはあっても好まれることはないと思うんですが…」
「君は死霊術士でしょ?この職業は、死した生物に死霊魔法…つまり、闇魔法の結構特殊な部類に含まれる魔法をかけた魔物…アンデットを意のままに操りやすくなる職業って思われてる。けど、それ…違うから」
「…へ?」
その言葉に、レーヴィは訳がわからないとでも言うような表情をし、僕らも言葉を失った。
「第一さ、職業ってものについてみんな勘違いしすぎなんだよ。死霊魔法くらい僕だって使えるし。いい?職業っていうのは、能力値の上昇値に関わる”ステータス”。つまり、ちょっとスキルに関与することはあっても、他に意味なんてないのさ。死霊術士は闇魔法の行使に補正がかかりやすくなる上に、その中でも死霊魔法に対して特に補正がかかりやすくなるだけで、他は普通の魔導師と同じ。というか、むしろ能力値の上昇は高いんだから」
「…え、ええと。それはつまり?」
「単なる能力値と同じだよ。別に魔法が使えない訳じゃないし、剣術が使えない訳でもない。ただ、その能力値が高い。つまり、筋力が高いとかと全く変わらないの」
「…ちょっと待ってください。じゃあ、なんで僕らは選ばれたんですか?それなら僕たちじゃなくても良かったのではないですか?」
その言葉を聞き、僕は疑問に思った。
ならば、別にそういった能力値が高いだけであるというならば、僕たちじゃなく聖騎士などの職業の者を探したほうがよっぽどいいじゃないか。
「いや、だからだよ。この職業には、ネームバリューっていうおまけがつくんだから」
「ね、ねーむばりゅー?」
「あ〜、簡単に言えば脅しだよ。聖騎士って言われれば、いいイメージがわくでしょ?優しいとか、正義とかね」
「はい。そうですね」
「じゃあ、死霊術士は?」
「ええと…悪人?」
「そ。そういったことがあると、逆らおうという気を削ぐのが楽になる。僕らがやるのは国の裏方。信仰されるより、恐怖されないといけない。ね?好都合でしょ?」
「なるほど…」
そう言われてみればそうだ。
この人は国の裏方。当然、親しまれるより恐怖されたほうが舐められずにもすむ上に、交渉なども有利だ。
そう、僕らが納得したところで、彼は話を進める。
「今はこんな話はどうでもいいんだ。じゃあ、次にいこうか」
「次?」
「ほら、君が言ったんだよ?シモン君」
彼は僕を見てそう言う。
僕は首をかしげた。
「自分が言ったことぐらい覚えてようよ〜」
「す、すみません…」
どうやら僕はこの人が苦手らしい。どう頑張っても、僕の心は奴隷へと引き戻されそうになる。
「まぁいいや、君らに求めていることを話すよ」
「あ、そういえば…僕たち、何をすれば良いですか?」
「ラージェ君。話すから待とうか?」
「は、はい」
「ふぅ…で、僕が君らに求めていることはただ1つ…この国を壊せ。分裂させ、戦争を引き起こせ。それが望みだよ」
僕らは固まった。
今…戦争を引き起こせと。そう、言ったのだろうか?
それが望み?どうかしているのではないのか?本気でそう思った。
「い、今戦争を起こせって言いました?」
「そうだよ。この国を僕は2つに分けようとしている。このままいけば宗教的に分裂する。それを操って、戦争を起こすのさ」
「じょう、冗談ですよね?そうですよね。国を思う人間が戦争って…」
「え?何言ってるの?本気だよ?だいたい誰がいつ国を思ってるのさ?」
「いや、あなたが…」
「僕がいつ国のために働いてるの?僕が働くのはハルとカリーナのため。他はだいたいどうだっていいよ。面白ければ」
面白ければ。そう言われて、僕は初めて気がついた。
僕についていたメイドが言っていたことは、事実でもあったのだと。
彼は人を毛嫌いしている。
彼にとっての人は石ころなんかじゃなく、単なるおもちゃだ。
彼の言葉に2人は呆然としている。
「じゃ、じゃあ。本当に…戦争を起こせって」
「当然でしょ?まぁ、ちゃんと理由もあるよ。どうせ理解してくれないだろうけど」
「そそ、その理由は…な、なんですか?」
そう言われ、レーヴィは震えながら質問した。
何か嫌な思い出でも思い出してしまったのだろう。
「やらないと世界が滅ぶからさ。この世界の作りは元からひどく歪だ。なのに、それを利用してどっかのアホがいろいろとやったせいで、壊滅的になってる。だから仕方なく戦争を起こすのさ。そうしないとまた文明が滅びる」
「…え?」
「へ?」
「ふぁ?」
僕らの理解を超えた答えに、僕らの脳は限界を迎えた。
全く何を言っているのか理解できない。
「ね〜?言ってもわからないでしょ?はぁ…だから言わなかったのに〜」
「いやいやいや。わからないとかそんな話じゃないじゃないですか。それはもはや…そう、神様の領域ですよ」
「だね。でも僕は事実としてそれを知っているのさ。ま、理由はそんなとこだよ。じゃ、今日はこれで終わり〜。解散〜。僕はやることがあるから」
それだけ言って、彼は部屋を出て行く。
僕らは椅子ら立ち上がることなく、そのまましばらくの間動かなかった。
どれだけそうしていただろうか。
僕の頭の中は彼の言葉で飽和していた。
「戦争を起こす」「さもなくば、世界が滅ぶ」
それは一体どういうことなのだろうか?
僕には到底理解のできない領域の話だろう。
それこそ本当に神の領域だ。なぜ彼はそんなことを知っていたのだろう?
確か「事実として知っている」と言っていた。つまり、なんらかの形でそれを知る機会があったということになる。一体どこで?
この世界でそんなものを知っている可能性があるのは、長命種族のみだろう。
エルフだろうか?彼は英雄の1人と面識がある。そこで聞いたのだろうか?
「なぁ…シモン」
「えっと、どうしたの?」
「俺、なんでこうなってんだろうな。全く訳が分からなくなってきた」
「僕もだよ。彼は一体何者なんだろうね?普通に考えて、そんなことを知ってるなんておかしいじゃないか。そうでしょう?」
「そうだね。僕もそう思うよぉ。あの人が何を考えてるのか全くわからないよ」
しばらくして、2人も考え込んでいたのをやめて僕に声をかけてきた。
僕も2人もまったく理解ができなかった。
今はとにかく彼の望むことのために、知識をつけたりするしか道はないのだろう。
「…とにかく、僕らが今できることをやるしかないよ」
「そう…だよな」
「うん…そうだね」
僕らは納得することなく話を終え、各自部屋へと戻っていく。
僕もメイドに連れられ、部屋に戻る。
「では、夕食時にまたお呼びいたしますので」
そう言ったメイドは、ドアを閉めて出て行った。
僕はそれを見届けると、ベットに座り込む。変わらず、ベットは体が沈み込むほどに柔らかだ。
「僕…どうしたらいいのかな?」
また弱気な僕が帰ってくる。これではいけないと思ってはいるのだが、そう簡単には変えられないものだ。
僕は、戦争を起こせと言われた理由を結局何一つ理解していないのだ。
つまり、これからどうすればいいのかが全くわからない。今までのご主人様はある程度明確な指示を出してくれていたのだが、彼は違う。
学べと言った以外に何も言っていないのだ。
まぁ事実、今の僕たちには知識がない。なので学ぶより他ないのだが、どうにも何かが引っかかるような気がする。
こう、彼は何か重要なことを隠しているような。そんな気がする。
僕はベットに横になりながら考えるうちに、いつしか眠りについていた。
「…モン様。シモン様、夕食のお時間ですよ」
「うぅ…え、っと」
頭上から声が聞こえる…ああ、僕はベットで考え事をしているうちに寝てしまったのか。
「お目覚めになりましたか?」
「ああ、うん」
「夕食のお時間です。ノックをしてもお返事がございませんでしたので、勝手ながらお部屋に入らせていただきました」
「あ、うん。わかった」
僕はベットから立ち上がる。
「では、行きましょうか。シン様を待たせる訳にはいきませんので」
「うん…そうだね。じゃあ行こう」
「はい」
それだけ言い、メイドは部屋を出る。
僕もをのあとを追う。
実際、この屋敷自体はそんなに複雑ではないので、もうダイニングルームまでの道のりは覚えている。奴隷をやっていた以上、できる限り一度で覚えないと怒られることが多かったせいで身についたスキルなのかもしれない。
まぁでも、メイドが案内してくれるのは、僕らが余計なことをしたりしないように見張るという理由があるような気がする。僕らはまだ屋敷の全体を知ってるわけじゃないし、余計な詮索はしないほうが良いかもしれない。
そうこうするうちに、ダイニングルームに着いた。
2人はもうすでに席についていたので、僕も少し急いで席に座った。
「お。みんなもう来てたんだ〜。まぁ、とりあえず夕食にしよっか」
そして、僕が座ったほとんど直後に彼が入ってきた。
彼も席に座り、それ以外にもう1人が席に座った。それは小さい女の子で、水色の髪色をした僕たちと同じくらいの年齢に見える子だ。
彼は何の説明をすることなく、ベルを鳴らした。
食事が運ばれる。
「え、ええと…その子は一体?」
耐えきれず、レーヴィが質問した。
僕らも聞きたかったことなので、ありがたかった。
「ああ、僕の妹みたいなものだよ〜。テラ、自己紹介して」
「えっと、初めまして…かな?私はテラです!よろしく」
「ということで、またそのうち説明することになるだろうから、詳しいことはその時にね」
結果的にわかったのは名前のみ。いや、一応彼の妹のような者らしいが、彼はこの世界の人間ではないので本当の兄妹ではないだろう。
そんな僕らを気にすることなく料理が運ばれてくる。
綺麗のよそられた前菜は、彩りよく黄金色にキラキラと光るソースが添えられている。
「じゃ、いただきます」
「いただきます!」
そう言って彼らは食事を始めた。
前菜は量こそ少ないが、酸味のきいた目にも美味しいものだった。
次に運ばれてきたものはスープ。
彼が言うには向こうの世界の料理らしく、ヴィシソワーズと言っていた。
語彙力の少ない僕では言い表すことができない。知識はこれから大量につける必要が出てくるだろう。パーティなどで恥をかくのは、絶対にあってはいけない。
で、その後パンが運ばれてきた。
真っ白くふわふわとしたもので、孤児院で食べていたものとはぜんぜん違う。どうやったらこんな風に作れるのだろうか?
パンの後には、ステーキが運ばれてきた。
鳥の肉のようだったが、僕にはその種類はよくわからない。ただ、とても美味しいとだけは僕でもよくわかる。それも、僕が仕えてきたどのご主人様の家のものよりも。
ああ、いけない。また心が奴隷に戻りかけている。今は奴隷じゃなく、僕がご主人様になるのだった。
その後サラダが運ばれてくる。
ここまでの料理同様、1つ1つの料理に多くの手間がかかっているのが伺えるような料理だ。
サラダが出た後に出たものは、僕のよく知らないものだ。
いや、知ってはいるがあまり手に入らないものなので、仕えていた時にも一度も見たことがない。
動物の乳を使ったもので、なんでも発酵?させるらしい。
そのチーズなるものは薄い黄色だったり、卵色だったりといくつか種類が置かれる。
初めて食べたが、とても僕の好みだった。
こんなに種類を集めるなんて、彼は一体どんな手を伝っているのだろうか?
その次に運ばれてきたのはフルーツ。
ルイブの実が綺麗に皿の上で並んでいる。
彼はこれ…というか甘いもの全般が好きらしく、ニコニコとしていた。
最後に運ばれてきたのはデザート。
僕ら孤児院からすれば甘味は贅沢であり、手の届きづらいものなので少し優越感を感じる。
相変わらず手の込んだものであるのだけはわかるのだが、他のことは一切わからない。ただ、これらすべてのものを作るのに一体何人の人がいるのかが少し気になった。
そして、その後に温かいコーヒーが運ばれてきた。
僕がこれを知っているのは、何人か前のご主人様がこれをいたく気に入っていて、何度も買いに行かされたことがあるからだ。
彼はミルクも砂糖も入れずにゆっくりとコーヒーを飲んでいる。
僕はミルクも砂糖も結構多く入れてそれを飲む。
買いに行った際に試飲したことがあったのだが、その時はあまり美味しく感じなかったのに、これはとても美味しく感じる。どうしてだろうか?
そうして夕食の時が過ぎていく。
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