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過去には決別を

 僕は再び彼の部屋に来ていた。

 僕らは部屋に案内され「今日からここが君らの部屋だ」と言われて、1人1部屋ずつ部屋を与えられた。それぞれの部屋の扉には僕らの髪色を表す魔法文字を模した彫刻がされていた。


 それで、なぜ彼の部屋に再び来ているのかというと「ああ、シモンくんは、えっと…18時くらいにさっきの部屋に来てね」と言われたのだった。


 僕は部屋に運ばれてきた夕食をとり、部屋の前に来た。



 『あ、入っていいよ〜』



 僕がノックしようとした瞬間、部屋の中から声が聞こえてきた。

 僕は恐る恐るドアを開けて、部屋に入った。


 部屋に入ると、こちらを向いて座っている彼と僕に背を向けて座っている赤い髪を短く切り揃え簡易的な鎧を着たの青年がいる。


 「やぁ、いらっしゃい」

 「ええと…僕は、なんで呼ばれたのでしょうか?」


 

 僕がそう言うと、彼は嬉しそうな表情…というか、いたずらっ子がいたずらを成功させたような表情で僕を見た。


 「じゃ、僕は邪魔しちゃいけないから出てくね〜。ああ、まだ外しちゃだめだよ?僕が出てからね?」



 彼は赤い髪の青年にそう言い聞かせて、僕を部屋に残して出て行った。



 「…え?」



 いや、ちょっと待って欲しい。どうして僕はこの部屋に取り残されたの?

 邪魔しちゃいけないって何を?


 そうやって僕が混乱している中、僕の前に座っていた青年が目を隠していた布をとり、僕の方を向いた。



 「シモン…?シモンか?なぁ、シモンだよな?」

 「…アル?アルなの?」

 


 その顔は成長して変わってはいたが、僕の知るアルの顔だ。


 「師匠…そういうことは早く言ってくだざ…いよ…」



 アルは僕を見て、僕はアルと呼んだ瞬間。その場に泣き崩れた。


 「よがっだ。ジモン、もう会えないかど思ってた」

 「うん。アルも元気そうでよかった。よかったよ…」

 「ごめん、あの時助けられなくて。ごめん、ごめん。今度はみんな守るから。俺がみんなを守るから…」




 僕らはそのまま泣いた。

 久しぶりに流した涙は、今日でもう2回目だというのに止まることなく流れ続ける。


 僕らは手を取り合い、無事を喜んだ。









 「もう2度と会えないかと思った。師匠も人が悪いよ…」

 「師匠って、あの人のこと?」

 「え?あ、そうだった。ああもう!しっかりしろよ、俺!」



 しばらくし、泣き止んで落ち着いた僕らは話を始めた。


 「俺さ、師匠に弟子入りしてたんだよ。もう、ずいぶん前の話だよな。だってもう3年も経つんだから」

 「弟子入りって、あの人は貴族でしょ?…ん?それにその時は呼ばれただけの一般人じゃないの?」

 「あ、知らないのか。”悪霊”っていう冒険者って知ってるか?」

 「それくらいは僕だって知ってるよ。有名でしょ?」

 「まぁそうだよな。でさ、師匠はその”悪霊”なんだ」

 「え?嘘?」

 「いや、ほんとほんと。マジだよ。でさ、頼み込んでいろいろ教えてもらったんだ。俺結構強くなったんだぞ?」

 「へぇ〜。そうだったんだ」



 アルは立ち上がった時に見た身長が僕よりも頭が2つ分くらい大きく、体もかなり筋肉質だったし、手を握った時も剣を持っているせいか硬く豆の多い手だった。


 「あ、信じてないだろ?ほんとだからな?もうやめて、この屋敷で騎士やってるけどAAAランクの冒険者だったんだからな?」 

 「すごいじゃん。本当なら」

 「くっそ、ちょっと待ってろ!」



 そう言って、アルは来ている鎧をガサゴソやって1枚のカードを取り出す。


 「どうだ!本当だからな!」

 「本当だった。あの怠け者のアルがこんなにも成長して…」

 「信じてなかったのかよ⁉︎」

 「いや、信じてた信じてたって」

 「嘘だろ〜?」

 「本当に本当だって」



 アルの取り出したカードには、確かに”AAA”という文字列が刻まれ、”アルファス・レステングール”という文字も刻まれていた。

 アルは昔のように、僕を見て笑っている。

 僕も本当ならそうやって笑っていたのだろうか?



 「今度は、もう俺は逃げない。絶対に。何がなんでもみんなを助けるんだ。俺は力をつけた。だから、もう

俺の目の前でいなくならないでくれ…頼む。もうあんな思いはしたくない…ごめん、ごめん」

 「…うん。大丈夫だよ」



 いや、アルも本当は泣いているのかもしれない。

 心の中でずっと悔やみ続けていたのかもしれない。


 アルは思い出したかのように、目に涙を浮かべる。



 「ほら、もう泣かないでよ。僕はこうやって帰ってこれたんだ」

 「…ああ、そうだよな。もう、大丈夫だよな」

 「うん。大丈夫だよ」

 「…ごめんな。なんか、俺ばっかり。シモンだって…いや、シモンのほうがよっぽど俺より辛い思いをしたはずなのに」

 「いいよ。もう終わったんだから」

 「…そっか。うん、そうだよな」



 僕は随分と嫌な奴になったものだ。辛いような表情をして、相手の顔を伺う。

 …ああ、悔しい。


 「ほら、僕はもしかしたら後継者になるかもしれないみたいだし」

 「あ。そういえば師匠がそんなこと言ってたな。そっか、頑張れよ!俺がシモンを守るから」

 「でもなんであの人、自分の子供に継がせないんだろう?」

 「ああ…師匠さ。えっと誰だったっけ?ああ、セシルさんだ。暗部にいるセシルさんに聞いた話だと、家族っていうのがいやらしいね。まぁ詳しくは本人に聞いたら?俺も良く知らないし、聞こうとするとすっごい黒い魔力が放出されるから聞かないけど」

 「く、黒い魔力って」

 「あの人本当は騎士団とか護衛とか全然いらないと思うんだよね。だって未だに俺一撃も取れないし」

 「本当に?」

 「いや、ほんと。強すぎるよ」



 でも、あの人の指や腕はそんな戦士などの腕ではなかった気がする。


 「魔法使いなの?」

 「いや、良くわかんない。それに俺は魔法剣士だから、どっちも俺より全然強い」

 「え?剣も使えるの?」

 「ああ。師匠ってなんでも使えるよ。斧、剣、槍、槌、鎌、杖、鞭、まぁ他にもいろいろ」

 「うわぁ。ほんとに護衛って必要なのかな?」

 「貴族は見た目が大事とか言ってたよ。まぁ、楽しそうに言ってたから、俺をからかってるんだと思うけどさ」

 「ははは…まぁ、アルが頑張ってるみたいでよかったよ」

 「おう。シモンも頑張れよ?師匠、何かを人に教えるときはほんとに鬼畜だから」

 「え。あ、うん。頑張るよ」

 「…げぇ!もうこんな時間じゃん!アレクさんに怒られる!」

 「アレクさんって、団長の?」

 「あ、元だけどね。あの人、この騎士団の指南役を任されててさ、時間に遅れるとものすごく怖い…」

 「ああ…僕はここに居られるみたいだし、また今度話そうよ。ほら、行って来なよ」

 「おう。悪い、俺の部屋は3階の一番奥だから。いつでも来いよ」



 そう言うと、アルは急いで部屋を出て行った。


 そして、アルと入れ替わるように彼が入ってくる。



 「どう?久しぶりの再会は?嬉しい?それとも…憎い?恨めしい?」

 「そんなことはないです。無事でよかったです」

 「ははは〜。ま、それでいいんじゃないかな〜?ちなみに、僕が同じような状況にいた時は憎かったよ」

 「え?」


 

 同じような状況にいた?どういうことだろうか?


 「はい、この話は終了〜。じゃ、部屋に戻りなよ。しばらくしたら風呂の時間だからさ」

 「あ、はい。わかりました」

 「じゃ、時間になったらメイドが呼びに行くから」

 「はい。わかりました」



 彼は楽しそうに僕を見て笑う。

 今気がついたが、僕はこの表情が苦手だ。

 どことなく恐怖と狂気を感じるような気がする。


 「じゃ、僕は部屋に戻るから」

 「はい。わかりました」

 「ああ、あとその定型文みたいなのは早くなおしなよ〜」



 そう言って、彼は部屋を出て行った。

 なぜだろう。彼に恐怖を感じるが、それと同時に心が惹かれるような気がするのは。


 僕はそんな疑問とともに、部屋に戻った。






 



 彼の言う通り、すぐに風呂の時間になった。


 「シモン様。ご入浴の準備ができました。こちらへどうぞ」

 「は、はい…」



 ”様”はつけて呼ぶ側だったのに、そうやって呼ばれるのはなんというか変な感じだ。


 僕は僕と同じ桃色の髪の女性の後ろについていく。



 「え、ええと…」

 「何でしょうか?」

 「あ、や、その…」

 「どうかされましたか?」


 

 僕が言い淀むと、メイドは立ち止まって僕の方を見た。

 その目は心なしか苛立ちを帯びている様な気がした。


 「こ…これからどうするのかを聞きたいんだけど、いいですか?」

 「ああ、これからの予定ですか。これからご入浴、そのあとは部屋に戻っておやすみいただく以外の予定はございませんよ」

 「あ、そうですか…」



 僕が本当に聞きたかったことは、全く違うことだった。

 しかし、長く奴隷として過ごしてきた日々が、その質問をすることを躊躇させる。

 それを聞いて、また怒られたりはしないだろうか?罰を受けるのではないか?そんな気持ちが僕の心の中を駆け巡り続けてる。


 その後は、何も言わずに入浴場まで歩いた。




 入浴場に着き、メイドが僕を中に促す。


 「では、着替えはここに置いておきます。私は部屋の外で待機していますので、何かあればお申し付けください」



 そしてそう言った後、メイドは脱衣室の扉を閉めた。


 僕は着させられていた白を基調とし、金の刺繍が施された服を脱いで、入浴場へ向かう。



 入浴場は全面に白いタイルが貼られ、銀色に輝くシャワーと大理石で出来た巨大な浴槽があり、龍の形をした像からお湯が出ている。


 掃除をしたことはあったが、入ったことなど一度もない。あるはずがない。


 僕はどこにも傷をつけないように気をつけながら歩き、体を洗うためにシャワーまで向かう。



 僕は体を洗い終え、浴槽にゆっくりと歩いていく。

 


 そして、ふと思い出した。


 「あれ?僕がこれから貴族になるかもしれないって、つまり…ここが僕の屋敷になるのかもしれない?」



 デルピエール候を継ぐということは、この屋敷を継ぐということにもなる。

 それなのにもかかわらず、僕はなんでこんなにも怯えているのだろうか?…いや、長年この体に染み付いた習慣がそうさせるのだろう。だが、少なくともここまで怯える必要はないのかもしれない。


 だって、もう僕は奴隷じゃないのだから。


 そう思えるまで少し時間がかかったが、それでもそう考えれるようになると少し体が軽くなったような気がする。


 僕は少し安心して、風呂に浸かった。


 そして、考えた。




 もう二度とあんな目に遭わないためにどうすればいいんだろう?

 敵を排除しなきゃ。

 僕が…強い力を、権力を手に入れないと。

 そのためにはどうすればいい?

 あの人に気に入られないとダメだ。

 あの人はどんな人?

 ああ、さっきメイドに聞けばよかったのに。

 少なくとも僕は奴隷じゃなくなったんだ。怯える必要はない。帰りに聞いてみよう。

 まずはそれからだ。






 僕は昔、気弱な子供だった。極限まで追い詰められないと、言いたいことすら言うことができない。

 だけど、変わった。

 …いや、変わらざる得なかったと言ったほうが正しいだろう。

 奴隷として売られ、できなければ罰が待っている。そんな生活を繰り返すうちに、僕は人の顔色を伺うことを覚えた。

 人の顔色を伺うようになってから、次は演じることを覚えた。ご主人様に好かれるような人間を。

 そうやってうまく生き延びてきたのだ。


 僕は気弱じゃなく、道化になった。ご主人様を魅せるためだけの道化に。


 だけど、これからはそうじゃいけない。

 権力を持つ…すなわち、僕がご主人様になるんだ。

 


 要らない僕は、消えてしまえ。

 僕にあるのは、過去という記録があるだけだ。

 これからの僕を作ろう。


 僕は凡人だ。

 普通にやってもご主人様にはなれないだろう。

 ならば代わりに余計なものを捨ててしまおう。邪魔になるなら切り捨てよう。


 全ては僕のために。



 僕は湯から上がった。

 

 そして、用意されていた服に着替えると、廊下へ出た。



 「いい湯だったよ。ありがとう」

 「え?あ、ああ、はい。では、お部屋までご案内いたしますね」

 「うん。お願い」



 僕は顔に笑顔を貼り付け、メイドに話しかける。

 作り上げるんだ。僕を。



 「ねぇ、シン様ってどんな人なの?」


 

 僕はさっきできなかった質問をメイドにする。

 メイドは僕を見て、少し驚いた顔をしてから質問に答えた。


 「ええと…そうですね。いい人だとは思いますよ。こんな私を拾ってくださいましたし、私の部下達も奴隷出身が多いですから」

 「ふぅん。じゃあ、婚約者とかはいないの?それか子供とか家族とかさ」

 「…その質問、シン様に絶対にしないことをお勧めします。あの人は他人を嫌っています。だから、他人の命なんてゴミと同等にしか考えていませんよ。きっと…」



 僕の頭は再び奴隷に戻る。

 やっぱりこの人も貴族だと、そう確信するには十分な言葉だった。

 体は恐怖に怯え、痛みを思い出す。


 「…え?でもさっきいい人って」

 「はい。決して悪い人ではないのです。友人のために街道を整備し、部下のために孤児院を大きくし、弟子のために時間を削って手伝いをします。ですが、気に入らないものはとことん滅します。それによって北へどれだけの貴族が飛ばされたことでしょうか」

 「へ、へぇ…そっか」

 「悪いことは言いません。シン様に人に関する質問はあまりしないことをお勧めします」

 「わ…わかった」



 僕はそれだけ言うと、何も言わずに部屋に戻る。






 「では、おやすみなさいませ」

 「う、うん…おやすみ」

 

 

 そう言ってメイドは僕の部屋を出る。

 そしてドアを閉めた瞬間、僕は扉に耳を当て、廊下の声を聞く。

 

 いつもの習慣だった。

 そうやって、自分の評価を調べていた。


 廊下を歩く執事。掃除をする奴隷。ご主人様の後ろを歩くメイド。廊下から聞こえてくる声は、時に重要なことを僕に教えてくれていた。



 しかし、今日は違った。



 『シン様。言われた通りに脅しをかけましたが、どういった意味があるのですか…』


 

 さっきのメイドの声だ。

 その言葉は僕に不安と不気味さを残していった。


 それからしばらく耳をすましていたが、誰の声も聞こえなかったのでベットに潜り込んで眠りについた。




 ベットは今まで一番良い眠りを僕に提供してくれた。


 …僕は力を手に入れないと。


意見、感想等あったらお願いします。

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