奴隷には祝福を
え、ええと…僕の前には黒く長い髪の男の人が立っている。
横を見れば、僕と同じように貴族に奴隷として飼われていた男の子が数人。
僕の名前はシモン。
現在13歳の少年。
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「ご、ご主人様?」
「うるさい!さっさとそいつのところに行って消えてしまえ!」
僕は孤児院にいたところを貴族に攫われ、奴隷としての日々を過ごしていた。
ところが、ある日金髪の執事が僕を引き取りに来た。
よくわからないまま僕は屋敷に連れてこられた。綺麗で、立派な屋敷だ。これから僕はここの奴隷になるのだろうか?
不安に押しつぶされそうになりながら、僕は屋敷の中に入れられると、風呂に入れられ、綺麗な服に着替えさせられ、階段を上らされて綺麗な部屋に連れてこられた。
その間ずっとそわそわと落ち着かないでいたが、落ち着いて見てみればどれもこれも僕では一生手に入らないような物ばかりだった。
「そこに座ってお待ちください。他の子も連れてこなければなりませんから」
「え、ええと、僕はここで…ここで働くのですか?」
「うむ…一応はそういう事になるのでしょうね。とりあえず、今はここでお待ちください」
それだけ言うと、金髪の執事は出て行った。
ただっ広い部屋に1人取り残された僕は、部屋の中を調べてみることにした。これから働くことになるかもしれない場所だ。知っておいたほうがいいと思う。
僕は部屋の中を歩き回る。
部屋にはベットと椅子と棚とクローゼットがある。その上その1つ1つが細かに装飾の施された物で、住んでいる人物の身分の高さを思わせるようだった。
ベットは純白のシーツに同じく純白で銀糸で蝶の刺繍が施された掛け布団が敷いてある。ベット自体は薄い茶色の木材が使われ、その細部に花を模した彫刻がされている。
椅子の座るところと背もたれには赤くきめ細かな布が金糸で刺繍された物が貼られ、椅子自体は濃い茶色をした木材。しかし、その細部にも細かく蝶を描いた彫刻がされている。
クローゼットは漆黒の木材に金の蝶番や取っ手が使われ、その1つ1つが豪華に、しかし目にうるさくない美しい彫刻がされている。
「ぼ、僕は一体これからどんな人に仕えないといけないんだろう…」
部屋を一通り調べると、今度は言いようのない恐怖に襲われた。
僕の前のご主人様は、ちょっと腹がたつと僕のことを呼び出して殴った。それも力加減を一切しないで。
その前のご主人様は、僕を馬車馬のようにこき使った。掃除洗濯、料理、裁縫。時には冒険者のように魔物の狩りまでさせられた。
さらにその前のご主人様は、何か僕が失敗をするたびに僕の体を切りつけた。
その前の…
その前……
その………
僕は身長が149cmで体重が40kg。筋肉はほどほどにある程度で、運動はそんなにできないほうだ。
そうして飽きられると僕はまた売りに出される。
今度は一体どんなことをさせられるのかと思うと、体が震えた。
僕はそのまま部屋の壁に寄りかかって座り込み、下を向く。
ああ、アルはどしてるのかな?
元気かな?
アンリねぇさんは大丈夫かな?
みんな無事かな?
頭の中をぐるぐるといつもと同じ質問が飛び交う。
あの時僕が連れて行かれなかったら、代わりに誰か別の人が連れて行かれていたら。
そんなことを何度も思った。
僕の目からはもう涙は出てこない。いつしか枯れてしまったのだろうか?
恐怖という痛みに苛まれながら、時間が過ぎていく。
どれくらいそうしていたのだろうか?
ガチャ…と、ドアが開く音がした。
僕は顔を上げた。
視線を向けた先にいたのは、金髪の執事と少し長い赤い髪を後ろで縛った僕と同じくらいの少年。
「そこに座ってお待ちくださいと言ったのに…まぁいいでしょう。では君もこの部屋でお待ちください」
「えっと、僕はどうなるんですか?」
「とにかくこの部屋でお待ちください。他にも連れてこなければならない子がいるので、説明は全員集まってからしますので」
「…わかりました」
それだけ言うと、執事は再び部屋を出て行く。
赤い髪の少年は頭をうなだれながらこちらに向かって歩いてきた。
そして、僕の横に座り込んだ。
「…………」
「…………」
僕らは何も言わずにただそこに座っている。
その少年の手首には幾らかの切られたような跡がある。指には火傷の跡がある…もしかしたら僕と同じような目にあってきたのかもしれない。
そう思い、その少年の顔を見ようと頭を上げると、その少年も同じタイミングで頭を上げた。
「…ねぇ」
「何?」
僕はその少年の目を見て声をかけた。いや、かけたくなった。
その少年の目は片方がなかった。
「君も奴隷?」
「…違かったらこんなことにはなってないよ」
「ははは…そうだね」
その少年は僕の顔をちょっと恨めしそうに見てから、僕に答えた。
「お前も?」
「うん…違かったらこうなってないんでしょ?」
「…そうだったな」
「ねぇ、名前は何?」
「…レーヴィだ」
「そっか。僕はシモン。よろしく」
「ああ、また売られるまでうまくやろうぜ…?」
レーヴィは悲しそうな顔で笑いかけてきた。
僕もレーヴィに笑いかけたが、きっと同じような表情で笑っているのだろうな…
それからは何も言わずに僕らは下を向いていた。
また少しして、今度は紫色の少年が、その次は蒼い髪の少年が、その次は黄緑色の髪の少年が連れてこられた。
それぞれ、紫色の少年はダレン、蒼い少年はルイン、黄緑色の少年はラージェという名前だった。
そして、最後にラージェを連れてくると執事は「主人を迎えに行ってまいります」と言い、部屋を出て行った。次は僕らが仕えることになるご主人様が来るのだろう。
僕らはこれから来る未来に怯え、皆同じように部屋の隅で座り込んでいた。
こんな未来なら、もういっその事死んだほうがよほどマシだと。何度そう思ったことだろうか。ついにドアは開かれた。
「ははは〜。みんなして座り込んでるとか。あれかな?そこが好きなのかな?椅子をちゃんと人数分用意したんだから、座ってればよかったのに〜」
ドアが開き、中に入ってきた人物は愉快そうに僕らを見て笑った。
…ああ、憎い。
「さて、じゃあ話をするから座ってくれる〜?」
その人物は僕らにそう言い放った。
僕らも急いで準備された椅子に座った。
椅子はとても座りごごちがよく、僕らの未来が僕らをあざ笑うようにこれを取り上げるのが想像できた。
「じゃあ話を始めようかな。とりあえず、自己紹介から始めようか。僕はシン・デルピエール。侯爵をやってる。よろしくね」
その自己紹介は、僕らを恐怖のどん底に叩き落とすには十分すぎる威力を持っていた。
”シン・デルピエール”…その名はこの王都で聞いたことない人は、世捨て人くらいだろう。その人は王都の裏の支配者。世界の操り技師。そんな黒い噂まで流れるような人物だ。
2年前、魔王討伐のために呼ばれた勇者に巻き込まれて召喚された狂人。
彼は召喚された勇者とは別行動をし、魔王討伐がなされた数日後にかの英雄を”友人”として王都に連れてきた。さらにその数週間後に突然”侯爵位”を受け、貴族となった。
そして、貴族となって数週間のうちにマドーラとの同盟が組まれ、彼の召喚した眷属とマドーラの魔道師たちによってここシルフィードだけでなく、マドーラ、スリング、ルクシオのほとんど全ての街道が1年足らずで整備された。
それだけで彼は一躍時の人となった。彼はその協力についての一切の褒美を受けなかった。
それからまた少しして、彼が2つの魔道具を公表した。遠距離での連絡を可能とする魔道具と今まで全て手書きで行われていた印刷を行う魔道具だ。
そして、彼はまた一切の褒美を受けなかった。
だから、彼は”国の狂い人”と呼ばれた。それと同時に、王に何かしら受け取っているとも言われた。主に表ではできないようなものを。
しかし、それだけではなかった。彼が就任した領地はたったの1年で大きく進歩した。
いたって普通のどこにでもあるような街は、1年の月日でマドーラの技術と彼自身の独自の技術を持って、王都をまるであざ笑うように強大な要塞都市となった。
そこでは彼の生み出した魔道具が売られ、世界情勢を揺るがす。
だから、彼は”世界の操り技師”と呼ばれた。
彼は冒険者時代に”悪霊”という二つ名が付けられていたが、現在もそう呼ばれることが多々ある。
彼に娘を嫁がせようと言い寄ったりした貴族たちが、ことごとく彼に財産や権力を全て持って行かれ、まるで悪い霊にでも取り憑かれたようにやつれて辺境の地へと飛ばされるからだ。
とにかく、民に対して都合のいい情報が溢れすぎて、むしろ恐ろしい噂の絶えない人物だった。
「じゃ、君たちの自己紹介をしてもらおうか。ああ、でも名前は知ってるから自己アピールとかで」
そう言って、彼は僕らに向かって微笑んだ。
だが、そう言われて何かを言うことができる人がどれほどいるのだろうか。僕らは黙り込む。
「う〜ん。じゃあ君からね」
面倒くさそうに彼は僕を指差してそう言った。
「は、はい…え、ええと、初めましてご主人様「ん?ちょっとスト〜ップ」…はい?」
「ご主人様って言った?」
「は、はい。ダメだったでしょうか?」
「はぁ…ロメ、説明してないのかな?全くもう、肝心なところが時々抜けるのはどうにかしてよ〜」
「え?…え?あ、はい。何も言われてないのですが」
僕がどうしていいのかわからずにそう答えると、彼はため息をついた。
僕は何かいけないことをしてしまったのだろうか?
「しょうがない。僕が説明するよ。はぁ…全く。通りで首輪が外れてないわけだよ」
彼は気だるそうに右手の人差し指を突き立て、それを振るう。
そして、その瞬間僕らについていた首輪が外れて地面に落ちる…ことなく、彼の手元へ飛んで行った。
僕らは言葉を失った。何が起きているのか完全に理解できなくなった。どうして首輪が外されたのかが全くわからなかった。
さらに、驚いたのはそれだけではなかった。
「み、見える。右目が…ある?」
レーヴィが自分の瞼を触り、驚く。
彼の目があった。僕が見たときには存在していなかった目が。
それを見て、僕も驚いた。
自分の腕にあったはずの大量の切り傷。首元にあった火傷の跡。膝に突き刺さっていたナイフの刃先。芸術と称して背中に大きく刻まれた焼印。その全てがきれいになくなっていた。
「な、何が起きてるの?僕は死んだの?」
もしかして、今さっき僕は死んで、ここは死んだ後なのかと思うくらいに僕は…いや、僕ら全員の気が動転していた。
そしてそれを見つめる彼の瞳は、僕らの中の誰よりも冷たく濁っているように見えた。
「さてと。もういいかな?」
彼は僕らが喜ぶのを微笑ましい表情で、ただし濁りきった瞳で見ていた。
そして僕らが落ち着いたのを見て、再び話を始めようとする。
「はい。なんでも話してください。僕はそれを受け入れます。ご主人様」
僕はいつか振りに流れ落ちていた涙を拭い、そう言った。
「うん。まずそのご主人様ってのをやめてね。なんかむずがゆくて気持ち悪い」
「は、はぁ。ではなんとお呼びすればいいでしょうか?」
「あ〜。まず説明するよ。なんか勘違いしてるみたいだからね」
「え?あ、はい。わかりました」
僕らはみな椅子に座り直した。
「さぁ、じゃあ説明をしようか。まず、奴隷からの解放おめでとう。君らは選ばれたんだ」
「選ばれたってどういうことですか?」
選ばれた?僕ら全員がそう思ったことだろう。レーヴィがまだ気になるようで、右目をしきりに触りながらそう言った。
「ああ。何も言ってないんだったっけ。選ばれたっていうのは、僕の後継者となる可能性にだよ」
「後…継者?」
レーヴィは…いや、僕ら全員が首をかしげた。
”後継者”…それはすなわち何かの後を継ぐという意味だろう。奴隷だった僕らにそんな役が回ってくるわけがない。そう思った。
「そ。僕だって一応人間種なんだよ?次のデルピエール候を選ぶのさ」
「えっと、それは自分の子供じゃないのですか?」
「…え?何それ、吐きそう」
「は、吐きそう?」
紫色の少年、ダレンの質問に露骨に嫌そうな表情とともにそう答えた。
「ああ、もう。そんなどうでもいいような話は置いておくよ。とりあえず、君らは僕が自ら選んだ後継者候補ってことさ。で、これから君たちには僕がこれからやって欲しいことを教えていく。ま、とりあえず今日は休んで明日からだけどね」
「…つまり、僕たちは貴族になるっていうことですか?」
「まぁ、そうだよ。えっと、シモンくんだっけ?」
「はい。そうです」
「貴族嫌いでしょ?」
「…はい」
「僕もだよ。だからそんなに嫌そうな顔しないでよ。これは君たち全ての人のためなんだから」
僕はそう言われて初めて、自分が嫌そうに顔をゆがめていることに気がついた。
「じゃ、とりあえず今日は部屋に案内するから、休んでね」
そう言って彼は立ち上がり、ドアを開ける。
「今日から君らは輝かしい未来を選択するんだ。もっと明るい表情をしようよ」
彼はそう言い、ニヤニヤとしながら僕らを呼ぶ。
「じゃ、部屋に案内するよ。ついてきて」
僕らは彼について、階段を上がった。
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