閑話:箱庭の日々
眷属たちの出番がないと言われたので、
ここは”眷属の箱庭”眷属たちの住む世界。
この世界は大きく分けて6つに分かれている。
灼熱の猛火が燃え続ける”炎界”
全てが凍てつき停滞を迎える”氷界”
世界樹を守る木々の生い茂る”樹界”
深遠なる常闇を帯びた海域”洋界”
日の昇ることのない暗黒”冥界”
全てを照らし続ける光”天界”
これらに1体ずつの王がおり、さらにそれらをニーズヘッグが統括している。
(六王たちよ。いるか?)
(灼炎王。ここに)
『氷結王。ここに』
『迷樹王。ここに』
『海淵王。ここに』
「吸血王。ここに」
「天人王。ここに」
ここは世界樹のてっぺんに位置する場所に存在する会議室。
彼らはそこに集合している。
煮えたぎる溶岩の肉体を持つ蛇、灼炎王。
銀色に輝く氷でできた彫刻の鳥、氷結王。
すべてを見渡す幻想的な世界樹、迷樹王。
水でできた美しい女性をかたどる妖精、海淵王。
豪華ではあるが美しさを兼ね持つ吸血鬼、吸血王。
極端に整った中世的な顔立ちをした天使、天人王。
そして、漆のような黒く鋭い鱗に翠緑色のラインの入った美しい黒龍、主王ニーズヘッグ。
ニーズヘッグは体を小さくしたのみであるが、他の王たちは人の形をとって椅子に腰掛けている。
灼炎王は武勇に優れた武人のような佇まいの大男。
氷結王は氷の女王を思わせるような美しい女性。
迷樹王はえがを伸ばして作ったあどけない少年。
海淵王は水色のドレスに身を包む妖美な女性。
吸血王は貴公子のような気品高い青年。
天人王は普段と変わることなく天人種全てに共通する中性的な人。
この会議室では”神”すなわちエクレイムの作り上げたこの世界を守るために、6日に一度会議が行われている。
眷属とはいえど彼の作り上げた”生物”だ。彼らには感情も存在するし、他種族との問題が発生するのは当然のことであろう。彼らはこのような形をとる事により、彼の呼びかけに支障が出ないように種族間の問題を解決していたり、情報の共有を行っている。
(突然の呼び出しに応じてもらい感謝する。この度皆を呼び出したのは、この世界に新たな住人が増える事となったため、その報告と扱いについてだ)
『主王よ。妾たちを呼び出すという事は、それなりに理由があるのだろうな?』
(当然である。この度、我らが主の増やした種族は主自ら作り上げた主ではない)
(なんだと!我らの領域に眷属ではない種が入るなど許してなるものか!)
『灼炎王。我ら主の尊きお考えをお前ごときが理解したつもりか?図が高いわ』
(お主も同じであろうが、氷結王!)
「話きを聞きたまえ、灼炎王、氷結王」
『取り乱した。申し訳ない』
(す、すまない)
「では続きを主王」
(了解した。新たに加わる種の名は”魔族”。あちら側の世界の種族であり、主は大層気に入られている王の納める種族である。吸血王よ、汝はすでに知っているであろう?)
「なるほど、あの青い人型種でございますか?主王様」
(そうだ。その者たちは能力値も我らに触れる事すらできる程度のものであり、本来であれば我らにとってとるに足りない程度の存在だ)
『じゃあさぁ、ボクたちはどうして呼ばれたの〜?』
『迷樹王、その程度理解できよ。つまり、それらは妾たちにとって何の脅威にもならない程度の能力しか持たぬ弱種。それをいかに殺さぬよう守るのかという事であろう。主王よ?』
(そうだ。我らにとっては脅威ではないが、彼奴らにとって我らは脅威。自らの領域から出る事はさせぬように注意は払っているが、我らの中の者には彼奴らをよく思わぬ者もいるだろう。皆、汝らの手の者たちに注意を促せ。我らが主を悲しませるような真似をするな)
ニーズヘッグがそう締めくくると、各々が自分の領域へと帰る。
灼炎王は溶岩に半分ほど使っている教会跡。
氷結王は凍りついた樹海の巣。
迷樹王は世界樹の中。
海淵王は竜宮城を模した海底の楽園。
吸血王は夜に包まれた聖なる城。
天人王は天空を往来する純白の天空城。
この会議室と彼らの拠点とは転移門で繋がれている。これは彼らの拠点とこの地点との転移門の術式を天人王が形成し、吸血王が魔道具の一種として完成させたものだ。
彼らはその魔法陣をくぐり、各々の拠点へと帰って行く。
それを見届けると、ニーズヘッグは元の大きさまで体を戻し、空中に飛び上がる。
ニーズヘッグに拠点はない。それはニーズヘッグはこの世界すべての管理を任されている故に、この世界のすべての領域への侵入が許される上に彼は一箇所に留まっている暇などないからだ。
常に世界を巡回し、すべての種族たちを見守る。それが彼の仕事である。
そうしてニーズヘッグが宙を飛び始めると、炎界に近い樹界に契約陣が形成される。
…新たな種族が生み出され、この世界へと送られたのだ。
主に樹海へ転送される種族は亜人種か獣種か妖精種。
ニーズヘッグはその契約陣を視認すると、その地点へとすぐさま向かう。
その地点を見ると通常ならば赤い契約陣。その契約陣は赤黒く光っていた。
『主王様〜。これって何が出るんでしょう?』
(わからん。だが、主の遣わした種族だ。しっかりと面倒を見よ)
『当然ですよぉ。僕を信用してないのですかぁ?』
(そういうわけではない)
地中から世界樹の根を伝って地面から出てきている迷樹王はしげしげと契約陣を眺める。
契約陣…それは彼が作り出した種族を魂と共に彼に縛り付ける呪いであり、祝福。彼の寵愛の証。この陣によって生み出された種族たちはこの世界に登録され、彼の望んだ時に門を開き別世界へ渡ることができるようになる。
それが赤いのは彼の血を伝って契約を成すため。それが赤黒いということが意味するのはかなり強力な眷属であるということ。ニーズヘッグや各王たち、それと一部の眷属にしかなかったことだ。
この樹界において赤黒い契約陣を描いたのは迷樹王ただ一人。
迷樹王が心待ちにしていたことだ。
契約陣はただ淡く光続けていたのが突然強い光を放ち、新たな種族が転移とこの世界への受け入れを終える。
その光の発生源に立つ者は、草のツルで作られたと思われる服に見を包む少女。その体は普通の人間となんら変わらぬ姿形をしており、この者が赤黒い陣を形成させるほどの者とは到底思えやしない。
『この子だけなのかなぁ?』
(だが現にいるのはこの者だけだ。前に一度に大量に送られて赤黒い陣を形成させたことがあったが、これはどう見てもこの者のみであろう)
『ですよねぇ〜』
(先ずはその者と話をしないことには進まないだろう?)
『そうでした!ではぁ〜』
迷樹王はそれでも楽しそうにその少女の元へと向かう。
『あなた…誰?』
『おや、もう話せるんだぁ〜!ボクは迷樹王”ドリュアス”。ドリューって呼んでね』
『ド…リュー?』
『そうそう。じゃあ、君は?』
『わた…し?』
『そう。主様に名をもらわなかった?』
『…トゥリー』
『そうかぁ〜。よろしくね、トゥリー。ところで、これから君はこの世界で暮らすことになるっているのはわかってるの?』
『主さまに…ここにでくらすって言われた』
『そっかそっか。じゃあ話は早いね〜。まずは君の住む場所を考えようかぁ!』
迷樹王は少女…トゥリーの手を引き歩き出そうとする。
(迷樹王。種族等を聞いていないぞ。興奮するのは理解できるが、少しは落ち着け)
『あ、ああ〜。そうでしたぁ。へへっ』
(その少女のことをもう少し聞いてから、きちんとした住処を与えてやれ。いいな?)
『了解でぇ〜す!』
(全く。本当に理解しているのやら)
ニーズヘッグはその顔に苦笑いを浮かべた。
まぁ、ニーズヘッグが龍であるためその表情を理解できた者はいないであろうが。
そんなニーズヘッグを他所に迷樹王はトゥリーへの質問を再開する。
『トゥリー、君の種族って何?亜人?獣種…はないよねぇ。妖精?』
『…わからない。わたしは…何?』
『へ?』
『わからない…わからない…わたし?…わたしは何?』
(はぁ…主もなんと面倒な者を送り込んでくれたのだ)
『え?ちょ、どういうことですぅ〜⁉︎』
ニーズヘッグは長い溜息を吐く。
それもそのはずだ。こうやって自我の安定しない種族が送られてくるときの原因はいつも決まっている。
…実験の失敗作。彼の生み出そうとした種族とは異なる種族が生まれてしまったことにより、その魂の構造そのものを歪め、精神に異常をきたす。
(これは主の失敗作だ。しばらく魔力の安定した地で暮らさせれば、普通の種族と変わりなくなる)
『し、失敗作ですかぁ?…これが噂の』
(どこか魔力の安定したちに住まわせてやれ。1月もあれば治る)
『へ、へぇ〜。了解したです。じゃあ、ボクの中に住まわせまぁ〜す』
そう言って迷樹王は根っこをもう少し伸ばしてトゥリーを優しく掴むと、そのまま地中へと帰って行った。
(はぁ…確かに魔力は安定しているが、そんな状態でどうするつもりなのやら。まぁ、うまく生き延びたなら賢樹種に調べさせることにすればよいが)
迷樹王の中…つまり、世界樹の内部で暮らさせるということ。
世界樹は通常の生物には過剰すぎるくらいの魔力を内包している。そんな中で亜人種や獣種や妖精種を生活させた結果がどうなるかなど、簡単に予測できる。
…内包魔力過多で破裂して消滅だ。
精霊種であれば運良く進化して死を免れることもあるかもしれないが、その少女はニーズヘッグの目には亜人種にしか見えなかった。
失敗作であるのだろうし、処分しても構わないという意味で主がここへ送ったのだと考え、ニーズヘッグはそれを放置して再び空中へ飛び上がり、巡回を再開した…
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
魔族がこの世界へ移住し、また彼の趣味で幾らかの種族が生成された。
そうしていつもと同じように行われた会議の日。
(六王たちよ。いるか?)
(灼炎王。ここに)
『氷結王。ここに』
『迷樹王。ここに』
『海淵王。ここに』
「吸血王。ここに」
「天人王。ここに」
普段と変わらず、世界樹のてっぺんに位置する場所に作られた会議室に六人の王とニーズヘッグがいた。
(始めの議題は他でもない。迷樹王のことだ)
『あれ?ボク何かやらかしましたっけぇ?』
(お主、変な物を飼っているそうではないか。炎龍種から苦情が入ったわ)
『妾も聞いたぞ。宴会へ侵入しようとした樹人がいると』
(落ち着け皆の衆。今回話したいのはその件だ)
あれから数日。あのトゥリーという少女は迷樹王の中で暮らすとみるみるうちに成長し、現在は若い娘になっていた。
しかし、生まれてまだまもない少女は好奇心の塊。それが成長し、変に力をつけてしまった結果、早速普通の種族に対処できなくなっていた。
(迷樹王よ。単刀直入に言おう…処分か躾けるか、どちらかを選べ)
『え…?』
(最初からそうしてればよかったのだ。さっさと処分してしまえ。失敗作だと聞いたぞ)
『失敗作?そんな者を貴様自ら育てるなど無理に決まっておろうに』
「なるほど。処分するならばこの私に譲ってはくれまか?ちょうど、実験材料が切れていたところ」
「ならば、吸血王。使った後は僕におくれよ。的は動くほうがいい練習になるのさ」
『ちょ、ちょっと待ってよぉ!なんでみんな処分しようとしてるのさぁ!が、頑張る。だ、だから…どうかあの子を殺さないで!』
(迷樹王。その言葉に偽りはないな?)
『と、当然だよ!あの子はボクの初めての…仲間なんだ』
(…そうか。では、次の議題に入る)
ニーズヘッグは今回は見逃し、次はないと忠告して次の議題へ進もうとする。
(1つよいか?主王)
(なんだ?灼炎王)
(その失敗作の種族や特性の調査は済んでいるのか?再び我に苦情を入れられてはな)
(迷樹王よ。我の遣わした賢樹種からステータス情報を受け取っているだろう?ここで話せ)
『こ、ここでですかぁ⁉︎』
(当然であろう。一度は我が領域に踏み入れようとしているのだぞ?我々すべてに関わる問題になりかねぬのだ)
「確かにそうですね」
「僕らにはさすがにこないだろうけどさ」
『わ、わかったよぉ』
迷樹王は世界樹内に収納したステータスの記載された紙を、枝を伸ばして持ってくる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
名前:トゥリー
種族:擬似世界樹英霊
ランク:測定不能
状態:エクレイムの眷属
スキル:英樹化 樹魔法 植物干戈 透過 属性操作 成長促進
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(…なるほど。どおりで過剰なまでの魔力に耐えうるものだ)
ニーズヘッグは、この少女は彼が精霊を作ろうとした際に生まれた失敗作であると確信した。
擬似世界樹英霊…おそらく、樹属性持ちの擬似英霊が進化したもの。プロメテウスは元々の存在が”霊系統の魔物”であるので、それを色濃く受けて生まれたのだろう。霊系統の種族は一般的に進化しやすい種族だ。そのため、迷樹王の魔力を吸収して進化したと考えるのが妥当である。
(測定、不能だと…?)
『なんと…すでに妾たちの域に達しておるというのか』
(落ち着け皆の衆。この件は我が預かる。迷樹王よ、後で詳しく話してもらうぞ)
『わ、わかりましたぁ…』
(では、今度こそ次の議題へ移る)
そうして、眷属たちの日常は流れる。
ということで、眷属も仕事をしてます。主人公が任せたことであるので、主人公もちょっと気を使ってたりするわけです。




