閑話:とある逃亡令嬢の復讐劇
私が闇ギルドに入って早半年が経った。
「おい、セシル!本当に行くのか?」
「ええ。行くわ」
「そうか…やめるつもりはないんだな?」
「ないわ」
私は強くなった。
私の職業はシーフ。素早い動きや潜入などを得意とする者の多い職業。
良い師を得たということもあるが、私自身の才能があったことも理由の一つだろう。今では闇ギルドでかなり評判のいい会員になった。
さぁ、復讐の準備は整った。私は王都へ帰るのだ。
私を見捨てた冒険者…黒髮の男。名前はシンというらしい…は準備が整う前に街を出ていたので、本命を殺してからにした。
まずは、アーノルド。
元凶となった男を殺さなくては、私の…私たちの気が晴れない。
私は世話になった人たちに礼を言い”Dランクの冒険者として”街を出て、従魔として契約…奴隷の首輪で従わせた地竜に乗り王都へと旅立った。
街の外へ出るのはそんなに久しぶりではなかったが、目的に近づいているような気がして気分はいい。
私は地竜に乗り、道を駆け抜けていく。
この地竜は結構お金がかかったりして、契約に手間取ったりはしたのだが、移動手段としては最高である上に馬とは違い、戦闘能力も高いのでそう簡単に死ぬ心配がないのが利点だ。
おそらく、このままの速度を維持することができれば3週間程度で王都に帰ることができるだろう。
今の私は、綺麗な髪質を保ち続けていた桃色の長髪をショートカットにし、あの時の黒いローブを羽織り、中に暗器の類を数多くと腰に念入りに手入れをしてある刃渡20cmほどのタガーを装備、背負うバッグには普通の移動用の物に加え、毒薬となる植物などの入った瓶が大量に入っている。
だが、周りから見れば普通の冒険者のように見えるだろう。
私はこの半年、色々な技術を学んだ。
師と呼べるのは1人だが、その師と出会うまで”ハイエナ”と呼ばれる実行犯たちの補助という名目でいろんな技術を学んだ。
簡単な武術から、毒薬を扱うなどの高度な知識を必要とするものまで。
それらを師の元でさらに高めた。
その中でも私が特に得意とするのは、このタガーを使った戦闘とピッキングなどの潜入に必要とされる技術だ。
師から一通り復讐に必要となる技術は学んだが、その中でもそれらに対して高い才能があった。
これらのことから、私はアーノルドを暗殺するつもりだ。
私の技術で可能なことの中で、それが一番成功の確率が高い。
* * *
移動開始から2週間。
私は逃げた道をさかのぼりながら、王都へと着々と距離を縮めている。
時折、逃亡をしていた時の記憶がよみがえり、悔しさと恨みを募らせる。
私がクレープを食べたいと文句を言い、ランドルフは町中走って買って来た。
私が宿を抜け出して1人で街に出た時、ランドルフや護衛の人たちはそこらじゅう朝まで私を探した。
お金が足りなくなって、ランドルフが冒険者として魔物を狩ってお金を稼いだ時もあった。
道で遭遇した盗賊に魔法を放ちながら街まで逃げ続けたこともあった。
今思えば、充実していた日々だった。
私は文句を言いながらではあったが心の中で楽しんでいたし、ランドルフたちはいつも忙しそうにしながらも笑っていた。
私が彼らを困らせる時もあった。私が彼らに迷惑をかけた時もあった。
なのに彼らは私を優しく許してくれたのだ。
今、私は彼らのために。
報われぬ魂を救済するのだ。
復讐という、血に濡れた手段で。
* * *
移動開始から3週間ほど。
王都の1つ手前の街、アルムに着いた。
ここから王都までは3時間程度で着く。もう少しだ。
私は、すでに日が落ちかけていたので一番安い宿に泊まった。
一泊20B、格安だ。
その分、部屋は2.5畳ほどしかなく、ただ睡眠をとるためだけの場所のみ。
私はローブに包まって眠りについた。
この頃よく夢を見る。
ランドルフたちが死ぬ瞬間の夢だ。
実際には見ていないのだが、彼らが苦しんで死んでいく夢を見る。
魔法で殺される夢。剣で斬り殺される夢。殴り殺される夢…
そして目が覚めると、私の体は汗でぐっしょりと濡れ、ガタガタと震えている。
早く、この夢が終わりますように。
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移動開始から3週間と2日が経った。
私は王都にある、私が住んでいたお屋敷の前に来ている。
…いや、正確にはお屋敷のあった跡のある場所だ。
お屋敷は…燃えて無くなっていた。恐らくは燃やされたのだろう。
私がこの場所に来たのは単なる気まぐれだったのだが、その光景は私の怒りを恨みを憎しみを強くした。
近くを通った者に話を聞いたところ、渡しがお屋敷から出て3日目にお父様は貴族の位から落とされ、私たちラムレイブ家は取り潰しとなった。そして、お父様がお屋敷から退去させられる日の前日の夜中に火事が起こり、お屋敷は全焼したそうだ。
火事の原因は魔法を使った痕などがなかったことと出火場所が調理場であったことから、事故として片付けられた。
だが、私はそんなことがありえないことをよく知っている。
お屋敷の調理場にこっそりと忍び込んだことがある。
調理場の火は全て料理人が魔法でつける。
そう。”魔法で”
なのに魔法を使った痕がなかったということは、別の物で火をつけたということ。
つまり、内部の人間ではありえないのだ。
私は奥歯を強く噛み締めながら、商店の多い通りに戻る。
今は、午後9時頃。
辺りはすでにかなり暗くなっていて、街灯や家の光があちらこちらから漏れている。。
私は様々な店のある場所に戻ってきたあと、再び道を曲がった。
おそらくこの時間ならすでに開いているはず。
私はその通りの一つの店に入る。
シャラン…と心地いい鈴の音が鳴り、私は店に入る。
「いらっしゃいませ…」
店の中は狭くカウンター席のみしかない、バーだ。
いや、ここは情報屋。
私は一番奥にある椅子に座る。
「…何が欲しいんだ?」
「シェード子爵邸の地図はあるかしら?」
「…500だ」
私は銀貨5枚を渡すと、カウンターの向こうにいるマスターから1枚の紙を受け取る。
その紙を広げて確認すると、間取りとちょっとした部屋割りが書かれている。
「詳細なのはないのかしら?」
「ないな」
「そ。わかったわ。じゃあ、内部の兵量とかは?」
「30だ」
私は銅貨30枚を渡す。
すると、マスターは再び紙を手渡してくる。
その紙には、私兵の量と配置と常にいる量が書かれている。
「まぁ、これくらいあればいいわ。世話になったわね」
私は店を出て宿に帰る。
宿は裏通りにある、安いが部屋の大きさはそこまで狭くない場所だ。
ちなみに食事は付いていない。
私は部屋の中で貰ってきた地図と紙を広げ、地図に情報を書き込んでいく。
「あとは、自力でやるしかないわね」
ここからは自分で侵入して調べる。
まず明日から屋敷周辺を張り込む。
逃亡時に必要な、周辺の地形や住民の数などを調べるのだ。
私は紙を日頃の移動時に使うポーチにしまい、その日は眠りについた。
* * *
張り込み1日目。
屋敷周辺はあまり人通りの多い場所が少なく、高い建物が多いことがわかった。
一応、逃亡用の経路を考えた。明日走ってみて確認しようと思う。
* * *
張り込み2日目。
走ってみた結果、昼間から夕方にかけての時間帯であれば人込みに紛れることができるが、夜中では難しいことがわかった。
明日からはその時間帯と、夜中の2回に分けて屋敷の周囲を偵察しようと思う。
* * *
偵察1日目。
屋敷の兵士はあまり外に出ることがない。
いつの時間も屋敷の周りと中を徘徊している。
明日はもっと踏み込んで内部を見てみようと思う。
* * *
偵察2日目。
情報屋に貰った紙の兵量と比べてみると、兵士の多くが昼間のうちは外に派遣されていたり、仕事で街に行っていたりと屋敷にいる数が少ないことがわかった。
この分で行けば昼間に決行することになりそうだ。
明日は間取りなどを見て、内部の確認のために侵入しようと思う。
* * *
潜入捜査1日目。
兵士に紛れて内部に侵入した。案外簡単に入れてしまい拍子抜けだった。
内部の地図は情報屋のものと変わりはほとんどなかった。
部屋などはあまりよく調査ができなかったので、明日は部屋の確認のためメイドに紛れて侵入するつもり。
* * *
潜入調査2日目。
メイドに紛れ、内部の間取りを確認した。
こちらも情報屋のものとほど変わりはなかったのだが、問題が発生した。
アーノルドは午前のうちは屋敷の外で仕事をしているが、昼食の時間以降は部屋にこもって執務をこなしている。つまり、昼食後狙うのならば部屋に侵入しなくてはいけなくなった。まぁ、いる場所がわかりやすくなって良かったと思うとしよう。
明日はアーノルドの仕事や食事や休息の時間割を調べようと思う。
* * *
潜入調査3日目、4日目。
アーノルドの生活リズムはかなりきっちりとしたものだった。
6時に起床し、6時半に朝食。そこから13時までの間は屋敷か外で仕事をこなす。13時に昼食。そこから7時まで執務室に一人でこもって執務をこなす。7時に湯浴み、7時半に夕食。そこから、9時まで休息を取り、11時まで再び執務をこなす。そしてその後眠りにつく。
まるで、真面目な仕事人だ。
私の知るアーノルド子爵はでっぷりと太り、表の仕事を秘書に押し付け、裏の仕事をこなしながら、傍若無人に振る舞う貴族だったはずだ。
なのになんだ?これではまるで別人だ。
もうしばらく調べてみようと思う。
* * *
潜入捜査5日目から10日目。
アーノルドはまるで変わることなく、魔道具のように仕事をこなす。
もう、作戦を決行してもいいだろう。
屋敷の情報は必要以上に集めることができた。
準備が整い次第、作戦を決行しよう。
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私はアーノルドの屋敷の前に立っている。
「どういうことなのかしら…」
私は訳が分からなくなっていた。
私の知るアーノルド・シェードは、死んでも誰も困ることのないような愚かな貴族だったはずだ。
しかし、これはどうだろうか?今のアーノルドは住民に慕われ、秘書やメイドに優しく接する善人。
…私は何を恨めばいいのだろう。
私はそんな気持ちを思考の端に押しのけ、屋敷に侵入する。
屋敷を囲う塀を登り、すぐ目の前にある木に隠れて周囲を確認する。
周りに誰もいないことを確認し、屋敷の壁まで走る。
屋敷の壁にたどり着くと、屋根に鉤爪のついたロープを引っ掛け屋根の上まで登り、ロープを回収する。
そして、屋根裏部屋に侵入した。
私は顔を黒い布で覆い、目のみが外から見える格好。黒いローブと黒いグローブをし、全身黒ずくめの誰だかはわからないような外見だ。
私は暗い屋根裏を歩き、執務室のある場所まで進む。
執務室は2階の一番南側の場所だ。
『それはアルムの市長へ、そっちはアビスの村長へ送ってくれ』
『承知いたしました。他にご用はありますか?』
『いや、それだけだ。頼んだぞ』
『はい。では失礼いたします』
どうやら中には秘書がいたようだったが、ガチャ…という音がしたのと気配が遠のいたので、もう部屋は出ただろう。
私は天井の上で隙間から中を確認して、アーノルドが1人であることを確認すると天井を音をさせずに外した。
私は恨みを晴らす。
ランドルフたちのために。
…本当にそうなのかという声が頭の中で響くのを無視して。
私は音なくアーノルドの後ろに着地する。
そして、その首にタガーを押し込む。
私のローブに紅の血が飛ぶ。
アーノルドが椅子からずり落ち、私の方を向く。
そして、アーノルドは死んだ。
私は死亡を確認すると、来た道を辿り屋敷の外に出る。
屋敷を出ると、顔に巻いていた黒い布を外しグローブを取り、フードを深くかぶりなおして建物の間を縫って走り、表通りに出て人込みに紛れた。
私の頰には涙が伝っていた。
…それが達成感から来たものか、後悔から来たものなのか分からなかった。
放心したまま、私は宿に帰った。
「なんで…なんで、私の心は晴れないの?」
私の心は晴れるどころか、むしろ暗くなっていた。
あんなに恨んでた相手は人々に必要とされる善人になっていた。
…ああ、そうだ。
「あの冒険者を殺しましょう。そうすればきっと…」
私の心は黒く、暗く、血に濡れて、汚れていく…
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