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閑話:とある逃亡令嬢の追憶

 しばらく持ちこたえ、馬車の近くで騎士を押しとどめていたのだが、どうやら限界だった。

 護衛は皆、剣で魔法で殺された。

 私を守るためにランドルフは私と騎士の間に立ち、剣を構え、魔法を使う準備をしている。


 「…くっ、お嬢様、お逃げください。」


 私は長めのドレスなので走ることができず、ランドルフたちが敵から守ってくれていたのだが、すでに残っているのはランドルフのみ。

 


 「いやよ!あなたを置いてはいけないわっ!」


 ランドルフは私を守ってくれ、ここまで連れてきてくれた。私はランドルフを見殺しにするような真似はしたくなかった。だって、私は…



 「いけません!私がここを食い止めます。せめてお嬢様だけでもお逃げを!『エクスプロージョン』!」


 ランドルフは敵の足元を狙い爆発を起こすと、私を木の陰に押し出した。



 「お逃げください!私は必ず後を追います!大丈夫です!」



 私はランドルフの言った通りに、そこから逃げ出した。

 逃げたくはなかった。けれどそうするより他なかった。

 私の服は木の枝などに引っかかり裂けてしまっていたけれど、気にせず走り続けた。


 そして、目の前に人を見つけた。

 剣を下げていたし、きっと冒険者だと思い私は助けを求めた。


 「はぁはぁ…そ、そこのあなた!助けてくださりませんか!」


 

 しかし、その人は私を気にせずに通り過ぎようとしたので、その人の肩を掴んだ。

 黒い髪を後ろで結び、切れ長の目をした白いローブの青年だった。


 「え?」

 「そこのあなたた!」

 「はぁ〜…何なのさ〜?」

 「わ、私を助けてくだらないかしら?報酬ならいくらでも払いますわ」


 報酬は払えるかはわからなかったが、どうにかしてランドルフの知人に借りようと思った。

 しかし彼は、



 「なんで?」

 「い、今追われてますの!だから、近くの街まで護衛してくださらないかしら?」

 「なんで?」

 「そ、それは…と、とにかく!報酬ならいくらでも払いますわ!」

 「いやだよ〜」

 「な、なんでですの?」

 「理由も言わずに、助けてくださいって、怪しいでしょ?」


 断った。確かに理由は言わないし、言えなかったが、私は可愛らしいと自負するような外見をしている。そんな女の頼みをバッサリ断るだなんて思わなかった。



 「た、確かに、それは…」

 「それに、僕は貴族とかがあんまり好きじゃないの。じゃね〜。」

 「あ、ま、待って!……せ、せめて!ランドルフを助けて!」


 口から漏れたのは、私のせいで巻き込まれてしまったランドルフを助けてほしい…そんなことだった。


 彼は何事もなかったようにそのまま歩き去って行った。

 私はまた走り始めた。ズタズタに裂けていたドレスは膝のあたりで切り、裸足になって走った。

 走り慣れていない私の足はすぐに痛みを発し、涙を流しながら私は走った。


 しばらく走り、そこで見つけた洞窟で一夜を過ごした。




 疲れと足などの怪我で身は縮こまり、見つかるという恐怖で…ランドルフ達を思ってガタガタと震え続けて朝を迎えることとなった。


 朝になり、日が昇って私は洞窟から這い出た。

 どうしようと思ったわけではない。逃げ切れたと思ったわけではない。ただ、そこから出た。

 そして、私は自分の走って来た道をゆっくりと歩いて戻り始めた。

 

 とぼとぼと歩き続け、空腹と疲れを感じながら馬車を探した。


 歩き続ける。数十分、数時間が経っただろうか?そして、ついに見つけた…いや、見つけてしまったの方が正しいだろう。

 そこには倒れた馬車と物言わぬ屍となった護衛と御者と…ランドルフがあった。

 

 

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^


 

 私が初めてランドルフと出会ったのは、私が6歳の誕生日だった。

 幼い頃の記憶に強く刻まれている気がする。


 「初めまして、お嬢様。私はランドルフと申します。本日から旦那様…あなたのお父様に仕えることとなりました。また、それと同時にお嬢様のお世話係も申し使っております。これからどうぞよろしくお願いたします」



 初めて出会ったその日。彼は私の前で跪き、まだ10歳ほどであった幼い姿に似合わぬ黒の燕尾服を着てそう言った。



 彼はランドルフ。私を10年間支えてくれた者の名前だ。

 

 彼はその日から私に仕えた。



 私の願いはなんでも聞いてくれた。


 夜中に紅茶が飲みたいといえば、すぐに入れてきてくれた。

 私がパーティに行くのが嫌だと言ったら、私をなだめて優しくエスコートしてくれた。

 勉強がわからないといえば、わかりやすくしっかりと教えてくれた。

 体調を崩せばつきっきりで看病をしてくれた。


 大抵のことはなんでもしてくれた。

 やらなければいけないことは、やらなければ叱ってくれた。

 お父様の仕事を手伝いたくて、そういったことに手を汚した時はひどく悲しそうな表情をしていた。


 いつの間にか私にとってかけがえのない存在になっていたのかもしれない。


  

 彼はほぼいつでも私のそばにいて、いない時はわたしが寝ている間や湯浴みをしている間などのみだった。

 私もそんな彼に好意を感じていた。


 しかし、最近はお父様に呼ばれていることが多く、ここ1年ほどは私のことを構っている暇がないほどに忙しくしていた。

 私は構ってくれない彼に対して、八つ当たりとでもいうかのように辛く当たっていた。


 だから、屋敷から逃げ出すと説明された時、心の中では少し喜んでいたりした。 


 一緒に居られると。私のためにいてくれると。そばにいられると。


 現実は…酷く残酷だった。



^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^



 「わぁあああああぁぁああああああぁぁあああああぁぁあああああ!」


 私は泣き叫んだ。

 声の限り泣き叫んだ。

 脳は悲鳴をあげていた。


 喉が痛い。

 足が痛い。

 体が痛い。

 けれどそれよりも心が痛い。

 

 私はそこで声が枯れるまで泣き叫んだ後、泣きじゃくりながら馬車の中から使える物をまとめて袋に詰め、幾重も馬車の通った後の道をトボトボと歩き出した。

 そんな長くその場にはいなかった。

 失ったものはもう戻らない。

 あの時逃げていなかったら…なんて思わない。私はランドルフ達に救われた命を生きるのだ。

 聞き分けがいいというわけではない。



 …復讐のために。元凶であるアーノルド、兵を仕向けた貴族、私たちを救ってくれなかった冒険者を。


 逆恨みかもしれない。私だって汚いことに手を染めてきた貴族の娘だ。

 だけど、同じように汚いことに手を染めていたはずの者によって父を、家臣を、召使いを、ランドルフを失ったことが許せなかった。


 私はランドルフに最後に貰った黒い小汚いローブを羽織り、フードを深くかぶり、歩き続けた。



 道を歩くこと1時間。あと、そんな距離で助からなかったことを考えると無性に涙が流れてきた。


 私は自分の体と同じくらいの大きさの袋を背負い、城壁の中に入る列に並んだ。

 まだ朝方なのもあり、人は少ない。



 「身分を証明できる物はあるか?」

 「…これでいいかしら?」


 私は冒険者ギルドで登録して以来、ずっとランドルフに渡していたカードを見せる。


 

 「この街に来た目的は?」

 「…人に会いに来たのよ。会えるかはわからないけど」

 「そ、そうか。では、ようこそルファーリオへ」


 門番は苦笑いをしながら、私を通した。



 城壁を抜けると目の前にはとてつもなく高い塔が建っている。

 天辺は雲が覆い、煉瓦でできた壁面はいつ崩れてもおかしくないような状態に見えた。

 



 私は歩き始めた。

 私が向かうのは、表街道や人通りの多い場所ではない。

 闇ギルドだ。


 どこの街にも”闇ギルド”と呼ばれるギルドが存在する。後ろ暗い依頼を承るギルドだ。

 ある街ではスラムの内にある1つの家の中に、ある街では奴隷市場の地下に、ある街では人通りの少ない道の陰に。

 ただ、どこの街にも共通しているのは会員以外は、表のギルドにいる会員に紹介してもらわなくては入ることができないという点だ。



 そのために私は冒険者ギルドに向かっている。

 会員を見分ける方法は、裏ギルド会員は共通して腕のどちらかに裏ギルドの紋章の入った黒いバンダナを巻いていることだ。


 貴族の多くも利用するので、よほどのことをしなければ軍によって制圧されることもないし、後ろ暗い者も会員になることはできる。


 私はそこで身を隠す。

 いや、鍛えるや刃を研ぐといったほうがいだろうか。

 私はそこで準備を整えるのだ。




 そうこうしている内に、冒険者ギルドを見つけた。



 カランカランと耳障りな音と共に私はギルドに入った。

 そしてギルド内を見渡し、黒いバンダナをつけている者を探す。


 見つけた。

 黒いバンダナをしている、緑色の髪の男が依頼の貼ってある場所に立っていた。



 「…あなた、少しよろしいかしら?」

 「何の用だ?」

 「…我らは影と共にあり」


 男は私を貴族の使いだと思ったのだろう。私を見ると歩き出して、



 「…付いて来い」


 と、一言言ってギルドを出る。

 私はその男に付いて行く。



 ギルドを出て、すぐ横の道を曲がり、少し進んでまた曲がり、進んで階段を降り、少し行って階段を上がり、細い道に入りまっすぐ進み、その先にあった家の中に入ると、家の中心にあった食料庫を開けると、そこに降りた。



 「こっちだ」


 私はそれに続きそこに降りると、男は床の一箇所をスライドさせた。

 そこには階段が隠されていて、男はそこを指差す。



 「そこの下だ」

 「そ。道案内ありがとう」


 

 私は階段を降りる。

 男は再び床を閉めたのだろう。上が暗くなった。

 しかし、代わりに下が明るくなった。


 しばらく階段を降りると、酒場のような場所にたどり着いた。

 依頼板を見ている者、テーブルで酒をあおる者、剣を手入れしている者…様々な者がそこにいた。



 私はそれらを無視して、カウンターへ行く。



 「どこの使いだ?」


 カウンター席に座ると、1人しかいないバーテンダーが声をかけてきた。 



 「…使いじゃないわ」

 「じゃあ潜入捜査か?」

 「違うわ。私は会員になりに来たのよ」


 私がそう言うと、バーテンダーは驚いたような顔をした。



 「あんたみたいなお嬢ちゃんが来る場所じゃねぇよ。帰りな」

 「断るわ」

 「今からでも遅くない。こっちに来たらもう戻れない」

 「それで構わないわ。どうせ私には帰る場所なんてもうないんですもの」

 「…そうか。ようこそ、闇ギルド…通称”ハイエナたちの溜まり場”へ」

 「ええ」

 「もうあんたは戻れない。ここからはそういう世界だ」

 


 私は闇ギルドの…影の世界の住人になった。


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