閑話:ルーナイズ・ラトクリフの執念
ちょっと閑話です
「ルー。今日はここまで、お疲れ様〜」
「ああ、ありがとう。で、シンはこの後は何をするんだい?」
僕たちは、魔族大陸に行くのに一番近い街、ラブランへ移動していた。
そして、今は魔法を教わり終わって、寝る前だ。
「う〜ん。昨日の続きでもやってるよ。じゃ、おやすみ」
「そうか。君はいつ寝ているんだい?」
「秘密〜。ほら、明日も早いよ〜」
「そうだね。じゃあ」
僕はテントに入り、明日に備えて寝ることにした。
…それにしても、この移動している最中。普通に比べて魔物が出てこないし、シンが1回も寝ているのを見かけないしと、おかしいところが色々とある。
「だけど、君には色々と教わってしまて悪いな…」
僕は、シンに出会う前のことを思い出す…
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僕は、生まれた時に母親を失った。
そして、父親は僕が生まれる前に魔法実験で死んだ。
だから、僕は祖父と魔導研究所の人たちに育てられた。
僕は、生まれた頃からずっと体が悪かった。
で、検査したところ内臓に病気があることはわかった。
そう、今の魔法でわかるのはその程度だったのだ。
僕が生まれてすぐの頃。
治癒魔法は、体の怪我や病気の一部などを治すことができた。
例えば怪我。
擦り傷や切り傷は、怪我なんてなかったように治すことができた。それどころか、綺麗に切断されていれば腕や足なんかを付け直すことはできるくらいだ。
しかし骨折なんかは、骨の場所を直してからじゃないと治せなかったし、潰されたりされて原型をとどめていないものとかは治すことはできない。
例えば病気。
軽い熱や風邪は、体力を回復させる魔法で症状を抑えたりすることは出来た。
だが、それが一般的な治癒魔導師の限界だ。
内臓などの病気は、人体に対してかなりの知識を持った者でしか治すことは出来なかった。それに、病気の詳しいことは魔法ではわからないので、しっかりと治せるかどうかも怪しいものだ。
僕が4歳くらいだった頃。祖父たちが、僕を治癒魔法研究室に連れて行った。
今までにも、何回か治癒魔導師の検査を受けていたのだが、その結果で内臓に障害があることがわかっていた。
そして、祖父は、
「自分で、魔法を使えるようになりなさい。もし、ルーが倒れた時、周りに誰もいなかったら困るからね」
僕に魔法を学ばせた。
理由は、常に祖父や研究員は僕の面倒を見ることは出来ない。だから、もしものことがないように自分で最低限の魔法を使えるようになれということだった。
その日から僕は魔法の虜になった。
研究員たちは、初めに僕に色々な魔法を見せてくれた。
祖父がいる基本属性攻撃魔法研究室では、綺麗な魔法に目を奪われた。
火が踊り、水が走り、風が笑い、地が遊んでいた。いや、もちろん比喩ではあるが、その頃の僕の目にはそんな風に感じられた。
父がいた結界魔法道具研究室では、仲間を守ろうという研究員たちの熱い気持ちに心が高鳴った。
魔法を反射する結界や魔法を使いのを阻害する結界など、色々な不思議な結界を見た。
まだ、規模はかなり小さかったけど、それでも凄いと感じさせられた。
母がいた治癒魔法研究室では、怪我をした人たちを治す研修が行われていた。
冒険者や騎士だけではなく、一般の人まであらゆる人の怪我を治していた。もちろん全ての人が治ったわけではなかった。僕はそのことになぜか悔しいと感じていた。
そうして、僕は魔法を習得するために色々なことをやった。
エルフは総じて精神の成長が早いのもあり、魔法の習得はかなりのスピードで進んだ。
祖父の暇な時に魔法の使い方を教わり、研究室の人たちにそれを見せては怒られたりもっといいやり方があると言われて別のやり方を教わったりと、いろんな人に魔法を教わった。
そのせいもあり、8年後には僕は属性魔法の攻撃系統魔法、光魔法の治癒魔法ではありとあらゆる魔法を使えるようになった。
しかし、体は悪くなる一方であった。
月に1度程度だった治癒魔導師の検診が、月に3回に増えた。
昔はある程度の距離を走って初めて息切れする程度だったのが、今では少しの距離を走るだけで息がきれるようになっていた。
そんな頃、祖父は僕のいる部屋…これは祖父が僕の10歳の時に用意してくれた部屋で、ちょっとした研究室…に顔を見に来ることも増えた。
「ああ、おじぃ様。どうかしたのかい?」
「いや、お前の様子をな」
僕が研究室に篭ることも増えたこともあり、祖父が僕の部屋に来ることが多くなった。
既存の魔法では、僕の体を持たせるのは辛くなっていたので、自分で魔法を作り上げようとしていたのだ。
「そうだったかい。で、最近みんなは?」
「ああ、元気にやってるよ。お前がこなくて寂しがってる」
「そうかい。そのうち顔をだすよ」
祖父は研究室のトップになり、僕は母の研究室と祖父の研究室によく入り浸っていた。
祖父の研究室では、僕が研究室長の孫であることもあってみんなに歓迎されていた。僕が魔法を教わり始めたのも、その研究室が最初だったこともあり、大体の人とは顔見知りだった。
母がいた研究室は、僕が光魔法を持っていたことでかなり歓迎された。はじめは研究対象だった光魔法の治癒系統魔法を使わされてばっかりだったけど、今ではたまに僕も研究に混じることもしばしばあった。
そんなこともあり、その中では仲間として認められていた。
しかし、その頃には行くことは減っていた。
移動するだけで疲れてしまうし、魔法を使うのにも自分の研究で手一杯だったので、あまり役に立てないからだ。
「皆、心配しているよ」
「行けなくて済まないと、伝えてくれるかい?」
「ああ、伝えておこう。ルーや、何か要るものはあるかい?」
「いや、大丈夫だよ。ありがとう」
「そうか。じゃあ、体に気をつけてな」
「はい」
それから、僕はまたみんなと一緒に研究がしたくて、新しい魔法を作るのに躍起になった。
そうして1年程度で、シンと会うまで使い続けていた魔法の原型となるものを作り上げた。
「お、おいルー坊。大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だよ。長く来れていなくて心配かけたね」
それができて、すぐに僕は治癒魔法研究室に向かった。ルー坊というのは、研究室の仲間が僕を呼ぶときのあだ名だ。
「本当だよ。いつまで来なかったから、ついに力尽きたかと思ったよ」
「ははは。僕はまだ頑張るよ。で、ちょっと協力してほしんだけど…いいかい?」
「おうよ。で、何をしたいんだ?」
「これを強力なものに作り変えるんだ」
「こりゃあ…初めて見るな。なんの魔法だ?」
「僕の体を生かすための魔法さ」
研究室の仲間に協力をしてもらおうと持ったのだ。
1人でやるには限界がある。しかし、体のせいで研究室と僕の部屋を行ったり来たりを繰り返すのは辛いので、ここまでは自分でやった。だが、これによって今までよりずっと楽になったので、往復くらいはできるようになったのだ。
「まさか…おま、これを1人で?」
「そうだよ。そのおかげでここまで来れる」
「すげぇじゃねぇ〜か!おい、みんな聞いたか?ルー坊が1人で新しい魔法作ったぜ!」
それを聞いて、嫉妬する者や妬む者はいなかった。それどころか、皆が喜んでくれた。
僕は、ここでこれからも一緒に研究がしたい。そう思った。
「それなんだけど。身体の活性化をもとに作ってみたんだ。それで内臓を強化して、体を無理やり動かし、さらに治癒魔法でその修復を行う魔法なんだ。どうだろう?」
「お前…そりゃあ、寿命縮むぞ?アホか?馬鹿か?」
「いや、これが一番簡単なんだ。前に、種族超越魔法研究室に連れて行ってくれたことがあっただろう?その研究を思い出したんだ」
簡単に言うと、肉体を魔法で強化して種族の能力の限界を超えようという研究を行っている所だ。
「はぁ…無理はするな。お前はここに泊まってていいから、アホなことはしでかすなよ?」
「ああ。でも、生きるためにはやらないといけないからさ」
「まぁ、無理のしすぎはやめろってんだ。いいな?」
「わかった。気をつけるよ」
「よし、それでいい」
そうして、僕は研究室で寝泊りを始め、シンと会うまで使い続けた魔法が出来上がった3年半後まで、ここで生活をした。
「おいルー坊、こっちきて手伝ってくれ!」
「ああ、わかった」
そうしてある程度まで普通の生活ができるようになった僕は、研究室で研究員の手伝いとして暮らしていた。
相変わらず、皆僕のことをルー坊と呼び、僕はそれに答える。そんな生活が続くはずだった。
ある日、突然グラシス…僕をルー坊と呼び始めた人で、僕が兄のように慕っていた人だった。
いつも僕を一番に見てくれて、僕の成功を誰よりも喜んでくれる。そんな人だった。
「ああ、ルー坊か。どうした?」
「どうしたじゃないじゃないか!なんで、なんでグラシスが僕より先に倒れるんだ!」
「はは…お前の母もそうだったな。人の心配ばっかして。それで自分が倒れちまうんだ。お前は倒れたら大変なんだからやめろよ?」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。早く元気になってくれよ」
「それは無理そうだ。俺の体はもう限界だ」
「なら、僕は作った魔法で」
「そりゃあもうやってたよ。まぁ、ちょっと違うやつだけどよ」
「そんなもの、いつの間に…?」
「ちょっと前からだ。俺の体調が悪くなり始めた頃だな」
「ま、まさかあんなに前から?それをなんで言わなかったんだ」
それは、2年も前のことだった。
「心配かけたくなくてな。お前の母親と一緒だ」
「母親?そうなのかい?」
「あ、ああ。お前は誰かに母親のことを聞いたことはなかったのか?」
「僕はみんなが家族だったからね」
「そうか…そうか、俺がお前のな。はは…俺はよ、お前の母親に惚れてたんだわ」
「え?は、突然どうしたんだい?」
「いやな。俺はお前の母親が死んだときよ、お前を恨んでたんだよ。だがよ、ルー坊。お前は、俺を兄みたいに慕ってくれて、いつの間にかそんな気持ちはなくなってた。お前が、俺の弟みたいでよ」
「そんなことを言うなら、もっと僕の兄でいてくれよ」
「わりぃな。もう少し一緒にいてやりたかったよ」
「なら…!」
「だめだ。もう体が動かねぇ。この辺が俺の最後だ。ありがとよ、ルー坊」
「そ、そんなことを言うなよ!もっと…もっと生きてくれよ。ほら、また面白い研究室の案内をしてくれよ。なぁ…」
その1時間後。彼は僕のいる目の前で、息を引き取った。まだ132歳だった。
エルフの寿命は約600年。彼はまだかなり若かった。
本当にそのとき僕が彼と話せたのは奇跡に近いだろう。
そして、その死は僕に悔しさとやるせなさを残していった。
弱っていくことに気づくことができなかったことに、助けることができなかったことに…
それから1年が経ち。勇者が召喚されたという話が聞こえてきた。
なんでも、普通じゃない威力の魔法を使う。見たこともないような魔法を使う。などと、魔法に関係するもののあった。
その頃の僕の体は、もう限界が近づいていた。
走れば息が切れ、階段を登れば体力が切れ、グラシスたちを作った魔法無しでは何もできないレベルに。
だから、勇者の魔法の噂は最後の希望だった。
僕はもっと生きたかった。
グラシスのときのように、何もできずに死んでいく人を助けられる魔法を作りたかった。
他でもない研究室の仲間と…
「おじぃ様。僕は、帝国のリャーシャに行くよ」
「な⁉︎お前、その体でか?」
「大丈夫。まだ魔法は効いてる。まだ、半年くらいなら持つはずさ」
「…どうしてもか?」
「ああ。もう、自分の力ではどうしようもない。だから、最後の希望なんだ」
「そうか…行ってこい。儂の大切なたった1人の家族よ。そして、生きよ」
「ありがとう。行ってきます」
そうして、僕は研究所を出た。
護衛依頼や乗り合い馬車などを利用し、できる限りの速さで。
リャーシャには、大会がある。そこに勇者も参加するかもしれないと思ったのだ。
そして、その予想は当たった。
勇者はシードで出場していた。僕は大会に参加し、彼らの誰かと戦って彼らの魔法を知ろうと思い、予選の待機場所で試合の開始を待っていると、不思議な雰囲気を放つ少年を見つけた。
「やぁ、君。僕はルーナイズ・ラトクリフっていうんだ。よろしく」
なんだか、話しかけてみようと思い、話しかけてみた。しかし、反応が返ってこない。気づいていないのだろうか?
「君だよ、君。フードに仮面の」
彼はキョロキョロと周りを見てから僕の方の見て、溜め息をつきながら面倒臭そうに返事を返してきた。
「はぁ…何の用?」
「いやぁ〜、僕と同じくらいに見える人があんまりいなくてね。エルフだから年齢がわかんないと思うんだけど、これでも僕は19なんだよ。見た感じ、周りにいる人ほとんど25位は超えてそうだし、仲良くできたらいいなって思ってさ。ルーって呼んでよ」
「ふ〜ん。エルフで20以下なのに、こんなところにいるなんて珍しいね。何かあるのかい?」
「いやぁ、ちょっと人探しをしているんだ。もしかしたらここにいるかもしれないと思ってね」
実際は、勇者以外はついでではあったが、それでも他の参加者で見たこともないような魔法が使える人がいたら、声をかけるつもりではあった。
「へぇ。で、大会に参加したと」
「うん、そういうこと。で、君は?」
「僕はシンだよ。ごく普通の一般人だよ」
「いや、一般人って名乗る一般人はいないと思うよ」
「あ、そう?じゃあ、今度からは気をつけることにするよ」
「ははは。おかしいって思ってなかったのかい」
「うん。ジョークだもん」
「と、いうことは…もしかして、どっかのお偉いさんとか?」
彼は、あまり世間…いや、世界を知らないようだった。
「いや、全くそんなことはないよ。残念だったね」
「ははは。まぁ、お互い頑張ろうじゃないか」
「そうだね。じゃあおまけに1つ、いいことを教えてあげるよ。始まったらすぐ、全力で防御魔法を使うといいよ」
「それはどういうことだい?」
「さぁ〜、なんだろうね。『第5回戦の選手の皆さま、入場を開始してください』っと、始まるよ」
「そうだね。まぁ、その助言を聞いておくとするよ。じゃあ、本戦で会えることを祈るよ」
僕は彼の言葉に意味があるように聞こえたので、その助言に従った。
そして、僕は驚いた。きっと彼が噂の勇者なのではないか。一瞬そう思うくらいには驚いた。
たった数秒程度の詠唱で、選手をすべて吹き飛ばす魔法を使うものはこの世界にはいないだろう。いや、英雄伝説の英雄ならできるのかもしれないが、それでも彼の魔法は異質だった。
普通、魔法の詠唱は使いたい属性、形状、対象、現象、魔法名の順番で詠唱するのに対して、彼の魔法は初めから違った。
僕は、それを見て初めて魔法に触れた時の興奮を思い出した。そして、彼に魔法を教わろうと思った。
そして、彼は僕に魔法を教えることに対して、条件を出した。
3回戦までの出場だ。しかし、僕は運悪く第1試合目で全優勝者と当たることになってしまった。
それを見た彼は、自分で見て評価すると言った。
だから、どうにか彼の目に止まるようなものをやらなければいけないと思った。
しかし、それがいけなかった。
僕は、試合の途中にグラシスたちと作った魔法の効力が切れてしまったのだ。
そのため、1度魔法を無詠唱で急いで掛け直し、相手をどうにかして倒そうと思った。
さらに、それもいけなかった。
僕は魔法の制御を誤り、威力をあまり抑えないままの竜巻を起こし、そこへウィンド・ボール打ち込んだ。
相手の彼女は一生の怪我を負い、僕は立ち尽くすばかりだった。
また、グラシスのように助けられない。そう感じるだけだった。
そこに、なぜかシンが降りてきた。まるで聖書に出てくる神の遣いのように。
彼は僕に問うた。
僕にとっては、自分の命と彼女の怪我の天秤を。
僕は彼女を選んだ。もう、助けられないのを見たくなかった。
そして、それを聞いたシンはそれをいとも簡単に治した。さらに、僕を満足そうに見たあと、僕に魔法を教えると言い残してまた戻っていった。
僕は驚いたが、それと同時に安堵を覚えていた。
自分の命が助かるかもしれないと、そう思ったことによって。
その後。
僕が退場すると同時に魔法の効力が途絶えた。
無詠唱では、この魔法はあまり持続しないのだ。
僕は魔法をかけ直すと、魔力切れで意識が遠のくのを感じながら倒れた。
そして、次に目を覚ました時は医務室だった。
少しして、シンがやってきた。
彼は僕の体を治した。
途中、彼は自分を信用してもいいのか、と聞いてきたが。全く問題はなかった。
何せ、仮面の奥に見える彼の瞳は、グラシスや祖父が僕を心配する時と同じだったから。
そうして、僕は彼の魔法を教わり始めた。
彼は不思議な人だ。
研究所で誰も知らなかったことを僕にやすやすと教えてくれる。
まるで、それを知っているのは当然だとでも言うように。
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「さぁ。早く寝なくては。彼らとは違って、僕は体力が落ちているから」
魔法を始める時、次いでだと言って祖父が教えてくれた弓も最近はあまりやっていない。
祖父は僕に才能があると言って褒めてくれていたな…
帰ったら、やってみよう。
そんなことを思いながら、僕の意識はまどろみに溶けていく…
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