93.変化に困りました
「おばちゃん〜、ブイブのタルト追加〜」
今は、6時少し前。客は僕以外は誰もいない。
僕は神野が来るのを食べながら待っていた。
ついでに言うと、これで4品目。今はリィブのケーキを食べている。リィブってのは真っ赤なキウイだ。
カランカラン…
「お、来たかな?」
人が入って来た音がしたので、後ろを向くと神野が入って来ていた。
「あ、新ちゃん。わるい、待ってたか?」
神野は謝りながら、僕の向かい側の席に着く。
「いや、まだ4つ目〜」
「うん、結構食べてるな。相変わらず…」
「そう?」
「そうだろ。で、早く本題に入ろうか」
「あらま、随分と早いね?」
「俺は新ちゃんが心配なんだよ。俺が新ちゃんのことが、よくわからなくなってくみたいでさ…」
「ほほう…?」
神野は落ち込んだような表情をしている。
「だから理由が聞きたいんだ。俺らよりずっと強いはずの新ちゃんが、なんで魔王の討伐に参加してくれないのかがさ」
「そんなに聞きたいの?別に大した理由じゃないよ?」
「それでも、俺は聞きたいよ。新ちゃんがどこか遠くに行ってしまったようで怖いんだ。米崎にもこれじゃ顔向けできねぇしな」
「はぁ……僕はさ、君らとは違ってこの世界なんてどうでもいいから参加しない。それだけだよ」
今更だけど米崎っていうのは、米崎 優菜っていう僕の幼馴染で、僕らが中一の時に親の仕事の都合とか言って転校した。僕ら3人で一緒にいることが多かったせいもあり仲は良かったし、僕に至っては幼稚園に入る前の時から知っているし、家も目の前だったので家族がらみで仲が良かった。
「そんなことないだろ。新ちゃんだってこの世界にはアルとか、カリーナとか知り合いはいるじゃないか」
「いや、別に問題はないよ。何かが僕のお気に入りに手を出したら、存在を否定するまで苦しめるだけだから」
「…それで、不良をやったのか?」
「それもあるけど、大体は八つ当たりだね〜」
「八つ当たりで、人が再起不能になるっておかしいだろ!」
神野は怒りをあらわにしているように見える。
「別に、邪魔なのがいなくなって困る人は少ないと思うよ?むしろ感謝する人が多いだろうし」
「何ふざけたこと言ってんだよ。誰かを傷つけて感謝されるっておかしいだろ!」
「…そこだよ。僕と君らの違いは。僕は、別に僕のお気に入り以外が傷付くのはどうだっていいんだ」
「でも、同じ人間だろ。なんでそんなことが言えるんだよ」
「う〜ん…なんでかな?なんというか、初めからそうだったんだもん。わかんないな」
ただ不良の件で悪化しただけで、僕の根本的なものは変わってないしね。
「はぁ…そうか。つまり、俺たちと新ちゃんは価値観が違うんだな…」
「まぁそうだね」
「俺は、目の前で誰かが苦しんでいるのは見たくないんだ」
「僕は、目の前で誰が苦しんでいようと、僕のお気に入りじゃないならどうでもいい。助けるかなんて気分次第なんだよ」
残念。僕とは真っ向から対立するみたいだね。
「わかったよ。だけど、それでも手伝ってくれないか?俺らだけじゃ、きっと魔王には敵わない」
「そうだね。気が乗ったら助けてあげるよ」
「どうしても、ダメなのか?」
「言ってるじゃん。気が乗れば助けてあげるよ。それに、僕より神野くんの方が強かったでしょ?」
「いや、でも新ちゃんは本来なら眷属がいるだろ?それなら俺らなんかよりずっと強いじゃんか」
「そうかな〜?」
「そうだろ。はぁ…話が進まない」
「ま、一応僕も魔族大陸には行くつもりだよ。君らが殺されるのは許さない」
「そうか…わかったよ。でも、よかった。新ちゃん…変わったな」
神野は首をやれやれといった風に振りながら、渋々納得したみたいだ。そして、こちらを向いて僕に向かって変わったなんて言ってきた。
「そうかな?」
「そうだよ。前はなんていうか、その…」
「なにさ?」
「いや、こっちに来てすぐの頃の新ちゃんはもっと…なんていうかな?消えちゃいそうっていうかなんというかで、心配だったんだ。でも、今はそんな顔してなくて安心したよ」
「そうかな〜?」
「ああ。そうだよ」
「ふ〜ん」
「はい、お待ち。リィブのタルトだよ」
そんなことを話しているうちに、注文したものが来る。
「じゃ、僕はこれ食べたら帰るけど、神野くんはどうする?」
「俺は、なんか食べて帰るかな」
「ふ〜ん。おすすめは、クレープだよ」
「いや、甘いものはいいからな⁉︎」
「え〜。美味しいのに〜」
神野がげんなりした顔をする。そして、メニューを眺める。
僕はもくもくとタルトを食べる。
「ふぅ。美味しかった。おばちゃん〜、勘定おねが〜い」
『はいよ。ちょっと待ってな』
「じゃ、神野くん。魔族大陸か、王城に戻ったらまた会おうね」
「おう。できれば手伝ってくれる方がありがたいけどな」
神野と話していると、おばちゃんがやってきた。
「じゃあ勘定だったね。47Bだよ」
「ほい」
「えっと、1,2,3,4,5…47ちょうどだね。またおいで」
「ごちそうさま〜。じゃ、神野くん。またそのうちね〜」
「おう。死ぬなよ?」
「誰が死ぬか〜。じゃね〜」
僕は店を出て、宿に戻る…
「あれ?まだいたの?」
宿に戻ると、なぜか未だにルーがいた。
「あ、ああ。ちょっと魔力の使いすぎで気絶してたんだ」
「ああ、そういうことね。気をつけなよ?魔力を過剰に使うってのは、無理やり魂から魔力を作ろうとして、魂を削った痛みで気絶するんだから、体に良くないんだよ?」
「え、あ、ああ。そうか、わかった」
ルーは焦ったような顔をした。
「ねぇ、ルー。今日、これで気絶したの何回目?」
「…3回目だよ」
「はぁ…やりすぎは良くないよ。で、どこまでできるようになった?」
「一応、君の言った指から放して動かすのはできるようになったよ。あと、擬似魂力を体の中で作って貯めるのもね」
僕は、意識してルーの体内魔力を見る。
「あ、本当だ。一箇所だけ濃くなってるね」
「どうだい?」
「ふむ。じゃあ、今日のところはそれで合格。明日は、魔法について教えてあげるよ」
「そうか。わかった」
「じゃあ、今日は帰ってゆっくり休みな。明日もここに来てね」
「ああ、じゃあ僕はもう帰るとするよ」
床に座っていたルーは、立ち上がってよたよたと歩いて帰っていく。
…大丈夫かな?
「ま、いっか。そういえば、ルディはどこに行っちゃったんだろ?」
多分、ルーは大丈夫だろうが、一体ルディはどこに行っちゃったのだろうか?今はもう6時半くらいだぞ。そろそろ帰ってきてもいいんじゃないだろうか?
「帰ってこないのはしょうがないから、一回戻るかな。『扉』」
僕は扉を作り、メインルームへ戻る。
「おや。おかえりなさい、主」
「あ、ロメ。ただいま。どうしたの?」
ロメが出迎えてくれたのだが、格好が変だった。いや、格好というより”姿”が、ではあるが。
「いえ、たまには別の種族になってみるのもいいかと思いまして」
「で、その猫の獣人になっていると」
僕を出迎えたロメは、普段からよく使っていた黒髪で細めの目に少し高めの鼻をバランスよく並べて作った整った顔つきで、身長180cmちょっとくらいでありながら筋肉もほどほどにあるといった所謂”細マッチョ”という、一般的に言えばカッコいい部類に入るであろう人間族の青年の姿に、可愛らしい猫耳と尻尾がついていた。
「ええ。たまにはこんなのもいいかと」
「まぁ悪くないね。ところで、その服はどっから持ってきたの?僕は作った覚えはないけど」
「ああ、これですか。主の世界にある”燕尾服”というものを再現してみました。執事というのはこういたものを着ているのでしょう?」
ロメはピシッとそれを着こなしてはいるのだが。いかんせん、猫耳と尻尾が可愛らしさを演出してしまっている。
「うん。かわいくていいと思うよ。じゃ、僕は風呂に入ってくるね〜」
「はい。何かありましたら、お呼びください」
ロメがどこぞの執事のように頭をさげる。
…ロメは一体何を目指しているんだろうか?僕の執事にでもなるつもりかな?
「さ、風呂に行こっと」
僕は自分の部屋のすぐそばに作った部屋に入る。
ここは”メインルーム”を作った当初からある部屋だ。中に入ると脱衣所があり、その奥には一般的な公衆浴場くらいの広さの場所に幾つかの浴槽が作られている。まぁ、言う所の温泉だ。
僕は、服を脱いで脱衣所に作った籠の中にしまい、タオルを持って浴場へと向かう。そして、ガラガラと浴場と脱衣所を分けている扉を開けて中に入る。
「いやぁ〜、久しぶりかな?いや、まだ2日ぶりくらいだったかな?」
僕は別に温泉とかが嫌いなわけじゃないのだが、この体は常に最高の状態を保ち綺麗にしてくれるし、今の男の体は自分で作っているので”浄化”とかの魔法を常時起動しているので汚れなどは全くないので入る必要がなく、面倒なので気分が乗った時とか暇な時にしか入ることはないのだ。
ついでに、この体は疲労とかも最高の状態を保っているせいで感じることはないし、アルコールや食べ物とは完全に消化してくれるから酔っ払ったりトイレに行く必要もないので、人として必要なことが大体しなくて良くなっている。まぁ、ルディは「酔えない酒なんて酒じゃない」何て言って、構成を無理やり変えて酔えるようにしているけど。
「さて、とりあえず体洗お…」
僕はシャワーの前に立つ。
「あ、そういえば忘れてた。『解除』…ふぅ」
僕の声が高く、女の子っぽいものになる。つまり、男の体を作っていたのを解除して元に戻したのだ。
風呂に入る必要はないとは言っても僕はもともと人間なので、綺麗にしないと気が済まない。作った体を綺麗にしても意味がないような気がするので、風呂に入る時は元に戻ることにしている。
「それにしても、この体にも慣れたな…まぁ、千年近くこっちのままだったんだし、当たり前と言えば当たり前か」
ルディと修行中は、基本的に体を作ってやってたら酷い目にあうので常にこっちの体でいた。なので、もう見慣れちゃってるし、特に思うこともない…いや、一応あるにはあるけど。
体を洗おうと表立っている僕の目の前には、全身を映せるくらいの鏡がある。
そこには、霞がかった銀色の腰の辺りまである髪と同じ色をした可愛らしい瞳に小さい鼻と薄いピンク色をした唇、この間に測った時は身長が148cmしかなかった中学生高学年くらいの体つきに、3対の銀色に輝いている翼を持った、どこか神々しさを感じさせる綺麗といよりも幻想的という方が合っている少女が映っている。
これが、今の僕だ。
特に不便もないし、邪魔になる翼は普段はしまっているから問題もない。高いところとかには手が届かなくなってしまったが、別に空中を歩くのは容易いから困らないし、せいぜい歩幅が変わって慣れるまで不便だったくらいだ。だが、
「はぁ…なんでかな〜」
思うことはあるのだ。
体を構成する時にその人のイメージする天使や神様の姿になるのは、その方がより強く作ることができるかららしく、そのせいで僕は小さい女の子になってしまっている。そう、女の子なのだ。
最近になってふと気がついたのだが、僕の精神が少し体に引っ張られている気がするのだ。別に男の時は見られても恥ずかしくもなんともなかった上半身を見られたりすれば、なんだか知らんが恥ずかしくなって赤面するし、かっこいいものより可愛いものの方が気に入ることが多くなっていたり、見た目とかを今までよりずっと気にするようになったなどと、結構変わったことがあるのだ。
「いや、別に困ることじゃないんだけど、というよりこの体で生きるんだからむしろ良いことかもしれないけどさ…」
今までの僕との違いが、気持ちが悪いというか変というか…とにかく違和感があるのだ。
心では僕は男だと思っているのだが、体の方はところどころ女の子に近づいている気がしてならない。これじゃあまるで、性同一性障害みたいじゃないか。
「はぁ…考えても無駄かな。諦めて慣れるのでも待とう。うん」
まぁ、考えても作り変えることができるのは外見だけで、本体は変わらないので諦めているのだ。
そんなことを思いながら体と頭を洗い、髪をお湯に入ってしまわないように束ねる。
「さて、明日はルーにどこまでやらせようかな〜」
僕は温泉に入って、明日やることを考える…
少しして、扉がガラガラと開く音がした。
「テラかな?」
籠には僕の服が入っているので、ロメとルディが入ってくることはないだろう。
「まぁいっか。そろそろ上がるつもりだったし」
テラは風呂に入ってくると大抵、温泉とかに連れてきてもらった子供のように騒ぐのでうるさいのだ。
僕は風呂から上がり、脱衣所に向かって歩いていく。
「うおっ…って、エクか〜。お前がいるなんて珍しいな〜」
「……『呪いよ、目を灼け。苦悶の幻影』」
「あがががががががが…⁉︎」
脱衣所のそばまで行くと、そこにいたのはルディだった。
僕は目に激痛を送る呪いをルディに掛けると、タオルで体を隠す。
「何しやがる!って…あ、おう。すまん」
「うっさい、変態、ロリコン」
なんか顔が赤くなっているのを感じる。なんなんだろうな、本当にさ。
「おう…」
「と、とにかく僕は出るからどいてくれる?」
「あ、ああ。わりぃ」
僕は脱衣所でルディが浴場に入ったのを確認すると、体の水分を拭き取り髪の毛を乾かし、自分の部屋に戻る。
「…もう、なんなんだろうか。これは」
何が悲しくて、同性いや元同性に体を見られて恥ずかしがらなきゃならんのだろうか…
「慣れるのを待つのは面倒いな…今度から風呂をもう一つ作ろ…」
そんなことを思いつつ、僕は自分の部屋でロメに作ってもらった本を読んで朝になるのを待った…
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