88.頑張ってもらいました
『さて、ここからは第2回戦です。では入場していただきましょう。先ずは、リミテル選手。彼は、魔導師らしい純白のローブをその身にまとい、魔法を強化するという彼の研究の成果である銀色の杖をその手に持っています。第1回戦のように、魔法で相手を圧倒してくるのでしょうか?続いてはシン選手』
呼ばれて、ステージの中心に向かって歩いていく。
『彼は、今までと変わらず黒いローブに、顔全体を覆う仮面を付けて登場。全く実態の掴めない彼ですが、今度はどんな戦いを見せてくれるのでしょうか?』
『いやぁ〜。にしても彼、一体何者なんでしょうかね?治癒魔法師たちが誰も聞いたことのない魔法でハービス選手を治療し、かなりの腕を持つシャナーク選手を一撃たりとも攻撃を受けずに倒してしまう実力、予選では1度の魔法のみで全員を場外へ吹き飛ばす。今度は一体どんなことをしてくれるのでしょうか?今から楽しみです』
『その正体はどんな方なのか、気になりますね。では、両者構えてください』
ステージの中央まで来たところで、僕は何もせずに立ち、偉そうなエルフは杖をこちらに向けながら睨んでくる。
『リミテル選手も、魔道研究所で自分で魔法を強化するための杖を作るという偉業を成し遂げています。なんともすごい試合ですね』
『そうですね。さて、両者準備が整ったようですね。第2回戦第1試合、開始!』
司会者の開始の合図がかかった瞬間、エルフが遠くへと距離を取りながら杖で陣を描き始める。
「ふん、この僕を軽く見たことを後悔するがいい」
「そんなこと言ってる暇があるなら、早く陣を描きなよ〜。魔法が効かなくなっちゃうよ」
「はっ。そんなはったりなぞ効くか。早く作戦でも立てるんだな」
「はいはい。じゃあゲームオーバーね。『風よ。我が身を包み、全てを拒絶し断罪せよ。風女神の抱擁』」
僕の周りに、物凄く気圧の高い空気の壁が出来上がった。さらに、この魔法は近くに来た魔力をも吹き飛ばす強風を纏っている。
「ふっ、諦めたか。では行くぞ!『トレース・ウィンド・ボール』同時起動」
偉そうなエルフが描いた陣から、風属性の玉が数十個ほど飛んでくる。多分トレースって言ってたから、追尾機能つきかな?
まぁ、今の僕には関係ないけどね。
風の玉たちは全て弾かれ、霧消する。
「さてと。じゃあ頑張ってね」
僕は地面に座り込み、ローブのポケットから本を取り出して、それをゆっくりと読み始める。
ちなみに、この本はロメに頼んでいたもので、僕がロメに渡した記憶内にある本の記憶を普通の紙の本の状態にしていてもらっていたのだ。いつもロメは書斎に籠ってこれをやってる。現在、70冊くらいが製本されている。
『ええと…シン選手にリミテル選手の魔法が当たったと思ったら、弾かれて消えてしまいましたね。それどころか、シン選手はどこからか本を取り出して、読み始めてしまいました』
『おそらく、初めにシン選手が唱えた詠唱が障壁魔法だったのでしょうが…私自身、あの様なものは聞いたことも見たこともありません』
司会者が試合を進めようとしているが会場は静まり返り、偉そうなエルフは新しく陣を描いては放っているが、全て僕の魔法で防がれてる。
「ほら〜、頑張れ〜」
「くそっ。何なのだ、それは!」
偉そうなエルフはまた新しい陣を描き始める…
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そんなこんなで、かれこれ30分くらい。
相変わらず、偉そうなエルフは魔法を放ち、僕は本を読んでいる。
偉そうなエルフは苦しそうな表情をし始めているので、魔力切れが近いのだろうが、多分自分の高いプライドのせいで降参できないのだろね。バカにしたらすぐに怒ったし。
「くそ!何なんだ!なぜ、どうしてこの僕の魔法が効かない!」
「ほら〜、もっと頑張れ〜」
今も頑張ってる。実にアホらしいな。
さてと、今僕が読んでいるのは”千年の襲撃”なんていう本で、この世界で数千年前に実際に起こった戦争を元に書いた小説だ。事実、この世界は数千年どころか、約二千年前に一度崩壊しているので、これは遺跡にあった記録の解析から発見された事実を、本に書かれたものなんだが、これがまた結構面白いのだ。周りのことをすっかり忘れて読みいってしまう。
「シン選手〜!シン選手!」
「ん?ってああ。終わったのね」
そんなこんなで読んでいたら、審判の人が僕を呼んでいた。向こうの方で、偉そうなエルフが地面に倒れているので、魔力切れになるまでやったのだろうな。
「『解除』…さてと。じゃあ終わったから帰ろ」
僕はステージから退場する。
『…シン選手、何もせず読書を楽しんでいきました…これでいいのでしょうか?』
『もう、どうしようもないですね。せめて次の試合は面白いものが観れることを期待しましょう』
『そうですね。では、続いての試合です。気を取り直していきましょう!』
『では、続いての…
後ろから、司会者たちの声が聞こえる。
次はまともにやろう。なんかかわいそうだし。
「さてと。じゃあルーのところに行ってから、ルディのとこに戻ろ」
僕は、ルーの寝ている医務室に向かう。
医務室は、退場口のすぐ横にあるのでかなり近い。まぁ、病人や怪我人を運ぶためなので当たり前と言われればそうなのだが。
僕は少し歩いたところにある、医務室の扉を開け、中に入る。
「あ、シン!これは一体どういうことなんだ?僕の体が普通の人と同じ様に動けるよ!」
「あ、うん。よかったね」
医務室に入ると、ルーがベットの上で跳ねていた。どこの小学生だよ…
まぁ、気持ちがわからなくもないので、そのまま少し見守ってあげる。僕も、不良にやられた怪我のギプスが外れてすぐに色々始めたので、あんまり人のことが言えないのだ。
「…すまない、つい嬉しくてはしゃいでしまった」
「いや、わからなくもないから、気にしなくていいよ」
「いや、本当に悪い。で、一体何をしたんだい?あんなにも動くのが辛かったのが嘘のように…」
ルーは、不思議そうな嬉しそうな表情を浮かべている。
「…本当に知りたいの?」
「ええと、それはどういうことだい?」
「いや、気分で言ってみただけ。で、何をしたかだったね」
「ああ、それだ。あれ程きつかったものが、こんなにもよくなるなんて何かあったとしか思えないんだ」
「まぁ、事実何かあったしね。ま、教えてあげるよ。簡潔に言うと、君の体の一部を新しく作り直した。心臓と肺、その他幾つかの内臓とかをね」
「…言っていることが、よくわからないのだが…今、作り直したって言ったかい?」
「そ、作り直したんだ。原理自体はそんなに難しいものじゃないし、かなり練習すればできると思うよ」
魔力のかなり精密な操作と、生物創生ができればどうにかなると思う。実際、僕は神魂になる前の時点でできたしね。
「…やはりよくわからないが、それは教えてくれるのかい?」
「もちろん。ただし、人に軽々しく使うのは禁止するけどね。色々面倒だからさ」
「そうか…で、いつから教えてくれるんだ?」
「う〜ん。明日の試合が終わってからかな。その頃ならやることないし」
「わかった」
「あ、そういえば、樹人さんは?」
こっちも確かここで寝ているはず。
「ああ。彼女なら、少し前に出て行ったよ」
「あ、大丈夫ならいいんだよ。さてと、ルー、夕飯食べれる?」
「え?ああ、食べれるが。それがどうかしたか?」
「よし、じゃあ行こうか」
「いや、どこへだい?」
「夕食。試合は棄権するんでしょ?なら、僕はこの辺で美味しいところとか、知らないから教えてよ」
「ああ、そう言うことかい。わかったよ。今、準備するから待っていてくれ」
「了解〜」
ルーは横の机に置いてある、本戦で着ていた茶色いローブを身につけ、壁に立てかけてある杖をそ中にくくりつける。
「よし、じゃあ行こうか」
「ほ〜い。あ、僕も仮面とか変えないと…」
僕も、仮面を外しローブをいつもの白いローブに戻し、黒のローブと仮面を”アイテムルーム”に放り込む。
「さぁ行こう」
「シン…君はもしかして異界人かい?それで仮面で隠してたのかい?」
「そうだけど、理由はそっちじゃないよ。顔がばれると、面倒事が大量にやってくるからだよ。観客の騒ぎとか、探求者ギルドとか、治癒師から」
「まぁ、君のやることはどれも今までにないものが多いからね」
「そういうこと。じゃあ早く行こ。入り口でルディが待ってるし」
「…っ!人を待たせているのかい?それは早くしないと」
ルーは急いで医務室から出て、僕を引っ張る。
「いや、大丈夫だから。あれは何千年と待ち続けさせても問題なさそうだし」
「それでも、人は待たせるものじゃないよ。ほら」
「…ほ〜い。じゃあ、賭けのところの入り口で待ってるから」
「わかった」
僕は、ルディの待つ入り口へと向かい、ルーは主催者側に棄権することを伝えに行った…
「どこかな〜?」
「さすがにこの人混みじゃ、見つけるのは大変そうだ」
入り口に来て、ルーとは合流できたのだが、1回戦分の賭けのお金を受け取る人で異様に混雑していて、ルディが全然見つからないのだ。
「しょうがない…」
「ん?どうかしたのかい?」
「いや〜、別に」
さて、仕方ないので念話でもするとしようか。
念話なら、ばれることもないだろうし。
『ルディ〜。聞こえる?』
『あ、おお。聞こえてるぞ。そっちどこにいるんだ?』
『今、入り口出てすぐのところ。そっちは?』
『こっちは金受け取って、入り口から少し離れたとこにある噴水の前だ』
『りょうか〜い。じゃあ今から行くね』
『おう。じゃあ待ってるわ』
さて、じゃあ居場所がわかったので、行くとするかな。
「ルー、こっち」
「え?ちょっ、ちょっとどこに行くのさ」
「いいから〜」
僕はルーのローブを掴み、人混みを抜けていく…
「あ、いた。ルディ〜」
南口から少し離れたところにある、噴水がある広場のベンチに座っているルディが見える。
僕とルーはそこまで歩いていく。
「ああ、やっと来たか。遅いじゃねぇか、エク。で、そいつは?」
「ほら、樹人さんとの試合で困ってたでしょ?あれ」
「ああ、あのエルフか。で、どうして連れてきたんだ?」
「僕らは、この辺で美味しい店とか知らないでしょ?だから聞こうかな〜って」
「なるほどな」
僕はルディにことの次第を話していく。んで、
「で、ルーの病気を治してきたんだ〜」
「へぇ。また訳わかんねぇことしてんな、お前は」
「えっと、あの、シン?ちょっと〜…」
「そうかな〜?」
「そうだろ?」
「ところで、こっちの〜…」
ルーはどうしていいのかわからなくて、あたふたしてる。面白いので、しばらくそのままにしておく。
「で、連れてきたのだ!」
「お、おおう。そうか。で、誰だ?」
「あ、紹介してないね。ルー」
僕は、あたふたしてるルーをルディの前に引っ張り出してみる。
「ええと…初めまして。僕は、ルーナイズ・ラトクリフっていうんだ。よろしく」
「おう、うちのエクが世話になってるな。俺はキャルディだ。よろしく頼む」
「あ、うん。ところで、エクって?」
「え?こいつのことだが、それがどうかしたのか?」
ルーの質問に、ルディが僕を指差しながら言う。
「つまり、どういうことだい?君はシンじゃあないのかい?」
「えっと、どちらでもあるっていうのが正解かな。僕の今の名前はエクレイム。それで、前がシンだったからね」
「…?よくわからないけど、まぁいいか。で、これからどうするんだい?」
「ルーはどっか美味しい店とか知ってる?」
「ああ、もちろん。僕はこの街に来て、もうひと月近く経っているからね」
「あ、結構早く来たんだね」
「ああ。体のせいで、いつ限界が来るか分からなかったから、できるだけ早くと思って来ていたんだ」
「んで、それってどこだ?」
「ルディは食い意地はってなくていいよ〜」
「いや、張ってねぇだろうが⁉︎」
「はははっ。じゃあ僕のお気に入りの店に案内するよ。あんまり客も多くないから騒いでも問題ないし、料理も美味しいよ」
「よ〜し、じゃあそこに行こ〜。ルー案内よろしく」
「…お前の方が食い意地張ってんだろ、絶対」
ルディがなんか言ってるが、気にしな〜い。
「無視かよ…なんか俺の扱いひどくねぇか?」
「気のせいだよ、気のせい。ほら置いてくよ〜」
「あ、ちょっと待てっつの。俺を置いてくんじゃねぇ」
「はいはい〜」
僕らはルーに案内されて、夕食を食べに向かう…
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