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立夏

柚木青葉と申します。

初投稿です。

『涼風に揺れる』は、2014年の夏の天気、気温、出来事をもとにした小説です。作中の雨や快晴といった天気も実際のものとリンクしています。

拙作でありますが、春夏秋冬いつ読んでも夏を想える、そんな文章を目指して執筆いたしました。

どうか夏恋しくなって頂けたら幸いです。

昔から、夏は好きだった。

新緑生い茂る夏木立。抜けるように広がる蒼穹。時折浮かぶ真っ白な雲。

だけど一番のお気に入りは、鮮やかな緑の葉が放つ、生き生きとした空気。生気に満ち溢れていて、その中を歩くだけで前向きになれた。それに、森の中や林の側は、ちょっとだけ涼しい。

毎年、夏は楽しい。

夏が過ぎると、季節がもう一巡りするのが待ち遠しくてたまらなくなる。

今まで経験した幾つもの夏。その中にひとつだけ、心に刻みついている夏がある。

特別なことは何一つなかった。

でも、一生忘れない、格別な夏。


あれは、オレが十一の夏。

五ノ月の六ノ日。立夏から、夏は始まる。

オレは朝っぱらから里をぶらぶらと歩いていた。特に行きたい場所があるわけではない。いや、それはちょっと違うか。目新しいものや場所を見たくて、というのも理由として無くはない。習慣になっているから、理由をつける方が難しい。

一日中ぶらぶらしていることだってある。それが楽しいから。少しずつ暑くなってきているとはいえ、まだまだ快適だ。七ノ月や八ノ月ともなれば話は別だけど。

七ノ月や八ノ月には、上衣は薄手のものを、下衣は膝丈の短袴を纏う。

それでもこの日課は変わらない。

なぜ、こんなに毎日自由にしていられるのか。同い年の少年たちは半分くらい奉公に出ているし、それでなくても職人の弟子になったりして仕事を覚えはじめている。十二、三には道を決めるのが普通だ。オレもそろそろ、と思って覚悟していたけど、まだ少しは猶予がある。

それはひとえに父さんのおかげだ。

「子どもでいられる時期は貴重だ。」

とか言って、勝手にオレの道を決めようとする母さんを説き伏せてくれた。

感謝しているけど、それを伝えられてはいない。いつか言わなきゃな。

そういう訳で、朝の陽射しの中を歩いている。

里の中心を通る中ノ大路に出ると、一気に人が増えた。まだ朝も早いというのに、ここは活気に満ちていた。人通りはいつも多いし、道の両脇には屋台が軒を連ねている。静かになるのは真夜中とか、暗くて歩けなくなってからだろう。

ガヤガヤした喧騒も、全然嫌いじゃない。人助けをして、貰ったお駄賃で買い食いをしたこともある。

今も旨そうな焼き烏賊の匂いがしていて、つい食べたくなるけど、残念ながら朝飯を食べたばっかりだ。それに、お金持ってないし。

オレは細い路地に足を踏み入れる。

中ノ大路の喧騒を背に聞きながら、ずんずん歩いていく。

こっちの道は、初めてだ。でも里から出ない限り迷わない。多分。

生活感漂う裏道。

まだ実が熟してないナツグミの木。

     わくわくする。

やっぱり新しいのが一番面白い。

軽い興奮に身を任せ、歩き続けた。里はそれなりに広い。他の里や村に行ったことはないけど、けっこう広いんだと思う。散歩してもし尽くせない。

どれほど歩いたろう。

時間がよく分からなくなってきた頃、ふと立ち止まった。

周囲を眺め、覚えて歩いてきたから、帰ることはできる。最悪道を忘れたところでなんともならない自信もあるけど、時間がさっぱり分からないっていうのは困る。

どうしよう。

どこかで人に時間を訊ねようか。ただ、この辺りは人通りが少ないみたいだ。

困って辺りを見回していた。

「ん、あれ?見かけない顔だなぁ。迷子?」

お気楽な声がして、オレは振り向いた。人がいるとは思ってなかった。これは幸運とばかりに、時間を訊こうとした。

ところが。

「この辺道が入り組んでるからさ、たまにいるんだ、迷うヤツ。で、家どこ?それとも中ノ大路まで案内しようか?」

大人の肩くらいの高さがある民間の塀に腰掛けたその少年は、べらべらと喋り続ける。半袖の上衣に、膝丈の短袴。まるで真夏のような格好だ。顔立ちはこれといって特徴のない里の子どもだけど、笑顔で話しているところだけ見ると、性格はものすごく明るそうだ。

けど、人の話を聞け。せめて人に話をさせてくれ。

オレ、迷ったわけじゃないんだって…。

「いや、遠慮しとく。帰り道は覚えてるから大丈夫。それより今、何時?」

「そろそろ昼だと思う。」

話を中断されたと思ったのか、少々不服そうな顔をしてたけど、ちゃんと答えてくれた。

「え!?昼?」

「うん。」

「うわ、昼飯食いっぱぐれるとこだった。ありがと、オレ帰る!」

道は分かるのかー、と叫んでいるのが聞こえたけど無視した。さっき覚えていると言ったばっかりだ。

本当に人の話聞いてないな、あいつ。

オレが時間にこだわる理由。

昼までに一度帰らないと、昼飯、作ってもらえないから。正午とか、さすがにそんなことは気にしないと思うけど、ここまで歩いてきた距離を思えば、食べ損ねる可能性は十分ある。

母さんいわく、そうでもしないと夜まで帰ってこないでしょ、と。

さっき歩いてきた道程を逆走し、全力で駆け戻った。耳元で風がびゅんびゅんいってるし、風が肌を撫でる感覚は気持ちいいけど高く昇った太陽には敵わない。ジリジリ照らされ走っていると、汗が噴き出してくる。ゼエゼエ喘ぎながら、家に辿り着いた。

ガラガラと引き戸を開けて、家に転がり込む、文字通り。

     日陰って気持ちいい。

五ノ月なら家で過ごしていれば汗だくになることなんてない。汗だくで帰ってきた息子に不思議そうな目を向けて、それでも昼飯を出してくれる母さん。

板の間にぱたりと倒れ、休んでいたオレは、お膳の前にのそのそと移動する。

床はひんやりとして、それなりに気持ち良かったけど、食欲をそそる匂いが圧倒的に強い。昼飯は掻っ込めるように、お茶漬けが用意されていた。梅茶漬けだ。どうせまたすぐに出掛けるとバレていた。心を読まれたような錯覚に陥る。けど母さんってそういうものだと思って諦める。なんで分かるのと訊いたところで、

「親子だから」

と言われておしまいだ。

さらさらとお茶漬けを掻き込む。梅の香りが後を引く。これがどうしてなかなか旨い。もう一口流し込む。もう一口。

パクパクしている内に、梅茶漬けはなくなっていた。本当にあっという間に。

後に残るのはさっぱりした梅の味わいと、ちょうどいい満腹感だけ。

これならすぐに動き回っても、脇腹が痛くなったりしなさそうだ。でも夕方にはお腹が空いてしまうだろう。

「ごちそうさま!」

大声を張り上げ、食器を自分で片付ける。ちゃちゃっと洗ってひっくり返しておく。

午前いっぱいに歩いて、足が疲れてきた。でも、あの路地の奥に、もう一度行きたい。明日になったら道を忘れてしまうかもしれない。

きれいな水を両手にすくって、バシャバシャ顔を洗った。

暑くなって火照っていたから冷たくて気持ちいい。ひんやりした感触が両手から顔に、それからちょっとだけ腕に広がる。一気に涼しくなった。

すっかりさっぱりしたところで、再び引き戸を開け、今度は外に飛び出した。

ちゃんと、「いってきまぁす!」って叫んだ。

太陽が昇りきり、陽射しはますます強くなっていた。

まだ五ノ月だというのに。

今日が立夏、夏初日だというのに。

今年はどんなに暑くなるんだろう。


この日の午後は、あの路地の近くを歩き回って終わった。オレを迷子だと勘違いしたあの少年には会わなかった。勘違いを訂正するより、よほど充実した午後だった。

あの路地から南に行って、外れのほうまで来ると、家が二、三十軒は建てられそうな、広い広い草原があったのだ。

夏草が生い茂り、とても趣があった。里らしさを感じた。歩き疲れたらここに来て、黒南風に揺れる草原を眺めながら休むのが、新しい習慣になった。

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