vol.19
3本目の仕事が終わった時点で時計の針は15時過ぎを指していた。
一瞬彼女に電話しようか考えて、まだ少し早いという結論に達する。
会いたいのは山々だけれど、もうすこし寝かせてもやりたい。
とりあえず家にもどって冷蔵庫の確認をしなければ。
鍋用の野菜なんかなかった気がする・・・
*
家につくと窓を全部あけて空気の入れ換え。
荷物を仕事部屋に入れると、上着をソファーにかけてキッチンへと向かう。
冷蔵庫を開けて・・・
ああ、なんもない。
ビールは冷えているが、野菜と名の付く物はジャガイモ、人参、玉葱くらいか。
こりゃ今日の買い出しでちゃんと野菜買わなきゃな・・・
最近忙しすぎたとはいえ、これじゃああんまりだ。
鍋用の電気鍋を戸棚から出しておき、かにフォークがあるかも確認。
普段、鍋をするから小皿は大丈夫。
他になにかチェックしておくことあったっけな・・・
ああ、リビングに座布団出しておかないと。
寝室のクローゼットから座布団を引っ張り出してリビングへ。
鍋用に買った座卓をだして、その回りに座布団を適当に並べる。
2人だから座布団2枚で良いと思うけれど
それだと何か意識してしまいそうなのでいつも通りに。
部屋を一通り見回して、食材以外の準備が整ったのを確認。
そろそろ電話してもいいかな・・・
携帯を手に取ると、リダイアルから彼女へと。
『はい、もしもし』
数回のコール音でつながる電話。
寝起きなのか少しくぐもった声に内心心臓が1つ跳ねる。
「もしもし、槇原です」
『お仕事お疲れ様です 仁さん』
「ありがとう、やっと終わったよ。待たせちゃったかな?」
本当は少し前に終わってたけど用意の為の小さな嘘。
『いいえ、大丈夫ですよ』
「ちゃんとゆっくりした?」
『はい、仮眠もとりましたから元気です』
「そっかならよかった。じゃあ出てこられる?」
『はい』
「んじゃ俺も今から帰るから17時にうちのマンションでどう?」
『大丈夫です』
「じゃあそういうことで、あ、ちゃんとタクシー使ってよ?」
『はい』
電話を切ると、上着を羽織り財布をポケットにねじ込むと
エントランスへ向かう。
いつ彼女の乗ったタクシーが来ても見落とさないように。
まず彼女に会ったらかに鍋にするか、かにすきにするか決めてもらおう。
どうせ食べるなら彼女の好みを知っておきたい。
今回の買い物でそういうのも知れたらいいな
そう思いながらエントランスの壁にもたれ、タクシーが来るのを待っていた。
*
しばらくして彼女の乗ったタクシーがマンションの前に着く。
彼女がお金を出す前に、運転席の窓を叩き
こちらが料金を支払うことを運転手に伝え、提示された金額を支払う。
まず第一のミッションクリアー。
次に彼女の手から荷物を奪い、自宅へと誘導する。
自宅について、冷蔵庫にBOXの中身を写してる間に少し彼女の様子をちら見。
見慣れないワンピースも似合っててかわいいと思う。
俺に会うためにおしゃれをしてくれた?
そう考えると、気持ちが加速していく。
でもまだダメだ。
今ココで告白してみてアウトだったらこの後の展開がややこしくなる。
なので、気持ちには軽くブレーキ。
夕食を一緒にして、勝算が見えたら、それから動いても遅くはない。
「そういえば真澄ちゃん食べられないものある?」
「セ、セロリが苦手なくらいで、後は平気です」
「ま、鍋にはセロリ入れないけど覚えておくよ」
ふむ、セロリが苦手と言うことは香草もダメかもしれない。
外食に誘うときは気をつけた方がよさそうだな。
「お待たせー、って・・・どうしたの顔赤いよ?」
キッチンから出てきたら何故か彼女の顔が赤くなっていた。
何かあったのかと少し心配になる。
「な、なんでもないです、冷えのぼせかなぁ」
「少し寒い?上着貸そうか?」
「いえ、大丈夫です」
「そう?寒かったらちゃんと言うんだよ?」
「はい」
冷えのぼせするほど家の中は冷えてなかったと思うけど
追求するのもためらわれて、そのまま彼女の言葉を丸飲みする。
疲れている様子は見えないけれど、場合によったら早く帰そう。
二人でいる時間も大切だけれど、彼女の体調の方が心配だから。
そう決め、とりあえずは一緒にスーパーに向かうことにした。