vol.16
自覚したんなら行動は迅速に。
電話で映画の約束を取り付けるとネットをつかって指定席を予約する。
金券ショップで前売りを買ってもいいけれどそれだと指定席には座れないから。
できるなら彼女と二人でゆっくり見たいけれど
さすがに映画館貸し切りなんてできないので指定席で我慢する。
こんどカップルシートのある映画館探しておくかな・・・
そんなことを考えながらノートパソコンの電源を切った。
当日、案内した席に彼女はちょっと緊張気味。
指定席で映画をみるのは初めてらしくやたらおどおどした雰囲気。
さて、ここは映画館で回りにも人がいる。
自然声も小さくなり密着度も増すわけで
「え?こんな高そうなチケット・・・」
「貰い物だから気にしないで」
そっと耳元でささやいてみる。
仕事以上に熱を込めて。
ぽっと染まった頬に自分の声が彼女の中でいいウエイトを占めているのを感じた。
映画はアクション物だけどラブロマンスなんかもちりばめられていて
艱難辛苦を乗り越え、ヒーローと結ばれた時は彼女の目に光る物。
そっとハンカチを渡すと、少し驚いたような顔をし
でも、そのハンカチを黙って使ってくれた。
「ハンカチ、洗ってお返ししますね」
そう言って鞄の中に俺のハンカチをしまう。
その瞬間、ハンカチになりたいって思ったのはここだけの話。
*
その後もいろんな場所へ誘った。
植物園や水族館、動物園。
二人で見る物はなにもかもが新鮮で
植物園では二人でお揃いの鉢植えを買い、その笑顔にどきっとした。
水族館では魚を見上げる真剣なまなざしに。
動物園でははしゃぐ姿に見とれた。
自分でも情けないくらい彼女に落ちている。
彼女の一挙一足から目が離せない、いや離したくない。
階段で握った彼女の手の小ささと柔らかさに心臓が跳ね
あらためて女の子なんだと感じた。
知らない彼女を見つけるたびにどんどん心が傾いていく。
今まで彼女を知らなかったのが信じられないくらい
大きなスペースで彼女が心の真ん中に居場所を作っていった。
*
「なぁ 槇、なんか最近つきあい悪くね?
家に行ってもいないしさー」
誠さんがそう言って声をかけてくる。
そりゃそうだ。
今まで休みは家にいたのにここんところはほぼ出かけてる。
もちろん相手は彼女だ。
そろそろ誠さんにも話しておいた方がいいのかもしれない。
「今、ちょっと忙しいんですよ」
「槇?」
「ひさびさに・・・ね、狙ってる子がいまして」
「え?嘘!?マジ?」
「なので休みの日はデートなんかしてますので
家にはいません、たぶんこの先もしばらくは」
「はぁ・・・お前さんがねぇ。で、相手は?」
「誠さんも知ってますよ」
「俺も知ってる?・・・真琴ちゃんか!?」
「いやいやいや、彼女は仕事出てるでしょ」
「そっかー。えーじゃあ・・・・あ!真澄ちゃんか!?」
心底驚いたって顔の誠さんに笑顔で答える。
「はぁ・・・あの子ねぇ・・・」
「誠さん?」
「いや、お前が幸せなら俺はそれが嬉しいから
応援してるからさ・・・がんばれよ」
「・・・はい」
誠さんはバンバンと肩をたたいて「そっかー」と笑顔になった後
「今度詳しく話し聞かせろよ」とブースに入っていった。
話もなにもまだ何もないんだけどな・・・
とにかく今は彼女に「俺」を認識してもらわなくちゃ話にならない。
その辺にいる男じゃなく「槇原 仁」を。
後どのくらいで認識してもらえるのか
今度はどこに誘おうか。
いっそ夕食誘ってみるかな
そのためには仕事早く終わらせないとな。
「うし、頑張るか」
自分に気合い1つ。
今後の目標に向け、まずは目の前の仕事を片づけるべく
誠さんの後を追うように、ブースへと入っていった。