vol.14
朝、起きるといつもと違う場所で寝たせいか身体の節々が痛む気がする。
夕べは彼女の事が気になってよく眠れなかったが
容態が変わることもなく無事朝を迎えられた。
そっと寝室を覗くも起きた気配はなく寝息も普通だ。
これなら自然に起きるまでもうすこし寝かせててもいいだろう。
そう判断するととりあえず夕べの汗を流すために浴室へと向かった。
頭も身体もさっぱりさせて着替えるとほっと一息つく。
今日は朝から撮りがあるけどまだ時間に余裕はある。
朝飯何もないよなぁ・・・
よしと膝を叩くと財布と携帯、家の鍵だけ持って
近所のパン屋へ朝飯の調達に向かった。
焼きたてのパンの香りが鼻と腹をくすぐる。
こう言うときは2日酔いしない質に産んでくれた親に感謝。
トングをもってしばらく考え、クロワッサンを
俺3つ彼女に2つの計5コ買う事にした。
pirupirupiru
朝の住宅街に携帯の音が鳴り響く。
こんな早くに誰だ・・・って誠さん!
慌てて通話をONにした。
『えと・・・槇?』
「はい、そうです おはようございます」
『あ、おはよう・・・夕べさ電話ぁーくれてたよね」
「ええ」
『それってもしかして・・・鞄?』
「その通りです」
『ごめん!本当にごめん!悪気はなかったんだ!
真澄ちゃんに迷惑かけるつもりはさらさらなかったんだ!』
「はぁ そうですか」
『・・・槇、怒ってる?』
「いえ。鞄が無事で安心したところです
誠さん、今日撮り駿河さんのスタジオですよね
駿河さんに預けておいてくれますか?
彼女にはそう伝えますから」
『え?伝える?どうやって・・・?』
「仕方ないので家に泊めました、まだ寝てますよ」
『え?お前食っちゃったの!?』
なんて事言うんだこの人は!!
電話口で少し争う気配がした後、
聞き覚えのある声が電話口から聞こえてきた。
『槇原さん、駿河ですおはようございます。
単刀直入にお伺いします、遠江さんの言ったことマジですか!?』
「いやいやいや、酔ってる女の子に手なんかだしません
純粋に家にとまってもらっただけ!
家まで送ったらやっぱ限界だったみたいで倒れ込んじゃったからさ
で、鞄もないし、お家の人もお留守だったから。
夜中に放置できないでしょう?女の子一人で!だから保護しただけです!」
俺なに焦ってんだ。
しばらく電話口で沈黙が漂ったあと小さな声で
『信用しますよ?いいんですね?』と問われた。
やましいことはこれっぽっちもないので返答も素直なもんだ。
ほっとため息をついた駿河さんは彼女の代わりとでも言わんばかりに
お礼を言ってきた。
「いや、別に迷惑じゃないから。あの場合仕方ないしね
で、駿河さんなんでこんな早くから誠さんといっしょなの?」
『夕べ送って下さると言い張った酔っぱらいがタクシーの中で
爆睡かましてくださりやがりまして。住所もわかりませんし
いっそ警察にお願いしようかとも 思ったのですが、
運転手さんにそこまでご迷惑をおかけする訳にもいかず
仕方なく家に泊まっていただいた次第です。』
仕方なくを強調している駿河さん。
寝込んだ誠さんは多少のことでは絶対に起きないから
さぞ苦労したんだろうな…とその時の様子が偲ばれる。
「そっか…駿河さんお疲れ様」
『いえいえ、ご本人朝食も綺麗に召し上がりましたから
体調面では不備はないようですので。』
朝ご飯までごちそうになったのか、誠さん。
今度会ったらさんざん聞かされそうだな。
俺は駿河さんに彼女の鞄の件を頼む。
最終が駿河さんのスタジオなので、彼女がうちにいれば
鞄をもらって帰ればいいし、彼女が取りにいくとしても
一番わかりやすいだろうから。
話を煮詰めると電話をOFFにする。
今度駿河さんとも番号交換しておいた方がいいかもしれない。
そう考えながら買ったパンが冷めないうちに
家への道を少し急いだ。
*
家に帰るとコーヒーを1.5人分落とす。
半分は俺、半分は彼女。
保温マグにそそいでカフェオーレをつくると
彼女の分のパンの袋の横へ。
自分の分のクロワッサンを食べながら書いた紙を再考し
その横に置くと、財布から五千円札を1枚ひっぱりだし
クリップでいっしょに留める。
自分のカップを手早く流しで洗い、
もう一度だけ寝室を確認し、彼女の寝息を確かめ
仕事に出るため家を後にした。