vol.11
いつも通りの時間に目覚める。
カーテンを開け、天気を確認するのもいつもといっしょ。
今日の仕事は昼から1本だけ。
洗濯物を回しながら久しぶりにコーヒーを落とす。
ちょっとした掃除をし、ベッドメイクをすると
なんだか少し落ち着いた。
久しぶりに飲んだコーヒーはやはり旨い。
彼女、真澄ちゃんをさそった店「Luce 」は
昔親に連れいってもらった店で、自分で稼ぐようになってからは
落ち着きたいときに行く店。
今まで誰も誘ったことはなかった俺だけの隠れ家。
彼女ならあの場に連れて行っても
雰囲気を壊さないだろう・・・そんな確信があったから。
予約の電話を入れたとき、マンマは何か言いたげなそぶりだったけれど
恩人を連れて行くからと言って納得して貰った。
うん、恩人には間違いない。
たとえそれが年下の女の子でも。
コーヒー片手にぼんやりしていると携帯のアラームが鳴る。
そろそろ出なければ。
流しにカップをおくと、荷物をチェックして車のキーを握った。
*
車は先に店の駐車場に止めさせてもらった。
ここから駅までは10分足らず。
静かな住宅街の中の店はいつもと変わらず
営業中であることを示す小さなランタンが店先に灯っていた。
駅に着くと辺りを見回す。
彼女なら時間より早く来る、そんな確信があったからだ。
券売機から少し離れたところにいた彼女をみつけ
近くまで歩いていくと彼女の目の前に男の姿。
「真澄!」
気がつけば大きな声で彼女の名前を呼んでいた。
俺に気がついたのか男が彼女の目の前から立ち去る。
俺は一安心しながら彼女の側に近寄った。
「遅れてごめん」
「いえ、時間大丈夫ですよ。私が少し早く着きすぎただけです」
「もう少し早く来れてたら、あんなのにも声かけられないですんだのに」
「何もなかったから大丈夫です」
にっこりと笑顔を浮かべる彼女。
いつもとは違うスカート姿に少しどきっとする。
ああ、やっぱり女の子だ。
「それならいいけど…じゃあ行こうか」
「はい…」
俺は何故か照れた顔を見せたくなくて
いつもより少しだけ歩く速度をあげていた。
*
駅から少し離れ、暗がりになると速度を落とし、彼女の歩く速度に合わせる。
お互い無言なんだけれど、圧迫されるような無言じゃなくて
心地の良い無言だった。
彼女を連れ、住宅地の一角へ入る。
大通りから少し離れただけなのに
辺りは静かで、虫の声すら聞こえてくる。
パッと見は普通の家に見れるそこ。
そんな家のドアを俺は躊躇なくあけ、彼女をを中へ招き入れた。
「ボンジョルノ、シニョール仁」
「こんばんは、お久しぶりです」
「いつぶりかね、この子は…おや?今日は可愛いシニョリーナ連れかい?」
マンマは相変わらず元気だ。
話しながら少し奥まったテーブルに案内される。
ここもいつもの指定席。
彼女も腰掛け、手渡されたメニューを眺めている。
決めかねているのか悩んでいるようなので
助け船を出すことにした。
「食べられないものある?」
「特にはないです」
「じゃあ任せてもらっていいかな?」
「はい」
「マンマ!ズッキーニとチーズのカナッペ、生ハムとトマトのサラダ
魚介類のオリーブオイル煮込みにバケットを。
食後にジェラートとカプチーノお願いします。」
「飲み物は何にするかい?
ウィーノ(ワイン)それともビッラ(ビール)?」
「真澄ちゃん、何がいい?」
「あ~できればお酒はまだ慣れてないので…」
「そっか、じゃあミネラルウォーターにしとこうか
炭酸入りと無しとどっちがいい?」
「ん~、無し…?」
「OK、じゃあそれでお願いします」
マンマはニッコリ笑って「すぐ持ってくるよ」と奥へと消えた。
あちこちで食事をしているも雰囲気のせいか、店の中は静かだ。
彼女もそんな空気を感じ取ったのか
そっとその身を俺の方に寄せてくる。
「よく来られるんですか?」
小声で訪ねられた問い。
いつもなら答えることなどしないのに
今夜は言葉がするっと口から滑り出る。
「しょっちゅうって訳でもないんだけどね
子供の頃、両親に連れて来てもらってからかな…
大人になって自分で稼ぐようになってからは
時々ゆっくりしたいときに来てるよ」
料理がでてきた時、彼女は小さく感嘆の声をあげた。
ここに決めたのは正解だったらしい。
最近の女の子はあまり食べないのでどうかと思っていたけれど
彼女は気持ちの良いくらい笑顔で食事を進めていく。
いつしか自然、俺も笑顔が浮かんでいた。
「どう?満足してもらえた?」
「はい!とっても。あの魚介類のオリーブオイル煮込みなんか最高でした」
ほぅと思い出したかのようにつくため息が
すこし色っぽくてどきっとする。
「気に入ってもらったならよかったよ」
そんな気持ちを隠すように俺は言葉を紡いでいた。