第二章
翌朝、快晴の空の下、王国の民はそれぞれの朝を迎える。
宝石商【シュワルツワルト】も例外ではない。
カーテンから漏れる日差しを受け、ユリウスは眠そうな顔をしながらも、ゆっくりと体を起こす。随分と夜更かしをしていたようだな。
「夜遅くまで死体処理か?」
「アカゲか……まあ、そうだな。数も多かったしな」
ユリウスは、私の存在に気付くと、まだぼんやりしている意識の中、こちらを向きながら答えた。
そういえば、私の自己紹介が遅れてしまったな。
今、ユリウスが話している相手は、この世の誰が見ても青い鳥にしか見えないだろう。そして、それこそが私【アカゲ】だ。
「あんなモノ、一箇所に集めて燃やしてしまえば良いだろうに」
私は、死者の供養などという無意味な行為に興味はない。
この町では、死体など路傍の石の如く道端に転がっている。身内でもない遺体を丁寧に処理している人物など、ユリウスくらいであろう。
「悪ぃな、俺は綺麗好きなんだ」
いつも服を血で汚して帰ってきて、部屋に脱ぎ散らかすような人間を綺麗好きと言うらしい。実に理解し難い話だ。
「そろそろ開店だ。アンネを起こしてやらねぇとな」
乱暴に手櫛で髪を整えながら、ユリウスはベッドから降り、部屋を出て行こうとする。
「待て、どこに行くつもりだ?」
「……? アンネを起こしに行くって言っただろ?」
どうやら、本当に気付いていないようだ。しかも、生意気にも不機嫌な眼差しを私に向ける愚行のオマケ付きだ。
「お前のベッドで一緒に寝ているのは、我が主ではないのか?」
「……!?」
ハッとなり、ユリウスは弾かれるようにベッドへと首を向ける。
無能な小僧故に、ここまでハッキリ言わねば気付かぬようだ。
よく見ればわかる話だ。布団は不自然に膨らんでおり、定期的に……そう、生きているかのように穏やかな躍動を繰り返していた。
「おいっ!」
もともと寝起きの機嫌が悪いユリウスではあったが、それもあってか乱暴に布団を引き剥がし、そのまま床に布団を叩きつけた。
結果は予想するに容易い。
上品な淡い薄緑のネグリジェに身を包んだアンネが静かな寝息を立てているところだ。
「ん……」
ユリウスの蛮行により、アンネは目を覚ましたのか、外から差し込む太陽の光に眩しそうな反応を示す。
「何をしていやがる……?」
ハッキリと目に見えてわかる怒気を放ちながら、重々しい言葉をアンネに向ける。
アンネは、そんなユリウスの怒りなど知ってか知らずか、目を擦りながら体を起こし、
「朝から欲望に忠実な男だ。その誘いは、私としても歓喜の極みであるが、そろそろ開店の時間なのでな」
「まずは、てめぇのその醜悪な脳内花畑を焼き払え!」
アンネに無礼な物言いを済ませると、ユリウスは乱暴にドアを開け放ち、さっさと階下へと降りていってしまった。
相変わらず短気な奴だ。
「おやおや、また振られてしまったな。まだ私の寵愛を授かるには若すぎるか」
「いい加減からかいすぎだ、我が主」
「からかってなどいないさ。私は、彼を心から愛している。ユリウスの為に生きているとさえ言ってもいいだろう」
手近にあった枕を抱き締めながら、アンネはまるで乙女のように頬を染めて語り出した。
乙女という言葉には些か語弊があるが、彼女は見た目18であるし、本人は今でも書状において年齢を証明する際は18と記入する。故に乙女である、と。
「しかし、私の仕事は少々荒事が多い。やはり、一人の乙女としては、もう少し華やかな仕事をした方が良いだろうか。花売りとかな」
「その花売りを営む娼館を一つ潰し、経営者を川に沈めた上に、元締めと一悶着起こして、いらぬ恨みを買うのが“少々”というのか。ジョークとしては嘲笑にすら値しないな」
「雑草は毟らねばならぬ。私は花が好きなのでな。その時は、たまたま隣の庭にまで手を出してしまったのだ」
全く反省の色など見せずに、アンネものんびりと階下へと向かった。
そして、今日も下町の小さな宝石商【シュワルツワルト】は開店する。