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序章

「……確かに」

 薄暗い部屋に少女の声が聞こえる。

 深い赤の絨毯が敷かれ、高級感のある黒のハイバックソファが、ガラステーブルを挟んで二つ向かい合うように置かれていた。

 そのソファに腰かける人物が二人。

 一人は、まっすぐな金色の髪を靡かせ、豪奢なフリルや刺繍が施された派手な黒のドレスに身を包む少女だった。しかし、その怜悧な雰囲気は、どう見ても少女のソレではなく、もっと大きな存在を感じさせる。

 今、その少女の目の前に置かれている物は、彩色豊かな大粒な宝石が厳重に納められた金属製の箱であり、少女はその宝石を眺めながら満足そうに笑みを浮かべる。

「上々だ。いい仕事をしている」

「それは当然さ。前金で1000万貰っちまってる上に、品質によっちゃ一個につき100万の上乗せと聞きゃあ手は抜けねぇよ」

 向かいのソファに座るのは、仕立ての良い白色のスーツに身を包み、サングラスをかけて優雅に煙草を吸う壮年の黒髪男だ。

 彼は、主に他国や製造元から宝石を横流ししている組織の者で、今日も少女の為に宝石を持ち込んで、こうして多額の金を受け取っている。

 すると、少女は上品な手つきで宝石を一つ手に取り、光に翳しながらジッと見つめる。

「私は厳しいぞ? 鉄の処女のように、私の財布の口は固いからな」

「【アンネローゼ=エルンスト】の目利きは本物だしな。そん時は、潔く諦めるさ。伊達に宝石商【シュワルツワルト】の頭領をしてるわけじゃねぇだろ」

 男は、大袈裟に肩をすくめて二本目の煙草に火を灯した。

 少女……アンネローゼは、一つ一つ宝石を検品し、良質だと判断したものを自らの宝石箱へと納めていく。この時の彼女は、実に機嫌が良く、齢18にしか見えない外見通りの素直な笑みを浮かべる。

 その作業の最中、アンネローゼは目の前の男に話しかけた。

「そう言えば、キース。下町のゼーゲンという地区で、食料品を主婦に売りつけるようにドラッグを売り捌く連中がいたが、何か知っているか?」

 世間話でもするかのように、アンネローゼは宝石を選別しながら白スーツの男……キースに尋ねた。

 すると、キースは一瞬だけ眉をひそめた後、愛想の良い笑みを浮かべ、

「ゼーゲンかぁ。あそこなら珍しい話でもねぇだろ。下町のゴミ集積場みたいな所だし、浮浪者かキマっちまったイカレた連中しかいねぇからな」

「そうか。だがな、どうやら奴等は一つだけ勘違いしていたようでな。この王国【アーホルン】において夢の国への招待券を売っていいのは、貴様の組織【オープスト】と腐った蜜柑のような香りがする【エッダ】という小娘だけだ」

 徐々にアンネローゼの言葉の端々から暖かみが消え失せていく。淡々と宝石の選別をしているが、その表情には一切の笑みが消え失せていた。

「まあ、人間は間違うモノだ。この町の決まりを知らなかったのだろうと、親切に教えてやったんだがな……どうやら、私は優しすぎたらしい」

 ここで宝石の選別を止め、アンネローゼは嘆くようにわざとらしく眉間を押さえる。

 すると、キースはアンネローゼの様子がおかしい事に気付き、どこか落ち着きなさそうに視線を彷徨わせる。

「あ、アンネ、お前が愚痴るなんて珍しいじゃないか。そんな奴等、さっさと消しちまえば……」

「……それもそうだな」

 アンネローゼは、自分の庶務机から一つの書類束を取り出し、キースの目の前に放り投げ、咲き終えた花びらように机にばらまかれた。

「そうだ。さっさと消してしまえばいいのだ」

 笑った。

 見る者全ての背筋を凍らせるほどの冷たい笑みがそこにあった。

「お、おい、馬鹿な! なんでこんなところに……!」

 無造作に散らばった書類の一つを見て、キースは驚愕に震えた。

 「キース。貴様は、ドラッグを武器商人共との取引材料にして横流しするだけでは飽き足らず、名のある貴族様……しかもご子息様の道楽の為に売ったな?」

「お……俺はアンタが納得する宝石を集める為に……!」

 キースの全身からじっとりとした汗が流れ落ちるのが見える。

 どうやら、支払いの良いアンネローゼを納得させる為に、もう一つの資産であるドラッグを売る手を広げたところ、売った相手がドリームライダーと化した連中の集うゼーゲンでドラッグを売ってしまった……というところだろう。

 アンネローゼの笑みは消えない、むしろ、だんだんと楽しくなってきたのか、吊り上がった頬から獰猛な笑みが生まれていた。

 そして、おもむろに指を鳴らして部屋の扉の向こうにいる者へと合図を送る。

 扉は、ゆっくりと開かれた。油の切れた扉は重々しく鈍い音を立てている。

「キース、オトモダチが来たのだから出迎えてやれ」

 そこには、一人の男が立っていた。

 黒髪に黒い衣服を纏い、腰に一本の剣を差した若い男だ。それだけなら、何も驚くことはない普通の青年だ。

 しかし、その手に握られていたのは、紛れもなく生首であった。

「ひ、ひいぃぃ!」

 キースは、驚愕した。突然、生首など見せられた上に、その生首は今も夥しい量の血液を滴らせており、床を赤黒く染めているのだから当然である。

「ごくろうさま【ユリウス】」

 アンネローゼは、その黒服の男……ユリウスを出迎えるなり、まるで先ほどまでの威厳など感じさせずに、意気揚々と駆けつけると空いた方の手にしがみつき甘え始める。

「あまりくっつくなって……」

「構わぬ。貴様と私の間柄であろう」

 ユリウスは、鬱陶しそうにしながら言うが、アンネローゼが離れる様子はない。

「あ、アンネローゼ……これは何の真似だ!?」

「何の真似……? まだシラを切るだけの余裕が残っていたか」

 アンネローゼは、狼狽するキースを見下ろしながら、ユリウスの掴んでいた生首を掴み、キースの眼前に突きつけた。

「このカボチャ頭は、貴様の下らぬ思惑に乗っけられた愚者の一人だ。私が店に戻ってきてみれば、きっちり武装した有象無象が店を取り囲んでいたぞ。しかも、ご丁寧に貴様が取り扱ってる商売道具を持ってな」

 つまり、単純な話である。

 キースは、アンネローゼがゼーゲンでのドラッグの取引に気付いている事を知っており、今日の取引が無事に終わり、多額の金銭を受け取った後、アンネローゼを消そうとした、と。

 しかし、結果は見ての通り。店の外に待機していた連中は全て床に這いつくばり、血の池を味わっているところだ。

「う、うわああああああ!」

 逃げられない、と悟ったキースは懐から一本のナイフを取り出すと、我武者羅な動きでアンネローゼへと襲いかかった。

「……ちっ!」

 忌々しげにユリウスは舌打ちをすると、腰に差していた剣を素早く抜き放ち、キースの腕を一太刀で切り落としてしまった。切り取られた腕は、ナイフを握ったまま宙を舞い、ボトリと柔らかい感触を残して地面に落ちる。

「ひぃぃぃ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!」

 あまりに一瞬の出来事にキースは、訳がわからなくなってしまい、今も腕から血液を溢れさせながら自慢の白いスーツを朱に染め上げている。

 決して見ていて気持ちの良い光景ではないが、アンネローゼは再び楽しげに笑みを浮かべ、キースの首を鷲掴みにした。

「残念だよ、キース。まあ、精々とあの世で大好きなオニオンリングでも囓っているんだな」

「ひぃ!?」

 アンネローゼは、乱暴にキースを地面に引きずり倒すと、高々と振り上げたヒールを思い切りキースの首に落とし、何の躊躇いもなく首の骨をへし折ると、そのまま絶命させた。

「私は、私に楯突く愚者とニンジンが嫌いなのよ」

 人を殺したというのに、アンネローゼの笑みは消えない。むしろ、快楽すら感じているのか、より一層と残酷な笑みを浮かべている。

 そんな彼女を見ていたユリウスは、

「殺す必要あったのかよ?」

 渋い顔をしながらアンネローゼに尋ねた。

 しかし、彼女は大仰に肩をすくめて首を左右に振って応じる。

「本当に残念だと思ったさ。宝石を手に入れる手段を一つ失ってしまったしな」

 だが……と言葉を付け足しながら、アンエローゼは机に散らばった書類を一つ拾い上げる。

「こいつは、名のある貴族の息子に手を出してしまった。その事実を全て消し去る必要があったから殺した。この息子を事故に見せかけて殺すには骨が折れたぞ。ついでにドラッグの回収が完全に出来ていれば満点だったのだがな」

「……」

 ユリウスは、何も言わずにキースの死体を見下ろした。瞳孔から光を失い、変な角度に首を曲げたまま、ただの肉袋と化しただけのモノだ。

「……捨ててくる」

「本当に貴様は……いいえ、あなたは気が利くのね。愛しているわ、ユリウス」

「……」

 柔和な笑みを浮かべて伝えた愛の言葉をユリウスは、何も応える事なく、ただ淡々と死体を引き摺りながら部屋を後にした。

 その背中を見送ったアンネローゼは、少し寂しげな表情を浮かべて、ただ一言。

「本当なのに……」

 やれやれといった感じでため息をつきながら、アンネローゼは一息つくためにソファに腰を下ろした。

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