サジタリアスの欠片
ご閲覧頂き誠にありがとうございます。
ずっと、受動的に生きてきた。こうしなさいああしなさいという指示に従って生きてきたのだ。楽に生きようとしていた訳ではない。ただ、積極的になる勇気がなかったのだ。意見があっても口に出すことができなければ意味がない。私は、意味を持たせるためのそれが圧倒的に欠如していた。
「ほーら、何やってんのよ里沙。早く帰るわよ」
「あ……ごめん、今行く」
同級生の奈々に言われるまま廊下に出ると、私は教室の電気を消して奈々と合流した。窓の外に陸上部が見える。その中には、このグループの一員である裕子もいた。裕子ちゃんを待たなくていいの、という意見が浮かび上がる。しかし、私にその言葉を発するだけの勇気などない。言ったところで、届きはしないのだ。
矢は放たれることなく落下した。
「さ、帰ろ」
「うん」
ただ相づちを打つだけ。それだけの存在、それだけの役割。きっと皆からは聞き上手だとか物わかりがいいと思われているのだろう。けれど、それは内面を伴わないひどく歪なもので、どこまでも空虚なのだ。ただ辛いだけ。他にはなにもないチープな存在。
「それじゃ、また明日」
「うん。また明日」
彼女は大きく手を振ると、十字路を私とは逆方向に進んだ。私はそれを見送り、とぼとぼと歩き出す。
『また明日』
誰にでも言えるフレーズだ、と私は思った。ここにいるのは、私でなくてもいいんだろう。友達だと思っているのは私だけで、きっと皆はそうじゃない。皆が求めているのは、もっと積極的で話し上手な人だ。
「……はぁ」
私は大きなため息を吐くと、右足を高めに上げた。その一歩が踏み出せない。結局私は小股で家に帰り、何もない一日を過ごした。
翌日は休日だった。カレンダーを見ると何も書き込まれていない。遊びの誘いを断れない私の休日は、ほぼ誰かと共有する時間だった。しかし、それさえ私の勘違いかもしれない。
「そうだ……お部屋の掃除しないと……」
私は呆然と呟くと、机の横に積まれた教科書類に手を付けた。そのほとんどが小学校六年生のときのものだ。
「これ——小学校の卒業文集……」
山の中から出てきた文集は、埃をかぶって真っ白になっていた。私はそれを丁寧に払って箱からだす。適当にページをめくれば、懐かしい思い出が溢れ出してきた。同じクラスだった人たち、優しかった先生。その全てが、ひどく昔のことに思えた。
「文集、私の夢」
——私は、大きくなったら幼稚園の先生になりたいです。
——子供達にいろんなことを教えて、悪いことはちゃんと教えてあげたいです。
私の夢だったもの。今じゃ埃をかぶってしまったそれは、この私に重くのしかかった。昔の私の方が、ずっとよく分かっていた。判断して、言わなければいけないということも、それに必要な勇気は少しでいいことも。
私の心に意見をセットして、それを放つ勇気を持つ。それはつまり、自分の都合を優先するということだ。言い換えれば、自分に優しくなることでもある。
「たまには、そういうのもいいかな」
小さく呟くと、ベッドの上で携帯電話がなった。奈々からだ。
「あ、もしもし里沙? これから暇だったりしない? 一緒にどっか行こうよ」
明るい奈々の声が耳朶に触れる。これはチャンスだと思った。
「ごめんね、私、部屋の掃除しなくちゃいけないの。だから、別の日でもいい?」
「オーケー、分かった。あんま無理しないでよ?」
彼女はそう言って電話を切った。私は初めて友達らしいことをした気がして、小さく微笑んでいた。
お読み頂き誠にありがとうございました。




