「派遣ヒーラーが命令を全然聞かなかった!」とクレームが来ましたが、決められた契約通りに働いているだけですが?
ギルドにとあるパーティが怒鳴り込んできた。「あの派遣ヒーラーはなんなんだ!俺たちの命令を全然聞かなかった!」というリーダーに対し、ギルド長であるモヒートは冷静に返す。「そう言う契約だった」と。どうして言う事を聞かないのか。派遣ヒーラーとは何なのか。なぜわざわざ契約をするのか。すべては20年前から始まったものだった。
※細かいことは気にせず読んでください。
王都の冒険者ギルドーー夢と希望と金が集まる場所。老若男女問わず人が入り乱れる室内では今日もどこかで笑い声がしている。受付カウンターの女性が順番待ちのパーティを呼んだ。冒険者になりたての女の子が有名な女性冒険者に弟子入りを志願している。ギルド長がそれを見ながらも自分の仕事の手は止めなかった。
ところが突然ギルドにやってきた男性が、開いている受付にいた女性に怒鳴り声をあげた。それに周りが一瞬動きを止めた。
「あの派遣ヒーラーはなんなんだ!俺たちの命令を全然聞かなかった!」
その男はBランクパーティのリーダー・カシスであった。新進気鋭、パーティメンバーの年齢は平均して16歳と若く、これからが楽しみだとギルド長も思っていた。
ギルド長であるモヒートは手にしていた書類を置いて立ち上がり、どうしたものかときょろきょろしている受付の女性に後ろから声をかけた。
「別のカウンターに回りなさい。私が相手をしよう」
モヒートの言葉に女性はほっと息をついて別のカウンターに回った。女性はまだ新米の受付嬢のため、非常時の動き方がまだあまりよくないのだ。助けようと立ち上がっていた別のギルド員たちも席に座り直し作業を再開した。
「さて、派遣ヒーラーに何か問題が?」
モヒートは今年40歳になった元冒険者だ。身長は2m近くあり、体格がよく、冬でも半袖のシャツを身に纏い、鍛え抜かれた腕をこれでもかとさらしている。カシスはモヒートの圧にうっとなるものの、しかし文句があるのは変わらないため口は止まらない。
「昨日派遣要請したヒーラーのミントだ!あいつ、俺たちの命令に全く従わなかった!」
「ミントか?ライム、レモン、派遣ヒーラーの一覧を」
「こちらに」
話を聞いていた作業中の男性のうち、黄緑色の髪をした方が動いて紙の束を渡した。それを受け取ったモヒートはそれを確認し、頷いた。
「ミントが従わなかった命令は何だった?」
「普通のヒーラーにもできる仕事だ」
「何だった、と聞いている」
内容を聞いているのに些細なものだと答えるのは間違っている。カシスはまたもうっと唸り、「荷物の整理だよ」と答えた。
「ドロップ品が多かったからあいつにも選別するように言ったんだ。それなのにあいつ『業務外の仕事はしませんので』って言って一人で勝手に茶を飲み始めたんだ!ならせめて人数分入れろと言ったらそれも『無理です』だと!人を馬鹿にしている!前金として出した金を返せ!詐欺だ!」
カシスがつらつらと話す中、カシスの後ろにいた女性たちがうんうんと頷いていた。カシスのパーティのメンバーなのだろう。カシスが剣士、女性のうちローブを身に纏う方が魔法使いで、軽装でナイフを腰に付けている方が盗賊か拳闘士だろうか。ここにヒーラーが入るのは、自然に思われる。
でもこの国の冒険者ギルドにおいて、ヒーラーはパーティに属すものが少数であり、ほとんどがギルドを通して派遣される派遣ヒーラーという働き方をしている。その原因は、今から20年ほど前にさかのぼる。
「ミントの言い分に問題はない。そのため金は返さない」
「は!?何言ってんだよギルド長!あいつは仕事をしていないだろ!俺の命令に従わなかったんだから!」
「はぁ……、カシス、契約した時のことを覚えているか?」
「え?」
「お前、一番下のランクで契約しただろ」
言われて、カシスは思い返す。契約したのは三日前、ミントにあったのは昨日、問題があったのはも昨日。なのでまだ思い出せた。
「し……たけど」
「受付も言っていたはずだ、『本当に一番下でいいのか』って。お前は『金がないから』と曲げなかった」
席に座っていた黄色い髪の男性が一枚の紙をカウンターに持ってきた。それは派遣ヒーラーを雇う際に見せられる紙だ。派遣ヒーラーの契約には三つのランクがある。カシスはその中の一番下のランクを選択した。
「一番下のランクの場合、何があっても派遣ヒーラーは回復魔法以外をしない。食事の用意も、茶の用意も、野営地の設営も、だ」
「え、そ、そうだ、ったっけ」
「聞いていないはずがない。派遣ヒーラーに関する業務はみな徹底的に注意を払って取り組むようになっている。だから、契約外のことをミントはしない。逆を言えばお前たちが得た物も持ち帰れないし施しは受けられない。そういう契約だ」
ミントはドロップ品の選別を手伝わなかった。ドロップ品を盗んだといちゃもんを付けられないように。自分で茶を沸かしていた。パーティメンバーの沸かした茶を飲まないようにするために。ミントは徹底して自分を契約で縛り、なおかつ契約を守った。
それにいちゃもんを付けられては、ミントの苦労が水の泡だ。
「派遣ヒーラー……ヒーラーってのは冷遇されやすいジョブだ。そのせいで大きな事件が起きた。20年前だ」
その話をモヒートがし始めたとき、周りから音が消えた。ギルド内にいたある人はため息をつき。ある人は帽子を目深にかぶり、ある人は目を瞑った。その三人は、全員派遣ヒーラーであった。
「ヒーラーの大量追放だ。あまたのパーティがヒーラーを追放した。ヒーラーのいるパーティは未熟だと言われるようになり、ヒーラーたちは仕事を失った」
パーティに残ったヒーラーも、今までの仕事以上の仕事を課せられるようになった。荷物持ち、野営地の設営、ドロップ品の整理、武器類の整備、洗濯、掃除……そんな、今まではメンバーで分担していたことを、ヒーラーに押し付けるようになった。
そのくせいざバトルになればヒーラーをこき使う。さっさと治療しろ、さっさとMP回復しろ、さっさとしろ、さっさとしろ、さっさとしろ。ヒーラー自身のMPが尽きて動けなくなっても、バトルが終わればさっさとしろ、さっさとしろとまた繰り返された。これは一つのパーティの話ではない。ほとんどのパーティの共通認識となった。
そのため、追放されたヒーラー含め、ほとんどのヒーラーが冒険者を辞めていった。かろうじてくらいついていたヒーラーも周りに止められてやっと自分の置かれている立場を知った。
冒険者パーティからヒーラーが消えたときになって、他の者たちは思い知る。ヒーラーがいた時よりも、何かと滞る。
薬で良いと思っていた回復も、回復薬の瓶の蓋を開けて飲まないと効力が出ない。開けるためには武器を手放さないといけない。かといってあらかじめ瓶の蓋をあけて置いておこうものならひっくり返して薬全部をダメにした。ヒーラーがいたら一瞬で治っていた傷も、何時間も放置した結果腐ってしまったケースもある。助かった命が助からなかったこともある。
ヒーラーに押し付けていたこまごましていたことも自分たちにのしかかる。今まで楽をしてきた罰を食らって、はじめて冒険者たちはヒーラーの存在価値に気が付いた。その時点では、もう遅かった。
「しかしヒーラーたちは今までのひどい扱いを覚えている。そこで当時ギルド長だった俺の親父と、ヒーラーに関することを問題視していたSランクパーティの<鉄兎の羽衣>のリーダー、それと当事者であり、唯一のSランクヒーラーであったとある人物によって派遣ヒーラーシステムを生み出した」
すべてのヒーラーが正しい力を使えるように。すべてのヒーラーが使いつぶされることのないように。すべてのヒーラーが、冒険者を見限らないように。
「契約違反をしたヒーラーには一定期間の仕事斡旋の停止を言い渡しているから、まじめでいいヒーラーほど契約した内容を全うする。ミントはその中でも特にまじめなやつだ。お前たちいちゃもん付けられたくなくて必死に守っただろうさ」
カシスはそんなつもりはなかった。ただ、派遣とはいえ同じパーティにいるのだからある程度仲良くなった方がいいと思ったのだ。ドロップ品の仕分けは退屈だ。だから私語が多くなるし、些細なことを聞くいい機会だと思ったのだ。茶だって、そこからどういう茶が好きだだの聞くいい機会だと思ったのだ。
ないがしろにされたと思った。自分が決めた事なのに。
「派遣ヒーラーと仲良くなりたいんだったら、次は真ん中の契約をお勧めする」
一番下の契約は、「回復以外手伝わない」。真ん中の契約は、「回復に加えてパーティ補助の命令のみ聞く」。一番上の契約は、「パーティメンバーの指示にすべて従う」。ランクに合わせて金はかかるが、他のパーティはほとんど真ん中を選択する。金がかかろうとも、ヒーラーが動いてくれればその金はすぐに取り戻せると分かっているからだ。傷が少なければダンジョンの奥へと行ける。ドロップ品整理が早ければその分奥へ進める。そういう仕事をこなしてきたヒーラーだからこそ、要領が良い者が多い。その仕事ぶりを認めてくれる人が少なかっただけで。
「……以上か?」
「……ミントはどこだ」
モヒートの問いに、カシスはそう言った。まだ何かあるのか、とモヒートは思ったが、ちょうどその時、ギルドの上階へとつながる階段から一人の女性が現れた。
新緑を思わせる滑らかな髪、吸い込まれるほど大きな瞳、白い服装に身の丈ほどの杖を持った美しい女性は、見た目おおよそ20代くらいに見える女性は、何事かと思いながら階段を降りてきた。
「ミント!」
「えっと、昨日のパーティのリーダーさんですね?どうかしましたか?」
契約期間中はパーティメンバーのことを名前で呼ぶのだが、もうすでに契約は切れたのでミントはカシスのことを他人として扱う。
受付カウンターにいるモヒートの隣にミントが並べば、カシスが一瞬唸り、そうして――頭を下げた。
「昨日はすまなかった。契約のことをすっかり頭から抜けていたようで、お前の態度を独りよがりで怒鳴ってしまった。すまない」
「あら、殊勝なこと。かまいませんよ。ちゃんとこれから気を付けていただければ」
ミントはにっこりと笑ってカシスのことを許した。カシスの後ろにいる女性たちが顔を見合わせた。ギルドに来た頃はあんなにもかんかんだったのに、どうしてこんなにも低姿勢になったのか。昨日ミントが去ってからさっきまで、金を奪い返す勢いだったのに。
「それで、その、うちのパーティに、来てくれたりは?」
しかし続いた言葉にギルド内の人間が絶句した。この男、何を言い出すのか。
「おいカシス、派遣ヒーラーの引き抜きはご法度だ。派遣ヒーラー本人が『このパーティで働きたい』と自分から直接雇用願いを言い出すまではそっちから言っちゃならねぇ。そもそもミントは固定のパーティに所属することを忌避している」
「モヒートの言うとおりです。私は派遣ヒーラーなので。お金を払いたくないから直接雇用を願い出るなんて、人の仕事をバカにしていますか?」
にっこりしながらも、ミントはお怒りだ。ミントはこの仕事を気に入っている。ヒーラーとして使いつぶされたことがあるので、今は天国とも言える。契約に基づいてしか動けないデメリットはあるものの、命令されるのがだめなだけで、ミント自身が望んで手を貸した場合は別なのがこの契約の穴だ。少なくともミントは、カシスたちを手助けしなかった。
「それに貴方たちみたいな若い人たちだけのパーティに入って平均年齢を上げるのも申し訳ないですし」
ん?
カシスもその後ろにいる二人もミントの顔を見て、次にモヒートの顔を見た。モヒートはため息をついた。
「こいつは今年40歳になる。俺と同い年だ」
「子供も三人産んだわよ~、全員独り立ちしたわ!」
「夫は元Sランクパーティの<鉄兎の羽衣>のリーダーだ。……今はギルド長しているらしいなぁ」
「他人事みたいに言うわねぇ。俺様事なのに」
カシスたちは、若い。若いから、自分たちで何でもできると思っていた。ちょっと行き詰って派遣ヒーラーの話を受付に聞いて頼んだものの、基本的に先輩冒険者たちから話を聞くことは少ない。調子に乗っていた。だから、こんな目に会っている。
ギルド長からも、ギルド職員からも、派遣ヒーラー達からも、目の敵にされそうだ。
「お金さえ払えばどこにだってついていくわよ。けれども契約には従順なの、私」
ミントは、年長者の余裕で笑っていた。若造たちににんまりと、笑った。けれども結婚における契約も、パーティにおける契約も、もう他の人とする気は無い。辛い時に支えてくれた人が頼もしい夫でギルド長なのだから、他の誰かに惹かれるつもりもない。
「うっ」
カシスはまた唸ってそのままギルドの外まで走って行ってしまった。残された女性二人はミントに近づき、「すみませんでした」「ごめんなさい」と言って、すぐに「どうしたらその美貌を保てているのですか!!!」と興奮し始めた。
「適度な睡眠と、適度な食事、適度な休憩と適度なおやつ。それだけでいいのよ」
そんなものすら与えられなかったことがある。だから若いヒーラー志望たちに辛い思いをしてほしくなかった。そんな思いから生まれた派遣ヒーラー制度だ。国王にだって例外を使わせたりしない。
「ミント、次の派遣先だが」
「あら、もう次のお仕事?人気者はつらいわ~」
昨日返ってきてからすぐにお風呂に入ってご飯を食べ、誰にも怒られずにゆっくり眠った。だからミントは元気だ。その顔に陰りを許さないギルド長はミントの仕事量をセーブさせている。人気者のためミントが来れない日は低ランクの仕事、来れる日はダンジョンの奥へ向かうなどをするパーティもいるくらいだ。何も知らないままミントと契約できたカシスたちの運がよかったので、きっとたぶん、この先ミントとカシスたちが一緒に肩を並べる日は少ないだろう。
「土産、楽しみにしている」
「はぁい」
旅行感覚で派遣先パーティに派遣されるのもきっとミントくらいなものだ。
最後までご覧いただきありがとうございます。
*****
余談
・モヒートは怪我をして引退しています。父がギルド長なので「ちょうどいいな!がはは!」と言われて新ギルド長になりました。
・ミントはブラックパーティで使いつぶされそうになっていたところモヒート達のパーティに助けられ、一連のヒーラーの追放も伴い当時のギルド長とともに声を上げました。
・ライムとレモン、ギルド内にいた『ため息をついた』ヒーラーがミントとモヒートの子供です。三つ子です。ちなみにヒーラーの名前はオレンジです。
・カシスたちは若さを武器に推し進む系冒険者なのでBランクどまりです。きちんとミントや派遣ヒーラーを尊敬して手伝ってもらえていたらAランクも夢ではなかったでしょう。夢になりました。




