【SSらぶBL】29話『3度目の誕生日(結城目線)』
【SSらぶBL】
第29話
『3度目の誕生日(結城目線)』
【カップル紹介】
成田桜生(28)×結城竜介(33)
・社会人カップル。
・付き合って2年と8ヶ月。
・同じ会社の営業一課で共に営業マンをしている。
・結城は係長で成田の上司。
・成田は平の会社員(中途採用)。
・2人の関係は誰にも内緒。
・成田→料理が得意で結城の腹を掴んでいる。感情を表に出すのが苦手、表情があまり変わらない。ゲイ。バリタチ。
・結城→料理が一切できない。会社では長年営業成績毎月トップをキープする秀才。元ノンケ(元カノ8人とかいる。仕事人間でフラれるの早かった)。
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【SSらぶBL】 (第29話)
3度目の誕生日
(結城目線)
今年の結城竜介りょうすけの誕生日、8月23日は日曜日だ。
会社も休みということで恋人の成田桜生おうせいに映画館デートへと誘われた。
お互いに観たいと思っていた作品だけに、帰りの道では会話が途切れなかった。
成田とこうして好きなものの話をするのがとても楽しい。
会社では上司という立場の結城だが、プライベートでは年下の成田と対等でいたいという願望もあった。
「ただいまー」
成田のアパートへふたりで帰ってきたのは午後3時頃の事だ。
外で遅いランチを済ませた後、まだ早い時間なのに「帰りましょう」と言い出したのは成田だった。
お盆を過ぎたとはいえ8月のワンルーム、誰もいなかった部屋の中はうだる暑さだ。
結城はもう慣れた手つきでクーラーを点ける。
開け放たれたドアの向こうで玄関へと続く廊下兼キッチンのシンクで成田が手を洗う音がしたので、結城も手荷物を置き彼の元へと向かう。
備え付きのフェイスタオルで手を拭く成田の背後へ立ち、そっと、彼の片腕を引いた。
「……? りょ……っ」
甘えたい気分で、少しだけ背伸びをし、不意打ちで唇を奪う。
外ではこんなことできないのだ、誕生日くらい目一杯、甘えても許されるだろう。
もちろん、成田なら結城が何をしても許してくれる確信はあった。
それだけの長い刻をもう共に過ごしてきたのだ。
「ん、……まっ、桜生く……んっ」
自分から仕掛けておいて逆に恋人に息を奪われる。
午前中から我慢していた想いに、互いに舌を絡め合いながらお互いを求め合った。
唇が離れ、至近距離で吐息を漏らしながら見つめ合う。
じわ、と目の下が熱くなっていくのを感じた。
「ケーキがあるんです。竜介さんの誕生日ケーキ」
囁き、成田が目を細める。
そうして手に届く位置の引き出しからフォークをひとつ取り出し、結城へ手渡した。
「手を洗ったら先に部屋へ行っててください」
「おう、ありがとうな。もしかして手作りケーキ?」
「手作りの濃厚チョコレートケーキです」
「やった、楽しみだな」
ふふっと笑い、結城はシンクで手を洗うとクーラーの点けた部屋へと先に戻る。
見慣れたローテーブルの前、もう定位置になっている結城の場所へと腰を下ろした。
キッチンから何やら作業をしているらしい音が聞こえてくる。
見たい気持ちと、見てはいけないという思いが葛藤を始めたが、結城は首を横に振って頑なにテーブルを見つめた。
恋人がサプライズにケーキを用意してくれていたのだ、気持ちに邪魔をしてはいけない。
「お待たせしました」
丸い白い皿に乗った四角いチョコレートケーキには、たっぷりデコレーションされたチョコホイップと共に『33』を模った蝋燭が立てられていた。
成田が自慢の手作りケーキをテーブルへ置く。
結城の視線はそれに釘付けだ。
「すごいな、本当に誕生日ケーキだ」
人は嬉しすぎると短略的な言葉しか出ないというのは本当らしい。
成田の、結城の好みを把握して用意してくれるチョコレートのケーキというのも嬉しい要素のひとつだ。
「火をつけますね」
成田がライターで2本の蝋燭へ火を灯す。
それから立ち上がったかと思うと、成田は部屋の遮光カーテンを全て閉めた。
「本格的だな」
こんな演出をされると、まるで童心に還った気分になる。
更に成田は、こちらへ戻ってくると「ハッピーバースデートゥーユ〜」と歌い始めた。
この、微妙に音が合っていない歌い方が彼らしい。
完璧に見える成田だが、実は音痴なのだ。
だが、なんだか心がこそばゆい。
部屋には飾り付けもなければ頭に三角帽子もないのに、ふたりきりの誕生日パーティーをしている気分だ。
成田が歌い終わるのを待ち、結城は蝋燭の炎を吹き消す。
これでもう、結城は立派は33歳だ。
成田が大きな拍手をしてくれる。
それから閉めたカーテンを開けて戻ってくる。
いつの間にか、その手にはラッピングされた小さな箱が握られていた。
「ケーキの前に、誕生日プレゼントを渡しても良いですか?」
「え、このケーキがプレゼントじゃないのか?」
「それは誕生日ケーキです。誕生日のプレゼントはこちらに」
そっと、控えめに差し出された箱を見つめる。
黒の包装紙に包まれた手のひらサイズのそれを、結城は両手でそっと受け取った。
「ありがとう、桜生くん。開けていいか?」
「もちろんです」
こんな時はいつも心がわくわくする。
他でもない、自分の恋人が自分のことを考えて用意してくれた物だ、嬉しくないはずがない。
結城は大切に、包装紙を破かぬよう開けて中の黒い小箱を取り出し、その蓋をそっと開けてみる。
中には白い紙の緩衝材と共に、紺色の名刺入れが入っていた。
「これ……本革か? すごい、触り心地がいいな」
箱から中身を取り出し指を沿わせると、初めて触る本革の感覚だと気づく。
結城のよく知る牛革とは違うのだろうか。
「それは馬革うまがわです。作った方がコードバンだと言っていましたが、どういう意味かわかりますか?」
成田はあまり革に詳しくないのだろうが、調べればすぐに出てくるだろうに、逆に結城へ質問するのが彼らしい。
「コードバンは確か馬の尻の事だよ。馬革の中でも最高級品だって聞いたことがある」
「へえ」
つまり成田はそんな馬革の最高級品を結城のために用意してくれたのだと知れる。
「あの、その名刺入れの内側も見てください」
「内側?」
言われて中を確認する。
てっきり同じ紺色の革を使っていると思いきや、内側はワインレッドの色味で出来ていた。
「これ、もしかしてあれになぞらえたのか?」
「はい。俺の誕生日の時に本革を選んでくれましたよね、竜介さんも愛用してるから、と。嬉しかったんです、とても。大人の仲間入りをさせてもらえた心地で。なのでそれのお礼も兼ねて、その……特注で作ってもらいました」
今年の2月の成田の誕生日に、結城から牛革のブックカバーを彼にプレゼントした。
結城も愛用する同じメーカーの色違いの紺色のブックカバーと、今貰ったこの名刺入れが同じ色味をしているのは偶然ではなかったのだ。
外側を結城の好きな紺色に、内側を成田のイメージのワインレッドに。
なんと粋なプレゼントだろうか。
この名刺入れを使う度、内側のワインレッドが目に入る。
必然的に結城はこのワインレッドに成田を重ねて見ることになるだろう。
「でも特注って、そんな高価な物、貰っていいのか?」
「値段じゃないでしょ、こういうのは。……愛あってのものですから」
愛、の単語に名刺入れから成田へと視線を移す。
彼は若干頬を染めて、行き場のない手を腹の前で繋ぎもじもじとさせながら視線は恥ずかしそうに別の場所を見ていた。
「……」
なんだかこちらまで恥ずかしくなってくる。
先にレザーを贈ったのは結城だが、自分のイメージで作ってもらったレザーを貰うのは初めてで、また心がこそばゆくなってくる。
心なしか頬も熱い。
「あ、ありがとうな。仕事で使わせてもらうよ」
「はい。ケーキも食べてください」
「おう。いただきます」
テーブルに置いたままになっていたフォークを手に取り、結城は特別なこのチョコレートケーキの角をすくい、食べる。
ふわっと、ホイップの甘さと濃厚なチョコの味が舌の上で蕩けた。
「ん〜、さいこう〜。桜生くんの作る物は何でも美味いな」
毎日、仕事終わりにここで成田お手製の夕食をご馳走になっている。
そのメニューのどれもが美味くて、結城の腹は既に成田に掴まれているも当然だ。
「そんな事ないですよ、失敗作もあります」
「またまたあー」
料理上手の成田に限って失敗などしないだろう、と結城は感じた。だが結城は料理についてはからっきしで一切出来ないので、料理が上手い人の感覚はわからなかった。
「実はこのケーキも3回は作り直しました」
「えっ」
意外な告白に、結城の手が止まる。ケーキ作りは難しそうではあるが、あの成田が失敗するなんてうまく想像ができなかった。
「その失敗作、まだある?」
「……」
じっと彼を見つめると、成田はバツが悪そうに視線を逸らす。
どうやらまだそのケーキは手元にあるらしい。
「食いたい!」
「……ありません」
「冷蔵庫、見ていいか?」
いそいそと立ち上がり廊下へ行き、結城は人の家の冷蔵庫を開ける。
予想通り、ラップの掛けられた同じ形のチョコケーキが3個、ひとつの皿に乗せられ、仕舞われていた。
結城は食べる気満々でそれを持って部屋へと戻る。
成田の目の前で堂々と、掛けられたラップのフィルムを剥がした。
「いただきまーす」
フォークを刺そうとして、横から成田が皿を取り上げる。
「あ……」
「ダメです、食べないで、失敗作ですよ」
「えー」
失敗作だと成田は言うが、見た目はどれも同じで美味そうだ。
層になっているチョコとスポンジと色の違うチョコがまた、とても美味そうだと感じた。
「そんな目をしてもダメです、没収」
皿を持って立ち上がった成田を残念な気持ちで見上げていると、フイっと顔を逸らし成田が廊下へと歩き出す。
「待った、食わしてくれたらさ、その……お礼にさ……」
「……?」
結城の声に立ち止まり、成田がこちらを振り返った。
面と向かって言うのは憚られ、少し俯く。
耳が熱くなっていく感覚に、結城自身も緊張しているのに気づいた。
自分の誕生日に5歳も年上の自分が自ら恋人を誘うというのは、何年経っても慣れないものだ。
今更やめようとは思わないが、男同士だからかもしれない。
「その、さ……」
小さくなった結城の声に何を感じたのか、成田が皿を持ったまま戻ってくる。
そっと、結城の前へその皿を置いた。
「お礼に、なんですか?」
ふっと吐息を漏らした成田の顔を見返す。
結城の意図はどうやらお見通しのようだ。
だがここで引いてはいけない、結城だって男だ。
「……しよ?」
きちんと瞳を見返して誘う。「ケーキのお礼」に自分を差し出すような言い方をしてしまったが、結局のところ成田にはこれが1番喜ばれるのだ。
無論、結城の気分も既にそちらへ傾いていた。
「ふ、まだ昼間ですよ」
にやっと目尻を下げて笑い、しかしすぐに表情を改めた成田がとぼけて見せる。
そんな仕草がかわいらしくて、結城も頬に笑みを浮かべた。
「それこの前俺が言った」
この間も昼間にしてしまったが、その時の結城の言葉に準えて成田がわざと同じ事を言ったのだ。
「いいんですか、明日は出勤ですよ」
「だから今なんだよ。早めに休めれば別に断る理由ないし、さ」
結城が断る常套句を逆に並べ、成田がじわじわと追い詰めてくる。
だがそのどれもが今は煩わしい。
結城は一度視線を外し、わざと誘うようにチラッと彼へ瞳を向けた。
「ゔ……っ」
突然、成田が俯き呻く。
視線が外れて少し寂しい。
「……? 桜生くん?」
不意に、テーブルへ置いたままになっていた結城のフォークを手に取り、成田がケーキをひとくち分、すくう。
そうして、それを結城の口元へと運んだ。
「あーん」
「ふふ、いいのかそれ、失敗作なんだろ」
ついさっきは食べるのを許してくれなかった成田だが、結城の「お礼」次第では違うらしい。
「竜介さんのおねだりには敵いません。ほら、早く食べてください」
「必死かよ」
ははっと笑い、結城はわざと揶揄ってやる。この成田との他愛のないやり取りが、結城は好きだ。
わざとひとくちを食べずにいると、成田はそれを見つめ、意外に落ち着いた声を出す。
「当たり前です、必死ですよ、俺。どうしたら竜介さんの心をここに留めていてもらえるか、いつも必死で考えてます」
吐息混じりの突然の告白に、結城の顔から笑顔が消える。胸の内でズキッと小さく何かが軋んだ。
「……あほ、未だにそんな事、考えてんのかよ。一緒にいて何年経ったと思ってんだ」
「……」
わざと茶化してやったのに、成田が黙ってしまった。表情を伺えば、彼は眉根を下げて微笑んでいた。
ああ、そんな顔をさせたいんじゃない。
もっと結城の心を信じて欲しい。
結城の好きな成田自身に自信を持って欲しい。
そう思うのに、彼を責めることが出来ない。
頭の片隅で、どこかで結城も似たような事を考えていたのも事実だった。
この等身大の身体で、この本心で、どこまで好きな人を、成田をここに留めておけるだろうか。
弱気な気持ちを払拭したくて、結城はわざと大きなそぶりでパクッと成田の手元のケーキを食べてやる。
この失敗作のチョコレートケーキも、結城の好みに合わせて作ってくれたのだろう。
「ん……、すっげえ甘いなこれ。……美味いよ」
意識的に笑顔を作り、成田へと笑いかける。
そうして自分の心も成田の心も離さないぞという気持ちを伝えたくて、両手を伸ばして成田の首へ抱きついた。
おわり




