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闇の河でも白夜

掲載日:2026/02/25

人の肉体は、このままでは死に至るというとき、最善の策として風邪をひかせたり、重病にして命を助けてくれるという。逆に病気で苦しまなかったら、そのまま死んでいたのだ。そんなありがたいことを、こんな私に対して生涯続けてくれる大恩人である。


しかし、そのような大恩人だからといっても、苦しいときはとてもお礼などは言えないので、回復してから体さまにできるだけ感謝するしかない。人間の体というものが、ヤバいときに自動的に自らを救助するシステムを備えていることに気づくと、その神秘に感動すら覚える。



肉体と同じく精神も致命的な衝撃を回避して守ろうとするらしく、幼児期の困難な状況を生き延びるために認知をゆがめるのはその典型だという。たとえば自分の夢は、「人生で一度は人前で自分らしくありたい」というものだが、これは幼少に自分らしくいたら命がなかったため、自分を偽りで塗り固め本来の状態を(表面的に)消し去ったトラウマによる。自分は人生でなそうとしたあらゆることが全て失敗に終わったが、アドラーによれば、どんなに不本意な行動にも無自覚な目的があるというから、おそらく人前で自分らしくすることで受けるダメージを回避することを、人生でさんざんやってきたと思われる。


自分は父が無名のピアニストだったせいか、ずっと人前でギターを弾いて歌いたいという願望があった。だが、やってもガチガチに緊張して弾けなかったり、不必要にガナったりしてまともにやれず、結局あきらめた。といって、それ以外のことをして充実したか楽しんだか、といえば全くそれはない。最近、実は前述のように、過去のトラウマによるダメージ回避という無自覚の目的のために、自分が「わざと」挫折してきたとわかってきて、再びギターを手に取る気になっている。



ネットにあげさせていただいている自分の大量の詩や小説、イラストなどは、実はどれも人前で歌をやる「代わり」でしかなく、そして結局そうはならなかった。歌と音楽こそが自分らしくなれる最後の砦であり、唯一の場であり手段だったのだ。還暦前になってやっとそれを自覚したが、まあ遅いことはあるまい。技術でいうと、指が器用どころか弦をちゃんと押さえられないレベルで、まともにやれたら今頃はライブをして楽しく生きてこれたかもしれない。そうなると詩はともかく小説などは存在しなかったろうから、そこそこ暇つぶしになるものもちらほらあるので、これはこれでいいかなと思っている。

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