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9話:膝枕と保健室の秘密

 学校に行く前、睡蓮さんの支度を手伝うのも俺の仕事だ。


「翔真」


「はい」


「リボン、結んで」


 睡蓮さんが、制服のリボンを俺に差し出した。


「自分で結べますよね?」


「今日は面倒なの。やりなさい」


 命令だ。逆らえない。


 俺は、睡蓮さんの首元に手を伸ばした。


 リボンを結ぶ。


 その間——睡蓮さんの顔が、とても近い。


 吐息がかかる距離。

 睡蓮さんの黒髪が、俺の指に触れる。

 シャンプーの香りが——


「……緊張してる?」


「してません」


「嘘。手が震えてるわ」


 バレている。


 俺は、必死でリボンを結んだ。


「できました」


「ありがと」


 睡蓮さんが、鏡で確認した。


「上手ね」


「ありがとうございます」


「毎日やってもらおうかしら」


「え?」


「冗談よ」


 睡蓮さんが、くすりと笑った。


 ——からかわれている。


 絶対に、からかわれている。


---


 放課後。


 睡蓮さんは、保健室で休んでいた。


 授業中に少し眠くなったらしい。


「付き添いなさい」


 命令を受けて、俺は保健室のベッドの横に座っていた。


 睡蓮さんは、目を閉じている。


 ——綺麗だ。


 いつ見ても、綺麗だ。


「ねえ」


「はい」


「膝枕して」


「……は?」


 睡蓮さんが、目を開けた。


「枕が硬いの。膝枕の方がよく眠れそう」


「いや、それは——」


「命令よ」


 俺は——従うしかなかった。


 ベッドに座り、睡蓮さんの頭を膝に乗せた。


 黒髪が、俺の太ももに広がる。


 睡蓮さんの顔が——見上げている。


 俺は——どこを見ればいいかわからなかった。


「ねえ、翔真」


「はい」


「頭、撫でて」


「撫でる、ですか」


「小さい頃、そうしてもらうと眠れたの。やって」


 俺は——睡蓮さんの頭を撫でた。


 艶やかな黒髪。サラサラで、指通りがいい。


「んん……気持ちいい……」


 睡蓮さんが、目を細めた。


 猫みたいだ——と思った。


 普段は気が強いのに、こういう時は——可愛い。


「翔真」


「はい」


「あなた……私のこと、どう思ってる?」


 また、その質問だ。


「使用人として、お仕えしています」


「そうじゃなくて」


 睡蓮さんが、俺を見上げた。


「女として——どう?」


 心臓が跳ねた。


「女として、とは」


「可愛いとか、綺麗とか——思わない?」


 俺は——


「思いません」


 嘘をついた。


「……そう」


 睡蓮さんは、目を閉じた。


 どこか——寂しそうな顔に見えた。


 俺は——罪悪感を覚えた。


 でも、本当のことは言えない。


 睡蓮さんのことを——可愛いと思っている。

 綺麗だと思っている。

 もっと——


 言えるわけがない。

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