2話:「今日から添い寝係をしなさい」
学校では、俺と睡蓮さんは「仲のいい幼馴染」として通っている。
実態は主従関係なのだが、それを知る者はいない。
「おはよう、白銀さん」
「おはよう」
クラスメイトたちが睡蓮さんに声をかける。
睡蓮さんは、学校では人気者だ。
美人で、成績優秀で、運動もできる。
高嶺の花——と思われている。
そして俺は。
「神崎、今日も一緒か」
「まあ、幼馴染だからな」
「なぜかいつも白銀さんと一緒にいる地味な奴」という扱いだ。
まあ、事実だから仕方ない。
授業中、睡蓮さんから視線を感じた。
目が合うと、睡蓮さんはニヤリと笑った。
嫌な予感がする。
案の定、休み時間に——
「翔真、ノート見せて」
「はい」
俺は何も言わずにノートを差し出した。
「あと、放課後に買い物付き合いなさい」
「はい」
「それと、明日のお弁当、唐揚げにして」
「はい」
クラスメイトが俺を見ている。
「お前、言いなりすぎないか?」
「幼馴染だからな。昔からこうなんだ。まあ、たまには俺の言うことも聞いてくれるし」
——嘘だ。
睡蓮さんが俺の言うことを聞いてくれたことなんて、一度もない。
でも、クラスメイトにはそう言っておかないと、完全な下僕扱いだと思われてしまう。
いや、実際そうなんだけど。
放課後、約束通り買い物に付き合わされた。
「ねえ、これどう思う?」
睡蓮さんが、服を体に当てて見せてくる。
白いワンピース。
睡蓮さんの黒髪に映えて、とても綺麗だ。
胸元が、少し開いているデザイン。
睡蓮さんが着たら、鎖骨から下が見えるだろう。
「ちょっと、試着してくるわね」
睡蓮さんが、試着室に入っていく。
数分後——
「翔真、ちょっと来て」
「は?」
「背中のファスナーが届かないの。上げて」
俺は、試着室のカーテンの前に立った。
「入ってきなさい」
「え!?」
「入れないと、ファスナー上げられないでしょ」
俺は、体だけカーテンの中に入れた。
——息が止まった。
睡蓮さんが、背中を向けて立っていた。
白いワンピースの背中が、大きく開いている。
ブラのホックが——見えている。
その上には、滑らかな背中。細い肩甲骨。
(見るな。見るな。見るな)
「早く」
「は、はい」
俺は、震える手でファスナーを上げた。
指が、睡蓮さんの背中に触れる。
柔らかい。温かい。
「……手、冷たい」
「す、すみません」
「別に、謝らなくていいわ。気持ちいいから」
(——っ!)
心臓が爆発しそうになった。
「どう? 似合う?」
睡蓮さんが、振り返った。
胸元が——大きく開いたワンピースから、谷間が見えている。
俺は慌てて視線を逸らした。
「に、似合います」
「ふふ。緊張してる?」
「してません」
「嘘。顔、真っ赤よ?」
——からかわれている。
絶対に、からかわれている。
「……いいと思います」
「なんでそんな他人行儀なの」
「他人行儀ではありませんが」
「学校では敬語やめなさいって言ったでしょ」
「すまん。癖で」
俺は慌てて口調を変えた。
学校では「対等な幼馴染」を演じなければならない。
でも、身に染みついた上下関係は、なかなか抜けない。
「これ、買うわ」
「ああ」
会計を済ませ、俺たちは店を出た。
帰り道、睡蓮さんが急に立ち止まった。
「ねえ、翔真」
「なんだ」
「今夜、私の部屋に来なさい」
「……は?」
「話があるの。十時に」
それだけ言って、睡蓮さんは歩き出した。
俺は、嫌な予感を抱えながら、その背中を追った。




