11話:「何も思わない」と嘘をついた
七日目の夜。
一週間の添い寝生活で、俺はボロボロだった。
体力的にも。精神的にも。
でも——
睡蓮さんは、信じられないくらい元気になっていた。
「最近、すごく調子がいいの。全部、あなたのおかげね」
そう言って、睡蓮さんは微笑んだ。
——綺麗だ。
いつも綺麗だけど、今日は特に——
「どうしたの? ボーッとして」
「いえ、何でもありません」
俺は慌てて目を逸らした。
(駄目だ。気づかれる)
(俺が睡蓮さんを見つめていたことが、バレる)
「ねえ、翔真」
「はい」
「あなた、私のこと——どう思ってる?」
——っ!
心臓が跳ねた。
「どう、とは?」
「毎晩、私と一緒に寝てて。何も思わないの?」
睡蓮さんの目が、俺を見つめている。
試されている——と思った。
もしここで本音を言ったら、終わりだ。
欲情していることがバレる。
使用人として失格になる。
会社が——親父が——従業員が——
「何も思いません」
俺は、嘘をついた。
「仕事ですから」
睡蓮さんの表情が——変わった。
一瞬だけ、傷ついたような顔をして——
すぐに、無表情に戻った。
「そう」
「睡蓮さん?」
「わかったわ。もういい」
睡蓮さんが、俺から離れた。
「添い寝係は、今日で終わり」
「え?」
「もう必要ないわ。出ていきなさい」
「睡蓮さん——」
「命令よ」
睡蓮さんの声が、冷たかった。
俺は——何も言えなかった。
「失礼します」
俺は、睡蓮さんの部屋を出た。
八日目。
俺と睡蓮さんの間に、壁ができた。
朝食の時も、通学の時も、学校でも——
睡蓮さんは、俺と目を合わせなかった。
「白銀さん、なんか機嫌悪くない?」
クラスメイトが、俺に聞いてきた。
「……さあ」
「お前、何かしたの?」
「わからない」
本当は、わかっている。
俺が嘘をついたから。
「何も思わない」なんて、嘘をついたから。
でも——
本当のことを言えるわけがない。
俺が睡蓮さんに欲情していると、言えるわけがない。
昼休み、睡蓮さんは友達と一緒にお昼を食べていた。
俺は——一人で食べた。
いつもなら、睡蓮さんに呼ばれて一緒に食べていた。
「翔真、こっち来なさい」と命令されて、隣に座らされていた。
それが——今日はない。
睡蓮さんは、俺の方を見もしなかった。
放課後も、一緒に帰らなかった。
「翔真くん、今日は白銀さんと帰らないの?」
クラスメイトの女子が、不思議そうに聞いてきた。
「ああ、今日は用事があるって」
「そうなんだ。仲良しなのに、珍しいね」
——仲良し、か。
俺たちは、本当に仲良しだったのだろうか。
主従関係。幼馴染の上下関係。
そんなものは——本当の「仲良し」とは言えない気がする。
---
その夜、俺は自分の部屋で眠った。
久しぶりの一人の夜。
静かで、広くて、冷たいベッド。
——眠れなかった。
一週間、睡蓮さんと一緒に寝ていた。
睡蓮さんの体温。睡蓮さんの香り。睡蓮さんの寝息。
それがないと——眠れない。
布団に潜っても、寒い。
枕を抱きしめても、物足りない。
睡蓮さんの柔らかさが、恋しい。
睡蓮さんの温かさが、恋しい。
——俺は、いつからこんなに睡蓮さんのことを求めるようになっていたんだ。
毎晩、欲情を抑えるのに必死だった。
バレたら終わりだと、ずっと思っていた。
でも——
睡蓮さんがいない夜は、もっと辛い。
俺は——睡蓮さんのことが——
認めたくなかった。
認めてはいけないと思っていた。
でも、もう——隠しきれない。
俺は——睡蓮さんのことが、好きだ。
使用人として、ではなく。
幼馴染として、でもなく。
一人の女性として——好きなんだ。
(でも——)
(俺がそれを言ったら——)
(全部、壊れる)
俺は——何も言えないまま、朝を迎えた。
(俺も、睡蓮さんがいないと眠れなくなってしまったのか)
自嘲気味に笑った。
——でも、それは。
睡蓮さんが俺にとって、特別な存在になってしまったということだ。
使用人と雇い主。
子分と親分。
格下と格上。
そんな関係を超えて——
俺は、睡蓮さんのことが——
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