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千鳥は、足がすくむのを無理やり押さえ込んだ。
逃げろ、と言われた。
それでも――逃げられなかった。
「……置いていけない」
自分の声が、思ったよりはっきり聞こえた。
千鳥は一歩、優也に近づく。
「馬鹿……」
優也は苦しそうに笑った。
その笑い方が、あまりにも“いつもの優也”で、胸が痛くなる。
「来るなって……言っただろ……」
「言われても無理だよ」
千鳥は優也の身体を支えた。
温かい。
まだ、生きている。
その瞬間、背後の気配が濃くなる。
人混みのざわめきが、完全に遠のいた。
影は、もう隠れていなかった。
堂々と、こちらに向かって歩いてくる。
顔は見えない。
なのに、わかる。
この人は――迷っていない。
(この人、ためらいがない)
殺意という言葉より、もっと冷たいもの。
目的だけで動いている視線。
優也が、千鳥の腕をぎゅっと掴む。
「……いいか……」
息が、かすれる。
「俺がどうなっても……
お前は……生きろ……」
「やめて」
千鳥の喉が震えた。
「そういうこと言わないで。
一緒に……」
影が、手を上げる。
その瞬間――
千鳥の胸の奥で、あの光が確かに脈打った。
でも。
(まだ……飛ばない)
千鳥は、優也を抱き寄せる。
逃げない。
見捨てない。
この世界を、選ぶ。
空気が、きしむ。
時間が、引き伸ばされる。
影の足音が、止まった。
まるで世界そのものが、
千鳥の選択を――待っているかのように。




