エピローグ
千鳥は、もう元の世界線には戻れなかった。
戻れば、隕石が落ちる。
それは未来ではなく、すでに確定した死だった。
「……帰れないんですね」
ぽつりと漏れた言葉に、研究所の優也は否定もしなかった。
ただ、ゆっくりとうなずく。
「この世界線なら、生きられる」
それは慰めではなく、事実だった。
千鳥は、手の中の鍵を見つめた。
研究所で使われていた、転移装置の中枢を止めるための鍵。
これを回せば、
中谷たちが積み上げてきた研究は終わる。
もう誰も、世界線を越えて奪い合うことはできない。
「……いいんですか」
千鳥が問う。
「あなたの、人生の研究でしょう」
優也は、少しだけ困ったように笑った。
「研究は、誰かを救うためにある。
誰かを壊すためにあるなら、終わらせるべきだ」
千鳥は、鍵を差し込んだ。
回す。
音はしなかった。
ただ、空気が、ふっと軽くなる。
――世界が、静まった。
「これで……」
「うん。もう、追われない」
研究所の優也は、そう言って肩の力を抜いた。
千鳥は、深く息を吸う。
元の世界線には戻れない。
でも、ここには――
「……一緒に、生きてもいいですか」
その言葉に、優也は驚いたように目を瞬かせたあと、
ゆっくりと、はっきりとうなずいた。
「もちろんだ」
世界線は、分岐したまま閉じない。
でも。
千鳥は、初めて思った。
――どの世界にいるかじゃない。
誰と、ここに立つかだ。
こうして千鳥は、
選ばれなかった世界を捨て、
選び取った未来に、足を下ろした。
分岐点は、
もう、過去になっていた。




