18
中谷の手に、黒い銃が現れた。
ためらいはなかった。
狙いは、最初からひとつだけ。
千鳥。
「……終わりだ」
引き金にかけられた指が、わずかに沈む。
「千鳥!」
叫んだのは、研究所から来た優也だった。
「中谷、やめろ! 撃つな!」
その声に、千鳥は一瞬だけ振り返った。
血に染まったあの時と、同じ目をしている。
――大丈夫ですか?
あの声が、胸の奥で重なる。
銃声が、響いた。
火花が散り、乾いた音が世界を裂く。
千鳥は、目を閉じなかった。
逃げなかった。
跳ばなかった。
弾丸は、すぐそこまで来て――
止まった。
空気の中で、歪んだまま。
「……なに?」
中谷が、目を見開く。
世界は揺れなかった。
千鳥の足元も、現実に縫い止められたままだった。
「転移しない……?」
その瞬間だった。
「確保!」
複数の声が重なり、空間が開く。
係官たちが一斉に現れ、千鳥の前に壁を作った。
「千鳥、下がれ!」
係官の優也が、腕を伸ばす。
その手が、確かに千鳥を引き寄せた。
同時に、中谷の背後から拘束具が打ち込まれる。
「くっ……!」
銃が床に落ち、乾いた音を立てた。
「なぜだ……」
中谷は、信じられないものを見るように千鳥を見た。
「なぜ、跳ばなかった……!」
千鳥は、係官たちに守られながら、静かに答えた。
「……危険にさらされたのは、私だけじゃなかったから」
研究所の優也が、息を詰めたまま立っている。
その手は、まだ震えていた。
中谷は、最後に一度だけ、千鳥を見た。
憎しみとも、後悔ともつかない表情で。
「……そうか」
その呟きは、拘束音にかき消された。
こうして、
分岐点は、閉じられた。




