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分岐点にて  作者: 星野☆明美、chatGPT
18/21

17


空気が軋む。

世界線が、無理やり引き寄せられる感覚。


その瞬間、研究所から来た優也が、はっとして胸元を押さえた。

指先に、冷たい感触。


――鍵だ。


「……しまった」


黒い男の視線が、すぐにそこへ向く。

「やはり持ってきていたか」


研究所の優也は、唇を噛んだ。

「これがないと、あいつは完全には――」


言葉の続きを、低い笑い声が遮った。


「その鍵だよ、優也」


影が、ゆっくりと輪郭を持ちはじめる。

中谷圭司は、楽しげに目を細めていた。


「それがないと、扉は最後まで開かない。

 だから君を追ってきた」


千鳥は、はっきりと理解した。


中谷が追っているのは、

世界線でも、能力でもない。


――この人が持っている、たったひとつの鍵。


そして同時に、悟る。


私がここにいる限り、

この場は、閉じない。


「……千鳥」


係官の優也が、低く言った。

止めたい。でも、止められない声だった。


千鳥は一歩、前に出た。


「呼ぶだけ。

 ――鍵は、渡さない」


中谷は、千鳥だけを見ていた。


他の誰も、視界に入っていないかのように。


「……不思議だよな」


低い声だった。

怒鳴りもしない。笑いもしない。

ただ、溜め込んだものを吐き出すみたいに。


「お前は、何もしてない顔をしている。

 研究もしていない。覚悟もしていない。

 それなのに――」


中谷の視線が、千鳥を貫く。


「お前だけが、生き残った」


千鳥は、言葉を失ったまま立っていた。


「隕石が落ちた世界線でな」

中谷は続ける。

「俺は、救いたかった人間がいた。

 時間が足りなかった。能力が、あと一歩足りなかった」


唇が歪む。


「だから与えようとした。

 ――能力を。

 選ぶはずだった相手に」


一瞬、指先が震えた。


「だが、手が狂った。

 ほんの一瞬だ。

 装置は反応して、世界線は分岐して……」


中谷は、ゆっくりと千鳥を指差した。


「選ばれたのは、お前だった」


千鳥の胸が、ぎゅっと締めつけられる。


「奪われたんだよ」

中谷は、はっきりと言った。

「俺の未来も、救うはずだった人間も。

 全部」


「……私は」


千鳥が、かすれた声を出す。


「選んでなんか、いない」


その言葉に、中谷は笑った。

壊れたものを見せるような、薄い笑いだった。


「知ってるさ。

 だから余計に許せない」


声が、低く落ちる。


「偶然で手に入れた力で、

 お前は生きている。

 俺は、その“偶然”を毎回見せつけられる」


一歩、近づく。


「だから消す。

 お前がいなくなれば、世界は――」


「違う」


千鳥は、震える足で一歩、前に出た。


「私が消えても、

 あなたが救えなかった事実は、消えない」


その瞬間。

中谷の表情から、感情が抜け落ちた。


「……そうか」


低く、呟く。


「だから、お前を殺す前に、

 一度だけ、恨み言を言いたかった」


影が、ゆっくりと動き出す。



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