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分岐点にて  作者: 星野☆明美、chatGPT
13/21

12

煙の匂いが、まだ鼻の奥に残っている。


千鳥は、硬いシートに深く座り込んでいた。

ドアが閉まる音はしなかった。

ただ、外の音が――すっと消えた。


「……ここは?」


問いかけた声が、少し遅れて返ってくる。


「車内です」


隣に、黒い男が座っていた。

いつの間にか、という感覚すらない。


「正確には、移動型観測室。

 君の言う“黒塗りの車”だ」


フロントガラスの向こうには、何も映っていなかった。

道路も、夜景も、トンネルもない。

ただ、薄く光る幾何学模様のようなものが、ゆっくりと流れている。


「……走って、ない?」


「走っていません。

 ここは座標を固定しています」


黒い男は、淡々と続ける。


「君は今、時空の異なる世界線を移動した直後だ。

 身体は無事だが、精神は不安定な状態にある」


千鳥は膝の上で、指を握りしめた。


「……さっきまで、姉がいて……

 次は、妹がいて……」


声が、震える。


「どっちも、潮って名前で……」


黒い男は、初めて視線を向けた。


「把握しています」


その一言が、逆に怖かった。


「説明します」


彼は、指先で宙をなぞった。

空間に、半透明のスクリーンが浮かび上がる。


無数の線。

枝分かれし、絡まり、遠ざかっていく光。


「これが、君が観測している多世界構造だ」


「……姉も、妹も……?」


「存在します。

 ただし、それぞれが別の世界線に属している」


千鳥は、目を伏せた。


「じゃあ……

 どっちかが、本物ってわけじゃ……」


「ありません」


黒い男は、はっきり言った。


「どの世界も、本物です。

 違うのは、選択と結果だけだ」


千鳥は、息を吸う。


「……私は、どうして移動するんですか」


沈黙が、一拍置かれた。


「君は、分岐点に立った瞬間、

 世界線から弾き出される特性を持っている」


「……危険なときだけ?」


「正確には――

 君自身が致命的な危険にさらされたときだ」


千鳥は、思い出す。

火の中に飛び込んだ感覚。

線路に落ちていく感覚。


「じゃあ……

 私が誰かを助けようとして……」


「結果として、自身の生存確率がゼロに近づいた場合、

 強制的に転移が発動します」


黒い男は、感情を挟まない。


「それが、君のルールです」


千鳥は、小さく笑った。


「……ひどいルール」


「そうですね」


否定も、肯定もしない声。


「この車は、本部と常時接続されています」


スクリーンの奥で、さらに大きな構造が脈動していた。


「君が次に向かう世界線も、

 すでに複数、候補が出ています」


「……選べるんですか」


黒い男は、首を横に振る。


「選べません。

 ただし――」


一瞬だけ、彼の声に影が落ちる。


「君が何を選ぼうとしたかは、

 必ず次の世界に影響します」


千鳥は、目を閉じた。


姉の潮。

妹の潮。

守れなかった世界と、守って失った世界。


「……行きます」


黒い男は、静かにうなずいた。


「では。次の世界線へ」


車内の光が、反転する。


千鳥の身体が、また――

世界から、切り離される。


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