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「……大丈夫ですか?」
差し出された手は、見覚えがある。
でも、声が、違った。
千鳥は反射的に後ずさった。
「優也……?」
青年は一瞬だけ、きょとんとした顔をしてから、困ったように眉を下げた。
「……すみません、人違いでしたか?」
――違う。
でも、違わない。
顔は優也だ。
声も、背格好も。
けれど、千鳥を“知っている目”じゃない。
そこへ、背後から靴音がした。
「混乱するのも無理はない」
低く、落ち着いた声。
振り向くと、黒いコートの男が立っていた。
年齢のわからない、妙に輪郭のはっきりしない男だ。
「君は今、次の世界線に来ている」
「……なに、言って……」
千鳥の喉が震える。
黒い男は続けた。
「ここでは彼は、君の“幼馴染”ではない。
同じ名前、同じ人生の輪郭を持っているが、
君と出会わなかった優也だ」
千鳥の視界が、ぐらりと揺れた。
「じゃあ……さっきの、あの……」
「前の世界線では、君は“死にかけた”」
男は事実を述べるように、淡々と言う。
「そして条件が満たされた。
君は――分岐点を越えた」
千鳥は、差し出されたままの優也の手を見つめた。
触れれば温度はあるだろう。
でも、それは“あの優也”じゃない。
「……戻れるんですか」
黒い男は、ほんの少しだけ口角を上げた。
「それは、君次第だ」
「条件は?」
「次に命が削られるほどの“選択”をすること」
千鳥は、息を吸った。
(また、危険にさらされないと……)
黒い男は付け加える。
「ただし次は、
誰かが代わりに死ぬ可能性もある」
優也――この世界線の優也が、不安そうに声をかける。
「……本当に、大丈夫ですか?」
千鳥は、ゆっくりと顔を上げた。
(大丈夫じゃない。
でも)
「……はい」
嘘をついた。
その瞬間、黒い男の影が、ほんのわずかに揺れた。




