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イヴァン=ルロワ

 イヴァンはルロワ家の五男として生まれた。

 大人しく目立たない人物で、目立つタイプが揃う現生徒会役員としては異質である。一応優秀ではあるが、学年では11番と、本来なら選ばれる程ではない。そんなイヴァンが選ばれたのは偶然だった。成績優秀な第一位貴族が皆、エドワード王子(第二王子)派だったのだ。

 選ばれた当初は幸運を喜んだイヴァンであった。兄弟が多く目立たないイヴァンは家でも忘れられることが多く、将来親の口利きが期待出来なかった。しかし生徒会でジャンヴィールと繋がることが出来れば、卒業後の心配はなくなる。そう期待したのだが、現実は酷いものだった。

 ジャンヴィールは王族の身でありながら、身分制度を否定したのだ。

 このままでは自分も同じ主義者と思われると危惧したイヴァンは、生徒会と距離を取ろうとした。最初は仕事もなかったので、呼び出されることはなく安心したが、ある日を境に状況は一変してしまう。ジャンヴィールが「生徒会の結束を強めよう」と、放課後は生徒会室に来ることを命じたのだ。

 いよいよ逃げ場がなくなったイヴァンは、生徒会役員を辞めることを本気で考え始めた。しかし事態はイヴァンの予想を遥かに超えた、最悪の方向に進んで行く。

 突然シルヴェーヌ第一妃から呼び出されてしまったのだ。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 前期もあと1月程になったある休日、イヴァンは城に招かれていた。

 呼び出したのはシルヴェーヌ第一妃。2回目とは言え、王妃直々の呼び出しである。小心者のイヴァンにとっては胃が痛む思いである。いや、実際胃はキリキリと痛むし、吐き気すら感じていた。


「大丈夫か?しっかりしなさい」

「父上、本当に大丈夫でしょうか?厳罰に処されるんじゃ?」

「落ち着きなさい。報告に嘘はないんだろ?」

「それはそうだけど・・・。でも、信じてもらえないんじゃ?」

「まぁ、確かに私も初めて読んだ時は信じられなかったが・・・。だが、どれだけ影が薄くとも、お前が嘘を吐いたり出鱈目な報告をするような子ではないことは、私が一番知っている」


「父上・・・」


(信じてくれるのは嬉しいんだけど、一々影が薄いって言わないでくれないかな。

 自分でもわかってはいるんだけど、言われるとやっぱり傷つくし・・・)


 貶されながらも自分を信じてくれている父の言葉に、悲しさと嬉しさが混じり合い、形容しがたい感情に

 イヴァンは引き攣った笑みを浮かべる。

 その後はお互い何も話さず待っていると、約束の時間ちょうどにシルヴェーヌが部屋に入ってきた。

 挨拶を交わした後、シルヴェーヌは連れて来た侍従と侍女全員に下がるよう言い、部屋に3人だけとなった。味方であろう父がいるとは言え、シルヴェーヌの感情も思惑も読めない冷たい目が向けられていることに、イヴァンの胃はより一層痛みを増していった。


「イヴァン゠ルロワ。私の頼みを聞いてくれたこと、感謝します。

 仕事ぶりも期待以上ですし、報告書もわかり易く、感心しました。サミュエルの教育の賜物でしょうか?」

「お褒めいただき、ありがとうございます」


 シルヴェーヌは仕事ぶりを褒めはしたが、イヴァンを見る目は変わっていない。つまり、今日の呼び出しは労いではないということである。


「ただ、先日の報告で気になるところがあるのですが、書かれていることは本当なのですか?」


 思っていた通りとは言え、どう答えれば良いのかイヴァンは見当もつかなかった。

 自分の目と耳で見聞きしたのに、報告書に書いた事実が信じられなかったくらいだ。正直、父が信じてくれたことの方が不思議で仕方なかった。


「イヴァン、答えなさい」


 父に促され、イヴァンは「はい」と答える。恐る恐るシルヴェーヌを見るが、変わることなく冷たい目でイヴァンを見続けていた。


「本当に?本当にあの子がそう言ったのですか?」

「――はい」


 イヴァンの言葉や報告がどうしても信じられないのか、それとも信じたくないのか、シルヴェーヌはサミュエルに目を向ける。


「シルヴェーヌ様、イヴァンは小心者故、嘘偽りで他者を陥れるような真似など到底出来ません。

 信じられないかもしれませんが、それは事実かと。

 私はイヴァンを信じます。この子には、嘘でジャンヴィール王子を陥れるような度胸はありません」

「そ、そうですか・・・」


 息子を信じているのか貶しているのかわからない言葉に、シルヴェーヌはどう捉えて良いのか戸惑いを見せる。


(庇ってくれてるんだろうけど、何でまた余計な事言うのかな・・・。

 ほらっ、シルヴェーヌ様も困ってますよ)


「では、1つだけ。

 廊下でローレットと別れた後、生徒会室でのやり取りについて詳しく話してください」


(やっぱり、そこですよね。うぅ、言い辛いなぁ)


 イヴァンは事前に父と、どうすればシルヴェーヌを傷つけないよう説明できるか考えていたものの、どうやっても無理と結論に達していた。父からは誠実に話せば良いと言われたが、王族の機嫌を損ねることがわかりきっているのに、平然といられるわけがなかった。

 イヴァンは死地へ飛び込むつもりで、その時のことを話し始めた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 生徒会に戻ると、止められたことと、注意されたことが納得出来なかったリリアーナがイヴァンに詰め寄ってきた。

 リリアーナはジャンヴィールの想い人であることから、先程のリリアーナの失態は幸いイヴァン以外誰も気づいていないようなので、大事にするつもりはなかった。それにシルヴェーヌから与えられた役目は、生徒会役員の監視である。自ら問題を起こすような真似はせず、傍観者でいるつもりだった。イヴァンは穏便に済まそうと、部屋の角にリリアーナを連れて行き小声で説明を始めた。


「先程も言いましたよね。上位の者の会話を遮ってはいけないと」

「でも、ジャンヴィール様のなさっていることを悪し様に言ってきたのは、ローレット様の方じゃないですかッ。それがどれだけ立派なことか、考えもせず」

「いや、だから」

「主を護るのは、側近の役目ですよね」

「いや。リリアーナは側近ではないでしょう」

「――そうですけど。でも、今はそういうことを言っているのではありません。変な揚げ足取りは止めてください」

「変なって。非常に重要なことなのだけど」

「もうッ!何でわかってくれないのですか。私が言いたいことはそこじゃありません。私達は学園を良くしようと頑張っているんですよ。実際、今年度は大きな問題は1回も起きていないって、先生も褒めてくださったじゃないですか。それを何もしてない方が、侮辱してきたんですよ。いいえ。問題を起こそうとしてたじゃないですか!どう考えても、悪いのはローレット様です。違いますか!?」


 イヴァンはリリアーナの言っていること、考えていることが何一つ理解出来なかった。

 上位者の言葉を遮ってはいけないというのはルールである。何故それを守ろうとしない?

 生徒会役員の関係は同僚である。仕事と私生活全てに関わる側近とは、役割や関係、信頼等全て異なる。どうしてそれを些細な違いと考えられる?

 意見が否定される度に話をすり替え、何故自分の非を認めようとしない?

 どうして自分が絶対正しいと思えるのだろうか?

 いい加減リリアーナの目茶苦茶な言い分に苛立ち、イヴァンは思わず身分を楯に黙らせようとしてしまった。


「どのような理由があろうと、身分は絶対だ。上位の者に逆らってはいけない。

 そもそも、あの時私が止めなければ、恥を掻いていたのはジャンヴィール様だ。どうしてそれがわからない。君の軽率な行動が、ジャンヴィール様の不利になることもあるんだ」


 普段物静かなイヴァンが厳しく注意したのが驚いたのか、それともようやく自分の過ちに気づいたのか、リリアーナが驚愕する。最後は厳しい物言いになってしまったが、今回の失敗を糧に自分を見つめ直してくれればとイヴァンはリリアーナの成長を願った。


(いい加減身の程を弁えてよ。後始末とか仲裁とか、もう勘弁して欲しいよ)


 しかし、イヴァンの望みは叶うどころか一瞬で消え去った。


「イヴァン、その言い方は高圧的で苛烈ではないかい?」


 すぐ後ろからジャンヴィールの声が聞こえてきた。イヴァンが恐る恐る振り向くと、笑みを浮かべつつも不機嫌さを溢れ出しているジャンヴィールが立っていた。


「どういった理由があったかわからないが、リリアーナは私の身を案じてくれたのだろう?ならば、労うべきではないのか」


 イヴァンはジャンヴィールの言葉に答えることが出来なかった。シルヴェーヌから命じられたことをこなすには、出来るだけ目立たない方が良い。ここで問題を露わにすることは、今後に支障をきたす恐れがある。そう考え、どう対応すれば良いのか迷ってしまった。

 その一瞬をジャンヴィールとリリアーナは逃さなかった。


「リリアーナはまだ1年生だ。未熟な所もある。それを導くのが先輩であり上位者であろう」

「私も至らない点があったのかもしれません。でも、ジャンヴィール様の事を想ってしたつもりです。

 それなのに、下位貴族は上位貴族に逆らうな――って」

「そうだったのか・・・。

 それにしても、『人は身分ではなく能力で評価すべき』と私が考えていることは知っているな。身分を笠に着て従わせるのは私の望むところではない。改めてくれるな?」


 ジャンヴィールの言葉に対して、イヴァンに許された返事は「はい」だけであった。例え「私も1年生です」「善意があれば規則を破っても良いわけではないでしょう」「想い人(リリアーナ)に良い所見せたいからって、事実を確かめないのは問題では?」「ジャンヴィール様も、王族という立場で私を黙らせてますよね」という考えが浮かんでも、「はい」という言葉以外口に出すことは出来なかった。


「わかってくれれば良いのだ。

 ところでリリアーナ。先程、私を想ってと言ってくれていたが、それは、その――どういうことかな?」

「あっ!その、自分の口から言うのは恥ずかしいのですけど・・・」


 他の役員もいる中、ジャンヴィールとリリアーナが2人だけの世界に入ってしまう。

 ジャンヴィールとリリアーナから解放されるも、今度はレジスから睨まれてしまい、イヴァンはますます居場所をなくしていった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 サミュエルとイヴァンを帰した後、シルヴェーヌは自室で2人の文官にジャンヴィールについての意見を求めた。何かしら救う手はあるのではと一縷の望みを抱いての問いであったが、返ってきた答えは予想通り無情なものであった。


「無理――ですね」

「はい。私も同意見です」


 テーブルの上の調査結果を手に取って、シルヴェーヌは最後の文章を見直す。

『調査の結果、リリアーナが他国の人間と接触したことも、間接的に影響を受けた形跡も見られない。また、両親が身分制度を否定している様子も見られない。

 以上のことから、リリアーナの思考は個人的なものと推察する』

 ベレンジャー゠アルファンとセゼール゠ドルモアから話を聞いた後、すぐに調べさせた結果報告書である。それはリリアーナだけでなく、生徒会全員が調べられていた。


「どうなさいますか?」


 文官筆頭のナタンに決断を迫られ、シルヴェーヌは一呼吸入れると王妃として決断を下した。


「ジャンヴィールは王族として相応しくありません。

 今後はジョージを盛り立てていくよう、派閥に伝えてください」

「「かしこまりました」」


 他国からの介入であったならば、ジャンヴィールは被害者として救うことが出来たであろう。しかし第五貴族の一令嬢に同調して身分制度を否定したとあっては、全ての上位貴族から非難を浴びることは目に見えている。そうなっては派閥を離脱する者は後を絶たず、派閥自体が崩壊してしまう。

 ジャンヴィール1人の為に、シャーロットやジョージをツラい目に遭わせるわけにはいかない。


「それから、ベレンジャーの娘、ローレットがリリアーナ《元凶》に責任を取らせたいそうです。ジャンヴィール《こちら》の問題で、婚約解消することになったのですから、できる限り要望に応えるように」


 シルヴェーヌは、ジャンヴィールと他の生徒役員達の調査報告書をナタンに手渡した。

 生い立ちから現在に至るまで、彼ら自身と家族、友人を含むありとあらゆることが書かれている。息子を差し出すようで罪悪感を覚えるシルヴェーヌではあるが、他の子供達や派閥のことを考えれば仕方ないと割り切る他なかった。

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