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レジス=アルファン

 12歳の時、レジスは伯父であるアルファン家本家の養子となった。従姉であるローレットがジャンヴィール王子と婚約したため、継ぐ者がいなくなったからである。息子が優秀だと認められたことと、分家から本家になることで、レジスの父親はこの養子縁組をとても喜んだ。その喜ぶ姿を見て、レジスは本心を言うことが出来なかった。「父さんと離れたくない」と。

 失意の中、レジスにさらなる悲劇が訪れる。同い年の従姉(ローレット)に、一度たりとも座学で勝てなかったのだ。父親から誰よりも優秀と言われ続けてきたレジスにとって、負け続けたこと、それも女に勝てないことはあってはならないことだった。

 父親から引き離したベレンジャーを、自分を見下すローレットを、レジスは日に日に嫌い憎むようになった。父親の「立派なアルファン家の当主になれ」という期待に応えるために、本心を心の奥底に沈めて気づかれないようにしながら。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 生徒会室を出て1人歩きながら悩むレジスは、突然声をかけられ足を止める。


「リリアーナ、どうしてここに?」

「いえ、偶然お見かけしたので」


 生徒会室は普段生徒が行き来する場所とは離れていて、偶然通りかかるということはあり得ない。ジャンヴィールから帰るよう言われてから、ずっと待っていたことをレジスはすぐに察した。


(生真面目なリリアーナのことだ。自分たち1年生だけ帰されたことが気にかかったのだろう)


 すぐわかる嘘を吐くリリアーナが可愛く思えたことで、レジスの心に余裕が生まれる。そして目の前で気まずそうなリリアーナをからかいたい衝動に駆られる。


「偶然って。ここは講義棟や寮から離れているじゃないか」

「あっ!それは、そのぉ~。何と言いますか・・・。

 そう。散歩です。散歩してました」

「散歩なら、庭園の方が良くないか?それに、わざわざここに戻ってくるのもおかしいのでは?」


 レジスの指摘にリリアーナは「あっ!」と口を押さえると、観念したかのように本当の理由を語り出した。


「その、皆様が悩まれているように思えたので、気になってしまって・・・」

「そうか。心配してくれたんだな」


 恥ずかしそうなリリアーナの姿に、レジスは少し苛めすぎたかと反省する。同時に、自分たちのことを心配してくれたリリアーナの優しさに心打たれた。


(優しい子だな。優秀なのに驕ることがない。義姉上とは真逆だな)


 思わずローレットが自分を見下す姿を思い浮かべてしまい、再びレジスの心は重くなってしまった。


「あのぉ、やっぱり何かあるのでしょうか?」


 リリアーナが心配した顔で覗き込んできた。不安そうに潤んだ瞳で真っ直ぐ見つめてくるリリアーナに、レジスの胸が大きく跳ねる。息を呑み何も言えないレジスに、リリアーナは1歩踏み出してきた。少し動けば触れてしまいそうな近すぎるその距離に、レジスの鼓動は更に大きくなる。甘い香りが鼻腔をくすぐり、レジスの世界はリリアーナに埋め尽くされた。


「レジス様。レジス様、大丈夫ですか?」


 呼びかけに我に返ったレジスは、慌ててリリアーナから距離を取り顔を背ける。


「す、すまない。もう大丈夫だ。大丈夫だから」


 心配そうに近寄ろうとするリリアーナを、レジスは必死に拒絶する。また先程のように近づかれたら、今度こそどうにかなってしまいそうな気がした。しかし挙動不審なレジスの様子に、リリアーナの心配は大きくなる。


「でも、全然大丈夫に見えません。どこか悪いのですか?」

「そんなことはないッ。平気だ。平気だから」


 リリアーナが近づき、レジスが距離を取る。そんなことをしばらく繰り返していたが、突然リリアーナが俯き立ち止まった。


(危なかった。これ以上近づかれたら、走って逃げるしかなかった。無様な真似をせずに済んだ)


 一息吐くと、周りがあまりに静かなことにレジスは違和感を覚えた。冷静になったことで、ようやくリリアーナの様子がおかしいことに気づく。

 リリアーナが俯いて黙り込んでいる。そして微かだが肩を震わせていた。


(泣いている?!)


「どうした、リリアーナ。何故泣いている?」

「だって、だって・・・」

「ああ」

「私、いつも助けて貰ってばかりで・・・。だから、私も皆様のお役に立ちたいって・・・。でも、全然役に立てなくて。それが悔しくて・・・」

「ちがッ、違うぞ。リリアーナは悪くない。悪いのは私だ。だから泣くことはない。リリアーナはよくやっている」

「ほ、本当ですか?」

「勿論だとも。リリアーナは1年生で一番優秀じゃないか。それは皆知っていることだ。そうだろ?」

「でも、ローレット様は未だに認めてくれません。きっと他の方も・・・」

「そんなことはない!義姉上は、自分ではなく、リリアーナが生徒会に選ばれたことが気に入らないだけだ。プライドの塊のような人だから」

「じゃあ、レジス様はさっき、何で私を避けてたんですか?」

「そ、それは・・・」


 レジスは言葉を詰まらせる。流石に、リリアーナに心昂ぶらせていたからなど言えるわけがない。

 返答に困っていると、リリアーナが再び涙ぐみ始めた。レジスは慌てるも良い誤魔化しは浮かばず、仕方なく悩みを打ち明けることにした。


「空っぽな自分が情けなくて、惨めで・・・。みんな、ジャンヴィール様達は自分の考えをしっかり持っているのに。それなのに私は、――言われるままで、ただ気に入られようとしているだけで。自分が何をしたいのかさえわからなくて・・・」

「はい・・・」

「だから、そんな格好悪い自分を見られるのが恥ずかしくて、つい・・・」

「そんなことないです!レジス様は格好悪くありません!」

「良いんだ。こんな風にウジウジと悩むなんて男らしくないだろ?自分でもわかってるんだ。本当は弱い男なんだって」

「そんなことありません。レジス様は強い方です。本当に弱い人は、自分の嫌なことから目を背けたり、隠そうとします。

 でもッ、レジス様はしっかりと向き合ってるじゃないですかッ!こうして私に打ち明けてくれたじゃないですか」

「それは・・・」

「私嬉しいです。先輩が悩みを打ち明けてくれて。

 頼りない私じゃ、レジス様の悩みを解決してあげることは出来ないかもしれない。でも、支えてあげることくらいは出来るんじゃないかって思うんです」

「リリアーナ・・・」

「だから、元気、出してください」


 いつの間にか、2人は身体が触れそうな距離で見つめ合っていた。

 必死に自分のことを慰めてくれた、勇気づけてくれたリリアーナから、レジスは目を離すことが出来なかった。視界の全てが、世界の全てがリリアーナで埋まる。

 レジスの初恋であった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 食堂の個室で、ローレットは友人のヴィヴィアン、ユーラリー、ベルテと向き合っていた。

 口火を切ったのはユーラリーだった。


「何ですか、あれは!完全に逆恨みではないですか!

 レジス様がローレット様を嫌ってるのはわかってましたけど。その理由が逆恨みだなんて!」

「本当に!しかも、悲劇の主人公気取りとか。望まない養子縁組なんて、どこにでもある話じゃない。それを、さも自分だけが不幸だなんて。聞いてて寒気がしましたわ」

「親離れできてないだけ。しかもファザコン。男のファザコンとか、その設定は私でも無理」


 ユーラリーに続いて、ヴィヴィアンとベルテもレジスに抱いた感情を包み隠すことなく吐露していく。


「ええ。私に劣等感を抱いているのは察していましたけど。それがまさか・・・」


 いつもの件で生徒会室に向かう途中で、ローレット達はリリアーナがレジスを慰めているところを偶然目撃してしまった。ただレジスの言い分は、ローレットにとってあまりに幼く身勝手なものに思えた。


(本家の後継ぎになる為の養子縁組なのに、「父に捨てられたようで悲しかった」なんて。あり得ないでしょう。だって、レジスが養子になったのは12歳。それで16歳になった今でもそう考えてるなんて。

 それに、何です。あのリリアーナの振る舞いは。こ、恋人でもないのに、あんな、あんな風に寄り添うなんて・・・。それも昼間っから。し、しかも外、外で)


「ローレット様、大丈夫ですか?また顔が赤いですよ」

「やはりローレット様には刺激が強すぎましたね」

「そ、そんなことありませんッ。私も皆さんと同じ16歳です。あのくらい平気です。ただ、いきなりでしたので、少し驚いてしまっただけです」


 強がって見せるも、ローレットが初心なのは友人の3人にはすでに知られている。知らないのはローレット本人だけである。恥ずかしいのを誤魔化すようにカップで顔を隠すローレットがとても愛らしく、3人はだらしない緩みきった笑みを浮かべてしまう。


(これは良くありませんね。一度話題を変えて、落ち着きを取り戻さないと)


「それにしても、まさかお父様とお母様まで恨んでいたとは思っていませんでしたわ。てっきり私だけを嫌っているかと」


 ローレットがあからさまに話題を変えるも、いつも一緒にいる3人は瞬時に対応してみせる。先程までの緩みきった顔もすでに元通りである。


「それだって、おかしいですわ。だって、ローレット様に負け続けて、勝手に卑屈になってるだけではないですか。ローレット様には、何の非もないではないですか」

「ユーラリーの言う通りです。駄々を捏ねている子供です。気に入らないこと、全て周りのせいにして。そのくせ自分で変えようとはしない。不愉快極まりません」

「男のファザコン。卑屈。劣等感。逆恨み。芯がない。他責思考。どれだけ顔が良くても駄目。萌え要素なさ過ぎ」

「もえ?」

「な、何でもありません。お気になさらず」

「ちょっと、ベルテ!変なことローレット様に教えないで!」

「すみません。つい、また」


(また私の知らない言葉・・・。尋ねても教えてくれないのでしょうね。これまでもそうでしたし)


 1人仲間外れにされているようで、ローレットは寂しさと悔しさを感じる。ただ、辞書にもどの書物にも載っていない言葉なのに、3人とも当然のように知っているのが不思議で仕方がなかった。自分の同じ歳なのに、どこで知ったのか、どう調べれば良いのかと。

 真正面から尋ねたところで教えてくれないのはこれまで通りだろうと、ローレット違う話題から切り込むことにした。


(何かヒントになる言葉が出てくるもしれないし)


「あの~、以前、男は全員マザコンと聞いたことがあるのですが。レジスがファザコンなのは、母親を亡くしたせいですか?でも、ベルテは男のファザコンはないと言ってましたよね・・・。よくわからないのですが」


 ヴィヴィアンとユーラリーがベルテを睨みつける。ベルテは気まずそうな表情を浮かべ、信じられないくらいの冷や汗を流し始めた。


(これも聞いてはいけないことだった?でも、ファザコンくらい私も知ってますし)


 気まずい雰囲気が部屋を覆う。

 ローレットは3人を見るが、皆ローレットの視線から逃れようと下を向いたままだった。


(どうしましょう。これって、やっぱり私のせい――ですよね?

 はぁ~、仕方ありませんね)


 このままでは埓が明かないと、ローレットが先程の質問を撤回しようとしたときだった。ベルテが顔を上げ、堰を切ったように語り始めた。その目は瞳孔が大きく開き、常軌を逸していた。


「あのですね。そもそも男同士というのは、同年代くらいだから良いのであって。流石に親子ほどの年齢差があるのは――」


 ローレットが悲しそうな目で見てくること、ヴィヴィアンとユーラリーから睨まれていること、先程の失言への自責と、ベルテは心理的に追い詰められて気が動転してしまい、とんでもないことを口走り始めた。

 もの凄い勢いで捲し立てるベルテの説明は聞いたことがない言葉が多く、話も行ったり来たりと要領を得ないせいで、ローレットには何一つ理解出来なかった。


(最後まで聞けばわかったのかしら?

 でも、ヴィヴィアンとユーラリーが慌てて止めてましたし。ベルテも見たことないくらい気落ちしてますし。もう一度と言っても、話してはくれないでしょうね)

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