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親子面談

 新年度が始まり1ヶ月が過ぎた休日、シルヴェーヌ第一妃は息子のジャンヴィールを呼び出した。

 先日、ジャンヴィール王子(第一王子)派のトップである、ベレンジャー゠アルファンとセゼール゠ドルモアから信じがたい話を聞かされ、その真偽を確かめる為である。


「ジャンヴィール王子は身分制度を否定しています」


 そう告げられた時、シルヴェーヌはベレンジャーが何を言っているの全く理解出来なかった。王族が身分を否定するなどあり得ないことである。その後詳しく話を聞いたが、ジャンヴィールと向かい合っている今でも、シルヴェーヌは信じられないでいた。


「それで母上、今日は何の用ですか?」


 いつもと変わらぬ息子の姿を見て、シルヴェーヌの困惑は大きくなる。


(どういうことなの?

 いつも通り。特に変わったところは見当たらないわよね。それに、ジャンにはガルニエ家とベルトラン家の子を側近につけているもの。何かあったら報告があるはず。

 では、あの2人が嘘を吐いた?何の為に?こんな、調べればすぐにわかる嘘を?)


 静かに深呼吸して心を落ちつかせると、シルヴェーヌはジャンヴィールに話しかけた。


「学園はどうですか?エドワード王子が入学したでしょう。学園の、生徒達の雰囲気はどのようなものかと」

「そのことですか」


 まずは、当たり障りのない話題から始める。実際エドワードのことは、シルヴェーヌとジャンヴィールにとって重要なことである。現国王であるレオが若くして国王になったので、代替わりはまだ先になる分、妨害のし合いも長くなるということである。出来ることならば、早々に失脚させて、足場を強固なものにしておきたいと考えるのは当然であった。


「相変わらずですね。あの気の弱さでは、とても国王が務まるとは思えません。

 派閥の者はエドワードが入学したことで活気づいて、盛り立てようとしているみたいですが・・・。肝心のエドワードがああですから」

「そうですか。それを聞いて安心しました。

 ですが、気を緩めてはいけませんよ。本人がその気でなくとも派閥の者がどう動くか。常に注意を怠らないことです」

「わかってます、母上」

「それで、ジャンの方はどうです?アルファン家の娘とは、良い関係を作れていますか?」

「え~と。私はそのつもりなんですが・・・」

「そう。積極的なのも良いですが、あまりしつこいと本当に嫌われますよ。ほどほどにしなさい。あなたが相手に合わせてあげるのよ」

「わかってますよ」


 その口調や素振りから、シルヴェーヌは息子が嘘を吐いていることを悟った。ジャンヴィール本人は誤魔化しているつもりであっても、母親から見ればあからさまである。嘘を吐いたときの癖は、昔と全く変わっていない。


「ジャン自身はどうです?何か変わったことや困ったことはありませんか?」

「私ですか?う~ん。特に変わったことはないですね。学園も平和ですし。上手くやれてると思います」

「生徒会長としても責任を果たしているのですね。安心しました」

「ええ、勿論です。2年目ですから」

「ただ平和すぎるのも退屈ですね。ガストンは身体を鍛えるのに夢中で、リュドヴィックは、――あーっと、友人と遊んだりと、生徒会室には私とレジスくらいしかいません」

「そう。今年は1年生は入れなかったの?」

「いえ、入れましたよ。2人」

「その2人も来ないの?まだ1年生でしょう?あなた達から教わることはたくさんあるでしょうに」

「あっ、いえ。1人は問題ないのですが、もう1人が・・・。ですが、母上が気にされるような問題はありません。先日私の方から、顔を出すよう注意しておきましたから」

「そう。その2人って、どんな子ですの?」

「えッ!?あー、2人とも優秀ですよ。生徒会役員は優秀でないと務まりませんから。ただ、まだ若いですから失敗もします。失敗しても安易に切り捨てるのではなく、導くのが先輩としての役割かと」

「成長しているようで安心しました」

「ありがとうございます。ところでジョージはどうです?勉強嫌いは相変わらずですか?」


 ジャンヴィールがリリアーナ(第五位貴族)を生徒会役員に任命したことは、すでにシルヴェーヌは報告を受け知っていた。それを告げず誤魔化そうとする姿から、シルヴェーヌは息子が何か隠していること、それも都合の悪いことを隠していることを悟った。ベレンジャーとセゼールから聞かされた話が信憑性を増してきたことに、シルヴェーヌは背筋が凍りつく思いであった。本当であった場合、ジャンヴィールが王位を継ぐどころの問題ではない。身分制度を否定すれば、反逆罪を問われてもおかしくない。


(すぐに確認を取らないと)


 母親の追求をやり過ごせたと安堵した表情を浮かべるジャンヴィールだが、シルヴェーヌはベレンジャーとセゼールの申し出を受け入れざるを得ない状況に焦りを感じていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ジャンヴィールがシルヴェーヌと会っている同時刻、レジスもベレンジャーに呼び出されて実家に戻っていた。


「今日呼び出した理由だが、ジャンヴィール王子の件だ」


 緊張感が漂う中、ベレンジャーが前置きもなく切り出す。こうなることを予測していたレジスは、驚くことなく、ただ「はい」と答える。


「ジャンヴィール王子が規則を破り、第五貴族を生徒会役員に取り立てた。間違いはないか?」

「はい」


(どうせ、義姉上から聞いてるだろうに)


 心の中で悪態を吐くも、貴族らしく表情には出さず、レジスは粛々とした態度をとり続ける。


「ならば、身分に関係なく、能力で評価すると言ったことも間違いないか?」

「――はい」

「ジャンヴィール王子が言ったことは身分制度を否定する。貴族社会の仕組みそのものを否定している。それはわかるな?」

「はい」

「それを聞いて、お前はどう考えている」

「はい。問題ある発言だと思います。王族であるジャンヴィール様が国家の在り方そのものを否定するわけですから。義姉上もそう考えているから、ジャンヴィール王子に考え直していただくよう、説得し続けているのではないでしょうか」


 ローレットがジャンヴィールと婚約したことで、レジスは12歳の時にアルファン家を継ぐため養子となった。望まぬ境遇を呪いながらも、自分に求められた役割を全うする為に、レジスは優秀であろうとし続けた。そしてそれは今も変わらず、ベレンジャーやアネットが望む答えを口にする。


(義姉上のことを言っておけば、大丈夫だろう。2人とも義姉上には甘いからな)


 しかしレジスの甘い考えを見透かしたように、ベレンジャーは責め立ててきた。


「レジス。私はお前のことを聞いている。ローレットのことは聞いていない」

「え?は、はい」

「それでジャンヴィール王子に対して、生徒会役員のお前達、レジス、ガストン、リュドヴィックは何をした?」

「そ、それは・・・」


 ジャンヴィールの考えが問題あるとレジスも思ってはいたが、それについて言及したり、行動したことはなかった。王族に対して、意見を言おうという考えすら思いつかなかった。むしろ、自分の思い通りにならないローレットの姿を見て、気分が晴れていたくらいであった。


「そのぉ、――ジャンヴィール王子に意見を言うなど、ましてお考えを否定するなど烏滸がましいかと・・・」

「しかし先程お前は、ローレットがジャンヴィール王子を説教していることに同調していたな」

「そ、それは、――その、義姉上は婚約者ですから、不敬に当たらないかと。身分を考えれば、私は王族より下ですし、いずれ王族になる義姉上とは立場が違いますから、――何も言えなかったと言いますか・・・」

「ジャンヴィール王子は身分を気にしないお方なのだろう?生徒会に選ばれたお前は優秀だと認められたわけだし、気にすることではないはず。お前の言い分は矛盾しているぞ」

「そ、そうでした・・・。以後、気をつけます」

「それと思い違いをしているようだから言っておく。

 第一位貴族の役割には、王族の過ちを正すことも求められている。唯々諾々と従っているだけでは、第一位貴族の当主は務まらんぞ」

「申し訳ありませんでした」

「もう一つ。ジャンヴィール王子が発言を撤回しない場合、隣にいるお前も同じ考えと見做される。それを考えた上で、どう行動するか自分で決めろ。

 お前の人生だ。よく考えろ。話は以上だ」


 ベレンジャーの言葉は、レジスには見放されたように感じられた。優秀故に養子と迎えられたにも関わらず、レジスは一度もローレットに勝てたことがなく、劣等感を抱いてきた。常に比較され、何一つローレットに勝てない自分を、ベレンジャーとアネットに幻滅されていると思い込んでいた。


(巫山戯ンなッ!巫山戯ンな!!お前らが勝手に連れて養子にしたンだろッ。俺はこんなトコ、来たくなかった。継ぎたいなんて、一度も言ったことない。それなのに。勝手に連れて来て放り出すとか、俺のこと何だと思ってンだ!

 それもこれも、全てローレットのせいだ。アイツがいるから。女の分際で俺より出来るなんて、絶対間違ってる。冷徹で他人を見下す様な女。あんな女を可愛がるとか、ベレンジャーもアネットも、この家のみんな狂ってるッ)


 自室に戻ると、レジスはアルファン家、特にローレットを呪う。

 大声を上げたり暴れたりしない程度の理性は残っていたが、怒りを発散できないことで憎しみを募らせていった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 休み明けの放課後、生徒会室には珍しく2年生だけが集まっていた。

 1年生のリリアーナとイヴァンも来たのだが、「2年生だけで話し合うことがある」とジャンヴィールが帰らせていた。


「今日集めた件だが、実は、母上が何やら訝しんでいるらしくてな」

「それは、どういった?」

「いや、まだ具体的に何かということはわかっていないらしい。だが、リリアーナのことが知れれば、何か言われるのは間違いないだろう」

「ですね。大人は時代遅れであろうと「伝統を守れ」と言うから。古臭い考えに固執しては、国の発展は望めないというのに」

「リュドヴィックの言う通りだ。優秀な者が上に立つのは当然のこと。無能な癖に、上位だからと要職に就くのは間違っている。そんなんだから、不正が横行し、民は貧しいままなのだ。

 伝統も大事だが、国の発展を阻害するような悪しき伝統はなくすべきであろう」

「成程。確かに」


 ジャンヴィール、リュドヴィック、ガストンの3人が協調している中、ベレンジャーの言葉が引っかかったレジスは同意できないでいた。

 ベレンジャーを嫌ってはいるが、その言葉に間違いはない。しかしジャンヴィール達の言い分も、絶対間違っているとは思えなかった。ただ、規則や伝統に反しているだけ。考え方や常識など、国や時代が変われば異なる。だからこそ、レジスは迷っていた。


(ジャンヴィール様はリリアーナの影響を受けているとは言え、国の膿を取り除いて良くしようと考えていらっしゃる。

 リュドヴィックは、自分に絶対の自信を持っていて、怠惰な者と同列に見られることを嫌っている。

 ガストンは、愚直に主人に従うだけ。

 それなら、私は?)


 他の3人と違い、自分には主義がないことを思い知らされる。ベレンジャーに「どう行動するか自分で決めろ。お前の人生だ」と言われた通りであった。


(俺は流されてただけ。ただ良い子であろうとした。それだけの男か・・・)


 自嘲し項垂れるレジスに、ジャンヴィールが心配そうに声をかける。


「レジス。其方はガストンやリュドヴィックと違い、側近としてここにいるわけではない。無理に私につき合う必要はない。私達が行くのは苦難の道なのだからな」

「ジャンヴィール様の言う通りだ。それに道が違ったからって、俺達の友情が終わるわけではないしな」

「道は人それぞれだ。自分の信じた道を進め」

「2人とも臭すぎだろ。よく臆面もなく、そんなこと言えるな」

「うう、うるさい。良いだろ、格好つけたって」

「男に格好つけてどうするんです。そういうのは、意中の相手にするものでしょう」

「お前は女のことしか頭にないのか?」

「そこまで行くと、いっそ清々しいな」


 3人が巫山戯合いながら笑う姿を見て、レジスは疎外感を強く感じた。

 あの輪の中に入りたいと思う一方、アルファン家次期当主に相応しくなろうとする自分を捨てられないでいる。本当に自分が望むこと、進む道すら決められないことが惨めで情けなかった。


「すみません。少し1人で考えてきます」


 そう呟くと、レジスは生徒会室を出て行った。

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― 新着の感想 ―
リリアーナのことを深く突っ込まれたくなくて話を逸らそうとしてたんじゃなくて、リリアーナを生徒会に入れたことそのものを知られてないと思ってるんです!?!? 監獄みたいな全寮制の学校だったとしても無理では…
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