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アルファン家

 休日になり、ローレットはジャンヴィール達のことを相談しに実家に戻った。

 いや、ローレットだけではない。王都や近隣の領の者達は、皆実家に戻っている。学園の寮に残っているのは遠方の者と、問題の当人達くらいである。


「それでは詳しい話を聞かせておくれ、ローレット」


 家に到着して、ローレットは父ベレンジャーと母アネットが待つ書斎に連れて行かれた。ジャンヴィールが生徒会役員にリリアーナ(下位貴族)を任命したのは3日前。この事はすでに王都中に知れ渡っていた。

 とは言え、この手の話題は誇張して広まるもの。その場にいた者に聞かないと、誤った情報に踊らされかねない。そう言うわけで、ベレンジャーとアネットは、ローレットが帰ってくるこの日を首を長くして待っていた。なお、この場には3人だけである。当事者であるレジスはジャンヴィール側と見なされ、客観的な話が聞けないだろうと話し合いの場には呼ばれていない。


「はい、お父様」


 ローレットは、ジャンヴィールがリリアーナを生徒会役員に任命するまでの経緯を、できるだけ私情を交えないよう話していった。特に発表前日の生徒会室でのジャンヴィール達とのやり取りは、ローレット以外知らないことである。歪んだ情報を与えては、ベレンジャーの判断を誤らせてしまうし、相手につけいる隙を与えてしまう。ローレットとベレンジャーは齟齬がないよう、確認しながら情報共有していった。

 話し終えると、ベレンジャーが渋い顔をローレットに向けた。


「ジャンヴィール王子が生徒会室で口にしたことを講堂で言わなかったのなら、まだ取り返しのつきようもあるが。ローレットはどう考える?」


 少し考えた末、ローレットは「無理です」とはっきり答えた。


「そう判断した理由は?」

「ジャンヴィール様が私を嫌っているからです。

 私もジャンヴィール様を好いてはいませんが、婚約者として歩み寄ろうとはしました。しかし、ジャンヴィール様は拒絶し続けています。上手くやっていけるとは思いません」

「ふむ。王家からジャンヴィール王子に苦言を呈して貰うというのはどうだろう?」

「どうでしょう?ジャンヴィール様が口にしたことは私しか知りませんので、まず信じて貰えるか疑わしいです」

「確かに・・・。王族が身分制度を否定するとは、私もローレットからでなければ、信じられなかっただろう」

「それに、ジャンヴィール様は、下位貴族のリリアーナにご執心のようですし」

「はぁ?それは遊び相手とかでなくてか?」

「あなた!娘相手にその言い方は何です」

「あっ!いや、済まない。悪かったなローレット」

「いえ。私ももう16ですから気にしません」

「ほ、ほら。ローレットもこう言ってることだし。気をつけるから。だから、そう睨まないでくれ」


 アネットの許しを得たベレンジャーは、咳払いをして場の空気を取りなすと話を戻した。


「王家が、下位貴族との結婚を認めるとは思えぬ。流石にそれはジャンヴィール王子もわかってるいるだろう」

「はい。ですが、それはどうでも良いのです。私が、これ以上ジャンヴィール様に振り回されたくないのです」

「それはつまり、――婚約を解消したいと?」

「はい」

「しかし、婚約してまだ3年だぞ。若気の至りかもしれぬし。学園に通っている間に心変わりするかも。

 もう少し様子を見るのはどうだろう?」

「無理です。4年も我慢したんです。それに、身分制度を否定する様な王族、正気とは思えません。今後も、絶対問題を起こすはずです」

「そこは、王家が責任を持って再教育すれば」

「16年も生きていて非常識な事を、得意満面に言ったのですよ。真面になるとは思えません。

 それにジャンヴィール様は、初顔合わせで私のことを侮辱しました。「お前の顔は、性格の悪さが滲み出ている」と。なぜその様な方を支えなければならないのです」

「そ、それは・・・」

「まあ、まあ。ジャンヴィール王子はその様な事を?

 どうしましょう、あなた。ジャンヴィール王子は私のことも醜いと思っていらっしゃったようです。悲しいですわ」

「あっ」


 ローレットは自分の過ちに気づくも、すでに言葉を発してしまった。

「ドンッ」と机を叩く音が部屋に響く。

 ベレンジャーが怒りに身体を震わせているのを見て、ローレットはアネットを咎めるように見るも、アネットは静かに微笑み返してきた。


(あっ。お母様も怒ってらっしゃる)


 ベレンジャーは妻のアネットをとても愛していて、アネットのことになると見境がなかった。だからこそローレットは、アネットに似ている自分の容姿をジャンヴィールが悪く言ったことを言えないでいた。婚約早々、ベレンジャーが王族相手に喧嘩を売りかねなかったからだ。そうなれば、流石に第一位貴族のアルファン家と言え、どのような処分を受けるかわからない。そう考え、これまで呑み込んできていた。それをベレンジャーがいつまでもジャンヴィールとの関係を維持しようとしていたので、思わず口にしてしまった。


「あ、あの、お父様。ジャンヴィール様は私のことを悪く言ったのであって、お母様のことは一言も・・・」

「そう言えば、お会いした時に、真面に私と顔を合わせてもくれませんでした。きっと、視界にも入れたくない程私を醜いと感じていたのですね・・・」

「お母様!お父様を煽らないでください。泣いた真似など止めてください」

「ローレット、済まなかったなぁ。まさか、その様な痴れ者だったとは・・・。すぐにでも婚約解消するからな。父を許しておくれ」

「あっ、はい。私は大丈夫ですから。ですから、お父様落ち着いてくださいね」

「良かったわね、ローレット」


 アネットに助けられたとは言え、本当に大丈夫なのか、ベレンジャーが王家に不敬を働かないか心配であった。顔色からローレットの考えがわかったのか、アネットが「大丈夫よ」と言い微笑む。一点の曇りもないその笑みに、ローレットはそれ以上何も言えなくなってしまった。


「ローレット、もし他にも望みがあるのなら、言った方が良いわよ。今ならきっと、何でも叶えてくださるでしょうから」

「ああ、何でも言うが良い。長い間、辛い思いをさせてしまったからな」


 それならと、ローレットは生徒会に対して仕掛けようとしていることを話した。


「ふむ。かまわないだろう。それなら問題が起きても、私の方で対処も出来る」

「ありがとうございます」

「だが、どうせなら味方を増やすのではなく、全校生徒を巻き込みなさい」


 突拍子もないベレンジャーの提案に、ローレットは「はい?」と思わず間抜けな声を出してしまった。上位貴族の令嬢としては、かなりみっともない反応であった。直ぐさまローレットは自分の無作法に気づいて「失礼しました」と謝るも、ベレンジャーの提案はそれ程あり得ないことであった。

 国や大きな組織には、派閥というものが絶対存在する。考え方や目指すものが違えば意見は割れる。そこに利権が絡めば、それは複雑になり根深いものへとなっていく。更に感情が加われば、対立が収まることはなくなるだろう。それは学生でも同じであるし、まだ若い学生の方が感情的になりやすく、対立が激化しやすいとも言えた。


「そのぉ。それは、イングリス家やデュポワ家と協力するということでしょうか?」


 イングリス家とデュポワ家は別派閥のトップで、アルファン家の属する派閥とは何世代も前から対立してる。周辺国との争いが絶えなかった頃には国全体が一丸となっていたが、戦後の利権争いで対立し、300年経った今でも続いていた。学生であるローレットは勿論誰であれ、両派閥の間にある深い溝は埋めようがなかった。

 だからこそ、ベレンジャーの提案はローレットに取って信じられないものであった。


「そうではない。そのリリアーナという令嬢を共通の敵に仕立て上げる、――ということだ。

 共通の敵という存在は、仲間意識が芽生えやすい」

「それは手を取り合って、――ということでしょうか?」

「いや、そこまでする必要はない。所詮は敵対派閥。協力し合うのは無理だろう。背中から刺されるのがオチだ」

「そうですね。信用など出来ませんし、隙あらば、私だってそうします」

「そういうことだ。ローレットは、まずは第五貴族の生徒会入りに反対する態度を示すだけで良い」

「それだけですか?」

「大事なのは、婚約者であるローレットがジャンヴィール王子を諫めているという風に思わせることだ。」


 前回はそのようにして失敗してしまったので、ベレンジャーの提案は、ローレットに受け入れがたいものであった。ローレットが納得出来ていないことを悟ったアネットが、ベレンジャーが言葉にしなかった事を説明する。


「アルファン家がジャンヴィール王子(第一王子)派なのは、ローレットもわかっているでしょ?」

「それは、勿論」

「だからこそ、ローレットがジャンヴィール王子を貶めると知られてはならないのです。

 それを知られれば、敵対派閥は勢いづきますし、何より、我々派閥の力が大きく削がれてしまいます」

「それは、確かにそうですが・・・。

 ですが、ジャンヴィール王子をこのまま支持していても、いずれは」

「そうですね。ローレットの意見も正しいです。

 ですから、私達は秘かにジャンヴィール王子に代わる者を立てなければなりません。ローレットにはその間、目くらましの役を担って欲しいのです」


 アネットの説明で、ローレットはベレンジャーの言いたいことがわかった。ローレットとしては、前回自分を陥れたことへの復讐としか考えていなかった。派閥のことやその先のことなど、何一つ考えていなかった。復讐を成し遂げたところで、ジャンヴィール王子を切り捨てたとあっては派閥は瓦解してしまう。ローレットは恨まれ、前回以上に貴族社会に居場所をなくしてしまうだろう。


「シルヴェーヌ第一妃には、ジャンヴィール王子の他、シャーロット王女とジョージ王子がいらっしゃる。どちらを立てるにしても、準備には時間がかかるからな。

 それに、ジャンヴィール王子が身分制度を否定したのは、側近以外ローレットしか聞いていないのだろう?ローレットが吹聴したところで、向こうが否定してしまえば、ローレットが窮地に立たされるのは目に見えて明らかだ。

 だからこそ、それを裏付ける根拠が必要になる――というわけだ」

「それが時間――ですか?」

「そういうことだ。勿論他にも裏工作は必要になる」

「それはどのような?」


 ローレットがそう尋ねた時、扉がノックされた。皆の注目が扉に集まる。


「お話し中に申し訳ありません。そろそろ昼食の時間ですが、こちらでお召し上がりますか?」


 気づけば、書斎に籠もって結構な時間が経っていた。まだまだ話すべきことはあるが、ローレットが寮に戻る明日まで十分に時間はある。ジャンヴィールの件は重要だが、ローレットの学園生活のことも同じくらい重要である。そう考えた末、ベレンジャーは食堂で食事をとることを告げた。


「続きは食事の後にしよう。せっかくローレットが帰ってきたのだ。学園でのことを聞かせておくれ」

「良いのですか?」

「まだ時間はある」

「ふふ。この人、ローレットが帰ってくるのを楽しみにしてたのよ」

「アネット!それはお前だって」

「あら、そうだったかしら」


 両親が自分の帰りを待っていてくれたことが嬉しく、ローレットは心が温かくなり、自然と笑みがこぼれた。それは普段の凜とした姿とは違う幼さを感じさせる、家族にしか見せない顔だった。

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