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ジャンヴィール=オム=トランティニアン

 幼い頃のジャンヴィールは優雅な王宮よりも雑多な平民街を好み、時折護衛を引き連れて遊びに行っていた。

 そんなある祭の日、ジャンヴィールは人混みで護衛とはぐれてしまう。辺りを見回すも、子供のジャンヴィールでは視界が遮られてしまう。護衛の名を呼んでも、雑多な音にジャンヴィールの声はかき消されてしまう。自分を護ってくれる存在がいない不安で、ジャンヴィールは今にも泣き出しそうだった。

 そこに現れたのがリリアーナであった。

 当時ジャンヴィールは小さくリリアーナの方が大きかったため、リリアーナは年長として助けようとしていた。一緒に護衛を探し、ジャンヴィールが心細くならないよう祭を楽しみながら時間を過ごした。

 その最中にリリアーナが語った夢がジャンヴィールにとって衝撃で、その後の彼の人生を大きく変えることになった。

 それ以降、ジャンヴィールはリリアーナに会うために平民街に出向いて行く。そして初め抱いていた尊敬の念は、繰り返し会っていく度に恋慕へと変わっていった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 大講堂で全生徒の視線を浴び、ジャンヴィールが舞台に立つ。

 講堂が静まりかえると、ジャンヴィールは王族らしく堂々と話し始める。


「おはよう。今日は、今年度の生徒会役員が決まったので発表する」


 ジャンヴィールが名前を呼び、呼ばれた生徒は立ち上がると、舞台に上がってジャンヴィールの後ろに並んでいく。ガストン、リュドヴィック、レジスと、ここまでは前年と変わらない。


「1年生から、イヴァン゠ルロワ。そしてリリアーナ゠シモン」


 リリアーナの名前が呼ばれた瞬間、講堂がざわめき立つ。


「誰?」

「シモン?シモン家って?」

「第一位にシモン家なんてあった?」


 生徒会役員は学園規則で、第一位貴族生徒から選ぶと決まっている。第一位は国の中枢に関わる家であり、知っていて当然の家である。それにも関わらず、シモン家など誰も知らない、聞いたことがない。不思議に思うのは当然であった。


「静かに。

 今年度は、この者達と生徒会を担っていく。皆、そのつもりで」


 期待していたリリアーナの正体は明かされず、生徒達の間に困惑が広がり大きくなっていく。しかしジャンヴィールは、それを気にすることなく進行していく。


「それでは、一言ずつ挨拶を」


 ジャンヴィールの言葉を受け、役員が1人ずつ挨拶していく。そして最後リリアーナの番になると、正体を知ろうと、一言一句聞き逃すまいと、今まで以上に生徒が注目し耳を傾ける。


「リリアーナ゠シモンです。至らない点はあると思いますが、より良い学園にすべく一生懸命頑張っていきますので、よろしくお願いします」


 リリアーナの挨拶が終わると同時に、講堂がざわめき立つ。皆が知りたいことが、一切明かされなかったのだから当然である。しかしそれでもジャンヴィールもリリアーナも説明する気配を見せず、生徒達の間に動揺が広がっていく。

 そんな中、ローレットは静かに事の成り行きを見守っていた。リリアーナの正体を知っている友人達が、戸惑った表情をローレットに向けてきたので、ローレットは「ジャンヴィール様が決められたのです。尊重致しましょう」とにこやかに返す。それでも3人は戸惑いを消せないでいた。


(まぁ、無理もありませんね。以前の私なら、この場でリリアーナの正体を明かし、ジャンヴィール様に考え直すよう訴えていたでしょうから。実際、前回はそうしましたし。

 ああ、楽しみですわ。前回は未熟だったせいで足元を掬われてしまいましたが、色々と勉強しましたから)


 困惑する生徒達の中、ローレットだけが笑みを浮かべていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 放課後、生徒会室に全員が集まり歓談していると、リリアーナが突然「あのッ」と大声を上げた。皆話を止め静まりかえる中、リリアーナへと視線が集まる。


「あのッ、本当に私が生徒会役員になって良かったのでしょうか?」

「勿論だとも。君は入学前の試験で、最も優秀だったのだから。胸をはって良いんだよ」

「で、でも、規則では『第一位貴族であること』とありますし。第五位の私では・・・」

「何言ってんだ。位だけ高くても、無能なら何の役にも立たねぇ。ジャンヴィール様が言ってただろ。実力主義だって」

「ああ、そうだよ。ガストンの言う通りだ。私は、位や誇りが高いだけの貴族を認めるつもりはない。貴族位が低くても、君のように優秀な者は大勢いる。そういった者達が認められる社会を作れば、この国はより豊かになる。それを私に教えてくれたのはリリアーナ、君だろ」

「そ、それは・・・。だってあの時は、まさか王族だったなんて知らなかったですし」

「何を言う。それまでの私は空っぽだった。君が私に生きる意味を、王族としての責務を教えてくれたんだ。感謝してるよ」

「ジャンヴィール様・・・」


 ジャンヴィールとリリアーナが見つめ合い、生徒会室の空気が甘いものへと変わる。


「それにしても、義姉上が何も言って来なかったのは不気味ですね」


 不自然に大きなレジスの声で、甘い空気が霧散する。2人の世界を邪魔されたジャンヴィールがレジスを睨むが、レジスは気づかない振りでやり過ごす。それどころか、ガストンとリュドヴィックもレジスの横やりに加勢し出す。


「そうか?昨日、ジャンヴィール様に言い負かされたせいで、静かだったんじゃないのか?」

「いや、レジスの言う通りだ。ローレット゠アルファンは優秀だが、気位がとにかく高い。自分が選ばれなかった役員にリリアーナが選ばれて、黙って引き下がるとは思えない」

「リュドヴィック様!義理とは言え、レジス様の姉に当たる人ですよ。その言い方は・・・」

「良いんだ、イヴァン。私と義姉上の関係は皆知っている。私も、ここにいる皆の前では飾ることもしないしな」

「そうなんですか?」

「ああ。義姉上はとにかく、自分が一番でないと気が済まないんだ。本来なら、ジャンヴィール様を支える立場であるのに、分を弁えず差し出がましく口を出してくる。ジャンヴィール様の邪魔ばかりしている」

「そうだな。確かにローレットは優秀だ。それは認めよう。だが、人格に問題がある。あれ程の権威主義では、下位の者達がどのような目に遭わされるか。だから、彼女を役員に任命することは出来ない。生徒会は生徒を代表する集まりだ。優秀なだけでは足りない。品位も求められる」

「そうなのですね」

「でも、ローレット様が仰っていた学園の規則を破って本当に良かったのでしょうか?朝もみんな戸惑っていましたし。やっぱり、私が役員になるのは問題があるんじゃ」

「大丈夫さ。もし本当に問題があるなら、すでに学園側から言われてるだろうし」

「確かに規則は大事だろう。だが、時代は変わっていくものだ。カビの生えた古いものに固執しても意味がない。それは、時には害悪にもなる。変化に対応していかなければ、いずれは衰退してしまうだろう。変化を怖れないことは、私達若者の特権なのじゃないかい?」

「ジャンヴィール様を始め、ここにいるのは学園の上位に値する者達。その私達がリリアーナを認めたんだ。誰にも文句を言わせないよ」


 皆の励ましを受け、リリアーナは胸が熱くなり嬉し涙をこぼす。「ありがとう。私頑張るね」と泣きながら微笑むリリアーナに、ジャンヴィール達は照れくさくなりながらも、誇らしい気持ちでいっぱいになった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 昨日と同じように、食堂の個室でローレットは友人のヴィヴィアン、ユーラリー、ベルテとテーブルを囲んでいた。今日は朝からずっと、生徒会の話題で持ちきりだった。リリアーナが第五位であることはすぐに判明し、生徒達の戸惑いは混乱へと変わっていった。

 王族が下位貴族を生徒会役員に抜擢したことに、裏があるのではと疑心暗鬼に陥っていた。何かしらの試験、罠なのではと。非難すれば、王族に目をつけられるのではと。そして、婚約者であるローレットが何も言わないことも、混乱に拍車をかけていた。

 自他共に厳しく、近寄りがたい美貌を持つローレットに直接話しかけられる者は少なく、これまで3人は多くの学友から質問攻めにあっていた。昨日ローレットの考えを聞いていたとは言え、それは本心なのか、この先どのように立ち振る舞うのか、他の者に答えて良いものか尋ねたいことは山ほどあり、この場を一日千秋の思いで待っていた。

 そんな3人の思いは表情からあからさまで、ローレットは紅茶を一口飲むと3人の思いに応えるように、これからの事を話し始めた。


「今日は3人に、友人としてお願いがあります」


 突然の、思ってもいなかったローレットの言葉に、3人が驚きの表情を浮かべる。ユーラリーが「まぁ、なんでしょう?」とローレットに話の続きを促すも、3人はもどかしい表情が隠せないでいた。貴族として、特に上位としては、悪感情を露わにするのは問題ではあるが、3人が半日ずっと聞きたかったのはその様なことではなかったので、隠せなかったとしても仕方ないと言える。

 しかしローレットがこれから行うことは、生徒会と敵対することである。この先彼らが落ちぶれていくのは明らかであるが、今現在では最も権力を持っている。敵対することに躊躇してもおかしくはない。その様な覚悟のない者が一緒にいても、足手まといになるし弱みにもなる。それならば最初からいない方が良い。ただし、味方は必要である。ローレット1人では、出来ることが限られている。まして、ジャンヴィール達からは嫌われ、警戒されている。自分の目や耳、手足となってくれる者がどうしても必要だった。


「ジャンヴィール様達の件ですが、昨日部屋で色々と考えたところ、関わらないだけでは足りないような気がして・・・」

「それは、どういった?」

「はい。考えて欲しいんです。私達のお母様ならどうされるのかと」


 3人とも同じことを想像したのだろう。納得したような反応を示した。


「私達は2年生となり、後2年で大人として扱われます。ここは学園で、学ぶ場です。できるだけ多くの事を学んでおくべきかと。今なら保護者が責任を取ってくれますし」

「それは、そのぉ、魅力的なお話ですが・・・」

「はい。やはり相手が相手ですし・・・。ねぇ」

「え~と・・・」


 3人とも難色を示すが、当然のことである。どのような理由があろうとも、相手の後ろ盾は王族である。

 躊躇しない方がおかしい。


「勿論断ってくださってもかまいません。私もまだお父様に確認を取っていませんし。皆さんも確認を取らなければならないでしょう?」

「そ、そうですね・・・」

「ええ。お父様の許可がないと」

「はい」

「それでは、お返事は改めてということで」


 ローレットとしても、確固たる安全を確認しておく必要がある。前回はジャンヴィールを窘めようとした背景もあってウーヴラール修道院送りで済んだが、今回は積極的に貶めるつもりである。標的はジャンヴィールではないが、根回しは必要だし、何より婚約解消は必須である。前回は焦った結果、2年生の終わりに嵌められてしまい修道院送りになったが、卒業までに事を成せば良いのだ。

 戦うときは慎重に、確実に、気づかれることなく事を成す。そして勝つためには、仲間と共に戦う。それが前回の失敗で、ローレットが学んだことであった。

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