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戻った時間

 声が遠くの方から段々近づいて来る。それが自分の名を呼んでいることに気づき、ローレットは目を覚ました。


「聞いているのか、ローレット!」


 ジャンヴィール王子が立っており、不機嫌そうな顔を向けている。不機嫌そうと言っても、ローレットはここ何年も、ジャンヴィールのそれ以外の表情を見たことがなかった。お互い10歳の時に婚約者となるものの、出会った時からジャンヴィールはローレットを忌避していた。最初は決められた婚約関係に反発する形であったが、次第にローレット自身をジャンヴィールは嫌っていった。理由は簡単で、ローレットが可愛くないことと聡明であること、そして何よりジャンヴィールを愛していないことであった。それ故、ジャンヴィールは常にローレットに対して攻撃的であった。

 だから今の状況もいつもの事である。しかしローレットは今の状況が何一つわからなかった。


(え~と、ジャンヴィール様は何に気分を害されたのでしたっけ?

 ここは、――生徒会室ね。私、どうしてここに?

 あらっ?修道院にいたはずでは?あっ!レジスも他の皆もいるわね。でも少し若いような・・・)


「もう良い!とにかく、其方の意見は却下だ。これは決定事項だ。良いな。

 よし入れろ」


 ジャンヴィールの言葉を受けて、生徒会役員の1人、護衛役のガストンが扉を開けると1人の令嬢が入って来た。


(あっ、これって)


 忘れることなど出来ない過去の出来事が、目の前で起こっていた。


「良く来てくれた。我々生徒会役員は、リリアーナを歓迎するよ」

(良く来てくれた。我々生徒会役員は、リリアーナを歓迎するよ)


 自分の記憶と全く同じ言葉をジャンヴィールが口にした。記憶と同じ姿が重なった。

 自分の置かれた状況が理解出来ず最後の記憶を探ると、レジスに殺される情景が鮮明に浮かび上がった。


(私、レジスに殺されたのでは?)


 しかしここにいるレジスは少し若く、何より目に狂気を孕んでいない。学園の時によく見た顔そのものであった。何より、リリアーナを取り囲むジャンヴィール達の姿は、過去に見た光景そのものであった。

 わけがわからず、ローレットは静かに生徒会室を出た。礼儀としては、上位のジャンヴィールに挨拶をしてから退出すべきだが、当人はリリアーナに夢中である。声をかけても、リリアーナとの時間を邪魔するなと睨まれる気がした。


「ローレット様、大丈夫でしたか?」

「あの下位貴族が入って行きましたけど、まさか本当に?」

「ジャンヴィール王子は何をお考えなのでしょう?」


 部屋を出ると側近かつ友人のヴィヴィアン、ユーラリーベルテの3人が待っていて、口々に問いかけてきた。顔を見て懐かしく感じるも、やはり少し若く感じられることにローレットは違和感を募らせていった。

 3人が矢継ぎ早に問いかけてくる。リリアーナ(あの下位貴族)のことが気になっている様だが、ローレットにとってはどうでも良いことであった。今は、自分の中にある記憶が何なのか、自分の置かれている状況を知る方が重要である。


(1人で悩むよりは良いかしら)


「少し疲れたわ。紅茶を飲みながら話しましょう」


 ローレットは3人を引き連れて食堂へと向かった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 食堂の一角にある個室で、ローレットは3人と向き合う。

 紅茶を一口飲み一息つくと、見計らったように3人が先程の質問を投げかけてきたので、ローレットは記憶を交えながらその時の様子を語ってみせた。


「それでは、ジャンヴィール王子は本当に下位貴族を生徒会役員にされたのですか?」

「一体、何をお考えなのでしょう?」

「本当に。学園の伝統を汚すなんて」

「学園の伝統だけではないですわ。ジャンヴィール様がされたことは、貴族社会の在り方を否定するものです。下位貴族が上位貴族の上に立つなど。ましてや王族がその様なことを許すなんて」

「「「ローレット様の仰る通りです」」」


 学園の規則で、生徒会役員は第一位貴族の上位成績者であることが定められている。これは問題が起きた際に、優秀な上位貴族でなければ調停できないからである。貴族社会にあって身分は絶対である。学園においては身分関係が比較的緩いとは言え、その構造は絶対である。


「それで、ローレット様はこれからどうなさるおつもりですか?」

「そうね・・・。何もしませんわ」


 3人が驚きの表情を浮かべる。

 記憶の中では、リリアーナを生徒会役員から外すよう色々画策したが、全て失敗に終わってしまった。そもそも、ジャンヴィールはリリアーナに心酔していたし、ローレットのことを嫌っていた。ローレットがどれだけ正しいことを訴えたところで、ジャンヴィールが聞き入れるはずなどなかったのだ。


「よろしいのですか?ジャンヴィール様の立場が悪くなるのでは?」

「かまいません。ジャンヴィール様がご自身で決められたことですから。私、教育係ではありませんもの」


 自分の役目はあくまでジャンヴィールのサポートで、教育は家庭教師や側近の役目である。それは、ローレットはジャンヴィールを見限ったことを暗に示すことになる。

 3人が不安そうに顔を見合わせる。そんな中、気弱なベルテが他の2人にせっつかれて、怖ず怖ずとローレットに問いかける。


「そのぉ~、よろしいのですか?それではローレット様のお立場も悪くなるのでは?」

「そうですね。婚約者としては問題ある発言かと思います。

 ですが、我がアルファン家は第一位貴族です。下位貴族の顔色を窺うような真似、とても出来ません。

 ジャンヴィール様の件は、すぐに保護者にも伝わるでしょう。後はお父様の判断にお任せしますわ」


 3人の顔に安堵の色が浮かび、「そうですわね」「ローレット様の仰る通りですわ」と同調し始める。

 ジャンヴィールがリリアーナを生徒会に入れたということは、上位貴族よりも下位貴族を重用するということ、上位貴族の後ろ盾を拒絶したということの表れである。その様なこと、当然上位貴族が受け入れるはずがない。認めれば、自分たちの特権や利権を失うことに他ならない。

 ジャンヴィールは間違いなく王位継承権を失うことだろう。そしてアルファン家は、ジャンヴィールとローレットの婚約解消に動くことになるだろう。

 ローレットの考えを察して3人が落ち着いたことで、ローレットは本題に入ることにした。


「ところで、お聞きしたいことがあるのですが。

 その、突拍子もないことなのですが、――今目の前で起こっていることを知っている感じがするのです。これってどういうことなのでしょう?」


 案の定、3人が不可解な表情を浮かべた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 寮の自室に戻ったローレットは、早速3人の言葉を思い返した。


「ヴィヴィアンは『既視感(デジャブ)』と言っていたわね」


 相談した時もそうだったが、『既視感(デジャブ)』とは違うようにローレットは思えた。目の前の出来事だけではなく、これからの事も記憶に残っていることがその理由である。


「ユーラリーの『未来視』は?」


 確かに、これから何が起こるのか知っている。しかし、これも違うようにローレットは思えた。

『未来視』という特別な能力を持った人は過去存在したし、他にも『怪力』や『透視』など特別な能力を持った人もいた。そういった人達は“授かりし者(ギフテッド)”と呼ばれている。ローレットが同じ能力を持っている可能性は否定できない。

 未来がわかる分『既視感(デジャブ)』よりは当てはまるが、ローレットの場合、大事件よりも、些細な個人的なことの方が多く知っていた。それに視えると言うよりも、体験したことの記憶と言った感じであった。


「ベルテの『時間跳躍(タイムリープ)』は・・・」


 物語が好きなベルテは嬉々と説明したが、所詮は空想の話である。ローレットも他の2人も、ベルテの話をあり得ないものとして聞いていた。

 しかし改めて考えてみると、ローレットの置かれている状況はベルテの話そのものと思えた。あり得ないと何度も否定しようとしても、どうしても辻褄が合ってしまう。もちろんベルテの説が正しいという証拠はないが、違うと言える根拠も見つからなかった。


「本当に、過去に戻ったの?」


 もし本当なら、ローレットは授かりし者(ギフテッド)ということになる。自分に特別な能力があるのかと心昂ぶるも、どうすればその能力が使えるのか見当がつかなかった。『怪力』ならものを持ち上げれば良いし、『透視』なら目を凝らせば良いだろう。それなら『時間跳躍(タイムリープ)』は?

 思い当たるのは死ぬ、もしくは殺される事だった。流石に、試すにはリスクが高すぎる。


「取りあえず、能力のことは後で良いわ。大事なのは、過去に戻ったこと。やり直せるということ」


 前回は、ジャンヴィールを諫めようと積極的に関わってしまったため、それを厭った彼らの策略に嵌まり、ローレットは修道院送りとなった。修道院では外部との連絡を一切断たれ、情報が全く入ってこなかったため、彼らが落ちぶれていく様を見ることが出来なかった。

 しかしやり直せるのなら、今度こそ彼らの無様な姿を、苦しむ様を眺めることが出来る。修道院で夢見たことが実現出来ることに、ローレットは歓喜した。


「どうせなら趣向を凝りたいわね。ただ眺めているだけじゃ勿体ないわ。せっかくですもの、私の手で・・・。特に、あのリリアーナ(下位貴族)は苦しめておかないと」


 殺される前にレジスが語った彼らの未来で、リリアーナだけが大した不幸に陥っていなかった。ジャンヴィールやレジス達は元々上位貴族であり、未来が閉ざされたことで苦しんでいた。しかしリリアーナは下位貴族である。幽閉されるも、王子妃となっていて、以前より良い処遇を受けることになる。リリアーナ本人は不幸と感じていたかもしれないが、傍目にみれば十分幸せと言える。

 ふと、リリアーナがよく言っていた「皆等しく幸せになれる」という言葉がローレットの頭に浮かんだ。


「1人だけ幸せでは不公平ですものね」


 新しい夢、目標が決まり、その光景を想像したローレットの顔に笑みが浮かぶ。まるで新しい玩具を手に入れた子供の様で、とても楽しそうに目を輝かせていた。

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― 新着の感想 ―
人を不幸にする歪んでいる人間かは兎も角、言動や思考が貴族らしからぬ子供っぽくて気品が感じられない主人公ですね
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