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それぞれの思惑

 ガストンの元を訪れた翌日、ローレットは側近達と食堂の個室で祝杯を上げていた。


「みんなのおかげで上手くいきました。ありがとう」

「お役に立てたようで何よりです」

「私達も楽しませていただきました」

「今年度は務めることになったのは残念」

「それは仕方ありませんわ。護衛のいない状況では、王族は普通の生活すら送れませんもの」


 ガストンがガルニエ家の後継を目指す為、ジャンヴィールの側近を今年度いっぱいで辞めることになった。これまでのように護衛を兼ねてでは中途半端に終わってしまうということで、ガストンは護衛を辞任した。友人が夢を叶える為の決断であり、ジャンヴィールは快くガストンの申し出を受けた。

 全てはガストンが決断したこと。だが、そこに誘導したのはローレットであった。目的は勿論復讐の為。

 ローレットはシルヴェーヌ第一妃から受け取った調査報告書に目を落とす。


『ガストンは幼少の頃より体格に恵まれ、圧倒的な力を誇っていた。それは現在も変わらず、同年代との力の差は非常に大きい。反面、技術を身につける努力も意思も見られない。圧倒的な暴力で相手を倒すという戦い方であり、技術の研鑽はない。また勝つことが常であり、負けたことはこれまで1度、11歳の時に16歳の兄テオとの試合に負けた時だけである。しかしそれ以降テオとの勝負は避けており、言い換えれば、勝てる勝負しかしていない。

 このことはガルニエ家当主も問題視しており、ガストンに対しては厳しい態度を示している。「技術や知識ならば教えることは出来るが、性根の問題は他人に言われてではなく、本人が気づいて直すしかない」と語っている。勝てる条件でしか戦わないという考え方は、弱者を嬲る行為とガルニエ家は考えており、ガストンを家の恥と見ている』


「態度や言葉遣いからは第一位貴族や護衛官として相応しいように感じましたが、わからないものですね」

「ガストン様はどうなるでしょうね?」

「この年まで気づいていないのは致命的。私は無理だと思う」

「確かに。強すぎたのが原因とは言え、おそらくこれまで注意されたことはあった筈です。忠告する者がいない現在、ガストン様がご自分で気づけるとは思えません」

「それに、そもそも何が問題かわかっていませんからね。努力されるのは素晴らしいですが、見当外れの努力は無意味ですし」

「皆さん手厳しいですね」


 友人達のガストンへの厳しい評価にそう答えるも、ローレットも同意見である。今更性格や思考が変わるには大きなキッカケが必要となる。それも挫折といったネガティブな面でなければ、人は自分の過ちに気づかないし認めようとしない。これまでガストンは負けることを恐れて、勝つこと、成功体験のみを求めてきた。変われるとはとても思えなかった。


「でも、時間をかければかけるほど諦めきれなくなりますでしょうし。諦めた時には全てが手遅れとなりそうですね。無駄に時間を費やして得られたものがあれば、まだ良いですが」

「仮に上手くいっても、ローレット様に、より一層の恩義を感じることでしょうし」

「提案したのはローレット様ですが、後押ししたのはジャンヴィール様。逆恨みされることもない」

「まぁ、どちらに転ぼうとかまいませんわ」

「そうですね。ともあれ、これであらかたの仕込みは終わったと言って良いのではないでしょうか」

「はい。仕上げはおそらく後期の最終日になるでしょう」


 それは前回の人生で、ローレットがリリアーナ達に嵌められた日である。前回とは違う流れになってはいるものの、その日に大きな出来事が起こるような予感をローレットはしていた。


「これまでは色々と動いてきましたが、しばらく静観しましょう」


 これまで嫌がらせをしてきたローレットが突然何もしなくなれば、リリアーナは困惑し不安に駆られるだろうと両親からの教えを元に、ローレットはこれ以上の嫌がらせは控えることにした。何より、前回ローレットを貶めた者達への復讐はすでに終わっている。ジャンヴィールとは縁を切り、失脚させた。レジスは早々に両親から見切りをつけられた。今年度中に道を正さなければ、切り捨てると(ベレンジャー)は言っていた。リュドヴィックは将来を全て捨て姉に捧げた。ガストンは、叶うことのない夢を追わせた。フランシスクは、何の利もない、足枷でしかない現生徒会に入れさせた。

 そしてそれらは全て、リリアーナにとって不利益な現状をつくり出している。不安と焦りを抱いたリリアーナがこれからどのように踊るか、ローレットは楽しみで仕方なかった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ガストンの件から5日が過ぎた。あの日以降ローレットが訪れたことはなく、生徒会室には平穏な時間が流れていた。しかしリリアーナの心は安まるどころか、次第に不安になっていった。


(あれ以来姿を見せないけど、どういうつもり?)


 前期は数日おきに訪れていたものの、中期になってからは、ローレットが生徒会室を訪れたのは数回だけである。5日訪れなかったとしても不思議ではない。しかし訪れる度に生徒会をかき回していくローレットは、リリアーナにとって疫病神以外の何物でもなく、姿を見せないことが逆に不安をかき立てていた。


(リュドヴィック様もガストン様も、あの女の口車に乗っていなくなってしまった。最近じゃ、ジャンヴィール様も肩を持ったりしてるし。味方なの、レジス様だけになってしまったじゃない。フランシスク様なんて、私のこと無能扱いしてるし。私より頭悪い癖に。これだから身分だけの無能は・・・)


 自分の理想に賛同する者達が集まっていた生徒会を変えてしまったローレットに、リリアーナは今や憎しみと言ってよい感情を抱いていた。何しろ、リュドヴィックもガストンもローレットに感謝しながら離れて行ってしまったのである。リリアーナと一緒に見た理想をあっさりと捨て去って。

 明確に攻撃を仕掛けてきたなら対抗や抗議も出来たが、ローレットのしたことはいずれも生徒会や本人達の為になっている。それ故リリアーナの言葉は聞き流されてしまっていた。


(私がどれだけ言っても、最近じゃ、誰も真面に取り合ってくれない。このままじゃ、あの女の思う壺。理想を叶えるのに、こんな事で躓いてられないのに。みんなが幸せになれる社会を、あの女なんかに潰されてたまるもんですかッ)


 資料を持つ手が怒りで震える。リリアーナは顔を見られないように本棚に向かっていたが、背中にまとう怒気に皆が気づいていることに気づいていない。生徒会室に重苦しい空気が流れていた。


(クッ!いなくなってしまったリュドヴィック様もいなくなるガストン様も、もうどうしようもないと切り替えるしかないわね。あの女が私達を切り崩すつもりなら、増やして対抗するしかないわ。ガストン様の後任が、私達の理想に賛同してくれたら。ううん。ジャンヴィール様の護衛になるんですから、そういう人を選ぶはずよね。

 後は1年生に欲しいわね。フランシスク様は私達の理想に理解を示してくれないし。誰かいないかしら・・・。

 違う、そうじゃない。今は1年生に限定している場合じゃないわ。あの女の嫌がらせを食い止めるには、たくさんの人を味方につけないと。2年生からも、3年生からも同志を探さないと)


 特に3年生となれば卒業も間近であり、卒業後の就職先で、実際に能力と身分の差で苦しんでいる人は多いはず。そう考えると、上級生に声をかけるのは非常に良い案に思えた。


(うん。1年生ではまだ実感は湧かないかもしれないけど、3年生なら・・・)


 自分の理想を同志を増やし、且つローレットの嫌がらせを阻止する良案を思いついたリリアーナは笑みを浮かべた。以前のような朗らかで愛くるしい笑みではなく、下卑た笑みを。

 今度は悦びで肩を震わせる。ジャンヴィール達は先程とは違って、その不気味さでリリアーナに声をかけられなかった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ガストンの件から1ヶ月以上が過ぎ、ジャンヴィールは2つのことで頭を悩ませていた。

 1つはリリアーナのことである。少し前から、リリアーナが学園内で理想を説いて回るようになった。それについての苦情が後を絶たないのである。

 最初に知ったのは、レジスからの報告であった。2年生の令息から「突然1年生の生徒会役員から声をかけられた。あの令嬢がしていることはジャンヴィール様のご意向なのですか」と問われたと言う。当然ジャンヴィールはその様な指示を出した覚えはなく、すぐにレジスに状況を確認させたところ、その1件だけではなかった。それどころか3年生にまで声をかけていることがわかった。そして声をかけられたのは、第四位と第五位貴族の優秀な者達であった。

 リリアーナに事情を聞けば、理想の社会を実現するために同志を増やそうとしたと言う。今の身分制度を壊すには時間と労力がかかる。学生が声高に何を言おうと、大人達は聞く耳を持たないのが現実である。だからこそ成人してからが本番であり、時間をかける必要があった。ましてジャンヴィールは王位継承権を下げられてしまった。理想を潰されないためには、より慎重に事を進める必要があった。そうリリアーナに説明したのだが、逆に責められてしまった。「ジャンヴィール様が理想を忘れ去ってしまったように見えたからです。最近は見回りもしなくなったではありませんか。理想を口にすることもなくなった」と。

 理想を忘れたつもりはなかったが、リリアーナの言葉は耳に痛かった。慎重を期す必要があったという考えは変わらないが、何もしなかったというのも事実である。知らず、リリアーナを傷つけてしまっていた。

 だからと言ってリリアーナのように同志を募るのは悪手である。焦って事を起こしても、良い結果は得られない。しかしリリアーナは下位貴族の勧誘を止めようとせず、今も続けている。リリアーナをどう説得すべきか。想い人を傷つけないで済むにはどう話せば良いかジャンヴィールは答えを見つけられないで、今日も執務机で頭を悩ませていた。


「ジャンヴィール様、少々よろしいでしょうか?」


 かしこまったレジスの様子に、またしても苦情かとジャンヴィールは構える。しかし、レジスの口から出た言葉は全く違うものだった。


「もうしばらくで冬季休暇に入りますが、その、休暇はどのように過ごされるのでしょうか?」

「休暇か・・・」


 レジスの様子から、夏季休暇と同じように王族の別荘を期待してることがわかった。


(レジスはローレットや家族との仲は悪いと言うし、アルファン家にいたくないということか)


 他の者はどうかと生徒会室内を見れば、リリアーナも期待の目を向けていた。

 以前のジャンヴィールであればリリアーナの期待に応えようと、別荘に招いていただろう。しかしもう一つの悩みが、ジャンヴィールに様々な思いを巡らせる。

 それはローレットのことであった。

 ガストンの1件以降、ローレットは一度も生徒会室を訪れていない。それまではジャンヴィールからの疑いを晴らそうと足繁く通っていたのに、突然姿を見せなくなってしまった。授業では勿論顔を合わせているが、以前のように気楽に会話を楽しむことは出来ない。それがジャンヴィールにとって歯痒くて仕方なかった。ジャンヴィールとローレットはすでに婚約者の間柄ではないので、用がなければ会わないのは当然である。しかし婚約解消後も信頼を取り戻そうと必死だったローレットを見ると、実は自分のことを愛おしく感じていたのではとジャンヴィールは思うようになっていた。


(リリアーナのことは尊敬しているし、可愛らしいとも思う。しかし、ローレットがもしまだ私のことを想ってくれていたら・・・。リリアーナと休暇を共に過ごせば、ローレットはきっと悲しむ)


 そして問題はまだあった。


「ガストンは休暇はどうするつもりだ?」

「私ですか。私は訓練です。目標に全力を尽くさないと後悔する。そう教えられましたから」

「フランシスクは?」

「私は実家で過ごします」


 ガストンとフランシスクは予想通りであった。仮に別荘に行くとなると、ジャンヴィール、レジス、リリアーナの3人になる。この顔ぶれはジャンヴィールにとって好ましくなかった。レジスとリリアーナの仲が以前より近くなっているように感じていたからである。ガストンとリュドヴィックもいれば問題なかったが、ジャンヴィールだけでは、この2人が秘かにより深い関係を築いてしまう恐れがある。かと言って、自分がリリアーナとの関係を深めることには少し思うところがあった。

 以前ほどリリアーナを魅力的に思えなくなっていた。


(最近のリリアーナは理想の社会のことばかりだ。もしかして、すでにレジスのことを?そうだとしたら、私は道化でしかないではないか。恋人同士の旅行に同伴するなど、滑稽ですらない。哀れだ。

 いやいや、そうと決まったわけではない。話す内容はアレだが、私との距離は変わっていない。それに、2人から恋人特有の空気は見られない。大丈夫。まだ大丈夫だ)


 色々考えた末ジャンヴィールは取り澄ました顔を上げると、冬季休暇の予定を皆に向かって話し始めた。


「王位継承権を下げられてしまったことで、私にはすべきことがある。残念ではあるが、皆と休暇を過ごす余裕はない。休みの間に、少しでも状況を良くするつもりだ。レジス、リリアーナ、期待してくれていたようだが許して欲しい」

「謝らないでください。夏が楽しかったので、また皆で楽しみたいと思っただけですから」

「そうです。それにジャンヴィール様は、私達のために冬も一生懸命働かれるのですよね。それなら私も一緒に」

「リリアーナ。気持ちは有り難いが、王城に招き入れるのは流石に難しい。気持ちだけ受け取っておくよ」

「そう――ですか。残念です」


(咄嗟に思いついたが、上手く誤魔化せたか・・・。

 リリアーナの気持ちもそうだが、ローレットの気持ちがはっきりしない今、疑われるような真似は避けた方が良いであろう)


 リリアーナが問題を起こし、言うことを聞かないどころか責めてくることもあり、ジャンヴィールの気持ちはローレットに傾きつつあった。リリアーナの仕事を減らそうとしたり、リュドヴィックの願いを叶えたり、ガストンが諦めようとした夢を後押ししたりと、ジャンヴィールの中でローレットへの印象は以前と全く変わっていた。

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― 新着の感想 ―
ガストン、過去語りで兄に負けた後、再試合を願い出たが聞き入れられなかったって言ってませんでしたっけ? その後、技を磨くでもなく、一定期間あいても再試合を申し出なかったってことなんですかね?
宗教の勧誘ってこんな感じなのかな… 怖っ
進路を考える3年生に啓蒙してどうする。 そんなのにホイホイのってくるのなんか 下心あるか、頭が悪いかのどちらか。 一番の敵は無能な味方ってよく聞くくらいあるあるなのに無能な味方を増やしてどうするんや
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