もう諦めてしまうのですか?
力強い叩きつけるような連撃に耐えきれず相手の膝が折れた瞬間、審判の「勝負あり」という声が響いた。この瞬間ガストンの勝利が決まり、武闘大会で見事優勝を果たした。両腕を高く突き上げて勝利を喜ぶガストンに、観客席から賞賛の声が浴びせられた。
誰もが予想した通り、何の番狂わせもなく、武闘大会はガストンの優勝で幕を閉じた。
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いつものように食堂の個室に集まったローレット達は、武闘大会での事を話していた。当然これも復讐計画に関係する大事な話し合いである。
「どうなんですか?私から見たら、十分強いと思うのですが・・・」
ローレットがこれまでのガストンの戦いぶりを見て、感想を護衛役のヴィヴィアンに尋ねる。ローレットの専攻は文官。武芸に関しては、することも見ることも興味ないローレットでは何一つわからない。武官のヴィヴィアンの意見を聞いた方が良いと、ガストンの戦いぶりを尋ねてみた。
「はい、確かに強いです。ですが、ガルニエ家が問題視されている点は直っていないかと」
「そう。それなら、ガストン様の立場は変わらないと考えても良さそうですね」
前回ではガストンがガルニエ家の後継者になったという展開にはならなかったが、今回も同じになるとは限らない。仮にそうなってしまっては、リリアーナに嫌がらせすることが出来なくなってしまう。将来的には同じ結果になるだろうが、ローレット自身が直接介入出来るか否かが重要であった。相手に恨まれる、憎まれてこその復讐である。
「ですが、確認は大事です」
「わかっています。あと、気をつけないといけないことはありましたかしら?」
「問題は、第五位。あの者がどうガストン様にどう声をかけるか。今までの傾向から考えると、慰めるとは思いますが」
「そうですね。それはあくまで予測であって、絶対ではありませんものね。イヴァンに頑張ってもらわないと」
「イヴァン様なら大丈夫では?これまで全て、ローレット様の要望には応えてくださりましたし」
「はい。イヴァン様なら間違いないかと」
「そうね。今回も間違いなく調べてくれるでしょう」
相変わらず面倒事を押しつけられていたイヴァンであったが、シルヴェーヌ第一妃が認める程諜報としての適性が高く、これまでローレットからの命令を全て成功させていた。そのためローレット達からは、いつの間にかとても信頼されていた。ただ本人はその様なことは全く望んでおらず、出来れば側近から外されたいと願っているのだが。
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実家から寮に戻ったガストンは、荷物を自室に置くと訓練場に向かった。
時間は夕方で、陽もあと少しで沈んでしまう。休日のその様な時間に他の生徒の姿はなく、ガストンはがむしゃらに木剣を振った。一心不乱に剣を振れば無心になれるのではと思うも、心の中には家での出来事が次から次へと浮かんできた。
「クソッ」
怒りのまま木剣を床に叩きつける。折れた剣先が飛んでいき壁に当たると大きな音が訓練場に響いた。一瞬の後「きゃっ」と悲鳴が聞こえ、ガストンは慌てて声のした方を向いた。
「リリアーナ?どうしてここに?いや、それより大丈夫か?怪我はしてないか?」
「は、はい。大丈夫――です。ビックリしただけですから」
「すまなかった。本当に申し訳ない」
「いえ、怪我はありませんから。気にしないでください」
ガストンは手を差し出してリリアーナを立たせると、念の為、本当に怪我がないか確認をする。
「本当に大丈夫ですから。心配してくれてありがとうございます」
「そうか。それなら良いのだが。それで、リリアーナはどうしてここに?」
「そのぉ、――散歩していたらガストン様を見かけたもので。昨日の話では、実家に泊まるようなことを言ってましたから、どうしたんだろうって不思議に思って・・・」
少しだけ気まずそうにリリアーナが目を逸らす。ガストンの姿を偶然見かけたのは事実だが、散歩というのは嘘であった。
ジャンヴィール達には言えないでいたが、中期に入るとリリアーナは寮での居場所を徐々になくしていった。今やリリアーナに語りかける女生徒はいなかった。声が聞こえれば自分のことを噂しているのではと疑い、笑い声が聞こえれば馬鹿にしているのではと心が荒んだ。自室ですら心が安まらなかった。そのため、リリアーナはできるだけ寮の外にいるようになっていた。ガストンを見かけたのも、ベンチで1人考え事をしていたからであった。
「これは私自身の問題故・・・」
「私じゃ力になれないかもしれません。でも、話せば気持ちが楽になることもあると言います。差し支えなければ、話してくれませんか?」
リリアーナの真っ直ぐな瞳に、ガストンの心が揺さぶられる。少し悩んだ末、ガストンは実家での事を話し始めた。
「そんな!ガストン様、あんなに頑張ったのに。どうして?」
「わからない。兄と同じように2大会連続優勝したのに。なのに、両親すら認めてくれなかった」
「そんな・・・」
兄と同じ結果を出せば、祖父や両親は認めてくれると思い頑張ったにも関わらず、ガストンへの態度と処遇が変わることはなかった。
「たった1回兄に負けただけなのに。大会だって、自分は無傷で優勝した。兄は満身創痍で辛勝だったっていうのに。どうして?」
「酷い」
「リリアーナ。どうしてだと思う?」
「本当の事はわかりません。ただ、もしかしたら、ガストン様に嫉妬しているのかも」
「嫉妬?どうして?」
「ガストン様が強すぎるから。ご両親も当主様も、ガストン様の強さを恐れているのかもしれません。
私も身に覚えがあります。身分、立場が低い者が優れていることを認めない、許さない人達は少なくありません。身分に見合った力を持っていない心の弱い人ほど、そういった態度を取ります。自分の矮小さを受け入れられないのです。だから、優れた人を排除する。
ガストン様の家族にお会いしたことはないですけど、もしかしたら・・・。心当たりはありませんか?」
そう言えばとガストンはこれまでのことを思い出す。兄に初めて勝った時から、家族が褒めてくれなくなっていた。もう一度家族に褒めて欲しく、ガストンは頑張って強さを見せてきた。しかし、褒められるどころか険しい顔を向けられてきた。強さを見せれば見せるほど。
「そんな・・・。それなら一体どうすれば・・・」
どれ程頑張ろうとも、求めるものが手に入らない。むしろ頑張れば頑張るほど遠ざかる。
そのことに、ガストンは絶望し項垂れてしまう。目の前が真っ暗になり、全身が、心が冷たくなっていくようだった。
「ガストン様」
遠くの方で自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。その声は次第に大きくなり、心が温まる。気づけば、手を握られていて、温もりを感じる。真っ暗だった視界に光が戻ると、リリアーナが悲しそうな表情を向けていた。
「ガストン様、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。大丈夫だ。すまない。心配かけてしまったようだ」
「無理もありません。夢が叶わないことを知ってしまったのですから。それも家族からの嫉妬という理不尽な理由で。ガストン様が不憫で仕方ありません」
「――ッ。私はどうすれば・・・」
「私はガストン様が誰よりも強いって知ってます。ううん。私だけじゃない。ジャンヴィール様だって、レジス様だって。
それじゃ、駄目――ですか?」
リリアーナの目から涙がこぼれた。それを見たガストンの目に光が戻る。
「そう――だな。私には皆がいてくれたな」
ガストンが精一杯の笑みをつくると、リリアーナが良かったと安心したように微笑み返す。
「夢が叶わなかったのは悲しいことだと思います。でも、夢って一つだけじゃないと思うんです。ガストン様ならもっと素晴らしい夢を見つけて、いつかきっと叶えられます。私は、そう信じてます。
次の夢が見つかるまで、もし良かったら私達の夢につき合ってくれませんか?」
不器用ながらも必死に励まそうとするリリアーナに、ガストンは笑みを向けた。
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久々に生徒会室を訪れたローレットは、挨拶もそこそこに「噂は本当ですか?」とガストンに問いかけるも、本人は何のことかわかっていない様子であった。生徒会役員の反応を見る限り、ジャンヴィールとレジス、リリアーナもまだ噂を耳にしていないことを、そしてフランシスクだけは知っていることを理解した。ローレットは改めてガストンに問いかける。
「ガストン様がガルニエ家の後継を断念したという噂が学園中で話題になっていますが、本当なのでしょうか?」
「「なッ!?」」
ガストンとリリアーナが同時に驚きの声を上げた。ガストンはリリアーナに目を向けると、リリアーナは必死に首を振り、噂を流したのは自分でないことを主張した。あの時訓練場には2人しかいなかった。それにも関わらず、その時の会話が学園中に広まっているという。
「ローレット様、その噂の出所はご存知ですか?」
「いえ、私もわかりません」
澄まし顔でローレットは嘘を吐く。本当はローレットがイヴァンに命じてガストンを見張らせていた。ガストンが実家でどのような処遇を受けるか確認するためである。リリアーナがいたのは全くの偶然である。ただそれにより詳しい状況を知れたのは、ローレットにとって僥倖であった。
「ですがもし学園内で口にしたのでしたら、誰に聞かれても仕方のないことかと。以前も申した通り、どこで誰が聞いててもおかしくありませんから」
「そう言えば、前にその様なことを言っていたか・・・。
ならば、私の失態ということか」
噂の件を、ガストンはリリアーナのことを口にすることなく、自分だけの失態とした。それは第一位貴族として、男としての誇りであった。また、ジャンヴィールがリリアーナを想っていることを考慮してのことであった。想い人が別の男性と会っていたことを知れば、例え何もなくともジャンヴィールに誤解と不快感を与えてしまうかもしれないと。
「それで、噂は本当なのですか?夢を諦めてしまうのですか?」
「ガストン、それでどうなのだ?」
ジャンヴィールも気になるようで、ローレットと共にガストンに問いかける。
「はい。私には無理だったようです。ですが、夢は一つだけというわけではありません。新しい夢はまだ見つけられていませんが、その時は叶えたいと想っています」
「そうか。其方がそれで良いなら・・・」
ジャンヴィールはガストンの言葉を受け入れたが、ガストンの表情は曇っている。吹っ切れていないことは明らかであった。
「ガストン様は、それで本当によろしいのですか?」
「ローレット様?何を?」
「納得出来ていない心情が表情に表れてます。ジャンヴィール様も気づかれていたでしょう?」
「それは・・・」
「大体、一回失敗したからといってどうして諦めるのです。本当に望んでいるのなら、何度失敗しても、誰に何を言われようとも、納得出来るまで挑戦し続けるものではないのですか?
それに、ガストン様は本当に努力されたのですか?」
「勿論だとも。私は長い間努力し続けた。誰よりもだ」
「そうでしょうか?私には出来ることしかしていなかったように思えます。リュドヴィック様のように、全てを投げ打ってでもと努力されたのですか?」
「――ッ!」
姉を助けるために自分の将来すら捨てたリュドヴィックと比べられ、ガストンは何も言うことが出来なかった。
「先程ガストン様は、長い間努力されたと言いましたが、私達はまだ若いです。大人から見れば、1年や2年の努力など僅かでしかありません。それにガストン様の夢は、その程度で手に入る容易いものではないはずです。ご自分が納得するまで、足掻いてみてはどうですか。
たった1度の失敗で諦めていては、リュドヴィック様に顔向け出来ないのでは?」
ローレットの言葉にガストンは身体を震わせる。何も言わず力強い目で遠くを見つめるガストンに、ジャンヴィールもリリアーナも声をかけられず、ただ見守るしか出来なかった。
しばらく後、拳を強く握ったガストンはジャンヴィールに向き直る。その表情は先程までと打って変わり、晴れ晴れとしていた。
「ジャンヴィール様、私、ガルニエ家の後継ぎになる夢を追い続けようと思います。今諦めてしまっては、間違いなく後悔しながら生きていくことになります。ローレット様に指摘された通り、私はまだ十分と言えるほど努力していません。納得出来ていません。
つきましては、護衛役を退かせていただけないでしょうか。全力で挑みたいのです。リュドヴィックのように。言い訳なんて出来ないくらい。それでも無理だったら、その時は諦めることが出来るかと」
「ガストン・・・。
わかった。友人の頼みだ。喜んで受け入れよう。
しかし、いきなり辞められるのは困る。リュドヴィックもおらず、今や護衛はガストンのみ。少なくとも今年度は務めてもらいたい。それまでに後任を探しておくので」
「勿論です。私の方も、めぼしい者を探しておきますので」
「頑張れよ」
「はい」
ジャンヴィールとの話が終わると、ガストンは振り返って他の生徒会役員に改めて決意を伝えた。
3人の反応は様々だった。レジスは付き合いが浅いので思うところもなく。無理矢理生徒会に入れられたフランシスクは恨みがましく。リリアーナは引き留めたくともそれが叶わず、憂いていた。
3人への挨拶を終えると、ガストンはローレットに向き直り感謝を述べた。
「貴女がいなければ、私は後ろを振り向き、下を見ながら生きていただろう。こうして前を向いて進んで行く気持ちになれたのは、貴女のおかげです。ありがとう。いつか必ずその恩に報いたいと思います」
「ガストン様のお役に立てたのなら何よりです。恩は夢を叶えたときに返して下さい。楽しみにしています」
ローレットはガストンの行く末を思い、笑顔で返した。




